あんこさんモノローグ

CafeTenのあんこさんのひとりごとです。

『 久しぶりの・・・ 』

2008-06-28 16:27:46 | こんなコト ありますけん
2008・6・28




先日、 いつものように ( 『 髪の毛の話 』 参照 ) 

髪を切っておりましたら、

縛る位置が高すぎて、ゴムをほどくと 二段カット ( わっ  )

になっておりました



私の場合 髪の毛は、しばって まとまってさえいればいい のですけど、

意外に量が多いので、超強力デカデカピンでと留めたりしてます。



ところがその短い所あたりから、 

おさまりきらない髪がバサバサ落ちてきて


とても仕事にならん



・・・で、どうにもこうにも・・・って感じで仕方なく、数年ぶりに

 「 びよういん 」 なるものへ行ってみました




お友達のMチャン行きつけの所なので、紹介してもらい、

シャンプーしてもらって

( 最近、他人にしてもらったことがなかったから、メチャ気持ちいいでした 


もう、女王様になったよう・・・


( ・・・いや、ちょっと言いすぎですけど、すっごいゼイタクな気分なりました 




せっかく行ったんだから、「 切った 」って判らなきゃ、意味ないじゃん



少し切っただけなら、結局しばってアップにして、 おんなじ髪型になるんだし・・・



だから、「 ガンガンやっちゃってくださ~い   」って感じで、

バンバン切ってもらっちゃったのよ。





ここ数年、短くしてなかったから、お客さんの反応のすごい事





で、普通は、

いいじゃない」とか「似合ってるよ」とか「可愛いじゃん」って、言わない??



ほとんどの人の第一声・・・



 どうしたの  」「 何があったの  」



・・・・・・・・


そんな事しか言えんのか   





仕方ないから、

 失恋した 

って言ったら、

 昔の中学生じゃないんだから・・・    」

と、冷たく突き放された。



しょうがなく翌日は

 自分探しの旅に出ようと思って・・・ 

と言ったけど、

 じゃ、2,3日 店を休むの  

とからかわれ、




最後は、

 新しい自分を発見しようと思って・・・ 」・・・と、

私がパーソナリティをしてる とあるラジオ番組の オープニングのセリフ

を言ったら、ウケたのは 

そのラジオ局の番組担当デレクターだけ だった・・






2週間後には、強引にでもしばって、またいつもの髪型にしてやる  

・・・と、ちょっと思ったわたくしでした。



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『 ビバ! 張り紙 』

2008-06-24 09:46:05 | こんなコト ありますけん
2007・10・7





先日、お買い物の為、

巡礼街道(の方)に、車でお出かけした時の事  

待ちをしていた私の目に飛び込んできた、

理容店の壁に貼られたある張り紙・・・  

『 安くて早い、男と女のカットの店 』


・・・男と女・・・って・・・

ま、確かにどちらも利用できますわ。・・・理容店と言えども・・・

そして、その隣のガラスの扉には、こんな張り紙が・・・

『 威張りたい方 お断り 』 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

いいなぁ・・・


好きだなぁ・・・


「 信じらんなぁーい これ、全然 コウダクミじゃないじゃん 」

とか、

「 おい、おっさん!俺様をキムタクにしやがれ 」

などと

『 のたまうお客さん 』 はお断りって事か  


自分の予想もしなかった髪型になろうとも、

店を出る時には
  「・・・ど・・ どうも・・・  ありがとう・・・」などと、

涙を浮かべながらもお礼を言ったりするのかな


うちも今でさえ

「こんなお客様はご遠慮いただきます」   と、

やんわり丁重に??) お断りしていて

 注文の多い料理Ten 』・・・なんて威張ってるけど、

これは効くよなぁ・・・  


うちもやろうかなぁ・・・  


  店主が威張る ・  男 と 女 の [ 注文の多い料理Ten ] 』



どうだ
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『 髪の毛の話 』

2008-06-23 20:26:43 | こんなコト ありますけん
2006・6・5




私は  前髪がありません 

作っていません  

前髪は

『 切って作るもの 』  ・・・でございますから・・・  




幼稚園の頃までは、おばあちゃんが毎朝、  私の髪を結ってくれていました



腰まで伸びたながーい髪を、容赦なく櫛で梳かし

痛いんだな、これが・・・


椿油を少しつけ、おだんごの中から一部を下に垂らす・・・


いわゆる

おしゃれなポニーテール』をいつもしてもらってました。





小学校に上がると、大変なのでばっさりと髪を切り、その後は、

あまりきちんとしない髪型で、気にせず過ごしておりました。




いつもばさばさ

前髪も伸ばし放題・・・・




前髪が目が隠れるほどの長さになっても平気で、

 おしゃれ 』なんつうモノを、

まったく気にかけない子供になりました





あの 『 例の父 』 は、そんな私に

「前髪を上げろ 「おでこを出せ

といつも叱っておりました。





えー?やだぁー おでこ出すなんて恥ずかしいじゃん

・・・と言う言葉も、


勿論言えない私でしたから、(『パパからの期待度参照・みてみて 


口に出さず抵抗する私に、父は毎日言ってました。





「おでこを出すと、理知的に見えるんだ。

女はな、

『 1に器量・ 2に愛嬌・ 3に(が良い) 』だ




・・・え・・・



・・・・そうなの・・・・



・・・・・顔が一番なの






とにかく、そんな事を 平気で子供達に言ってた父でした。

(ちなみに母は、『女は愛嬌』って言ってましたが・・・。)







・・・・・で、その私が、今、前髪がない。



2年前、 時代劇  に出る事になる時、思ったのですわ



時代劇って、前髪ないよな・・・。

簡単な日本髪だもんなぁ・・・。


突然おでこ全開だと、舞台見に来た人が

びっくりしちゃうよなぁ・・・


芝居より

そっちが気になったらまずいもんなぁ・・・・




・・・・じゃ、今のうちから上げとくか・・・



って感じで、普段から見慣れといてもらおうと、

前髪を上げ始めたのがきっかけなのです。





イマドキの人は、男性でも、1ヶ月に一回くらい美容院に行く人いるけど、


前髪切るだけのために、いちいち美容院行けないし


そうなると、目にかかれば自分で切るしかないし




・・・・・どっちも面倒・・・




それでも昔は、

トレンディドラマのカクチカコさんみたいに

当時流行りの 『 奇妙な前髪

を、していた頃もありました。



まるで、

カーラーをはずしたそのままの、固まった前髪

を、仕上げる為に、早起きして、

ホットカーラーだの、スタイリング剤だの、ドライヤーだのやり放題で

前髪に命を燃やしていた頃も・・・・



そんな事もあったわねー。ああ、めんどくさい




・・・んなこんなで、今はおでこも顔も出しました。


一度前髪を上げたら、もう下ろせないのよ。

邪魔で邪魔で、うざったくて仕方ないから・・・。




そういえば、

もう一年は美容院に行ってないなぁ・・・




でも、3回は髪を切ったよ

前髪どころか、後ろ髪も


自分で切れるようになれました



髪をゴムで一つに縛り、垂れてる部分を左手で掴む

そして、縛った根元から

じょきじょきじょき・・・・・



簡単でしょ

100均の工作用はさみでOK




なんか、最近

私って、女を捨ててる 

って、うっすら思ったりしてます・・・
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『 パパからの期待度 』

2008-06-23 17:06:24 | こんなコト ありますけん
2006年6月1日




私は次女であります



は、お勉強も出来て、素直で、

親の期待を一身に受けているのにそれに逆らいもせず

( 逆らえなかったんだろうが )

ま、長女の宿命を背負わされた

ある意味、お気の毒な立場のおねーちゃんでした。




姉は本家の長女(女二人姉妹)なので

婿をとって家名を絶やすな」とか

と土地と墓はお前が守れ」だとか

はたまた 「 家業を継げ

・・・とまで言われていました。





私たちのパパは 『 えらい恐ろしい人 』 で、

昔ならよくありがちの

お父さんの言う事は絶対 』で、

子供の頃の私たちは

「 はい 」 以外言えない  こわーい父でした。




そういう家庭で育った姉妹だったのです。





まあ、それも大人になってくると、さすがの姉も

自分の道 』なるものを主張し始め、よく父と揉めていましたけど・・・




ある日、

それらのゴタゴタがにっちもさっちも・・・という話し合い

(  実際にはケンカなんだけど、精一杯の勇気と根性で言い返していた姉  ) を、

黙って聞いていた私(  次女の私が口を出せる雰囲気じゃなかったから・・・  ) が、

これまた勇気を振り絞って発言した





「  お父さん、お姉ちゃんがイヤだって言うなら、私がこの家を継ぐよ 。 」



父は一言答えた。




 お前じゃダメだ 」



・・・・・・・・・・・・・





まあ、そんなこんなで、結局平行線のまま月日は過ぎる・・・。




その頃確かに

「お前は次女だから好きな事していい」と言う

嬉しいような寂しいようなお言葉に乗っかり

好き勝手をさせてもらってはいたので、

偉そうな事はいえないけど・・・




結局姉は

自分で選んだ愛する人 』と結婚しました



ダンナさんはこっちの家に入ってくれたけど、お婿ではありません

いわば 『マスオさん』



姉は苗字を変え、やりたい職業に就き、とりあえず

と土地とお墓は守ってくれています




私は・・・というと、

『父の言う通り』やりたい事をやり

父の遺言に逆らい今のダンナさんと結婚し

今も好き放題に暮らしているけど・・・






さて、本題に入る    (・・・って長-よ!)



姉が結婚し、かわいい孫もでき、

あの父その孫娘

菜々ちゃーん、じいと一緒におぼちゃ(お風呂)入ろうかぁ~

などと目を細めて言っている様を見て、

家族中ひっくり返って驚く頃からは、

白羽の矢は当然のごとく、私に向き始めたのです。

あれま。。。




あの男はいい奴だ。あれと結婚しろ

だの

ミスコンに出ろ

だの、

なぜだか

自衛隊に入れ

など・・・、

無謀で脈絡のない意見に振り回された時期でありました。





父が一番よく言ってたのは

家の近所で一杯呑み屋をやれ」でした。



家の近くに店を建ててやる。そこで焼き鳥屋をやれ。

肉はうちから持っていけばいいしな。ははは・・・

ははは・・・ってねぇ・・・




養鶏業だったから、鶏肉は売るほどあった  

・・・と言うか売っていた・・・





髪の毛はお団子に上げて、かすりの着物に赤い前掛けをして・・・



・・・・・ユニフォームまで決められた・・・





多分父は、娘たちを自分の近くに置いておきたかったのでしょう。

そして晩年は、歩いていける所にある

私が女将をしている焼き鳥屋さん』で

ご近所のおじさんたちと一杯やりながら、私の子供をだっこして

じーちゃんだよー

なんていう年寄りになりたかったのかもね。





働いて働いて、そのままあちらに逝ってしまった父の、その夢は叶わなかったけど、

今も元気なら

あなたが猛反対した私の結婚相手の店で

カウンター越しに、昔話を懐かしむ姿もあったかもしれない・・・・





・・・・などと、楽しい夢を見る私でした
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『 物忘れ対策 』

2008-06-23 16:03:48 | こんなコト ありますけん
 2006年1月23日






まあ、この齢ですからよくあることですけど、


いろんなもの忘れるよね





街角で「こんにちは」なんて言われる事すら

(・・・・誰??)

恐ろしく感じる今日この頃です   




2歩歩いて

・・・・・なんだっけ・・・」ってな感じですし、


ドアを開けた瞬間

・・・・・・」・・・・とかね。




とりあえずもとの位置に戻れば・・・

引き返してはみるものの

それで思い出せるくらいなら、まだマシってもんだよねぇ・・・





最近流行の「任○堂の脳トレ」が本気で欲しかったのだけど、

DS本体の値段を聞いて断念したわい




でも、私が興味津々のクイズ番組が増えたけど、

を見る時間はないしね。





で、決めた



『 そうだ 日記を書こう 』   




「何でそうなる?」って思ったでしょ。



でもさ、

おとといの夕ご飯何食べた?」どころか、

「昨日の昼ごはん」だって思い出せないわけよ




「○○ちゃん、昨日来た?」

・・・うーん・・・昨日だったっけ・・・あれ?おとといだっけ・・・

ってな調子だから・・・・





・・・・でね、今年の頭から 「 5年日記 」 をつけ始めた。

一頁に5年分書けるやつ。



「去年の今日はこんな事あったんだ」とか

「5年前はこんなことしてたな・・・

・・・と、思い起こせる(かも知れない)からね。





で、まだ一ヶ月も経ってないけど、とりあえず続いてる




ところがだ




毎日書かないから(たいてい2日分まとめて書くからね)

おとといの事を思い出せない



日々驚くような事ばかりじゃないから

「昨夜は○○ちゃんが来て3時まで盛り上がって...」とか

「久々に○○君が、彼女と一緒に来たよー」

くらいの内容なのに


それが思い出せない





・・・どういうもんだろ、これは・・・





最近では、本当におもしろい内容のものは全然ない毎日なので、仕事中


よしこれは日記に書いておこう


なんて、心に決めておかないと

それ自体を忘れる



あー・・・・・

でも、とりあえずやる

やると決めたからにはやる




そのうち

日記を書いていることすら忘れる日

が来ない事を、

切に願うばかりです

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『 サーカス嫌い! 』

2008-06-22 15:18:39 | こんなコト ありますけん
2005年11月24日




友達のAちゃんのブログに、

「 薬のCMが怖い 」と言うのがありました。

(・・・らしい。まだ読んでいないのだケド・・・)



それについての反響が多く、Aちゃんも驚いていたの





私は、CMではなく 幼い頃

「 富山の薬売り 」(当時は結構いたのだ)が、

行李を担いで家に来たのが怖かったなぁ・・・



普通に現われ、

縁側で慣れた手つきで救急箱をあさり

「 そんなにはいらないだろう 」と言うほど同じ風邪薬を5箱も入れ替え

またそれらのパッケージが

手書きで怖いのですわ




おなかの薬の紙の袋には、

なぜか恐ろしい顔のだるまさんの絵だったり、



女性の病気に効くという薬の箱は、

「 ホントに元気になれるんだろか 」と言う感じの、

着物姿の青白い顔の女の人だったり・・・




ああ、

風邪薬は「ピタトン」という名前で、

(ピタッと止まる???)

風邪を引くと良く飲まされたけど、

・・・効いてたんだか・・・・・・。





なんともそのときの、怪しげな雰囲気だけが印象に残っています




帰りがけに、

紙風船をもらうのだけを楽しみに

その数分間を耐えていたのだと思います





で、本題に入るんだけど、

私は「サーカス」が嫌いです


・・・というより 怖い





別に、いたずらをした時、親に

「 サーカスに売るよ 」と脅かされたわけじゃない。




ピエロのあの唇が

「 ニマッ 」 と耳までさけた笑いも、

猛獣の檻の裏側乾いた土埃も、

空中ブランコで揺れてる首の長い女の人もみんな怖い




「 ジンタ 」 などかかろうものなら、泣き出しそうになる





小学校の時、江戸川乱歩を読みふけっていたためだと思うけど、 

いまだに、テレビでやってるサーカスですら、見る事ができないのです




だから?・・・って言う訳で、私はこれからも、


サルティンバンコも、アレグリアも、も、

きっと観る事はないと確信しています
 
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『 気さくな人 』

2008-06-22 14:49:31 | こんなコト ありますけん
2005年11月18日




私は見た目が良くないらしい



特に若い頃は、話をしないと 「 ツン 」 として、とっつきにくいように見えた

・・・らしい。



子供の頃はクラスの男の子に

「 おすまし 」と呼ばれていました。

( 思い出したくない~・・・ )




高校に上がるまでは

男の子とまったく会話ができなかったので、

男子と気軽に冗談を言い合っている女の子を見て、

「 私には一生男友達はできない  」と、

本気で思い込んでいたのです。




それも高校時代には徐々に変わってきて、

少しづつ男の子とも話せるようになってきたケド・・・




大人になると

「 あんこさんって以外に気さくな人なんだね 」

と言われるのが嬉しくて、

当時は、私にとって

最高のほめ言葉だと思ってました





ところが最近は、その 「 気さくな人 」 と言われるのがなんとなく嫌になってきた

まあ人はどんどん贅沢になっていくものである なにえばってんだ




理由は最近になって解かったよ。



テレビやタウン誌などの 「お店紹介」 でよく出てくる、

気さくな女将さん 」 と言う言葉が引っかかるのです



「いいじゃん!」・・・って思うでしょ?



でも私が知ってる

気さくな女将さんのいる店 」のその 「 気さくの人 」 って、

気さく過ぎてついていけない人が多いの


・・・・と言うよりフレンドリーすぎると言うか、馴れ馴れしいというか・・・



初めて来てくださったお客さんに、

のっけからタメ口かよとか、


たいして親しいわけじゃないのに、

「だからアンタは・・・」とか、お説教されてもね・・・





「もう少し距離を置いてくれないかな、まだ友達じゃないし・・・。」

・・・などと思っちゃうのです





私も、結構仲良しのお客さんには、言いたい放題だけど、

時期を計り、状況を見て、少しづつ近づいて来たとは思っているのね。




でも、最近の私へのほめ言葉ってのもあんまりないなぁ・・・

というよか、

この気持ち、伝わりにくいよなぁー・・・
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『 アイドル ぱくちゃん 』

2008-06-21 20:59:51 | こんなコト ありますけん
2005年11月5日




数ヶ月前に我が家に来た

ベタのぱくちゃん




ぱくちゃん 」という名前は、アパート住まいだった頃、

ペットにした金魚を見て、2歳くらいだった娘が

  お口、ぱくぱくしてるねぇ・・・。」

という事で名づけ、それ以降、

金魚は全て「ぱくちゃん」なのだ。




娘が、お祭りの金魚すくいが得意になった年齢 には、

一度に13匹も飼っていたけど、

名前は全部

ぱくちゃん1号、ぱくちゃん2号、ぱくちゃん3・・・




・・・あまり区別はついていなかったけどね・・・





・・・で、そのベタのぱくちゃんは、

お日様の光があたると 濃いナス紺色に輝き

まことに美しい。




オスなので、ヒレというヒレは 大きく優雅 で、

小さな瓶の中を ゆったりと泳ぐ



狭い所で飼う魚で、

ヒレが何かに触れていないと死んじゃうらしい



TVでは

試験管みたいな 細い瓶の中で飼われてました





闘魚 」という別名があるほど、

オス同志は一緒に入れると激闘になるとか。


「卵をドコソコに産みつけ、オスがナンタラ・・・」

と説明書には書いてあったけど、

うちのえさの注意書きには、

オスとメスを一緒に入れるな 」とも書かれていて、

どうやって卵を産ませるのだ 」などと考えたけど、

ま、うちは 一匹で十分なので あまり気にしてませんでした




この間、ぱくちゃんのエサがなくなり、金魚屋に行ったら、

とてつもなくでかい入れ物入りのエサしかなく

そこのおばさんも

「一匹にこれじゃ多いよね、別に 金魚のエサで平気だよ。」

と言うので、前々から飼っている金魚( ぱくちゃん47号から51号くらい

に、いつもやってたエサを与えてたら・・・。




すると程なく

「美しいナス紺色は 肌色交じりのまだら青 」に変色し、

「輝いていた体も ゴワゴワに醜く汚く 」変わり、

「自慢の尾びれや背びれは ぼろぼろと溶けて

小さくみすぼらしくなった



このままじゃ大変

なんとしても専用の「光ベタのエサ」を買い求め、そして一週間・・・。



おかげでみるみる元に戻って、まずは一安心です




タイとかの 暑い所が生まれ故郷 のベタなので、

『適した水温は25~27度』と言われているぱくちゃん。


最近の朝晩の冷え込みを心配して、暖かい日向に出して

いつもの指定席にぱくちゃんがいないと

あ、ついにお亡くなり

とお客さんに聞かれるくらい、 一応認知されてきました


 

小田原の地で、冬の寒さに耐えて生き延びられるかが、この冬の彼の課題です
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『 危険も顧みず・・・ 』

2008-06-21 20:34:02 | こんなコト ありますけん
2004年10月4日




この夏休み、うちの娘が

私の実家の家族とディズニーランドに行ってきました



結構楽しめたらしく、いい思い出になったようでした




以下、帰宅してからの娘と私との会話。





娘 「おばあちゃんが、『この間、「浜○湖 花博」行ったけど、

      こっち(ディズニーランド)のほうが面白い』って言ってたよ。」


私 「言いそう… 」


娘 「あそこは、花ばっかりで、あんまり面白くなかったって。」


私 (花の博覧会だもん、花ばっかりに決まってるわ・・・

   「・・・で?おばあちゃんもなんか乗ったの?」


娘 「スペース・マウンテンとスプラッシュ・マウンテン


私 「マジ・・・だって、ああいうのって

     年齢制限や、高血圧・心臓病お断りじゃないの?」


娘 「その三つ、全部書いてあった

     お断りじゃないけど、『自分で遠慮して下さい』・・・みたいな。」


私 「でも乗ったの? 二つも?


娘 「うん。『せっかく来たんだから』・・・って。」


私 「(一つで懲りなかったのか・・・) 感想は?」


娘 「特に何も・・・。」


私 「・・・・・・・・」





後日、直接母に電話で聞いてみた。


私 「乗ったんだって? 二つも。」


母 「だってぇ、せっかく行ったんだものぉ。」


私 「( 出た!このセリフ ) ご感想は?」


母 「もういい・・・


私 ( 当たり前だ )





久々に呆れた。


母は、今年75歳です
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『 吹き替え 』

2008-06-21 20:09:26 | こんなコト ありますけん
2004年1月15日




外国の映画で、

不思議な日本人」ってよく出てきますよね。




昭和40年にタイムスリップしたかのような、

カメラを首から下げてる黒縁の眼鏡の観光客風の集団。


もしくは、『日本人なら着物』って言う安易な考えながら、ちょっと間違えちゃってる

花魁さんみたく、帯を前で結んだ着物姿の女性

大抵、そういう人は、着物のあわせが逆だったりします






・・・で、今日は

不思議な吹き替え」について・・・





アメリカ映画などで、主役の刑事が

中華街に逃げ込んだ犯人 を追いかけてる時

たまたまそこにいた中国人の屋台のおやじに、

おい!奴はどっちに行った」なんて問い詰めると、

答える中国人に、助詞が無いのは何ででしょう??



ワ、ワタシ、知らないアルね。」ってね。

( ・・・アルんだか、ナイんだか・・・ )



で、ボカっと一発やられると

あっち、あっち逃げたよ、その男。私見たアルヨ




・・・・うー・・・しかも 「 アルヨ 」・・・




ところが、その映画が元々中国で作製されたものなら、

普通に吹き替えは標準語



これは、インディアンも結構似てる。

我々、祖国、守る。邪魔する者、戦う」とかね。



あと、メキシコ人だと

ずーずー弁もしくは山形弁)」なのは、何ででしょう


おめーどっから来ただぁ」「おらっちの村じゃーよー。」・・・ってね。




こういう所で区別すると判りやすいのでしょうが、

それを普通に聞いてる我々が

ちゃんと判断できる」って所が、もっと凄いよね
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