昨日3.15は1928年3.15事件のあった日です。この日のことは、ほとんど記事になることはありませんので、いくつかの事実を掲載しながら、安倍自公政権のウソとデマのイデオロギー攻撃と重ね合わせて、その今日的意味について、考えてみることにしました。
http://tamutamu2011.kuronowish.com/sanntennitigou.htm
この3.15弾圧事件は、1925年3月にいわゆる普通選挙法と治安維持法を制定をうけて行われた1928年2月の第一回総選挙で労働農民党19万3047人で2人、社会民衆党12万39人で4人、日本労農党8万5698人で1人が当選したことに驚愕した政府が起こした弾圧事件です。
この時の二大政党は立憲政友会424万4885人で217人、立憲民政島425万6010人で216人と、圧倒的多数を獲得したのでした。いわゆる無産政党は圧倒的少数でした。
この第一回総選挙に先立って27年9月から10月に東京、北海道などを除く2府37県で府県会議員選挙が行われました。結果は、政友会約271万票714人、民政党役240万票576人、革新党約3万票7人、実業同志会約2万票5人、大半が保守である無所属約69万票155人に対して、無産政党は、労農党約12万票13人、日本労農党約3万5千3人、社会民衆党約3万3人、日本農民党4万2千票4人、地方無産党約3万5人、合計25万8千票28人の当選者を出していたのでした。(藤原彰『日本民衆の歴史8』三省堂)
さらに政府は、この3.15弾圧後の4月、労働農民党(労農党)と日本労働組合評議会に解散命令を出し、京大教授河上肇博士「左傾」五教授の大学追放、東大新人会、京大、東北大・九大社会科学研究会と北大読書会の解散など、一連の弾圧の後に提出」(塚本三夫『侵略戦争と新聞』新日本出版社)しました。
さらに6月、治安維持法の罰則規程10年を死刑に「改正」(実際は改悪)したのです。議会をとおさず、「緊急勅令」によってです。この勅令を発したのは天皇裕仁でした。
この3.15弾圧事件は新聞によってどのように報道されたのでしょうか?上記に提示した資料の中に写真がありますが、以下のように報道されたのです。
「東京朝日新聞」は、「共産党の結社暴露し全国で千余名大検挙 過激なる宣言綱領を作成して 画策した一大陰謀」という見出しでした。その「朝日」は、「『緊急勅令の濫用も余りに甚しく、正気の沙汰とは思われず、暗黒政治の感益々深きを禁じ得ない』。憲法学者の美濃部達吉博士が、『緊急勅令の濫用』と題する論文を『朝日』に寄せてこう書いたのは、1928年(昭和3)5月19日のことであった」(『侵略戦争と新聞』)とあります。
3.15報道にみるように、実態としては天皇制政府の応援団としての立ち居地からの国民分断に与した報道をしていたことは明らかです。
それでは「朝日」の記事にある「過激なる宣言綱領」とは何だったのでしょうか?この「宣言綱領」とは、いわゆる「二七年テーゼ」=「日本問題にかんする決議」のことでしょうか?
そこでこの「テーゼの」「六 共産党と労働組合 共産党と労働者の体臭組織 統一戦線の問題」の項目をみてみました。以下のように「日本共産党は、次のごとき行動綱領を提出し、次のごときスローガンをかかげなければならぬ」と「過激なる宣言綱領」を掲げていたのです。(『日本共産党綱領問題文献集』)
一、帝国主義戦争の危険にたいする闘争。
二、中国革命から手をひけ!
三、ソビエト連邦の擁護。
四、植民地の完全なる独立。
五、議会の解散。
六、君主制の廃止。
七、十八歳以上の男女に普通選挙権を与えよ。
八、集会・結社・団結等の権利、言論・出版の自由。
九、八時間労働制。
十、失業保険。
十一、労働者抑圧法令の廃止。
十二、天皇、地主、国家および寺社の土地の没収。
十三、累進所得税の賦課。(引用ここまで)
今日の日本国憲法体制下からみれば、この「過激なる宣言綱領」という「扇動」がどのようなものであったか、明瞭です。ここで言われている「プロレタリア独裁」の中身については具体的に語られていません。
1925年3月普通選挙法制定に伴って誕生した無産政党は、27年5月より始まった山東出兵の継続に反対するとともに、小作争議や労働争議を支援していたのです。こうした動きが国民の間に広がることを恐れた天皇政府は「弾圧」という手段に出たのですが、国民の支持を取り付け、彼らを国民から切り離していくために、ウソとデマを流し、ペテンに掛けたのでした。この構造については、今日のマスコミと比較していく必要があるように思います。
この事件後の30年代、柳条湖事件・満州事変から全面「戦争」へ、アメリカ・イギリス・オランダなど、連合国との最終決戦への道を突き進んで、「戦争の惨禍」(日本国憲法前文)を引き起こしていった構造についても、安倍首相の戦争責任認識と相俟って解明していかなければならないと思っています。その理由は、安倍首相の、以下の発言があるからです。
安倍首相:「東京裁判は勝者の断罪」…米から批判の可能性 毎日新聞 2013年03月12日 21時23分
http://mainichi.jp/select/news/20130313k0000m010063000c.html
以上のように、3.15弾圧事件の前後の日本国内の動きは、第一には、戦争に向かってどのようにして国民的支持をとりつけていったか。第二には、国民は何故戦争に加担していったか。第三には、国民世論を形成するうえで、マスコミや教育、文化など、イデオロギーはどのようにして戦争を準備していったか、それに対して、平和を求める国民の運動はどのように戦争イデオロギーと対峙していったか。
このことの解明は、今日のTPPをめぐる国民世論の動向、日米軍事同盟廃棄か、深化か、普天間の撤去か、県外移設か、辺野古移設か、オスプレイ配備撤回か、横行か、原発再稼動か、原発ゼロか、などなど、国政上の課題の国民的選択についての解明に通じるのではないかと思うものです。
これに対して、もう一つの3.15は、1945年3月15日、共産党の指導者市川正一氏が宮城刑務所で獄死した日でもあります。
市川は、1929年4月16日の、いわゆる4.16弾圧で逮捕されて以後、約16年間の獄中闘争を余儀なくされました。勿論拷問もありましたが、屈服することなく獄中闘争を展開しました。
その様子は、同じ獄中にいた同志たちによって次のように伝えられました。市川は、栄養失調になり、歯を失ってほとんど食事もできない状態になりながら、コメを塗りつぶすようにして咀嚼しなくても良いようにして食事を取り、戦後の解放を目指してたたかっていたとのことでした。愛国者の邪論がこの話を聞いたのは、40年も前のことです。
この事実は当然のことながらマスコミを含めてほとんど語られることはありません。教科書にも掲載されていません。
市川の死は、6ヶ月後の8月15日の敗戦、10月10日の政治犯釈放まで、あと、わずかでした。
中国の人権活動家の様子について報道する日本のマスコミが、こうした日本の弾圧史に対して鋭いメスを入れることがないのは何故でしょうか?日本における人権と民主主義、平和構築に向けて命を懸けてたたかった人々がいたにもかかわらず黙殺されているのです。こうした社会状況が、安倍自公政権のような戦争責任の免罪を許していることは、ヨーロッパの事例をみても明らかです。
治安維持法による被害は、「明らかな虐殺は65人、拷問・虐待が原因の獄死は114人、病気その他の理由による獄死は1,503人、逮捕後の送検者数は75,681人、未送検者を含めた逮捕者数は数十万人」(『文化評論』臨時増刊号1976年4月号)とあります。これらの「被害者」に対して加害者である国家は、戦後67年を経過しても謝罪も賠償も、国民教育もしていません。強力加担したマスコミも完全黙殺主義を貫いているのです。これぞ不道徳の典型といえないでしょうか?
治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟http://www7.plala.or.jp/tian/
日本のマスコミは、中国の人権問題を繰り返し報道し、中国政府の人権無視ぶりを強調し、中国政府の軍拡と軍事行動をの脅威を振りまいて、「抑止力」論としての日米軍事同盟深化論を正当化しています。この「脅威」論を枕詞のように繰り返すことで、国民はマインドコントロールの罠にはまり思考停止に陥っていないでしょうか?
このことは、あの3.15、4.16弾圧の際の「国賊・非国民」に対して「満蒙は日本の生命線」論が振りまかれ共産党とその支援者・反戦平和運動を展開する労働者・農民・学者などを孤立させ思考停止に陥ったことと同じものと言えます。
もう一つは、「TPPは自由貿易にとって不可欠」論です。輸出産業の儲けを優先することで、他の部門を切り捨てる、いわば「弱者切り捨て」「自己責任」論の振りまきと同じです。
この「弱者切り捨て」論は、いじめによる「自殺の防止策」として提言された道徳の教科化について、いくつかの社説が述べていたことを想起すると、その「道徳」論と真っ向から対立するものです。以下みてみます。
道徳の授業で相手の気持ちを思いやる人間性を育むことは、いじめの未然防止に役立つだろう」(3月1日「読売」社説)
「学校や教育委員会の責任逃れや隠蔽体質も、正す必要がある…生命の尊さに気付かせ、共感力を養うことは教育の目的の一つではある。だが、それは道徳に限らず、さまざまな機会を利用して多面的に学ぶ方がより理解が深まるだろう…言い古されたことだが、多様性を互いに認め合い、寛容さを培う教育を目指すべき」(3月1日「河北新報」)。
「子どもが成長に応じて思いやりの気持ちや規範意識を身につけることは大切」(2月28日「東京」)だ。
「いじめの背景に、他者への共感性や想像力の欠如があることは間違いない…いじめが深刻化するメカニズムを丁寧に検討すれば、死に至るような要因をつぶすことは可能だろう」(3月5日「岐阜」)。
どうでしょうか?
以上の言葉は「道徳」とは何かついて、ひとつの考え方を示しています。そこで、ここに述べられている「道徳」論を、そのまま、治安維持法の犠牲者を黙殺する国家・政府・政党・日本社会に当てはめて考えてみると、その「不道徳」ぶりが浮き彫りになると思います。このことはTPP参加によってマイナスの効果を受ける国民、基地の負担にさいなまれている国民、原発再稼動の立地地域の国民を切り捨てる国家・政府・政党・日本社会の「不道徳」ぶりも示していると思います。
次に、最後に、市川正一氏が、31年7月の公判で語った意見の最初の部分を紹介しておきます。
これは、公判後『日本共産党闘争小史』としてまとめられ、戦前は非合法出版されました、戦後は大月文庫にまとめられましたが、世の中に出ることは極めて稀な文書です。したがって、「序論」全文を掲載することにしました。
日本国憲法の道徳規範からすると、ここに述べられている諸事実は、「不道徳」の極地を示していると思います。こうした「不道徳」が、日本国憲法が制定されたにもかかわらず、継続しているのが、自由と民主主義の国ニッポンなのです。
市川に象徴されるたたかいは、憲法第97条の理念の裏づけを示しています。日本国民にとってみれば、輝かしい歴史的教訓です。
愛国者の邪論は、10代の時、この文書を読み、憲法97条を読み、身体が震えたことを昨日のこととのように覚えています。
序論
われわれぱ日本共産党員であるがゆえに、このゆえにのみ、この法廷に立たされている。多くの同志は日本共産党員であるゆえをもって、また日本共産党のために活動したゆえをもって、ブルジョアから酷烈に追求され迫害され、逮捕され投獄せられ、そして長期の刑をうけ、あるいはブルジョアジーの白色テロのためにたおれた。私もまた日木共産党員であるがために、他の理由は一つもなく、ただそのゆえをもってのみ、この法廷に立だされている。
その日木共産党、わが日本共産党は、はたして何をなしきたったであろうか。いまここに日本共産党の過去-われわれが逮捕されるまでの活動を具体的に述べて、このことをあきらかにしたいと思う。
…党史なるものは、われわれにとって、党にとって、したがってまた日本のプロレタリアートにとって、きわめて重要なものである。なぜなら、一国の共産党の歴史はその国における階級闘争の最高の経験と教訓とを集中したものだからである。もっとも階級意識のある、もっとも進んだ、もっとも鍛錬された労働者階級の結成、その闘争、その各種大衆団休内におけるまた党内部における活勁とそのはたしてきた任務、あるいは闘争の発展のうちにあらわれた種々の分派および分派活動ならびに党内に生じた諸問題-これらを総括して党史をあむならば、それはプロレタリアートの階級闘争の発展のうえに、革命運動の発展のうえに、きわめて貴重なものをあたえる。私は党史を軽んずるがためでなくて重んずるがゆえに、いまこのブルジョアジーのおこなう階級裁判のもとでは、重要な党史を述べる時機でもなく、また所で心ないと信ずるゆえに、ここに党史を述べることはしない。いまわれわれの念願とするところは、この階級裁判にたいする闘争をもって全休の階級闘争に参加し、日本プロレタリアートの運動の歴史の1ページをこの法廷における行動によってつくらんとすることである。
この法廷は階級闘争の一場面以外のなにものでもない。日本の国家権力はこの法廷を、徹頭徹尾、階級闘争の場面たらしめている。見よ、法廷には巡査、憲兵、看守がみちみちているではないか、われわれは鉄の手錠によってはこぼれ、法廷に立てば発言を封ぜられ、ことごとに公開禁止をもってせまられているではないか。
われわれを目して、法廷において大言壮語するというものかある。はたしてしかるか、いな。
われわれはいかなるばあいにも階級闘争をやめるはずはなく、つねに階級戦士としてブルジョアジーと闘争するものである。この階級的法廷に立ったときにも、まだ断頭台上の最後の瞬間においても、われわれ共産党員は階級闘争をやめるものでなく、つねにその先頭に立つ心のである。しかしながら、いま百人たらずの傍聴人をまえにして大言壮語もってみちたれたりとするものではない。われわれはこの法廷において敵から挑戦されている。酷烈な抑圧のもとに挑戦されている。この法廷において言論を抑圧するならば、われわれは一言もいう必要はない。われわれがこの法廷に立って毅然たることそれ自体が、大衆にたいする大きな宣伝となり煽動となることを信じている。われわれは、言論の抑圧を回避してその範囲で大言壮語しようなどという、けちくさい考えは毛頭もっていないのだ。ちかごろ聞くところによると、日本共産党をもっとも破廉恥な方法でうらぎった変節漢、解党派は、われわれが法廷でいたずらに大言壮語している、解党派はそんなことをせずに地下にもぐって闘争をするとかいっているとのことである。今日まで裁判長がわれわれ同志にたいしてとった言論圧迫の態度は暗々のうちに解党派の言と合致する。これははなはだ興味あることだ。法服の形をかりている日本ブルジョアジーの権力と解党派との合致をしめずものでなくてなんであろう。。
壇上にある裁判長の背後にブルジョアジーの権力のあるごとく、われわれの背後には、一言も発することをゆるされず墓場の静けさをまもる聴衆を通じてすら、せまりつつある階級闘争の波が、広大なる大衆の闘争が、われわれを支援していることを直接に感ずる。われわれのここに述べることはブルジョアジーの挑戦にたいする絶対にさけることのできない、やむをえざる、かつ忍耐を要求される闘争であって、たんなる大言壮語をもって宣伝するというがごときものではない。われわれの背後にある大衆は、ブルジョアジーがわれわれに臨みわれわれを断獄せんとすることをはたしてゆるすべきかいなかを、もっともよくさきんじて判断するであろう。
われわれは日本共産党の真実をおおわんとするものではない。プロレタリアはけっして真実をおそれない。共産主義者こそもっとも真実を愛するものである。真実をおそれ、または回避し、ゆがめるものは、大衆を抑圧し搾取し隷属せしめることによってのみ生活をたもつブルジョアジーと、そのブルジョアジーの尻尾についている社会民主主義者どもとである。彼らは日木共産党についてあらゆる恥しらずの虚偽、欺瞞、捏造をたくましうしている。われわれはこの虚偽、欺瞞、捏造をぬきだして党の真実をしめさねばならぬ。もちろん、党の機密事項および党の諸組織、ならびに党の諸機関の内部においてのみあつかわれるべき党内問題については、一言も述べるわけにはゆかぬ。それは、共産党の、プロレタリアートの利益のために、絶対に必要なことであるからだ。
ブルジョアジーは日木共産党を火つけか泥棒か人殺しの団体かでもあるようにふれまわり、陰謀、大逆、売国、国賊とあらゆる悪名をおいかぶせ、極悪非道の憎むべき恐るべき心のであるとして、共産党員に極刑をもって臨んでいる。いな、それで満足するものでぱなく、もしできることなら、日木共産党員と日木共産党を支持する革命的労働者・農民その他の同情者を、法律とか裁判とかいうまがりくどい手続きなしに、みなうちころしてしまいたいと思っている。実際において、ブルジョアジーは法律をもって「合法的」に共産主義者を迫害しているだけでなない。彼らは「非合法的」にいっさいの手段をつかって共産主義者を迫害しきったし、また現に迫害している。
かくのごとくブルジョアジーから極度の憎悪と酷烈きわまりない迫害とをうけている日木共産党は、はたしていかなる「悪事」をなしたであろうか、またいかなる「恐るべきこと」をなしたのであろうか。そのなしきたったことは、そもそもだれのために恐るべく、だれのために憎むべきであったろうか。日木共産党ははたしてなにものの敵であり、またなにものの味方であるのか、このことこそ真に問題である。
三・一五以来日本共産党ぱ、あらゆる弾圧にもかかわらず、つねにますます発展しているのはなぜだろうか。十人の党員が逮捕されれば、百人、二百人の新しい党員がつぎつぎとあらわれて、ますますブルジョアジーの恐るべき敵となっている。共産党はなにゆえになにものをもってもころしえぬ不死身のものなのだろうか。それは、共産党はプロレタリアートの党であるからである。
プロレタリア階級が存在するかぎりぱ、またそれが成長するかぎりは、その前衛たる共産党は存続し成長し発展するものなのである。
プロレタリア階級は資本主義社会の産物である。現在の日本の社会は資本主義社会であり、資本主義の社会はブルジョアジーとプロレタリアート、この二階級の階級対立を根幹とする社会である。ブルジョアジーは社会的な生産手段を私有独占し、国家権力を掌握し、これによってプロレタリアートを搾取し隷属させている。プロレタリアートは、社会のすべての富を生産するにかかわらず、自分では労働力のほかなんら売るべきものをもたない。主人にして搾取者たるブルジョアジー、被搾取者にして賃金奴隷たるプロレタリアート、このあいいれない階級の対立している社会が今日現にある日本の社会である。かくのごとき階級社会の根本的な否定者、反対者、徹底的な革命的階級はすなわちプロレタリアートであって、資本主義社会を根底から掘りくずす歴史的任務をもっているのである。したがってプロレタリアートは過去の階級でなくして未来の階級である。未来はプロレタリアートのものである。プロレタリアートの党たる共産党は、ブルジョアジーのいっさいの支配の転覆、プロレタリアートの独裁の樹立、社会主義の建設という歴史的偉業の指導者である。それゆえに、共産党はプロレタリア階級の存在するかぎり不死身である。
共産党がプロレタリアートの党たることはつぎのことを意味する。第一、人類の歴史において最後の階級社会である資本主義社会そのもののなかにふかく根をおろしているために、共産党は勝手気ままにつくったりこわしたりすることはできないものである、第二、共産党は労働階級の前衛であり、広範な労苦大衆のもっとも信頼すべき味方であるとともに、ブルジョア、地主らいっさいの搾取者の徹底的な敵であること、第三、共産党はブルジョアジーの規律、現在国家の法律に服従するものでなくこれに敵対するものであり、ただ国際的プロレタリアートの規律―これはけっして抽象的なものでなく、もっとも具体的にコミンテルンの規律に集中的に表現されている―にのみ服従し拘束されるものであること、すなわち共産覚がブルジョアジーにたいして非合法であるのは、まったくプロレタリア階級本来の性質であり、自国のブルジョアジーに反抗して万国の労働者が団結することは、いずれの国のプロレタリアートにとっても無条件の信条である。
日本共産党にたいする日本ブルジョア政府の迫害弾圧は、階級対階級の闘争すなわち政治的闘争である。日本共産党と日本ブルジョア政府とのあいだの闘争は、公然権力のための闘争、権力争奪の闘争であって、他の犯罪的事件でもなく、またいわゆる社会問題というがごときものでもない。ブルジョアジーはこの真実を労働者・農民の大衆が知ることをおそれる。このために彼らは、日本共産党にたいして野蛮酷烈な弾圧をくわえるばかりでなく、おりとあらゆる悪辣な下劣な中傷讒誣をこころみ、日本共産党はプロレタリアの味方でなくて敵であるかのように見せかけようとして、苦心惨憺しているのである。
このブルジョアジーの仕事をたすけるのに頼もしい友人として、彼らは社会民主主義者をもっている。彼ら社会民主主義者は、ブルジョアが直接手のおよばない労働者のあいだに、プロレタ
リアートの革命的組織でありその集中的な指導者である共産党にたいする不信をまきちらして、その勢力の破壊につとめ、そして裏切り社会民主主義政党によってプロレタリアートをブルジョアジーにむすびつけようとするのだ。
数年前までのように、日本共産党がその政綱を公然とかかげて大衆のうちに活動することをしなかった時代ならば別であるかもしれぬが、すでに共産党が公然と大衆のうちに活動している今日においては、ブルジョアジーと社会民主主義者とのいっさいの努力もむだである。彼らの共産党にたいする迫害憎悪が強いということは、大衆の共産党にたいする信頼が強いことをしめすものなのだ。
さて、日本共産党ははたしていかなる「悪事」をなしてきただろうか。これから悪事の数々を述べるのであるが、その主要なものにとどめる。しかし、日本共産党の「悪事」をあざやかにしめすためには、プロレタリアートの敵であるブルジョアジーがいったいどんな「善事」をしたかを述べる必要があると思う。日木共産党は相手なしの一人相撲をやったのではない。敵失ブルジョアジーととっくんでたたかったのであるから、敵がどんな手をつかったかを述べることは、日木共産党がどんなことをやったかをあきらかにすることになる。…(引用ここまで)