「気持ちだけもらっておくとしよう。自ら命を絶つは、死を最上の体験と位置づける死の神の一族にとって最大の罪。それゆえ、よみがえることはできなくなる。我が望むのは、『不死身の悪魔姫』の伝説のみじゃ。伝説になってしまえば、未来永劫に名誉を得ることがかなう。人間共はわかっていないようだが、死はけっして恐れるべきものではない。意味のある死を生きるため、生のすべてはあるのじゃ。無意味な生にしがみつくことなどに何の意味がある? それに我が取り付いた夏海という娘、精神力がなかなか強い。すべてを取り込んだつもりが、完全には取り込めなかったようだ。日に日に息子トミーを思う気持ちが我の心中にも育ちつつある。フン、くだらない母性愛やらと笑うがよい。さあ、もうおしゃべりは終わりだ」
ドルガが上空に向かって叫んだ。ターナートーース!
暗雲が立ちこめると青白いドクロの面をかぶった死神タナトスが、蒼ざめた馬に乗ってこつ然と現れた。ドルガが語りかける。
「我は、死の神トッドの娘ドルガなり。我が命を断ち、夏海という娘の魂に再びこの身体を与えんと欲す。四人の魔女の内、精神世界の闘いに独り勝利したのだ。我が父の名においてなされた気まぐれを聞いてもよいであろう」
一瞬、迷ったタナトスだったが、切れ味するどい大鎌を振り上げるとドルガの首を落とした。なぜか仮面であるはずの目から、涙が一筋流れた。
タナトスはおそば仕えだった頃から、ドルガをずっと愛していたためだった。ドルガはそうした気持ちを知ってか知らずか、自らを愛する相手に命を奪う役を演じさせた。タナトスはドルガの見開かれた両眼を手で閉じると、暗雲の中に立ち去って行った。
ドルガの死を見届けたアストロラーベの行動は、すばやかった。
時空変容ミラージュの儀式の終わりを告げる呪文が始まった。
大いなる時よ、再びその歩みを始めよ
大いなる時よ、しばしの眠りを解き
大いなる時よ、我らを元の世界に戻すがよい
大いなる場よ、再びその動きを始めよ
大いなる場よ、しばしの眠りを解き
大いなる場よ、我らに人間界への帰還を許すがよい
メギリヌ、ライム、リギス、アストロラーベ、スカルラーベ、マクミラ、ミスティラ
そしてすべての神界に所縁あるものたちよ
いざ、我とともに人間界へ戻り行かん!
気がつくと、全員がパフォーマンス・フェスティバルの舞台に戻っていた。
マクミラがアストロラーベに聞いた。「どうするの?」
「知れたこと。ショーは続かねばならぬ(“The show must go on.”)。大丈夫だ。観客の記憶は第四幕直前で止まっている」
全員がアストロラーベの答えにうなずくと、「砂漠の魔人の城〜ミラージュの伝説」の後半部分が始まった。
だが、アストロラーベは安心のあまり気づかなかった。
ミラージュの儀式が終わる瞬間、666分間のタイムリミットをコンマ6秒すぎてしまっていた。
さらに、涙で目を曇らせたタナトスが大鎌の手元を狂わせたため、精神世界に残されたドルガには首の皮が一枚残っていた。
誰もいなくなった精神世界で一陣の突風が吹いた時、一度閉じられたはずの悪魔姫の充血した双眼が見開かれた。
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