JAZZ SINGER REIKO OSHIBUCHI 押淵玲子オフィシャルブログ

福岡で活動しているSINGERです。乳がん闘病中(再発転移あり)の事や、音楽の事など。
そして、趣味の着物リメイクなど

押淵玲子CD、画像など

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尚、CDは2,800円のものは800円を2,500円のものは500円を
「がんの子供を守る会」また「あしなが育英会東北レインボーハウス建設募金」に寄付いたしております。

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2016年12月4日(日)18:00~
ANIME JAZZ THE LAST
10年間皆様に愛されて続けてきたANIME JAZZ LIVE
ライブはこの日が最後となります。
どうぞ、お見逃しなく!

違和感を感じること

2013-12-15 15:02:31 | 日記
母の入院で大変だった。

だいたい、私の忙しい時期に
私の日程を無視して手術日等を決めてしまい
「玲子には関係がない」と。
私が一切手伝わなかったことが過去に一度だってあったのか?
両親の入院時は毎日のように世話をしに
また、父か母の運転手となり
病院に通ったではないか。

術後の説明等も病院側から
「お嬢さん立会の日時で」と言われていたじゃないか。
どうせ私が関与しなくてはいけないのなら
私の日程をちゃんと確認してよ!

ここまではいつものことで
私の両親に対する愚痴。
老人だからちゃんと頭が回っていないから仕方ないか。
ギリギリ私が治療日程を調整することで
今までもなんとか対処できたし
私が我慢すれば、それで済むこと。

で、やはり、入院すると環境が変わり
母は認知症のひどい症状が出てしまった。
以前の入院の時もそうだったのだが
今は普通の時も認知症が進んでいるので、ひどくなってしまった。

それについて、病院に対してご迷惑をおかけして
本当に申し訳ないと思っている。
ただ、色々な報告や苦情について
どことなく違和感を感じていた。

何が起こったのかについてあらかたの話は聞いたが
詳細は報告がなく、とにかく困った、と。
話せば長いからそうなのだろうけれど
朝の6時過ぎに電話があり、即来いと。
謝罪に行かねばなのは解っている。
「8時過ぎの先生の診察時に間に合うように必ず」とのこと。
了解。行きます。
母は今どうしているのか?とここで聞くのは普通だと思うのだが
「先生の指示なしには答えられない」と。

想像はできるが、詳細は医師の許可がいるのか?
患者が何をしたかの報告に?
違和感がないか?

まあ、それからなんだかんだとあって
その日の手術に関して術後24時間体制で付き添いも了解した。
ただ、杓子定規に言われることに関して
「母の付き添いは何とかするが
この日程も私のがん治療の日程も変えてタイトな日程の中で組んでいる。
介護人としては92歳の父と闘病中の私しかいない厳しい状況であること
また、説明等本人にしたと何度も聞かされたが
理解していないことが明らかなのに、そう言われても困る」
という内容のことを医師と看護師に伝えた。

だいたい、術後の説明が家族にないことにも
勝手が違って戸惑っているのだし。

その後、看護師さんに色んな細かいタイムスケジュールを聞いても
「先生の指示がないと」とばかり。
難しいことを言っているわけではない。
私だって用事があるのだし、色んな人に連絡して
24時間体制を組まなくてはいけないのだ。
朝からその日の3時くらいまでのこと。
医師の指示なしには患者に知らせてはいけないのか?

その後、医師からは私の体力的なことを考えての提案もあり
1日、何とか頑張れば退院することに。

一晩だが別人となった母の奇異な行動に一晩付き合い
ドロドロに疲れた状態で診察、検査・・・
診察時には私用の椅子を用意してくれたが
検査は1時間近く、立ったままだった。
副作用で長時間立てない私には辛い。倒れてしまった。

全員がダメではない。
半数の方々は母が理解するまで根気強く説明してくれた。
日頃の通院等でも、半分位はちゃんと接してくれる。
有難いことだと思っている。

今まで、私がかかった所では親切な医師や看護師に恵まれて
あまり不満はなかった。
しかし、両親や姉の時など、世話のかかる患者の場合
こういった、どうも不満の残る対応が多い。
医療に携わる人も人間なのだから、ということだけで済ませて良いのだろうか?
ダ~リンも医師だが、その話をしながら

「やっぱりね、医療関係の人はね
患者さんの心に寄り添って治療や世話をしなくちゃいけないと思うのよ」

という話を延々していた。

患者さんの気持ちに寄り添うことは別に難しいことではない。
医療従事者として最低限のことだと思うが
ただ就職率の問題や
偏差値が高かったとか
そんな事で医療従事者となり
「誰のために何をすべきか」を忘れている人が多いような気がする。

へとへとに疲れたが
5年半前の姉の頚椎損傷から始まり
色々心の中にもやっとしたものがあったが
それが何が原因だったのかわかった。

無理をすると回復するのに時間がかかってしまう
もう1日休むことにしよう。

理不尽だと思うこと

2013-12-12 12:03:22 | 日記
朝からなんだかんだと忙しくしていたら
ちょっとピアノ室で仕事をしている間に
父がいろいろ画策したらしい。
母の入院している病院でカンファレンスがある、と
伝言が置いてあった。

それ自体は良かったと思ったのだが

もう・・・・

それを引き出すための口実というのが
「私が全く病状を理解していないから、失礼があったようだから」
ということらしい。
ん?
違う!
一番理解していないのは両親だのだけど。

それで、1日目に執刀医の先生にお会いした時に
短めの説明は受けたのだが
私がリクエストしたわけではないのに
「娘がいろいろ質問したようで、迷惑をかけた」
ことになっている。

それで、私がまず、すのお詫びをしなければいけないということだった。

診察時間はあれこれ含めて5分程度。
母が親族だが、紹介医師でもない叔父の名刺を渡して
軽く自慢めいたことを言ったのが余計なことくらいで
私は一応紹介医師の妻だし・・・
母の子供だし、一番話がわかる人間なのに・・・
その時には先生の説明を聞いただけで
自分の紹介以外一言も喋ってはいない。

なんで謝らなくてはいけないのか?

そんなに謝罪をしなくては説明を聞けないのか?

いや、普通に「詳細な説明をお聞きしたい」と今日お願いするつもりだったし
そんなに悪者を作らなくとも
先生のお話は聞けるものだと思っているのだが
違うのか?

そもそも、私の日程を先に言っておいたのに
完全無視して、私が付き添いできない日に診察に行ったではないか。
私だって治療があるのだ。
それもやめろってこと?
というふうになるじゃないか。

納得できんなぁ。

まあ、でも、そんなんに謝らなくては説明を聞けないのなら
いくらでも謝るさ。
「婦長さんも不快に思っているらしい」そうだが
そもそも、その方とはお会いしていない(はず)
何が不快なのか?
術後の説明等はないのですか?と聞いたこと?
病院のシステムがわからないから、尋ねたのだけど
そういうこともしちゃいけないのか?

うう”~~~~~~~~
ガルルル~~~~~~~

何だかストレスが溜まるぞ。

母の入院

2013-12-11 15:19:51 | 日記
何度目かの母の入院。

今回は白内症の手術。
眼底出血があるので手術が終わっても視力が劇的に戻るわけではない。
しかも両目。
両目とも眼底出血があり
結果は「少しマシ」とわかっているが
やはり目まで見えないと
認知症の進み具合も早いので、手術することに。

昨日は午後から行って
ちょうど執刀医の先生とお会いできたので良かった。

それにしても、最近は「先生任せ」の治療ではないから
いろんな説明が大変だ。
母ひとりの時間は、ほとんど解らなかっただろうと思う。
「何かいろんな先生が来て何か言ってた」というから
検査の人や看護師さんや先生や・・・
「どうしますか?」の質問には満足に答えられていなかったかな?と。

昨日病院についた時には
「どういう見え方のレンズにするか?」という話があっていて
叔父も一緒だったので
私と叔父で悩みながら決めた。

「認知症がある」と言っていたので
こういう時は家族と一緒に、とあらかじめ言っておいて欲しいものだ・・・
同じような人もたくさんいるだろうから
病院はなれているだろうが
一番頭がクリアな私は色々忙しい時期なのだ。
「親のためなら仕事は休めるだろう」というのは
1日くらいの話で
自営業は人員もギリギリだし
そんなに簡単なことではないのだから。

今日も手術後の説明があるのかどうかはわからない、と。

そうなんだ・・・・

まあ、白内障の手術自体
簡単な手術だから、大した失敗もないのだけど
朝6時起床で父を迎えに行き
術前の8時過ぎには病院着で
91歳の父にも重労働だったのだし
なんだか、もうちょっと情報量が多くはならないのか?
なんて思った次第。

今までは内蔵等の手術が多かったし
私にしても「大手術」だったし
手術といえば全身麻酔で
先生は次から次に手術はあっても
患者家族控え室で待機して
横の小さな小窓から
術後直ぐに説明があったので
放っておかれることに慣れていない。

朝早くから1日中家族が側にいるというのが普通なのだろうか?
私の家が、配偶者も更に高齢で
家族というのはそれ以外私しかいない
なんて状態。
要するに交代する人が一人もいないなんていう状態は珍しいのか?

不安ではあったけれど
何かあったら電話があるだろう、と
早起きして疲れている父優先で帰ってきた。

両親は「ヘルパーさんが入院の準備は全部してくれる」と言ったが
やはり入院というものの数をこなしていないので
色んな忘れ物が多かった。

私が前日に行けばよかった。

来るな、来るな、と言われたから調子もイマイチだし
お言葉に甘えて前日には行かずに
翌日従業員に賞与を出したり、書類を作ったりして
午後の術前診察に間に合うように行ったのだが・・・
ほらね、やっぱり・・・

明日も夕方近くの診察時間に合わせて
父を拾っていかねば。

「毎日来なくていい」と言うが
私がいなかったら、誰が世話ができるというのだ?
素直に「すまんね」と言えないのか。

父と母のいないところで話が出来たが
母は夜の奇行が起こるらしい。
「客が来ているからお茶を出す」
「呼び出されたから、タクシーに乗って山の上ホテルに行かなくちゃ」
「お化けが襲ってきたから逃げなきゃ」(200m先までとっとと走っていったらしい)
話は混線してAさんとBさんとCさんの話がごちゃごちゃ。
「あれ?それってBさんのじゃないの?」
なんて言おうものなら「私が馬鹿だって言うの!」と激怒。
はぁ~~~スル~スル~スル~~~~なのよね。

たかだか白内障くらいでこれだから
やっぱり、私の状況でゼローダ服用は無理だろうな。
と思った一日。
さあ、明日も頑張ろう。

力が及ばないもの

2013-12-09 16:45:04 | 日記
とてもお世話になった方が肺がんになった。
4期。厳しい状況だが、まだ延命の余地は十分にある。

抗がん剤と放射線治療を同時だということで
とても辛い治療が続いていらっしゃる。
もう少し近くならお見舞いに飛んでいきたいし
自分がお世話になった分、恩返しもしたい。

私は完全フリーではない。
母の手術も控えているし、父の世話もせねば
そして、経理もせねば
音楽のアレンジもせねば
その上、副作用で足はダル重。
飛んではいけない。
気持ちはずっと側に寄り添っていたいのに。

自分が言われても返答に困ったことは言えない。
「がんばって」
何を頑張るのだろうか?
患者は何と闘うのだろうか?
でも、このひと時、耐えてくださいとしか言い様がない。

ずっとずっと辛い状態ではないと思うから。
副作用がとても大きく出る人は
本当に大変だということもわかっているし
期間も治療が終わればスッキリなんてことにはならない。
あっちもこっちも具合が悪い。
なんでこんなにしんどいの?と思っていらっしゃることだろう。
普段はフットワーク軽やかだった方なだけに
この状態は本当に辛いだろう。

私は無力だ。

なんて無力なんだろう。

気持ちをうまく伝えられない。
言葉がちゃんと見つからない。
元気が出るようなちょっとした冗談も言えない。

きっと、このままではないから。
もう少し色々なことが片付けば
お見舞いに飛んでいけるから
それまで、待っていてください。

先日見つけて参考にしているコラムで
ちょっと心温まる映像が紹介されていた。

これです

がん治療に関わっている人達
医師や看護師さんたちは
本当に未来の治療を目指していらっしゃる。
私たち患者はどっぷり甘えてしまっているけれど
本当に感謝しています。

だから、待っていてください。
きっと夜は明けますから。

着物リメイク第4弾

2013-12-05 15:17:00 | 日記
さて、今回は帯です。



緞子の帯ではなく、黒地の生地に絞り染め。
反物を芯にはっています。
というのかな???
名古屋帯の長さ。

この手の帯は実家には何本もあるので
おび用の染生地の反物があるのだと思います。
着物のことはあまり詳しくないので
わかんないです。

だいたい全体的に半分に縫い込んでいるので
バリバリと壊していき
芯を抜くと・・・



絞り染めのところだけ
黒地が下に来ても真っ白に浮き上がるように
絹の当て布がありました。
なるほどね~。

帯としてみると、とてもハイカラというか
現代的なのですが
いざ、解いてみると
う~~~ん・・・・何ができるのかな?
もしかしたら帯のままで、ビスチェとかにしたほうが良かったのか?
色々な迷いが出てきました。
とりあえず、自分の持っているチュニックで型紙
(って言ってもものすごーくいいころ加減なの)
あれ?
結構生地としては足りないかも。

ということで、曲線を使うと結構生地が要るので
直線的なデザインにしました。
(と言うより、難しくなるので直線にして切りました(汗))

縫い始めるとちょっと楽しくて
さっさと作り終えてしまわなければ済まないタイプ。
治療前日でお酒飲めないので
(ま~た泥縄式血液検査突破法・・・そんなに苦労してこれだけかい?と今に主治医に言われそう)
せっせと作り
「木曜日の食事会に間に合わせたいの」とダ~リンを説得。

横にスリットを入れてみたけど

う~~~ん、作り上げてみると
やっぱり和柄なのよね。
Yoji Yamamotoの服を着ていた頃
こういう柄のものもあったけど、すっごく奇抜なデザインで
やっぱりあそこまで凝らないと地味になるのかな?
ちょっと失敗したかも、と後悔。
ま、祖母の着物はまだまだあったし
次回の勉強のためだわ・・・。



こんなかんじ。

何か物足りないでしょう?
襟元に赤が欲しいところよね。
ということで、治療のあと、早速赤のタートルを探しに行く。
ついでにスリットのところに付ける
なんて言うんだろう?チャイナ服のあのボタン?ふさ?もゲット。

ここが赤なら、下は黒?赤?

黒のタートルで合わせて、黒のパンツなら
これに赤の帽子でぴったりよね。



こんなものかな?
でも、ちょっと不満が残っているのは確か。
もしもライブ等で着るのならば
鹿の子の帯揚げを買ってきて
それをクシャっとした形でスナップで取り外せるように首元につけよう。
それと、赤の腕巻き?みたいなのも。

作りながら祖母がいつも行っていた言葉などを思い出していました。

女は賢く有りなさい。
女はたくさん勉強して、色んな知識をもって
その上でおおらかに子供を育てるものですよ。
学校だけではなくて、教養をね。
偏ることなく、広い視野を持つことが大切。
そして、男は美しくあらねばなりません。
賢い女になって美しい殿方を見つけなさい。
そして、女の子を持ったら、やはり賢く育てなさい。
男の子を持ったら美しく育てなさい。

ふ~む。
先日母校の中学の先輩方が
「人類アマゾネス進化論」を面白おかしく話してくださったが
あながち嘘ではあるまいと思っていた。
祖母もそういう考え方だったのかな?

元来メスは強くできているもので
ライオンに象徴されるように
オスは繁殖の時と一生に一度訪れるかどうかわからない「もしも」の時に働けば良いだけ。
でも、相当「もしも」じゃないと動かないし
だいたいはメスが戦いもするし、狩りもするし、子育てもする。

でも、美しいタテガミはオスにしかないのよね。

色んなことを思い出しながらの着物リメイクは
祖母との対話のよう。
祖母は12年ほど前に100歳で他界した。

おばあちゃま、またお話しようね。