無料コンサートを無事(?)終えてほっとしたところで、特に急いで仕上げなきゃいけない曲はなし(イロモノオフは3月)、2月にちょっと時間が長めにもらえる練習会があるようなので、アルカンだけじゃなくてなにか弾けるようにしておきたいな~と。
←とにかくピアノの楽しみの幅は広がった。
その曲にそんな気合を入れるわけではないから、リサイクル曲がいいよね。と思って、昔、発表会で弾いた曲などを発掘。
古い地層を掘って行くと、
・ラフマニノフ エレジー
・ラヴェル ソネチネ(三楽章)
・ショパン ノクターン13番
・プーランク ノクターン1番、7番
・フォーレ ノクターン1番
…難しい曲ばっかやん(-_-;;
(上記は人前で弾いたことのある曲のみ。そうでないのを入れれば、ショパンバラード3番、道化師の朝の歌(!)など)
っつか、今弾ける気がしないわ~
ピアノは、10年前より今のほうがだいぶうまいと思うんだよね。
5年前と比べてもけっこういいと思う。
けど曲の難易度というかややこしさが上がってるわけじゃない。むしろ音符が立て込んでないものを選ぶ傾向があるような。大辻ゴンの幻想小曲集とかアルカンのバルカローレとか。
と思うと、唐突に思い浮かんだのが「月」。ほら、アポロとか、人類が月に降り立ったのって、20世紀もそんなにどん詰まりのほうじゃなくて、私がほんの生まれてスグのころ。それから、技術の進歩はすごくって、特に、コンピューターが小さくて高性能になったこととか、「桁が違う」どころではない。
たぶん、同じことを今しようと思ったら、はるかに簡単なことになってるはずと思うんだけど、それでも21世紀になってからはそんな話はないじゃないですか。
やっぱりあぁいうのって、技術がどのくらい進んだということだけじゃなくて、時代の勢いというのか、意地というのか、そういう部分がないとやれないんだろうなって。まぁ意地というのはたとえば冷戦とか。
大人になってピアノ再開して、「エリーゼのために」なんかを暗譜でノーミスクリアしてた時代(小学生)と異なる部分っていうと、圧倒的にややこしい曲が弾けるようになったってことだったんですよね。弾けるというのは別に技術のことではないんですが理解力とかそういう面で。
それがうれしかったから、どんどん込み入った曲に挑戦していったんだと思う。当時、今よりもっと「表現」とか何すればいいのかよくわからなかったし、それならなるべく他の人が弾かない(この場合、ヤマハの発表会で他の人が弾かないということなので、ショパン・ベートーベン・モーツァルト・シューベルト・リストでなければ自動的にOKくらいの位置づけ)、指の動く子どもが弾かないようなややこしい曲を選んで、音をとにかく並べるというところをがんばってやろうとしていたという気がする。一曲に、三か月とか四か月かけて。
今だと、音が立て込んでる曲じゃなくても、自分のやりたいことっていうのはあると思うし、あんまり難しい曲にかかずらわっているのは、コスパが悪いとも感じるようになったんだよね。次々イベントがあって、そのシチュエーションに合わせていろんな曲弾きたいし。
「音を並べるのが難しい」という以外におもしろいことがたくさんあると感じるようになった、というか。
人類が月に行かなくなったのも、行く以外のいろんな方法で月やその他の天体のことが調べられるようになったという技術の進歩があるんだよね。かえって行かなくて済んじゃう、みたいな。
だから月研究が後退しているのではなくて、むしろ進んでいるんだけど、人類に月面歩かせることにはこだわらない。
私のピアノの進歩は亀の歩みだから、コンピューターの進歩と比べちゃおこがましすぎますが(^^;;
でも、コストのかかる有人飛行じゃなくても、いろいろやれることが増えてきたからいいかな、というところは似ているかも。
それでもやはり、いつか(そこまで無理をしない範囲でも)月に行けるようになる、というのはロマンなのかもしれない。
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「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社
←またろうがイラストを描いた本(^^)

「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)

その曲にそんな気合を入れるわけではないから、リサイクル曲がいいよね。と思って、昔、発表会で弾いた曲などを発掘。
古い地層を掘って行くと、
・ラフマニノフ エレジー
・ラヴェル ソネチネ(三楽章)
・ショパン ノクターン13番
・プーランク ノクターン1番、7番
・フォーレ ノクターン1番
…難しい曲ばっかやん(-_-;;
(上記は人前で弾いたことのある曲のみ。そうでないのを入れれば、ショパンバラード3番、道化師の朝の歌(!)など)
っつか、今弾ける気がしないわ~
ピアノは、10年前より今のほうがだいぶうまいと思うんだよね。
5年前と比べてもけっこういいと思う。
けど曲の難易度というかややこしさが上がってるわけじゃない。むしろ音符が立て込んでないものを選ぶ傾向があるような。大辻ゴンの幻想小曲集とかアルカンのバルカローレとか。
と思うと、唐突に思い浮かんだのが「月」。ほら、アポロとか、人類が月に降り立ったのって、20世紀もそんなにどん詰まりのほうじゃなくて、私がほんの生まれてスグのころ。それから、技術の進歩はすごくって、特に、コンピューターが小さくて高性能になったこととか、「桁が違う」どころではない。
たぶん、同じことを今しようと思ったら、はるかに簡単なことになってるはずと思うんだけど、それでも21世紀になってからはそんな話はないじゃないですか。
やっぱりあぁいうのって、技術がどのくらい進んだということだけじゃなくて、時代の勢いというのか、意地というのか、そういう部分がないとやれないんだろうなって。まぁ意地というのはたとえば冷戦とか。
大人になってピアノ再開して、「エリーゼのために」なんかを暗譜でノーミスクリアしてた時代(小学生)と異なる部分っていうと、圧倒的にややこしい曲が弾けるようになったってことだったんですよね。弾けるというのは別に技術のことではないんですが理解力とかそういう面で。
それがうれしかったから、どんどん込み入った曲に挑戦していったんだと思う。当時、今よりもっと「表現」とか何すればいいのかよくわからなかったし、それならなるべく他の人が弾かない(この場合、ヤマハの発表会で他の人が弾かないということなので、ショパン・ベートーベン・モーツァルト・シューベルト・リストでなければ自動的にOKくらいの位置づけ)、指の動く子どもが弾かないようなややこしい曲を選んで、音をとにかく並べるというところをがんばってやろうとしていたという気がする。一曲に、三か月とか四か月かけて。
今だと、音が立て込んでる曲じゃなくても、自分のやりたいことっていうのはあると思うし、あんまり難しい曲にかかずらわっているのは、コスパが悪いとも感じるようになったんだよね。次々イベントがあって、そのシチュエーションに合わせていろんな曲弾きたいし。
「音を並べるのが難しい」という以外におもしろいことがたくさんあると感じるようになった、というか。
人類が月に行かなくなったのも、行く以外のいろんな方法で月やその他の天体のことが調べられるようになったという技術の進歩があるんだよね。かえって行かなくて済んじゃう、みたいな。
だから月研究が後退しているのではなくて、むしろ進んでいるんだけど、人類に月面歩かせることにはこだわらない。
私のピアノの進歩は亀の歩みだから、コンピューターの進歩と比べちゃおこがましすぎますが(^^;;
でも、コストのかかる有人飛行じゃなくても、いろいろやれることが増えてきたからいいかな、というところは似ているかも。
それでもやはり、いつか(そこまで無理をしない範囲でも)月に行けるようになる、というのはロマンなのかもしれない。
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「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社

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(今回もイラストはまたろう)