またたび

どこかに住んでいる太っちょのオジサンが見るためのブログ

WEEKEND-5

2009-01-10 08:12:05 | またたび
                  5
 「おめぇさんは何でホストをやっているんだ?」
 ボスのサングラスにヤフミの姿が映った。
 開店前の店は空調機の音だけが、不定期に鳴っていた。
 「オレはだな、ヤフミが店に貢献していることには感謝している。ただな、それ以上に何かがヤフミには足らないと思うんだ」
足りない?
 心の中でその言葉が次第に「見つからない」という言葉に変化していった。今に始まったことではないが、改めて聞かれると何も答えられなかった。
 「初めておまえを見たとき、人とは違うオーラが見えたんだ。それは今の売り上げに出てきている。 もう少し時間が経てば、ナオキを抜いてこの店ナンバーワンになる。そして、この先はどうするつもりだ?独立するまでホストを続けるつもりか?別に責めているわけじゃねぇ。ただ最近のヤフミを見ていると、感じたオーラが薄くなってきたような気がしたんだ。クリスマスの時も売り上げよかったし、次はバレンタインだから、風邪とかひくなよ。頼りにしているからな」
 ヤフミは立ち上がり、深く頭を下げた。ボスが去った後で、独りになったヤフミはタバコに火をつけた。
 その手慣れた仕草がすごく嫌に思えた。
 身に纏ったスーツも手につけている時計やアクセサリー。
 そして、香水という名の仮面をつけている自分も。独りで考え込むようになったのも、あの頃からだった。
 
 「早く、来いって」
 せかすマサトの声に気づき、車のドアに手を掛け、固まったままだったヤフミはゆっくりとコートに向かった。
 「ちょっと待ってろ。準備運動ってものがあんだろ。このままやったら、絶対どこか悪くしてしまうよ」
 深呼吸をし、まずは足から屈伸をした。ぴきぴきっと間接が鳴り、先行き不安な自分の体にヤフミは笑うしかなかった。
 時間を掛けて体操を終わらし、シャツを一枚脱いだ。
 香水はしなかったはずだったが、体に染みついているいつも匂いが微かにした。
 「腕時計しながら、バスケする気かー」
 すでに汗だくになったマサトがボールを抱えたまま言った。
 腕時計を外し、ポンと芝生の上にやさしく投げた。
 芝生の上に落ちた瞬間、ガラスの割れる小さな音が聞こえ、あわてて手に取るとガラスの部分にひびが入っていた。
 運悪く石の上に落ちてしまい、高価な時計が一瞬にして、価値を失ってしまった。
 「どぉーした?」
 
 「うわっ時計やっちまった。こりゃ修理だな」
 
 「また、買ってもらえばいいじゃん。はやくやろうぜ」
 常連の女社長から貰ったもので、彼女が来店するときは必ずはめていないと、いけなかったので、早急に直さすようになった。
 シャツのポケットに大事にしまい、待ちくたびれるマサトのもとへ向かった。
 「よし、やるか」
 ボールを受け取り、地面に二度弾ませた。ゴムの磨り減り具合やボールの弾む音は、すべてが当時のまま色褪せてはいなかった。
 太陽の暖かさも風の匂いもあの頃のまま、変わることはない。
 「うわぁ、めっちゃ懐かしい、この感じだよ、この感じ」
 そのままドリブルしようとしたら、右足にボールがぶつかった。
 結局変わったのは、歳をとった自分だけ。
 「おいおい、エース。やめてくれよ」
 マサトは腕を組み、急いでボールを取りに行くヤフミを笑った。
 「アホか、オレはスリーポイントの名手だっつうの」
 コートの端でボールに追いつくと、その場からシュートを放った。
 美しく弧を描き、そのままネットを揺らすかと思ったら、途中で失速しリングにも届かず、コートに落ちた。
 ボールの弾む音だけが辺りに響いた。
 「勘弁してよ、ヤっちゃんはオレの憧れでもあったんだから、そんな姿見たくねぇよ」
 ヤフミは何も言わず走り、高くバウンドしたボールを空中でキャッチすると、そのままシュートを放った。
 ボールはボードにうまく当たり、ネットを揺らした。
 「感覚が戻ってきたぞ。マーボー、1on1勝負しようぜ」
 「もち、望むところだ。いっつもヤっちゃんには負けっぱなしだったから、今日くらいは勝ってみせるぜ」
 月日は確実に流れていたが、あの頃の思いがヤフミの中から現れようとしていた。
 試合始めは互いにゴールしたら、点数を言い合っていたが、いつしか点数よりもバスケットボールを一心不乱に追いかけ続け、点数の勝ち負けの関係なくなっていた。
 長年使ってなかった細胞が復活したかのように気持ちよりも先に体が動いた。
 楽しい、楽しい。
 それだけが頭の中にあった。
 しかし、十代のような動きはそう長続きしなかった。
 音もなく過ぎ去る時間に身を投じていると、辺りの色が青から薄赤い色に変化していった。
 「マジきっついなー、限界かも」
 ヤフミの勢いよく挙げていた手も徐々に下がってきた。
 疲れを知らないマサトはヤフミを見据えて
 「オレの知っているヤフミはそんなもんじゃないぜ」
 マサトは鼓舞するように言い放ち、ドリブルを仕掛けてきた。
 それを聞き、ヤフミはきりりと表情を返し、大きく構えた。
 「あたりめえだっつうの、このままで終われっかよ、終われるかよ」

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