自分史 物怖じしない国際人を育てるヒント集

近現代史に触れつつ自分の生涯を追体験的に語ることによって環境、体験、教育がいかに一個人の自己形成に影響したか跡付ける。

コミュニティの中心/神社とお寺/祭り

2012-12-17 | 体験>知識

人類は長を擁するほどに大きな集団をつくるようになると見えない力に頼るようになる。
そして占いによって行動を決める。
神と社の誕生である。
わたしには信仰心がない。
しかし神社とお寺の恩恵を受けてきたしこれからも受ける。
もっとも人類的な(マルクスの書物では類的と訳されていた)行為、生と死の儀式をつかさどる拠点ほどありがたいものはない。
草野町にも祇園社があり祇園祭で町中がひとしく盛り上がった。
赤鬼青鬼が先をほぐした太い青竹を引きずって街を練り歩くと、小さい子供は親にすがりつき泣きじゃくり、われわれガキは集団で鬼を挑発しては逃げまくった。
わたしが成人するころには祭りが亡くなった。
経済の高度成長が大都会に若者を吸い上げ神輿を担ぐ者がいなくなったのだ。
伝統的コミュニティの崩壊である。
そのころ神社の境内と鎮守の森は安全な遊び場であった。
古くは寄合や一揆決起の場所であり近くは花火大会の会場でもあった。
災害のときは避難場所であった。
今は閉ざされた空間であり中には駐車場に変わったところもある。



初めての秋/運動会/柿と蜜柑

2012-12-10 | 体験>知識

学校から帰るとまず庭の柿をもぎとって食べた。
わが町は富有柿の産地である。
おかげでおいしい柿の見分け方は誰にも負けない。
今でも柿を喰えば運動会を想いだす。
運動会は町内ぐるみのお祭りだった。
老若男女が参加できるようにプログラムされていた。
借り物競争もあればパン喰い競争もあった。
部落対抗リレーで最高に盛り上がった。
徒競走や障害物競走では個人の成績が紅白対抗にカウントされた。
勇壮な騎馬戦になると身震いしたものだ。
リスクはあるといえばあったが、伝統が危険を回避させていた。
要するに運動会は形を変えた祭りそのものだった。
むしろを敷いた観覧席の後ろに出店が並んでいた。
お昼は家族で弁当を囲んだ。

秋から冬は蜜柑の季節でもある。
家に蜜柑があるのに集団で蜜柑畑を襲撃して先生に叱られたこともあった。
なんでもあり、の社会だったが、バランスを崩すほどのブレはなかった。
悪口も喧嘩もあったが集団いじめは見たことも聞いたこともなかった。
社会の規範がゴム輪のように伸縮自在だった。
今は目に視えない首輪でみなが息苦しい。
逝きし伝統社会をただ懐かしむばかりだ。