「年寄りは話が長すぎるよ。やっと眠眠の出番だ」水底目指して潜ったはずが、鏡の中から顔を出してキュートなソプラノボイスで言う。抜け出た全身はびっしょり濡れそぼっている。
「夢の中で夢魔に闘いを挑むなど、雨の中でマーメイドと闘い、嵐の夜に龍と闘うにも等しい。お前ごときに、万に一つの勝ち目もない」
「大きなお世話さ。夢魔と闘う究極の目標が現実になったよ」
「それなら、お手並み拝見といこう」
「孫は武芸十八般に通じておる。どんな攻撃を見せてくれるか楽しみじゃ」青龍がつぶやく。
十八般とは、時代によって区分けは若干異なるが、中国武術で使われる武器である。明朝・福建省の謝肇淛「五雑組」の分類では、最初が弓、第2が機械仕掛けで石や矢を発射する弩(ど)、第3に槍、第4に刀、第5が剣、第6が両刃の剣に柄をつけた矛(ほこ)、第7が盾、第8が斧、第9が大斧の鉞(まさかり)、第10が先に槍が付いた戈(ほこ)と矛が合体した戟(げき)、11番目が鞭、12番目が鞭に似た鐗(かん)、13番目が長柄武器ほど柄は長くなく、敵を引っ掛けられる打撃武器の撾(た)、14番目が刃のない棒状の戈の殳(しゅ)、15番目が叉(さすまた)、16番目が耙(まぐわ)。耙は、五本歯の万能熊手の一番長い柄の先に熊の手を模した鉄製の爪をつけたもので、平安時代末期より武器として使用された。敵を引っ掛けて倒したり、馬上から引きずり下ろしたりする目的で用いられた、17番目が綿縄套索(ぴんいん)、18番目が徒手格闘の白打とされている。
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すべてに通じた者などいないし、すべて見た者さえめったにいない現代では、すべてを使いこなす眠眠は希有な存在だった。だが、異なる時間の概念に住む夢魔には学ぶ時間は無限にあった。
「眠眠の秘密をもらしたりして、不利になったらどうしてくれるんだ〜」
「ケチな了見では笑われるぞ。客人はもてなすものじゃ」
「それでは、こちらから未知の世界へ案内してやろう。お嬢ちゃんのために」サマンザが純金のブレスレットを回転させると、場がナイトクラブに変わった。
ステージでシャーデーが軽快に唄う。もちろん曲はスウィーテスト・タブー。各テーブルでは酔客とホステスがバレンタインデーに似つかわしい喧噪を作り出す。初めて見る蠱惑に、眠眠は見とれてしまう。男が誘い女ははぐらかす。男は最初からだますことしか考えておらず、女も裏切ることしか考えていない。すべて折り込み済みで、あえて楽しむのが大人のゲーム。
だが、次の瞬間。ヒュン、ヒュン! ダーツ投げに興じていたジゴロ風の男が、ハート型の矢を次々と飛ばしてくる。
キン、キン! 純銀の魔剣を一閃し眠眠がはじくと、掌中にダーツが納まる。「キューピッドじゃあるまいし、オリジナリティ・ゼロ!」矢を投げ返すと、額を貫かれたジゴロは夢の中に解けていく。
「対峙した瞬間、我らは理想の相手になるはず。お前、恋愛ヴァージンか?」
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