またたび

どこかに住んでいる太っちょのオジサンが見るためのブログ

WEEKEND-4

2009-01-09 08:09:58 | またたび
              4

ボスが気を使い、気持ちの整理がつくまでと二日間の休みをくれた。
久しぶりの休みをもらったヤフミは久々にスーツ以外の格好で街に出た。
自然と昼過ぎには目が覚め、六月の日差しの下、普段なら浴びることの少ない太陽の暖かさを改めて感じながら、街を悠々と歩いた。
目的を持たずにただひたすらに歩きたかった。アーケード内にあるCDショップから流れてくる音楽につられ、店の中へ入った。
最新の曲からインディーズの曲までが取り揃えてあり、ヤフミはまず洋楽から見ることにした。
視聴コーナーでヘッドフォンを耳に掛け曲を流した。
激しいビートが始まり、けたたましいドラムが脳に響いた。
 音楽の振動が頭蓋骨に伝わり、昨日殴られた右頬が少し痛んだ。ナオキとの出来事が頭に浮かび、表情が少し曇った。
気がつくと音量は最大限になっていたが、そのままの音量で聴き続けた。
ナオキに腹を立てているわけではなく、気持ちがまるで宙に浮いたままでいる不甲斐なさに、一番腹が立っていた。
自分でもうすうすは気づいていたが、敢えて、そこを避けていたところがあった。
ありとあらゆるジャンルを視聴し、時間が過ぎていった。あるコーナーで聞き覚えのあるメロディが流れてきた。
よく聞くと、それは昨日ストリートミュージシャンが歌っていた曲だった。昨日路上にいたのは、本人かどうかわからなかったが、今日は歌詞をはっきりと聞き取れた。
ブルースが似合いそうなしゃがれた声と夢を掴もうとしている歌詞に共感する一方で、言葉を追う度にヤフミにいっそう焦りのようなものを感じさせた。
 その時、ヤフミは後ろに誰かの気配を感じ振り向いた。そこには小柄な髪の短い男が立っていた。
 「あー、やっぱりヤっちゃんだ。覚えているか、おれのこと?」
 男は少し興奮気味でヤフミのことを指差した。ヤフミは男の目を見て、誰だっけ、脳の蓄積回路をフル稼働させた。
 オレのことをあだ名で呼ぶのは…小学生のときの同級生くらいだし…頭の中で小学生の卒業アルバムを開いた。
 なかなか思い出せず、数秒の間固まっていると、男はバスケットボールのシュートの真似をした。「あっ」とヤフミは思わず声をあげた。
 「マーボーか?うわ、懐かしい!何年ぶり?こんなところで何やってんだよ」
 ヤフミは右手を差し出し、再会の握手をした。
 マーボーことマコトは同じバスケ部で小学生から一緒に遊んでいたが、中学二年の冬に親の都合で引越し、そのまま音信不通になっていた。
 「ヤっちゃんこそ、平日なのに仕事はどうしたの?」
 雰囲気は少し変わっていたが、笑うと眼をつぶる癖は変わらずに残っていた。
 「今日はヒマ?立ち話もなんだし、どこかに行かない?俺、車で来ているからさ。久々のさいかいなんだし、ちょっとドライブに付き合えよ」
 そういうと颯爽と店を飛び出し、駐車場に向かった。マイペースのマサトの強引なところは、何も変わってなく、むしろ中学生のままで止まっているような気がした。
 一人残されたヤフミは、アニメの効果音が欲しいくらいの独特な走り方のマサトの姿を見て、思わず笑みがこぼれた。
 苛立ちもいつのまにか消えていた。車に乗り込むとエンジンを唸らせ、自信ありげな表情で車を走らせた。
 「ヤっちゃん、今何の仕事やってんの?バスケはまだ続けてる?歌手になる夢は諦めてないんでしょ?」
 車内のマイペースな質問攻めは終わることがなかった。
 マサトと会うのは中学三年以来だから、バスケを辞めたことや荒れ始めたことは知るはずもなく、ホストをやっていることなんて想像できないだろう。
 「まぁ、オレはいいんだよ。適当にやってる。つうか、それなりに稼いでいるから」
 左手にはめていた客からもらった腕時計を見せた。
 おおー、高そうな時計じゃん、横目で見ながら、興奮気味に言った。
 「マーボーは今何やってんの?確か先生になりたいとか、いってなかったっけ?」
 車は赤信号で止まり、マサトは胸ポケットから、タバコを取り出した。
 「今は一応中学で先生やってるよ…」
 視線は、信号を見ているよりも、もっと先に向けられていた。
 「おぉ、すげぇじゃん。ちゃんと夢を実現させてるんだ!」
 ヤフミは素直に喜んだ半面、マサトのことが羨ましく思えた。
 「先生は先生なんだけどよ…」
 溜息のように、気だるく煙を吐き出した。光が対向車のボンネットに反射して、マサトの表情を見ることはできなかった。
 「今のガキっては難しくてさ、そうもうまくいかないわけよ。壁みたいなのにぶつかっちまって、いわゆる先生の不登校ってやつ?有休使って休んでんだ。なんだろな、昔に戻りてぇよ。何も考えず、バスケばかりしてた頃によ。あの頃の俺らの担任も同じようになやんでいたのかな。ヤっちゃんはそれなりに稼いでいるみたいだね」
 青信号になったがタバコをくわえたまま、力強くアクセルを踏んだ。窓から見える景色がさっきより早く流れた。
 「マーボーは知らないと思うけど、オレも色々あってさ、腰を悪くして、中三の春にバスケ辞めたんだよね。そこから人生の歯車が狂っちまったって…ただの言い訳かもしんないけど…」
 言い訳、思わず出た言葉の後が続かなかった。マサトはタバコの火をもみ消し、否定の意味を込めて、首を横に振った。
 ヤフミは遠くを見つめながら、ようやく次の言葉を見つけた。
 「歌も辞めてしまったし、燃えてもないのに燃え尽きた感じの毎日で、大学に行ったけど、やりたいものも見つからず、今はなんとなくホストやってて、この時計も客からもらったものだから、自分の金で買ったわけじゃない…なんとなく、なんとなく」
 力なく同じ言葉が繰り返された。車はスピードを増し、ドンドン追い越していく。
 「ねぇ、いまからバスケでもしない?」
 車中の沈みかけていた空気を一掃するように、マサトは明るく切り出した。ヤフミは時計に目をやり、断る理由を見つけようとしていた。
 「でも、ジャージもってねぇぞ。しかも体、動かすなんてしばらくやってないし」
 何とか避けようとしたが、理由らしい理由は見つけられなかった。
 すかさず、マサトは自信有りげに答えた。 
 「大丈夫、大丈夫!なんとかなるって」
 こう決めこんでしまったら、マサトに何を言っても無駄なのは、ヤフミはわかっていたため、どうにでもなれと開き直った。
 それから続いた旧友との他愛のない会話と、梅雨を迎える前の晴れ渡る青空が、当時の記憶を鮮明に蘇らそうとしていた。
 30分くらい経つと公園に隣接されたバスケットコートに着いた。平日なだけあって利用している人がいなく、車のトランクからボールを取り出すと、マサトは勢いよくリングに向かい、ボールを力強く弾ませ、そのまま走っていった。

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