3月3日,新博多駅ビルがオープンした。
途端に活性化した博多駅。
今まで盛り上がっていたのは鹿児島中央駅のみ,という感じが,ここに来て一挙に逆転した様相である。あくまで主観だが。
12日の九州新幹線全線開業を前に,新しい時刻表も配られだした。これを見ているのが,また楽しい。
何と,東京から鹿児島中央まで1ページの時刻表に収まっているではないか!「東海道・山陽・九州新幹線」というページである。これは昭和47年だったかな,新幹線が岡山まで伸びた時,はたまた昭和50年に博多まで伸びた時の感動に匹敵する。
一方,気がつかなかったさようならも,いくつか見つけて,しんみりする自分もいた。
さて,これは「気づいていた」さようならの話。
新幹線ができると,子供の頃から飽きるほど乗った鹿児島本線の鳥栖-新八代間,ここに乗ることはほとんどなくなることを意味する。
途中の風景が,どれほど重要かはわからない。数えきれないほど乗ったのに,全く覚えていない風景もあるからだ。
でも,これだけは小学生の頃から,ずっと興味を持ち続けた風景である。
「大牟田駅」
鹿児島本線において私鉄が並走する区間はここしかない。熊本方面から乗ると,これを見た途端「福岡に入ったなぁ」という実感を持ち,常にここで乗り換えたくなる。
そして,
これではわからないか。ただの線路だ。しかし,JRの線路ではないのである。
これでもわかりにくい。これは赤いビルを撮ったのではなくて右端に伸びていく線路を撮りたかったのである。JRから分岐しているように見えるのだが,JRの路線図には載っていない。
ようやく最近わかったのだが「三井化学専用鉄道」というのだそうだ。
西鉄と並走している区間に,反対側にも並走している線路がある。と,説明しない限り,何の意味も持たない「線路」の写真。何を面白がっているんだか・・・,と我ながら思うが。
でも,40年間,不思議な風景だと思い続けて今日があるのだ。
この鉄道は,以前「三井三池港務所」の鉄道で,大牟田市と隣の荒尾市にまたがって,結構路線もいっぱいあったらしい。鹿児島本線とクロスする場所もある。
これは,その「本線」ガード下(栄町付近)になるが,これではわからないな。
鉄塔の下に左右に広がる土手のようなものが,その廃線(玉名線)跡である。多分「原万田駅」の近く。いつの間にか廃止されていた。資料によると,専用鉄道に変わったのが1973年,従業員輸送を止めたのが1984年,廃止が1997年とある。
これらの写真,一回で撮った訳ではない。何回かチャレンジしたのだが,走る電車から撮る「車窓」の写真なので,なかなか思うようには撮れなかった。これ以上続ける若さが,さすがに今はない。その若さともさようならか?
子供の頃から,これは何だろうなぁ,と思い続けていた風景。この不思議な風景が福岡県の入り口だったのである。
ただし,本当はまだ熊本県,という,ややこしい風景。荒尾と大牟田の境は,本当にわからない。
それも含めての「不思議な光景」と,お別れになる訳だ。
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