宇宙の彼方から

自然の不可思議な森羅万象に揉まれる自分や他人の有り様を見つめる。

イスラムって何だ?

2006-12-21 21:43:57 | 政治
先ほどNHKにて、トルコのEU加盟についての問題を指摘していました。
問題点の大半はイスラム教の教義にあるようです。
私も流石にイスラムの唯一絶対信教の教えは、非常に攻撃的で他宗教との折り合いがし難いものと思っていました。
もし、日本にこのような宗教が蔓延してきたならば、日本政府も黙って見過ごすことはできないのではないでしょうか?
EUの偏見の除去と入るを拒まずの器の大きさ拡大を是としたい気持ちと、イスラムの偏向教義を不安嫌悪する気持ちとの、相反する気持ちは非常に良く分かります。
これは共産国家や社会主義国家や軍事国家を抱え込むよりも、解決の難儀な問題でしょう。それぞれはその一国のみの支配権を持つもののみなのですが、イスラム教自体は問題のなかった他国にもその影響力を及ぼしますし、いつか紛争の火種になるのは見えてもいます。
確かに、民主国家と言えども、アメリカのように軍事全体国家に近しいような事を為してしまうこともありますが、それでも、宗教に強制性はなく、自由性は存在しています。
もろもろの宗教や無宗教を非とする、オールイスラム国家社会は、それを聞くだけでゾッとするのではないでしょうか。
それこそが全体主義、絶対主義の最たるものでしょう。
その絶対、全体主義の中からは、自由な発明、発見、発想も生まれなければ、自由な、奔放な芸術も生まれ難いのです。

ただその中だけの産業技術であり、家庭生活、社会生活であるからにして、視野が狭い分、世界の発展からは大きく取り残されていくのは自明の理と申せましょう。
だから宗教の教義によって、国家の経済的、技術的、思想的隆盛は阻害されていくものと思われます。
経済も技術も思想もみんな「良いとこ取り」をしていくから発展していくのであり、その変化に適応できない種類は、衰退していくしかないのである。
それは、アメリカ、アジアとの競争に於いてのEUにとっては致命的であり、問題点を孕んだ選択は到底容認できるものではない。何パーセントかのイスラム人を擁するEUにとっては、これ以上のEUのイスラム化は避けたいのであろう。

さりとて、アジアにトルコが組するか、と言えば何処の国も首を縦に振るには難しい問題が多々ある。
吸収力で言えば中国であるが、顧客層としての存在感はあるにせよ、最も必要な資源国としての価値感となると、はなはだ疑問を持たざるを得ない。
結局、その宗教の攻撃性、排他性、独尊性、強制性に於いての変更が為されない以上、イスラムはイスラムで固まるしかないであろう。

郷に入れば郷に従え

かと言いながら、この攻撃性も排他性も独尊性も、強制性も、イスラム国家建設の大儀によるものなのだろうから、他から白眼視されるのも覚悟の上なのであろう。