「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

注意 関節疾患が介護の引き金

2019-10-21 06:02:45 | 2012・1・1
関西在住のインドネシア通の友人、S氏から昨日レターバックで資料を頂いた。その中に日経の医療WEBマガジン「Gooday」が入っていた。僕が先月から介護施設で膝のリハビリ治療を受けているのをご存知で、その参考までにと送ってくれた心配りが有難い。

「Gooday」の記事は高齢者医療、リハビリ治療の第一人者、原宿リハビリセンターの林泰史名誉院長の話をまとめたものだが、林院長によると、「関節疾患」が高齢者の要介護になる要因の中で脳卒中、認知症、老衰、、転倒骨折についで、5番目で10.2%という高さだという。。実は僕もその一人である。70歳代初め頃から、人並みに健康に留意、早朝のラジオ体操に参加したり、一日5000歩のウォーキングをしていた。しかし、今考えると、膝まで注意を配らなかった。

当時を振り返ると、僕は健康診断で肥りすぎ(90キロ)による生活習慣病だと指摘されながら、日常生活にはあまり支障がないので、5000歩も歩き、自転車を乗り回していた。その歩き方も理にかなったものではなく、膝に負担がかかっていたのだ。その結果6年前に左膝の人口関節を置換する手術をした。結果は良好だったが、リハビリを行わなっかたツケが回ってきてしまった。たかが”膝”ぐらいと怠ってはいけない。

平和万歳 母校のホームカミングデイに招かれて

2019-10-19 19:16:31 | 2012・1・1
母校攻玉社(旧制中学)のホームカミングデイに招かれて昨日久しぶりに母校を訪れた。母校とホームカミングデイについては、すでに2017年3月26日の小ブログで紹介済みだが、今年も卒業10年、20年、30年の区切りの卒業生と85歳以上の超OBを母校が招待してくれた。

僕は昭和18年4月から23年3月までの5年間、攻玉社で学んでいるが前半は戦時、後半は戦後の激動期であった。20年1月4日(2年3学期)から終戦の8月15日までは学徒動員を受けて軍需工場で働き、さらに戦後の10月1か月一杯も焼け跡整理で学舎を後にしている。

母校は20年5月23日の大空襲で、3回建てコンクリート校舎を除いて全焼した。当時僕らは交代で学校に宿まり、警備についていたが、亡父の日記によれば、僕も空襲3日前の20日に宿直勤務していた。

ホームカミングデイに招かれ母校を訪れ、往時のことが想い出された。僕らが汗を流して掘った防空壕跡はどこだか特定できず、僕らが教練に励んだ校庭は新校舎ができてすっかり狭くなっていた。しかし、焼け残った校舎は7階建てに増改築され、昔、紫宸殿しかなかった屋上はきれいな庭園に変わっていた。

70余年前、僕らが歌った応援歌”歴史は古き80年”は、今は100余年に変わっている(正確には156年前)ホームカミングデイは古い歴史ある伝統校ならではの行事だと誇りに思い感謝する。


東京五輪マラソン札幌開催 ”カヤの外”の小池都知事

2019-10-19 06:46:22 | 2012・1・1
東京五輪のマラソン、競歩を札幌で催す案について、小ブログは昨日、素人なりに勝手に推理して書いたが、IOC(国際オリンピック委員会)バッハ会長の発言を見ると、どうやら日本の組織委(森喜朗会長)がIOCに突如持ち込んだものらしい。正式結論は30日の関係者会談で決まるが、まず札幌開催は間違いない。

このIOCと組織委との交渉に開催地の東京が”カヤの外”だったようだ。先日、小池百合子知事は、冗談交じりに”暑さだけの変更なら、森会長も安倍総理も親しいプーチンに頼んで北方領土でやればよい”痛烈に批判していたが、昨日の定例記者会見でも”東京という冠の五輪なのに札幌マラソンとはいかなるものか。心血を注いで準備してきたのにと無念をあらわにしていた。

東京五輪パラリンピックは、会場選定の段階からボート会場の選定を巡って東京都と組織委との間に確執があったが、開催まで1年を切ったのに、この騒ぎである。先ごろのドーハの砂漠の猛暑の中での世界選手権がが会場代替えのきっかけだというが、あまりにも唐突だ。それに開催地、東京を抜きにしての話はおかしい。小池知事が怒るのも当然だ。

札幌代替え案は、小池知事の前に組織委から北海道出身の橋本聖子五輪相や札幌市にも伝えれていたという。代替え案には、マラソン出発点が札幌ドームとまで明記されているという。裏に利権はないだろうか。東京マラソンを放棄することは国にとって経済的大損失である。札幌開催には選手の健康面から賛成だが、同じ北海道でも北方領土が望める根室での開催はどんなものか。根室でも過去3回ハーフマラソンの実績があり、北方領土を世界にしらせるチャンスである。







東京五輪 マラソン札幌 ウラ推理

2019-10-18 06:45:31 | 2012・1・1
開催まであと300日を切ったというのに、IOC(国際オリンピック委員会)から、突然、東京五輪のマラソン、競歩の開催を札幌にしたらと提案があった。事前に組織委委員会(森喜朗会長)や開催地の小池百合子知事には通告はなく、降ってわいてきたような話というが、果たしてそうだろうか。

東京五輪の開催地については、小池百合子氏が知事に就任以来、組織委員会との間に確執があり、”震災復興五輪”を唱える知事が、カヌー競技などの開催地を宮城県登米市で開催を提案したが、組織委の反対で実現しなかった。その裏には政治的なものがあったようだ。以後、これに反発した知事は、小池色をより前面にだし、都会選挙で大勝するなど小池ブ―ムを作り出した。これに対して自民党都連をはじめ反対勢力が多い。

マラソンなどの札幌開催代案は、前もって小池知事や組織委にはなく、IOCが先月のカタール.ドーハでの世界選手権で猛暑の中でのマラソン競技で途中棄権者が4割も出た経験に基づき急遽提案されたように言われている、しかし、IOCといえども開催国の組織委や開催都市に事前の断りもなく提案するのは不自然だ。何か秘密裏に日本の組織委から札幌代案があったのではないだろうか。

選手の健康面を考えれば、猛暑の中での東京開催よりは札幌開催がよい。今年の気温を見ても男子マラソン開催予定の8月7日前後の気温は東京が35.8℃.35.6℃、34..4℃に対して札幌は30℃4,25℃3、22.4℃と10℃近く低い。しかし、東京は日本の首都であり、その中心を駆け巡るマラソンは東京五輪の華であり、象徴でもある。それだけに、東京にとっては損失だ。

開催まで10か月を切り、関係者も大変だが、喜びひとえなのは北海道出身の冬季五輪メダリスト(スピードスケート銅)の橋本聖子五輪担当相であろう。橋本大臣と森喜朗組織委会長との関係は知らない。しかし、三代続く江戸っ子の僕でも札幌マラソンに賛成だ。










"旗日”だった神嘗祭

2019-10-17 05:30:02 | 2012・1・1
今日10月17日は皇室の五穀豊穣を祝う神嘗(かんなめ)祭である。戦後の昭和21年まで、この日は国の祭日で学校は休みであった。秋空の下、各家ごとの軒下に日の丸をたてて祝ったのが昨日のようだ。子供だった僕らは「嘗める」の「舐める」の同感からくる可笑しさを笑ったりしたものだ。

今年は新天皇の即位を祝う大嘗祭があり、「嘗」の漢字が戦後生まれの世代にも知られるようになったが、戦前の祭日は、皇室の行事に沿ったものが多く、1月元旦の「四方杯拝」から始まって12日あった国の祭日のうち、神嘗祭と共に11月23日が新嘗祭(現在の勤労感謝の日)であった。

農耕国家であった古代から、わが国では五穀豊穣を祝うのが国の祭事の中心であった。今も皇室の行事の中には天皇陛下お田植えなどの形で残っている。

収穫の秋に襲来した台風19号の爪跡はあまりにも大きい。洪水で水浸しになった田畑が痛ましい。改めて国をあげて神嘗祭、新嘗祭の往時を想い出し、大嘗祭が無事成功裏に終わることを祈る。

台風の国会審議 焦点ズレの政争では

2019-10-16 04:45:21 | 2012・1・1
台風19号の甚大な被害を受けて昨日、参院予算委が開かれた。NHKテレビの中継で朝からこれを見たら、一番バッターで質問にたった立憲民主党の杉尾秀哉議員が自民党二階俊博幹事長の失言を取り上げた。二階幹事長が党の緊急幹事会で、”台風がまずまずで収まってよかった”旨の発言をしたという。例に例の如く野党の言葉尻りとらえ作戦である。

二階幹事長は発言を撤回したが、与党の幹事長の発言ではない。多少80歳同士の老人として同情すれば、幹事長の選挙区の伊勢湾台風(昭和34年)に比較すれば、人的被害(5000人)が少なくて済んだと思い”正直な”幹事長は口を滑らしたに違いない、しかし、60年前とは台風被害の内容が異なる。しかも今回の台風は関東信越東北と広域にわたっている。

野党が例によって”言葉じりとらえ”作戦に出るのではと国民は思っていたに違いない。二階幹事長の失言は見事にこれにはまった感じだ。失言捕らえではないが国民民主党の森ゆうこ議員の質問もピンと外れだ。東京台東区の避難所がホームレス二人の受け入れを断ったというものだが、参院予算委で取り上げる問題ではない。

昭和の三大台風、室戸(9年)枕崎(20年)伊勢湾(34年)とは時代が違う。人的被害は減ってきているが、社会基盤、インフラがまったく異なる。それにここ数年に見られる気象の変化だ。”まずまず”の政治感覚では困る。台風襲来から5日たっても5000人が避難所生活している、









またも停電、断水,充電 生活インフラ三重苦

2019-10-15 05:34:03 | 2012・1・1
三連休の最終日「体育の日」の昨日、家人の買い物の留守を預かり一日テレビで台風19号の痛ましい被害のツメ跡を見て暮らした。テレビの画面には「台風豪雨.被害」と「防災アプリ」の表示があり、上面にはたえず被害地向けの情報がテロップで流れている。

首都圏では、先月も台風15号の襲来を受け、千葉県が大きな被害を受けたが、今回は甲信越、東北と広範囲な地域にわたり被害も多岐なのでNHKも情報の処理が大変だろう。その情報の中で、千葉県下の停電32,690戸(14日)というテロップが流れた。千葉県では台風15号により停電完全復旧までに2週間余りもかかり、つい、この間、回復したばかりだ。

「停電」「断水」「充電」が被害地での三大情報になっている。生活インフラには事欠かせないからだ。2011年の東日本大震災の時はどうだったのだろうか。規模が違いすぎていたが、少なくとも、あまり「充電」は問題にならなかった。8年でも時代は移り変わってきている。

被災地の一つ長野市の千曲川の決壊地では昨日も小雨がちらついていた。”時によりすぐれば民の嘆きなり八大竜王雨やめたえ”(源実朝)である。これ以上台風の襲来がないのを願うだけであr。


台風19号 避難か待機か判断の難しさ

2019-10-14 06:04:09 | 2012・1・1
台風19号は東日本に甚大な被害をもたらした。昨日、小ブログは身の回りが安全だったのでノホホンと脳天なことを書いたが、実際は東日本の広域にわたりツメ跡を残していた。その大半は22河川の堤防の決壊によるもので、死者33人、行方不明19人を出し、まだ犠牲者は増えそうだ痛ましい。

僕がショックだったのはNHKテレビが昼前の放送で長野市穂保の千曲川の堤防決壊の現場から洪水で取り残された住民を自衛隊の隊員がヘリで救出している生中継であった。台風19号については、数十年に一度、最大級の台風ということで注目していたが、まさか千曲川にまで襲来するとは思ってもいなかった。

長野市の災害ポータルによると、穂保のある長沼地区に台風避難指示が出たのは13日0時57分で1時15分には千曲川の越水報告、2時40分には警告レベル5となり、何より人命第一にと避難勧告を出している。しかし、深夜のこの時間、堤防の決壊など予知しない、住民は市長名による避難勧告であっても避難できるだろうか。

穂保に近い下駒沢でも浅川が越水し孤立した、こには県立の総合リハビリセンターがある。長野市のポータルは1時35分、浅川の越水を住民に知らせ、避難を警告しているが、深夜、身障者の入居者はどこへ避難するのか。埼玉県川越市の特養老人ホームでは越辺川が決壊して孤立したが、施設長の過去の経験が役立ち、施設の高い階に移動、245人が無事救出された。

”少しでも命が助かる可能性があるなら”と気象庁は早期避難を呼びかけているが、誤解を呼ぶ恐れもある。今回も避難所に向かう途中、命を落とした方もいた。避難か待機か、難しい判断だが、気象庁のデ”-たーに頼らざるをえない。”形容詞”よりデ^-ターの判断である。





台風一過 ミニザクロの実

2019-10-13 06:36:00 | 2012・1・1
台風一過、東京は朝から雲一つない青空だ。朝食前に近所の散歩道になっている呑川緑道へ出かけたら台風に“耐えた”ミニザクロを見つけた。呑川は世田谷から目黒、大田区を経て東京湾に入る小川だが、昭和40年代の初め暗渠にされ緑道となった。それまではちょっとした台風でも洪水になった。

戦前、僕が住んでいた五反田の母方の実家には大きなザクロの木があり、よく食べたものだ。周囲からザクロの味は”死人の味”がするなどと言われたが、独特の甘い酸っぱい味はそんなこととお構いなく美味しかった。後年、昭和37年旅をしてレバノンのベイルートの街角でザクロをつぶしてジュースにして売っていた。二日酔いもあってその味のおいしかったこと。後で知ったのだが、ザクロの学名Punicaはレバノンの旧名フェニキアからきているとのこと。本場の味だったのだ

園芸にあまり関心がない僕だが、ザクロにミニザクロという園芸種があることを初めて知った。盆栽の一種なのだろうか。加齢のせいだろうか、さすがに食べてみたいという好奇心はなくなったが、ついでに緑道で見かけた他の秋の草をカメラにおさめてきた。