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札幌・北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記

札幌(北海道)のレトロでモダンな建物を見たり撮影するのを趣味としています。

網走市の建築探訪①

2025-04-05 17:05:01 | オホーツク地区

紹介の順番は北海道新聞社発行の「道東の建築探訪」(2007年発行)のNO順で行きます。
もはや20年近い前の本なので現存していない建物もあります。

網走市では本の掲載が16軒あったが
すべてが現存しており良かったし、間に合った物件もあったかも知れない

あらためて今回足を延ばして良かったと思う。

 

 

「旧藤野家漁業店」 *道東の建築探訪NO21

 

所在地 網走市南4条
建築年 元治元年(1868)年
指定等 なし

ナビ「網走流氷観光砕氷船おーろら」 ※2025年3月28日撮影

 

 

ナビ先は「網走の道の駅」と同じ

道の駅の最も右端の駐車場から数軒隣にあり、大通りに面しているので撮影しやすい

古い建物なので外回りや内部に補修は当然あるだろう。

建物正面の左端に玄関があり
屋根中央に望楼のようなものが見えるのは漁業店の名残か

裏側はすぐ海になっていた。

 

 

 

 


初代藤野氏は元は現在の滋賀県の商人家の生まれで、江戸時代より北海道(蝦夷地)に渡り
丁稚奉公をしてやがて独立した。

商標を「又十」とし物産販売・海運業で開業。
やがて余市から利尻・礼文、宗谷から網走、斜里、国後まで請け負い(漁業権)、松前を本店とした有数の豪商となる。

その後、ニシン漁が衰退すると網走で牧場や缶詰工場など手広く事業を展開したが、
多額の損失を出し、相続の争いなども響き大正5(1916)年に全事業停止となった。


この建物は多角的な事業をしていた「又十」が規模の縮小と、漁業中心に戻るため
「支店」の名を廃止し「漁業店」とした。

 

 

 

「永専寺山門」 *道東の建築探訪NO22 旧網走監獄正門

 

所在地 網走市南6条東2丁目
建築年 明治45(1912)年
指定等 市指定有形文化財

ナビ「永専寺」※2025年3月28日撮影

 

永専寺の山門は「網走刑務所」の正門である

現在の「網走刑務所」の正門と、監獄博物館の入口にある正門とで
網走市内には3つの正門があることになる。

 

この門は大正13(1924)年に永専寺に払い下げられ移築、復元したものである
明治期の住職が一時刑務所の教誨師を務めていたこともある。

現在の正門はレンガ造りだが、こちらは古く木造である
刑務所の正門にドームやアーチなど洋風で、
また外堀は現在の網走刑務所と同じレンガ造りになっており同じく移築したものだろう。

これらはとても珍しく歴史的にも貴重な建造物だ。

 

この日は雨天で駐車場所も難しそうなので車内から撮影したが
ほぼ正面からの画像しか撮れなかったのは残念だ。

現在はお寺と隣接している幼稚園の名が貼られているので
対比としても面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高田氏家住宅」 *道東の建築探訪NO23

 

所在地 網走市
建築年 大正末()年
指定等 なし

ナビ「」※2025年3月28日撮影

 

「高田源蔵氏」は近江商人の出で、上記の「又十」の網走支店総支配人として辣腕を振るい、又十に多くの富をもたらせた人物

特に当時はタラ漁の厄介者であったタラバ蟹を出荷し莫大な利益を得た

この建物は源蔵氏の三男が建築したとある。

 

レンガの塀に蔵、そして主屋は木造の堂々とした住宅だけに目立つ建物だ。

5つの縦長窓が並ぶ家はそうないだろう
また門構えはスリムで当時では新鮮ではないかと思う

1階は和室、2階は洋風の造りだろうか
函館でよく見たスタイルだが内部は不明。

 

 

 

 

 

 

 

建物としても素晴らしいが、この時代まで現存させていることが素晴らしいと思う。

 

「同 倉庫

建築年 大正9(1920)年

 

 

 

「網走神社社務所」 *道東の建築探訪NO24 旧藤野家迎賓館

 

所在地 網走市桂町2丁目
建築年 明治28(1895)年
指定等 なし

ナビ「網走神社」※2025年3月28日撮影

 

現在は「網走神社」の社務所になっているが、元々は「又十 藤野家」の迎賓館であった

明治31(1898)年 戸長役場に
明治35(1902)年 公会堂に
明治44(1911)年 網走神社へ移築
大正5  (1916)年 藤野家が全事業を停止

「又十」の経営難を見るかのように用途が変わっている。

 

 

まずは拝殿で旅の道中と戻る旅の安全祈願をした
最近は社殿などを観る機会が多く、安全祈願も出来るのでありがたい。

平日の昼過ぎに社務所を撮影させていただいたが人の気配は感じなかった 雨も降っていたしね。

 

 

 

 

 

 

 

こちら側が来客用の玄関だろうか

 

 

 

 

「網走市立郷土博物館」 *道東の建築探訪NO25 旧北見郷土館

 

所在地 網走市桂町1丁目
建築年 昭和11(1936)年
指定等 登録有形文化財

ナビ「網走市立郷土博物館」※2025年3月28日撮影

 

今回の旅行先を網走に選んだ主目的はこの建物を見るため。

「田上義也氏」の設計した建物は道東にもまだ現存している

だが、いつ老朽化のためなど解体されるかわからないので
早めに行きたいと思っていた。

氏の道東での代表作と思われる。

 

 

元々は社団法人北見教育会が皇太子殿下ご生誕記念事業として昭和11(1936)年に建設したもので
北海道で最も古い博物館の一つ。

 

直線、直角、曲線を組み合わせたデザインは人目を惹く

しかもドームの屋根は赤だもの

 

右側にあるのは別館で、やはり後年に田上氏によって設計された。
本館とは連絡通路で繋がれている

本館、別館のつなぎ目

 

玄関両サイドの下部はスクラッチタイル

 

 

床も当時のままだそうだ

 

 

この間仕切りなんかも田上氏らしいか 奥に覗く部屋が素敵だ

 

 

似た感じでは田上氏の昭和3(1928)年建築の「旧佐田氏邸」(函館市、現存)などいくつかあり。

住宅と違い、博物館なので装飾は抑えめだろう


※旧佐田邸

田上氏関連の展示物もあり

※郷土館と同年建築の「網走観光ホテル」(解体済)*現在のパチンコロイヤルの場所にあったと推測

 

 

竣工当時のステンドグラス

当時の椅子など小物にも田上氏はこだわったようだ
それをちゃんと残して展示していることが素晴らしい

展示も退屈しない ここの熊たちは迫力があるぞ

 

 

 

ここが複製で取り替わった箇所だろう

 

最も観たかったのは、なんといってもこの螺旋階段だ

 

この上にある「ドーム」は現在は封鎖中

螺旋階段は目立つので氏の代名詞かも知れない

 

※下は1960年竣工の「支笏湖ユースホステル」
こちらも氏の代表作だったが2022
年に解体された

博物館からユースホステル 20数年を経て再現されたと思う。

 

またこのような小窓の連続は


これも「支笏湖ユースホステル」内にあり
師である「フランク・ロイド・ライト」の影響ありとされていた。

※「支笏湖ユースホステル」(解体済)

 

 

天井はそう広くはないが壮大に感じる

照明も竣工当時の物

照明にもこだわったのだろう

 

2階のこちらは現在は休憩室になっていた
特にこの個所は外から観たかったな

 

こんなブロックがあるんだねぇ

 

 

 

 

こちらは別館:昭和36(1961)年竣工 
階段は立入禁止だった

 

残雪のため一周ぐるりと見れなかったのが残念だ
きっと見事な外観が観てとれただろう

次に訪問する機会があったらもう一度見学したい。