車はまだ一般的でなく馬を一頭飼っていた。
ある日母と馬車で外出したときどうしてか不明だが馬が暴走した。
懸命にブレーキを引く母の必死の姿ばかり憶えていて自分の恐怖の記憶は消えてしまって表現できない。
馬車は二輪でタイヤではなく鉄輪で走るから音と揺れが尋常ではなかった。
横転すれば命にかかわる。
幸い知人の男性が行く手の道路で両手を広げて止めてくれたから助かった。
命がけの救援だったと思う。
なぜか乳牛は飼っていなかった。牛乳は隣から買って飲んでいた。
牛の大移動に遭遇すると行き場を失う。
犇めき合う数百頭の牛が道いっぱいに広がって畑を踏み荒らしながら追い立てられてゆく。この件では無法状態である。
数名のボヤデーロ(カウボーイ)が群れを統率しているがどうしてもはぐれ牛がでる。
ある日はぐれた牡牛がうちの沼沢のくぼんだ水源穴に頭から嵌って身動きできなくなった。
探しに来た牛追いが角にロープを掛けて半死半生の牛を馬で引きずって行った。
一言の挨拶もなかったと思う。
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