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日々の出来事から国際情勢まで一刀両断、鋭く斬っていきます。コメントは承認制です。但し、返事は致しませんのでご了承下さい。

私の視点 必須科目の履修漏れに思う

2006-10-29 01:25:04 | Weblog
 高校の一部で必須科目であるにもかかわらず定められた授業をしていなかったということが発覚、問題化している。

 これはいずれも受験校で起きたことだが、マスコミは大騒ぎだ。だがしかし、マスコミの記者諸君、このことは、あなたたちにも身に覚えがあるのではないか?
 
 私事で言えば、もう40年以上前のことだが、通っていた高校でもそれに近いことが行なわれていた。文科系と理数系に分けられた3年生のクラスでは、受験に不要な必須科目は、授業こそ行なわれていたものの実態は履修漏れと何ら変わりはなくて授業形態をなしてはいなかった。

 私は文系クラスに属していた。そして現役受験生の時は、私立大学受験しか頭になく(浪人して国立大学受験に変更した)、理数系や社会科の授業の一部は興味の対象外となっていた。生徒の多くは国立を目指していたが、社会科と理科の選択の偏りは見られ、私のクラスでは物理と政治経済が最も人気のない授業であった。

 3年生になると、教科を選択しない生徒には、授業中の“自習”が黙認された。それらの人気のない教科の学期試験では、卒業するのに最低必要とする40点を取らせるために、くだらない問題が出されたものだ。物理の試験では、40年前のこと故記憶は正確でないが、「お酸子ちゃん(体重xxキロ)」が「お水子ちゃん(同〇〇キロ)」をおぶって体重計に乗ったら何キログラムになるか、というような駄じゃれにもならない問題が出されて、あまりのくだらなさに「反抗心の塊」であった私がでたらめを書いたら教員に呼び出されて「そういうのを親の心子知らずと言うのだ。今度やったら赤点だぞ!」と油を絞られた。

 私のクラスでは、不人気の授業が、ほとんどの生徒が無視する中、淡々と一年間続けられていた。私はそんな空疎極まりない雰囲気の中で授業を進める担当教師を「生活のために自分を押し殺す最低の教員」と軽蔑していた。

 ある時、政治経済の教師である私の担任Tが自らの授業に教育委員会が視察に来ることを告げた。視察団の前で模範授業を行うのだと言う。クラスの中で政治経済を受験科目にしていたのは、私の他にはいなかったように記憶している。だから、通常授業を熱心に聴いているのは実質的には私だけであった。ところが、私は授業中、Tの教えるのを静かに聴いている方ではなく、常に彼の教え方や知識不足に対して難癖をつけていた。早い話が、私はその教師の嫌われ者であったのだ。

 Tは、視察のためにだけ模範授業の予行演習まで行なった。綿密なシナリオが作られた模範授業は普段の授業とはまるで違う内容であった。「模範解答」をする役を仰せつかったのは、いわゆる優等生。だが、彼は「東大一直線」タイプの生徒で、受験科目以外の授業など、普段は「時間の無駄」と注意を払うことすらしなかった。

 私は予行演習が終わった後、「俺はあの授業をぶっ壊してやろうかと思う」と何人かの友達に相談した。「内申書に何が書かれるか考えろよ」と諭す者と「俺もお前を後押ししてやるよ」と背中を押す者に意見は割れた。背中を押してくれると言ってくれた友達には、彼らを巻き込みたくなくて「俺一人に好きにやらせてくれ」と釘を刺した。

 数日後、いよいよその時がやってきた。視察団が教室の後ろに並ぶと、シナリオどおりに授業が進められていく。私は大人しく“模範授業”が終わるのを待っていた。

 授業が終わると、ぞろぞろと視察団が出口に向かい動き始めた。

 「教育委員会の方たち、こんな授業で何か参考になるんですか」私は立ち上がるなり声を上げた。そして、T教師がこの日のために予行演習までして実態とかけ離れた授業をしたことを告げた。

 Tは顔を真っ赤にして「心外だ、心外だ」とうろたえた。そして、言い訳をしよ
うとした。

 視察団は何事もなかったように静かに教室を出て行った。

 この問題は、停学処分を覚悟した私を肩透かし。私はその後、学校側から呼び出されることも処分されることもなかった。ただ、大学受験の内申書には、担任であるTの「仕返し」がハッキリとした形で記されていた。政治経済の評価は、ほぼ満点を試験で取っていたはずだが、5段階評価の3。私の人格の評定も、「協調性」から「自主性」まで10項目ほどあったと思うが、見事に最低評価が並んでいた。

 今回の出来事に、私の40年前もの経験を披瀝しても何の参考にならないと考えられるかもしれないが、私の目には、文部科学省から教育委員会、そして、教育現場までもがこの半世紀の間、何ら変わっていないように見えてしまい、黙っていられないのだ。もちろん私の投じた一石など、教育界に影響を与えるどころか、記録にもとどめられていなかっただろう。

 マスコミのカメラの前にただただ頭を下げ続ける人たちを見ていて、思わず40年前のことを思い出したが、それにしても可哀想なのは、これまで学校側の(受験)実績作りに振り回されてきた生徒たちだ。聞くところによると、これから卒業までに、今までの「ツケを払わされる」という。具体的には、休みの日や放課後を使って行なわれる授業を受けねばならぬらしい。

 これから受験の追い込み態勢に入る生徒に何の責任があるというのだろう。どう考えても彼らに落ち度はないはずだ。この問題の責任を取らねばならぬのは、教育委員会や学校側ではないのか。教育委員会や学校側の幹部はカメラの前で世間に謝るのも結構だが、まずは、生徒たちに謝るべきだと私は考える。

 また、このところ連続して明らかになっている、イジメ事件の隠蔽工作を見ても、問われるのは、体制側のそういった「臭いものに蓋」「見て見ぬフリ」体質であることは誰の目にも明らかだ。抜本的な教育制度の改革が叫ばれて久しいが、この辺りから掘り下げていかないと、しばらくすればまた元の木阿弥になりかねないだろう。

 では、安倍内閣の肝入りで始まった「教育改革」に期待を寄せられるかというと、それは無理だろう。ずらりと並んだ委員の顔ぶれを見ると、どの御仁も本気
で教育問題に取り組む方たちではない。「教育の専門家」と言うよりも、どちら
かと言えば、マスコミ受けするパフォーマンスを得意とする人たちの集まりに思
えてならない。

 教育が「国の骨格を形成する」と本気で思うのなら、「美しい心」とか、「国
歌斉唱」などをスローガンに掲げてその下に集わせるなどといった「魂不在」の
やり方ではなく、遅きに失したとはいえ、教育現場の抜本的な改革に正面から取
り組む正攻法で挑むべきだ。親たちも、目の前の受験に左右されるのではなく、
子供たちを将来、少しでも暮らしやすい社会に送り出したいと考えているのであ
れば、体制側にいい意味での圧力をかけていくべきだと考える。
 

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