井財野は今

昔、ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)それが語源です。

砂糖入りコーヒーは美味

2016-09-17 08:48:00 | グルメ
私が子どもの頃は、コーヒーどころか紅茶でも砂糖を入れるのが当然で、入れなければ飲めたものではない、とほとんどの人が思っていた。

よく思い出すのだが、高校生の時、音楽準備室に置いてあった紅茶を(先生の許可をとって)飲もうということになった。

人数は8人だったか…
ところが、角砂糖は7個、とにかく人数より一つ少ない個数。
「どうしよう?」

数分間悩んだあげく、角砂糖をお湯で溶かして砂糖湯を作り、それを8等分するということで一件落着した。

と、今ではあり得ない悩みを、みんなで悩んだのだ。ここまで面倒なことをしてでも、ブラックティーは誰も飲みたくなかったことになる。時は1980年、レークプラシッド冬期五輪大会でフィギュアスケートに渡部選手が入賞するかどうかで騒いでいた頃の話。

当時、コーヒー・紅茶に入れる砂糖はスプーン2杯が普通だった。スティックシュガーが出回り始めた頃で、一袋8グラム入っていた。

その後「砂糖は太る」という俗説が広まり、スティックシュガーを全部は使わない人が増えだした。なので、分量も8グラムから6グラム、4グラム、3グラムと減りだした。
そして、1990年代にはブラックコーヒーが定着していた。

もう一つの時代背景として、輸入品の自由化がある。

牛肉オレンジ自由化という言葉を、耳にタコができるほど聞かされ、風見鶏首相が「外国製品を買いましょう」と叫んでいた。

当時は、何言ってんだか、と思っていただけだったが、今考えると大きな転換点だった。

それまで主流だったインスタントコーヒーが、いつの間にかレギュラーコーヒーに入れ替わり、日本人が頻繁にコーヒーを飲むようになったのだ。

一日に何杯もコーヒーを飲む人が、その度に砂糖を入れていたら、さすがに砂糖の摂り過ぎと気づくだろう。

かくして、ブラックコーヒーが定着したのではないかと考える。

私も、コーヒーの本来の味を楽しもうと、ブラックコーヒーを飲むようになった。

しかし、私は一日に飲む量は1~2杯だ。飲まない日もある。砂糖の摂り過ぎを心配するような量ではない。

で、ある日、昔を懐かしんで、砂糖2杯を入れてみたのだ。
「美味い」のである。苦味と甘味の調和が心地よい。

やはりコーヒーは、砂糖を2杯入れて大事に飲む、これが私には合っている。
皆様にもお勧めしたいところである。美味しいですよ。

田園交響曲

2016-09-13 23:07:00 | オーケストラ
FMで、ロイブナー指揮のN響の演奏を聴いて思った。この曲を演奏したことは、数えるほどしかないことを。

学生時代の「指揮法」の時間、半年近くかけて田園を勉強した。だから、頭にはしっかり入っているつもりだった。

その後、札幌交響楽団にいた時、道東のどこかの町の体育館で田園を演奏する機会があった。

体育館での演奏はほぼ順調に進んでいたのだが、終楽章の最後の方、パート譜で、あと数段というところで、パッと照明が消えたのだ。

「こりゃダメだ」と、私は演奏をやめた。他の皆さんもサッサと演奏を止めるかと思いきや、皆さんはふにゃふにゃなりながらも続行するのであった。

場内の非常口上部の、あの緑の表示だけがついており、ときどきそれを遮るような形で指揮棒が見える。指揮の三石精一さんも振り続けているのだ。

これは弾かなくては、と思うのだが、記憶の何と曖昧なこと!次のフレーズが何だかはわかるのだが、どの音域だったかが定かではない。
要するに覚えていない。なので、私はドロップアウト。

しかし、皆さんは何とか最後まで演奏して、お客さんから万雷の拍手を得られることになった。

そして拍手の途中で、照明がつき始めた。まるで手品の種明かしをされたような、幻想から現実へひとっ飛びの瞬間である。

この停電、後からの説明では、外部から持ち込んだ電灯のブレーカーが落ちてしまったのだろう、とのこと。

それはともかくこの思い出が強烈過ぎて、他に演奏した記憶が全く残っていない。でも、したとして1回かそこらだと思う。

ディズニーの「ファンタジア」には第二楽章が出てくるし、昔の子ども用の百科事典で田園の解説を読んだ記憶もある。刑事コロンボでも演奏シーンがあった。
なので、昔は今より演奏されたのではないかと思うのだが、いかがであろうか。

やはり名曲だと思う。聴くのは好きだ。ただし、停電の体験以来、演奏したいとは全く思わない曲になってしまったが。

聴衆を呼べる企画

2016-09-08 23:07:27 | オーケストラ
眠る美人の話は、これで最後。

指揮を引き受けた時、宇部市民オーケストラから「プログラムを考えてほしいが、なるべくお客様を呼べる企画を」という要望があった。

しかし、それと同時に、このオーケストラは同じ曲を2度演奏会にかけたことが、ほとんどないことも聞かされた。(創立から18年で1曲だけあったらしい。)

つまり、理想を言えば、今まで演奏したことがない曲が良いという要望が言外に匂ってくる訳だ。

なかなか難しい注文を何とかこなしたのが、今回のプログラム。

1、サンサーンス:死の舞踏
2、プロコフィエフ:ピーターと狼
3、チャイコフスキー:眠る美人

2、でナレーションが付くから、ついでに3、もつけよう、という企画である。

それで、当日のお客様の入りは…

「例年並み」とのことであった。

まあ、題名が載っているだけのチラシやポスターでは、毎回変わり映えしないなと思われても仕方ない。

しかし今回、それでもとても嬉しかったことがあった。

公演が終わってから、ある団員さんがわざわざ伝えてくれた。
「今回チケット(ノルマ)を初めて売りました。」
過去何年在籍されていたのかは定かではないが、今までは全て自分が負担されていたということになる。

「練習をしていて、これは人を連れてこれると思いました。」

それで、親戚縁者に声をかけてくださったのだが、そのご一族、隣県福岡市から駆けつけてくださっている。
どのくらい離れているかというと、ざっと140キロ。車でも新幹線でも約2時間かかる。
東京からだと沼津とか甲府くらいで親戚縁者が演奏しているから、行ってみようという感覚。

そして、満足して帰っていただいたそうだが、そういう方が少しでもいらっしゃったこと、これは私が嬉しいのみならず、かなり大きなファクターだと思う。

つまり、数字としては例年並みでも、質はかなり違うと言えようし、そこにも注目してほしいものである。

それをバネに、数字の向上も考えたいところだ。

スコアを見るのは面白い!

2016-09-05 22:22:14 | オーケストラ
ナレーション付き「眠る美人」、台風12号が近づき、公演中止も視野に入れざるを得ない状況だったが、実際は雨さえ降らず、とりあえず無事に終えることができた。

ナレーションの一部に山口弁を入れた。これはナレーターの萬治さんに「翻訳」をお願いしたのだが、これが大いにうけた。

それがオーケストラメンバーの努力の成果と相まって、本番の出来はなかなか良いところまでいったし、聴衆の皆さんも喜んでくださったようだ。

本番が終わって、ナレーターの萬治さんが話してくれたことが興味深かった。

萬治さんは中学校時代、吹奏楽部でオーボエを吹いていて、この宇部市民オーケストラにもその時の部員数名がいらっしゃる。
だから、楽譜が全く読めない訳ではない。

ということなので、萬治さんにはナレーション原稿をスコアに貼り付けたものを渡していた。

とは言え、やはり「スコア」には圧倒されていたようだ。
そこから、彼女のスコアとの闘いは始まる。

マーカー等を使い、様々な書き込みをされていた。

そして本番が終わって彼女曰く、
「スコア読むのって、面白いですね!」

これぞ、我が意を得たり、である。

そう、スコアを読むのは面白いのだ。
何せ、オーケストラの音が全て記入されているのだから。オーケストラの音が「絵」になっているようなものではないだろうか。

彼女は、毎回のリハーサルで、生のオーケストラサウンドを聞きながら、スコアを見ていた訳だ。これは確実に面白いはずだ。

やはり、オーケストラ音楽を聴くときは、スコアを見ながら聞いてもらいたいものだ。見るごとに発見があるだろうし、知らず知らずのうちに、楽譜を読む力が涵養されているに違いない。

そして、IQも少々向上する。
とにかく、気負わずにスコアと接する。おすすめである。