九度山を訪れた時に立ち寄った慈尊院。真田庵から徒歩15分程の奥に入ったところにあります。乳房(ちち)形の絵馬を奉納して安産・授乳・育児を願う乳房の民間信仰があるお寺です。
実際の絵馬のビジュアルは強烈ですが、原始的ともいえる即物性は、それだけ根源的な祈りということですよね。
女人高野とも呼ばれる世界遺産です。
有吉佐和子の小説『紀ノ川』は、主人公の一人である花が、嫁入りを控え、祖母に連れられて慈尊院を訪れるところから始まります。子を成し、家を繁栄させていくことが重要な役目であった時代、女として生きるべき道への覚悟を促す神聖な場所として登場するのです。
「紀ノ川沿いの嫁入りは流れに逆ろうてはいかんのやえ」
という花の祖母・豊乃の言葉どおり、流れに逆らって下流から上流へ嫁入りした花の娘は肺炎をこじらせ短命に終わり、また、生まれる前に慈尊院へ祈願の乳房形を納めなかった花の孫も幼くして命を落とします。迷信と言ってしまえばそれまでですが、その不思議な呼応に、人間というものは、理屈では解明できない大きな流れの中で生きているのではと感じさせるエピソードです。
現代では「家」にこだわる人もずいぶん少なくなり、子供を持たない選択をする女性も増えてきました。
そして、現在の慈尊院は安産・育児に加えて女性特有のがんからの救済を願うものも目に付きます。
内容はどうであれ、その切実さは同じです。
古今東西、自分の置かれた場所で懸命に生きている女性たちの思いに粛然とする場所でした。
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