「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

人間魚雷と牛車の時代

2006-09-26 06:15:16 | Weblog
人間魚雷「回天」をテーマにした映画”出口のない海”を昨日、品川の
ホテルのシネマで見た。終戦時中学3年だった僕らは,特攻隊員につぐ
世代で、戦争がもう少し長引けば同じ運命をたどるところだった。
率直な感想は”懲り懲りの時代”、思い出したくないものを思い出してし
まったーというものであった。それだけ映画はよくあの時代を再現していた。

たまたま、僕らが勤労動員されていた六郷(大田区)の工場では「回天」
の部品を作っていた。「回天」と知ったのは戦後だが、当時僕らは”秘密
潜航艇”を作っているのを自慢していた。部品の鋳物には○六の印が書いて
あった。○六は「回天」で、海軍のもう一つの秘密兵器「震洋」(ベニア
板製)は○四と呼ばれていたとの事。僕らの作った○六部品は完成すると
牛車に載せられ出荷された。

映画では、「回天」隊員は事故であたら尊い生命を失っている。とっさに
僕は工場でヤスリを使って○六「回天」部品を研磨していた当時を思い出
した。牛車に積まれた○六も昨日のように目に浮かんだ。「七生報国}の
鉢巻をしても、これではいくら生命があっても足りなかった。

# 学徒出陣の歌 (ああ紅に血は燃ゆる)
  花も蕾も若桜 五尺の生命ひっさげて
  国の大事に殉ずるは 我ら学徒の面目だ
  ああ紅に血は燃ゆる   (野村俊夫作詞 明本京静作曲) 

映画を見た品川は戦時中戦地に向かう兵士と家族との別離の場であった。映画に
もそのシーンがあった。特攻隊員だけでなく数十万の兵士たちが,お国の
ために戦地に向かい、そのまま帰らぬ人となった。あの時代を知る世代に
とっては思い出したくもない。しかし、戦争を知らない世代にはぜひ映画
を通じて当時を追想し戦争の空しさを考えて貰いたい。