愛国者の邪論

日々の生活のなかで、アレ?と思うことを書いていきます。おじさんも居ても立っても居られんと小さき声を今あげんとす

日本における社会主義の幕開けは明治だった!1900年社会民主党の結党!だが、その日のうちに禁止解散させた!宣言と綱領は自由人権民主主義平和を求めるものだった!

2018-05-14 | 高校生でも判る日本型共産主義

日本共産党結党(1922)より12年前に創立された

日本における社会主義運動を推進する政党=社会民主党は

天皇制政府によって弾圧された!

自由・人権・民主主義を否定したのはどっちだったか!

「宣言」と「綱領」を見れば

現行日本国憲法の中身と比べてどうか!

よくよく見るべし!

最大の問題は

こうした運動が日本の学校では教えられていないのだ!

メディアでも

ほとんど黙殺されている!

しかも、社会主義・共産主義は自由人権を否定する思想だと!

こんな「風評」が

1900年から2018年まで継続・現在進行形なのだ!

ここに

日本における自由・人権・民主主義を根付かせる風土・風潮が極めて弱いことが判る!

日本の高校の歴史の教科書には社会主義・共産主義とは国体を変革する者・私有財産制度を否認する思想と書かれている治安維持法が資料として掲載されている!問題アリ! 2018-05-13 | 高校生でも判る日本型共産主義

 犬丸義一・中村新太郎『物語日本労働運動史上』(新日本選書1974年刊)より

 

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日本の高校の歴史の教科書には社会主義・共産主義とは国体を変革する者・私有財産制度を否認する思想と書かれている治安維持法が資料として掲載されている!問題アリ!

2018-05-13 | 高校生でも判る日本型共産主義

「治安維持法」は、日本の教科書には、必ず掲載されている!

だが、しかし、何を狙っているか!?

よくよく考えてみるべし!

治安維持法」とは

①「国体」―「天皇制」を「変革」―否定する者

②私有財産制度―資本主義を否認する者

③①と②を目的として結社を組織する者

④①と②を目的として情を知って加入する者

⑤10年以下の懲役又は禁固とする。

⑥1928年には勅令=天皇(昭和天皇=裕仁)の命令で死刑となった!

この資料が、日本の高校生の前に提示され、

社会主義・共産主義は天皇をを否定し私有財産を否定する思想である!

と、思考回路に中に徹底的叩き込まれています。

しかも、今日、旧ソ連の自由・人権・民主主義否定の政治=独裁政治が宣伝され、

現在においては、中国・北朝鮮の独裁国家が旧ソ連と同じような政治を行っている!

と日々テレビを通して国民の思考回路の線に浸透して、社会主義・共産主義は

自由も人権も民主主義もない!独裁国家であり、トンデモナイ国家であると、日々国民の思考回路に注入されているのです。

しかし、それはホントか!?

1922年「綱領草案」では以下のようになっています!

日本共産党中央委員会出版局『日本共産党綱領問題文献集』(1970年刊)

 

高校の授業で以下の「大日本帝国憲法」「ポツダム宣言」「日本国憲法」は「治安維持法」と、どこで、どのように関連しているか!教えているでしょうか?

また「共産党の綱領草案の要求」は教科書には掲載されていませんが、どのように教えているでしょうか?

ここにヒントがあるように思います!

以下をご覧ください!

国体護持のためには男も女もなかった!弾圧のキーワードは「公益のため」!これは戦前前後一貫している!  2013-10-28 | 天皇制

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律令政治の初期段階で公地公民制は社会主義だった!?という珍論=誤解?を文部省検定済の教科書で検証する!

2018-05-13 | 高校生でも判る日本型共産主義

社会主義・共産主義=ソ連という思考回路をどのように払拭するか!

日本人は、1,000年以上前に社会主義が駄目で、資本主義に移行して生産性が上がった経験しているから

マルクスとか、エンゲルスとか、レーニンとか、興味を持っている人はとっくにいなかったなあ

まだ、ソ連があった頃の話だ!

以下の記事にコメントが寄せられました。感謝申し上げます。

共産党に「憲法を活かす」新しい政権の構築に向けた議論と運動が弱いのは何故か!マルクスの科学の目は日本に使われているか!  2018-04-26 | 共産党

そこで確認してみました。勉強になりました。

この記事は、コメント欄に掲載しました。記事の素原稿部分も一諸に掲載していましたの、その部分は削除しました。

そして、このコメントについて、記事にすることで、広く討論を呼びかける意味もあり、記事の中に再録することにしました。ご覧ください。

Unknown (Unknown)2018-04-26 17:52:48大学1年の英語の授業で、教科書がマルクスの「資本論」だった。 どうやら、経済学部をクビになったマルクス経済学の教授が、教養学部で細々と英語教師として生き延びつつ、それでもマルクス経済学を学生に広めたかったのだろう。 まだ、ソ連があった頃だが、マルクスとか、エンゲルスとか、レーニンとか、興味を持っている人はとっくにいなかったなあ。 日本人は、1,000年以上前に社会主義が駄目で、資本主義に移行して生産性が上がった経験しているから、そりゃあ無理だわ。 

日本は千年前は資本主義だった!?マジか? (愛国者の邪論)2018-05-01 19:32:16Unknownさん
コメントありがとうございます。

>日本人は、1,000年以上前に社会主義が駄目で、資本主義に移行して生産性が上がった経験しているから、そりゃあ無理だわ。

日本の中学の教科書に、このようなことが書かれていました?
ご確認ください!

こんなことを言っていると、マジでバカにされますよ!

愛国者の邪論(引用ここまで)

Unknown (Unknown)2018-05-11 16:50:52愛国者の邪論さん、 
中学校の歴史でも、高校の日本史でも、 
律令政治の初期段階で公地公民制があって、それではやっぱり駄目で、墾田永年私財の法が制定されて、生産性が上がったと書かれているでしょう。 それが、社会主義破綻による資本主義回帰による生産性向上なのです。社会主義では、能力有るものもサボりますから、、。
そのように、認識していないのは、あなたの読解力が無いからですよ。  

社会主義の公地公民から資本主義の班田収授法へ、という珍論を日本の教科書で復習します! (愛国者の邪論) 2018-05-12 07:34:56

Unknownさん
コメントありがとうございます。
勉強になります。

では、以下ご覧ください。

>それ=律令政治の初期段階で公地公民制が、社会主義破綻による資本主義回帰による生産性向上なのです
「律令政治の初期段階で公地公民制」が社会主義だった!?

驚きの視点です!!

中学での「歴史」・高校の日本史の教科書を再度勉強されていただくとありがたい!

しかし、そうはいってもなかなか難しいでしょうから、調べてみました。ご覧ください。

ではまず、「公地公民」とは何か!について、です。

以下復習してみます。ご覧ください。

中学の『新しい歴史教科書』(自由社)には、以下のように書かれています!

律令国家のもとでは、公平な統治をめざして、すべての土地と人民を国家が調節おさめる公地公民の原則が打ち立てられた。この原則に基づき、人々に平等に土地を分ける、班田収授法というしくみが整えられた。(略)
聖武天皇の治世になると、疫病や天災がたびたびおこった。税をのがれるため、口分田を捨てて逃亡する農民もあらわれた。朝廷は開墾を奨励し、743年には墾田永年私財法を出して、新しく開墾した土地を私有地にすることを認めた。この法律は、開墾者の権利を保護する規定を律令制度に付け加えるもので、人々の開墾への意欲をかきたて、耕地の拡大につながった。また、有力な貴族や寺院、地方豪族などは、この法律を生かして私有地を広げた。(引用ここまで

どうでしょうか?

これが「社会主義」と、その「破たんの始まり」というのでしょうか?

因みに、この教科書では「律令政治のしくみ」「律令制における中央行政組織」の頂点に「天皇」が君臨していますよ!

天皇=国家だった!

「公地公民」の「公」とは「天皇」を意味していたのではないでしょうか?

「日本における社会主義」は「天皇制社会主義国家」だった!?

では次に高校の『詳説日本史B』(山川出版)には、どのように書かれているでしょうか。

関係する部分を掲載してみます。以下のように書かれています。

701(大宝元)年に刑部親王や藤原不比等らによって大宝律令が完成し、律令制度による政治の仕組みもほぼ整った。律は今日の刑法にあたり、令は行政組織・官吏の勤務規定や人民の租税・労役などの規定である

欄外に、以下のような説明があります。ご覧ください。

律と令がともに日本で編纂されたのは大宝律令がはじめてで、「日本」が国号として正式に用いられるようになったのもこの頃のことである。
日本の律令は、唐の律令にならいながら、独自の実情にあわせて改めたところもある。
718(養老2)年に藤原不比等らによりまとめられた養老律令は、大宝律令を大きくかえたものではなく、757(天平宝字元)年に施行された。
班田収授法は、豪族による土地・人民の支配を排除して国家が直接民衆を掌握しようとしたものであるが、その実施には、郡司など地方豪族の協力が必要であった。(引用ここまで

因みに山川出版の本では、「律令管制表」の頂点に「天皇」は書かれていません!

因みに「律令国家への道」という別の項目のところには以下のように書かれています。

大宝律令の前段の歴史です!

乱(壬申の乱672年)の結果、近江朝廷側についた有力中央豪族が没落し、強大な権力を手にした天武天皇を中心に中央集権的国家体制の形成が進んだ。天武天皇は、675年に豪族領有民をやめ、官人の位階や昇進の制度を定めて官僚制の形成を進めた。684年には八色の姓を定めて豪族たちを天皇を中心とした新しい身分秩序に編成した。引用ここまで

672年壬申の乱から701年大宝律令、そして743年墾田永年私財法、757年養老律令施行までの85年の歴史は「社会主義づくり」の歴史であり、「社会主義破たんの始まり」の歴史でもあった!ということですね!

「社会主義」とは、「能力有るものもサボります」というUnknownさんの「社会主義」観が、こうした視点と論理をひねり出し、愛国者の邪論に紹介することになったのですね。

でも文科省の「検定」では、さすがに、Unknownさんの視点はありません!

残念でした!

愛国者の邪論(引用ここまで

誤字は訂正しました。ご容赦ください。

以下の記事もご覧ください。

日本の2千年の歴史の中に、日本国憲法の源流が脈々と地下水脈のように流れている!この自由・人権・民主主義実現の戦いを発展させることが日本型社会主義・共産主義社会を実現させることだな!2017-05-17 | 高校生でも判る日本型共産主義

日本型社会主義・共産主義は日本国憲法を活かした政治の進展の中で形成されていくものだということ、しかも、日本の歴史のなかで脈脈と地下水脈のように流れてきて発展深化してきた自由・人権・民主主義を、更に発展させていくという視点が、今日特に必要でしょう。

社会主義=共産主義=ソ連・中国・北朝鮮という構図の入る余地のない体系をつくる必要があるでしょう。そのためには日本の歴史を検証する必要があると思います。

コメント

日本の2千年の歴史の中に、日本国憲法の源流が脈々と地下水脈のように流れている!この自由・人権・民主主義実現の戦いを発展させることが日本型社会主義・共産主義社会を実現させることだな!

2017-05-17 | 高校生でも判る日本型共産主義

安倍政権では一致していないかのように思っていたUnknownさんと一致してきた!

「ほとんどの国民は共産党が何故存在し続けているのかに疑問を持っている」というあなたに!その1 2015-12-08 | 共産党

以上の記事のコメントの中から議論が生まれました!

Unknown (愛国者の邪論)  2017-05-15 12:02:42

近さん
コメントありがとうございます。

マルクスもそうですが、私的には、日本国憲法の中身の検証を日本の2千年の歴史の中でとらえていくことが大切ではないかと、最近は思っています。

日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!

これを徹底していけば、自ずと資本主義の長所を生かした、いわゆる社会主義・共産主義社会が実現できる!

社会主義も共産主義も、根底には自由人権を尊重した社会であり、それを保障していくために民主主義を発揚させる!そのことによってはじめて平和が実現できる!

日本国憲法は資本主義法でありながら、それを徹底していくことで、人間が人間を搾取するような装置を着実に克服する社会を展望している!

ここに確信を持つことが必要不可欠だと思っています。

愛国者の邪論 (引用ここまで)

Unknown (Unknown)  2017-05-16 17:24:45
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!とは、私もそう思いますよ。愛国者の邪論と意見が合う部分がある事が、意外ではありますが、、、。但し、日本の歴史の中で、共産主義は既に受け入れられるものではないのですよ。共産主義では、人々は働かなくなり食えなくなる事が分かっているからです。私は、飛鳥時代から奈良時代に制度とした公地公民が失敗して、墾田永年私財の法で資本主義化を計った時点で、日本における共産主義は敗北したのだと思います。

Unknown (愛国者の邪論)2017-05-15 12:02:42
近さん
コメントありがとうございます。
マルクスもそうですが、私的には、日本国憲法の中身の検証を日本の2千年の歴史の中でとらえていくことが大切ではないかと、最近は思っています。
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!
これを徹底していけば、自ずと資本主義の長所を生かした、いわゆる社会主義・共産主義社会が実現できる!
社会主義も共産主義も、根底には自由人権を尊重した社会であり、それを保障していくために民主主義を発揚させる!そのことによってはじめて平和が実現できる!
日本国憲法は資本主義法でありながら、それを徹底していくことで、人間が人間を搾取するような装置を着実に克服する社会を展望している!
ここに確信を持つことが必要不可欠だと思っています。
愛国者の邪論(引用ここまで)

Unknown (Unknown) 2017-05-16 17:24:45
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!とは、私もそう思いますよ。愛国者の邪論と意見が合う部分がある事が、意外ではありますが、、、。但し、日本の歴史の中で、共産主義は既に受け入れられるものではないのですよ。共産主義では、人々は働かなくなり食えなくなる事が分かっているからです。私は、飛鳥時代から奈良時代に制度とした公地公民が失敗して、墾田永年私財の法で資本主義化を計った時点で、日本における共産主義は敗北したのだと思います。(引用ここまで)

愛好者の返礼コメント

Unknownさん
コメントありがとうございます。
一致してきました!
>共産主義では、人々は働かなくなり食えなくなる事が分かっているからです。
「共産主義」像が違っていますね。
愛国者の邪論は、以下のように述べています。
日本の歴史の中に、今日の憲法に明記されている人権・自由・民主主義・平和主義の思想が水脈のように流れている!
これを徹底していけば、自ずと資本主義の長所を生かした、いわゆる社会主義・共産主義社会が実現できる!
社会主義も共産主義も、根底には自由人権を尊重した社会であり、それを保障していくために民主主義を発揚させる!そのことによってはじめて平和が実現できる!
如何でしょうか!

>私は、飛鳥時代から奈良時代に制度とした公地公民が失敗して、墾田永年私財の法で資本主義化を計った時点で、日本における共産主義は敗北したのだと思います。
共産主義=コミュニズムというようですが、この「コミュ」とは「共同」という意味だと、英語の辞書に書いてあります。comです。
コミニュニティー・コミュニケーションの「コミュ」です。
「墾田永年私財の法」以後の日本は荘園が形成されていきます。資本主義の要件である「私有財産」は圧倒的多数の庶民には保障さてれいません!一部の人間集団しか保障されていない!
「コミュ」が成り立つためには、「コミュ』を構成している人々が対等平等でなければ「共同」は成り立ちません。
そのためには、「共同」の「営み」、すなわち「民主主義」が必要不可欠です。
「民主主義」=「デモクラシー」と訳すのはご存知かと。
この「デモクラシー」は「デモ」=pepleが「クラシ―」=powerを持つことという意味だそうです。
英語の辞書を見ると、powerには「権力」という意味があります。支配力とか統治力とか能力とか、という意味もあります。
そう考えると、コミューンのコミュニズムとはそこの構成員が共同の営みをする場所・組織・社会ということになり、そこには民主主義が貫かれていないとアカンということになります。
公地公民制度の「公」は「公」の土地と民ということになります。しかし、この場合の「公」は「きみ」とも読む「公」
であることは、律令制度を見れば明らかです。
そうです、この「公地公民」とは律令制度の頂点に位置している天皇の土地であり、民衆であるということで、天皇の土地を人頭税を前提にして与える。土地に民衆を縛りあげて、そこから税を取り上げる!
人頭税の厳しさに耐えかねた民衆が浮浪逃亡して人頭税から免れて貴族や寺社の「土地」に逃げ込むことで納税義務・兵役の義務・雑徭などの労役の義務から免れていくのです。
これこそが現代で言えばサボタージュ権の行使の萌芽と言えます。消費税増税の前の「爆買い」ならぬ「駆け込み需要」と、食べていくのが精いっぱい!とても子育てどころではない!という現象と同じでしょうか?
権力には税が入ってこなくなりますから妥協に妥協を重ねて、人頭税は廃止!代わって土地税=年貢・公事・夫役制度が出来上がるようになります。そうすると、今度は、この制度を悪用して私服を蓄えるものが出てきます。これが「一所懸命」論です。諍いと戦争と武力行使が頻繁になりますが、同時に武力を避ける知恵も生まれてきます。これが、いわゆる「寄進」であり、「野合」です。
日本における政権交代劇は『野合』の連続です。
さて、ここで憲法の請願権の源流を紹介しておきます。
それは、歴史の教科書に出てくる、「尾張郡司百姓等の解文」事件(988年)です。国司の不法・非法を地元の豪族や百姓たちが中央政府に訴え罷免させる運動です。9世紀末から10世紀前半の動きです。日本憲法の先駆けでしょうか。
時代を飛ばします。この運動が1275年、鎌倉末期に、今度は百姓等が、自分たちで文字を操って幕府の出張所である六波羅探題に、荘園の管理者である地頭の非法を訴える事件となって発展していきます。
1297年、有名な永仁の徳政令が出されます。これがその後、民衆が使って大きな運動を展開することになります。すなわち1428年、正長の土一揆です。一天下のド眠蜂起す。特性と号し・・・日本開闢以来、土民蜂起是れ初めなり」という有名な文書です。
以来1485年の山城の国一揆・1488年の加賀の一向一揆・そして1500年代の堺の『自治都市』など、日本において『コミューン』の原型。地方自治制度の源流が出現します。これらの組織の運営には「掟」がつくられていくのも、立憲主義の萌芽があると言えます。勿論鎌倉幕府の『御成敗式目』の、そういう視点で見ると、日本の歴史の中では画期的だと思います。
いずれにしても、こうした動きが、江戸時代の『ゆい』を形成することになり、秀吉以後、百姓の年貢は村々の「自治」を踏まえたものに転換していく。それが幕末の「世均し」思想に発展して「世直し一揆」が起こされ、それらのエネルギーを利用して徳川政権が倒される。「五か条の誓文」は、このことを反映したものになっています。実際は世直し思想を弾圧していくことになりますが、それにしても、これらの思想は自由民権運動に継承され、普通選挙運動・婦人解放運動・労働小作運動や社会主義運動に発展継承されていきます。
更に言えば、隠れキリシタン問題は、現在の憲法第20条の源流と言えるでしょう。
さて、以上の日本の歴史における人権・自由・民主主義の歴史を概観してきましたが、こうした歴史が、現在の日本国憲法に継承されているのですが、ご理解いただけたでしょうか。
9条にしても、主権在民にしても、直接的には自由民権運動が構築した、いわゆる私擬憲法が模範となています。これらは徳川政権下の民衆運動を反映したものなのです。
ここに確信があります。
こうした自由・人権・民主主義を徹底していった、その先に生産手段の社会化=生産と分配の、いわゆる経済民主主義の徹底化が行われることでしょう。人間の尊厳が認められる社会です。労働の対価が公正に分配される!これは民主主義なくして実現できません。個人の尊厳=人権の尊重なくして実現できません!

これらの考え方は、日本の歴史の中に、たくさんの萌芽と源流があるのです。
したがって、日本における社会主義と共産主義は、これからと、言えるのではないでしょうか!
今後、さらに検証していきたいと思います。

愛国者の邪論

 

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「江戸時代末期、赤松(小三郎)のみならず多くの日本人が現行憲法につながる“人類普遍”の内容をもつ憲法構想を支持していた」と憲法の人権・民主主主義は先人の宝物!

2017-01-08 | 高校生でも判る日本型共産主義

幕末の武士たちが模索した日本における議会政治は憲法第97条に結実!

第九十七条

  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、

人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、

これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、

侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

きょうの潮流/真田丸ブームにわく信州・上田城を訪ねたときのことです。…2017年1月6日(金)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2017-01-06/2017010601_06_0.html

真田丸ブームにわく信州・上田城を訪ねたときのことです。城址(じょうし)公園の一角に、幕末の洋学者、赤松小三郎を紹介する小さな展示館がありました▼何気なく入って驚きました。上田藩の下級武士だったこの人物が、いかに先駆的な考えの持ち主だったか。1867(慶応3)年、赤松が有力諸侯の松平春嶽や島津久光、幕府にも出したという建白書は、いち早く議会政治を提唱したものでした▼若くして江戸や長崎に遊学。学問を広く学び、英国式の兵法を多くの門人に伝えました。幕末の転換期に書いた建白の七カ条には、今の国会にあたる「議政局」の開設や人材教育のための学校の設置。人民平等や個性の尊重まで▼37歳で京都で暗殺された赤松はこれまで歴史の表舞台から隠れてきました。しかし近年、その業績が掘り起こされ、現行憲法の理念を先取りし、立憲主義を説いた人物として光があてられています▼『赤松小三郎ともう一つの明治維新』を最近上梓(じょうし)した関良基・拓殖大准教授は「江戸時代末期、赤松のみならず多くの日本人が現行憲法につながる“人類普遍”の内容をもつ憲法構想を支持していた」といいます。そして現在の憲法は押し付けなどではなく、近代日本からの連続性をもち、日本人みずからの意思で醸成されてきたものだと▼憲法施行70年の今年は赤松の死から150年の節目にあたります。国家が国民を縛る改憲に執着する安倍首相。それがいかに時代の歩みを後戻りさせるものか。歴史の足跡が教えてくれます。(引用ここまで)

赤松小三郎 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E6%9D%BE%E5%B0%8F%E4%B8%89%E9%83%8E

民主的議会政治の提言

慶応3年(1867年)5月17日には前福井藩主・松平春嶽に対して「御改正之一二端奉申上候口上書」という建白書を提出した[2]。また同じく5月に同様の建白書を薩摩藩の島津久光にも提出している。

  • ^ 坂本龍馬の「船中八策」は、この時小三郎が提出した口上書の内容を真似たものだとも言われるが、「船中八策」自体の歴史的存在自体が疑われている。

この建白書の中で赤松は、定数30人の上局と定数130人の下局からなる二院制の議会(赤松の訳語では「議政局」)政治を提唱した。上局は貴族院に相当し、その議員は、朝廷と幕府と諸藩の融和の象徴として、公卿と諸侯と旗本より選出される。下局は衆議院に相当し、その議員は、各藩を基礎とした選挙区から「門閥貴賎に拘らず道理を明弁し私なく且人望の帰する人」を、入札(選挙)によって公平に選ぶべしとされた。これは、身分にとらわれない民主的な普通選挙による議会政治を提言した文書として、日本最初のものである。「国事は総て此両局にて決議」とされ、議会は国の最高議決機関と位置付けられている。

建白書の中では、内閣総理大臣(赤松の訳語では「大閣老」)以下6人の大臣を議会が選出するという議員内閣制度も提言されている。また、議会の決議事項に対しては、天皇ですら拒否権を行使できないとされた。

他の項目として、主要都市に大学を設置し全国民への教育機会を提供すること、人民平等の原則に基づき農民に重すぎる税負担を軽減、全ての職種に公平な税率を課すこと、金貨・銀貨を国際的なレートに従って鋳造し直し、物品の製造にあわせ通貨供給量の拡大を計ること、陸軍と海軍を拡充し諸民からも軍人を養成して士族の割合を徐々に減らすこと、戦時には国中の男女を徴兵可能にすること、西洋から顧問を迎え入れ各地に諸物製造所を設け産業を振興すること、肉食を奨励し日本人の体格を改善すること、家畜も品種改良すること、などが建白された。

門人の大垣藩士で、後に陸軍少将となった可兒春淋は、赤松塾の講義の内容に関して、大正8年(1819年)8月17日に以下のように談話している。「講義は毎日午前3時間、午後2時間、午前は専ら英国式の歩・騎兵の錬法と射撃に関するもの、午後は世界最近の戦史、窮理学、航海術のことでした。課外として時々世界の政治組織についての講義があった。(中略)先生は常に輿論政治を主張して居られた『如何に賢明なる人とても神でない限り思ひ違い、考へ違ひがある。又少数の人が事を行ふ場合、感情、誤解、憎悪が附随するから失態がある。是非これは多数政治に據らねばならぬ――。』 先生は丁度今日の議会政治を主張しました。それは未だ開国するとかせぬとかかまびすしい時でしたから驚きました。(中略)『外国の亡国の例を見るに、皆此の身分や階級の為、人材を野に棄て、貴族と称する輩が自己の無能を顧みずして専横を振舞ふたにある。(中略)多数の選挙によって選んだものを宰相とするのである英国式を参考として日本の国柄に合はせるがよい。』常に先生はかく説かれてゐた。それがやうやく25年の後にやっと事実となって現れたのであつた」[6]。(引用ここまで)

赤松小三郎幕末の洋式兵学者・議会政治の先唱者

http://museum.umic.jp/jinbutu/data/001.html

小三郎は、一般には洋式兵学者として知られていますが、慶応3年5月、全政治総裁職松平春嶽(まつだいらしゅんがく)に国会創設の建白書を提出しています。これは同様の趣旨で坂本竜馬が提起した「船中八策」に先立っており、小三郎の先進性を広く世に伝えました。しかし、慶応3年9月3日、京都から帰る途中、幕府の協力者と疑われ、待ち伏せていた薩摩藩士桐野利秋(きりのとしあき)らに襲われ亡くなりました。享年37歳でした。(引用ここまで)

幕末の先駆者・赤松小三郎を知っていますか? 2016年 10月 06日

http://westcoast.exblog.jp/26254254/

赤松の書いた「建白七策」は、当時日本に押し寄せていた英米仏蘭などの軍艦との戦争を避けるために公武合体論を主張し、世界情勢の中で日本が置かれている状況は内戦をしている場合でないほど逼迫していると論じて、幕藩体制から一挙に民主国家に移行する構想をあげたものだった。この構想は坂本龍馬の「船中八策」よりも1年早く松平春嶽に提出されたおり、船中八策の原案になったのではないかと言われている。これほどの赤松が歴史の表舞台から忘れられていたのは、彼が道半ばで暗殺されたからだろう。それも門下生である薩摩藩中村半次郎らの手にかかってだ。(引用ここまで)

赤松小三郎「御改正口上書」と坂本龍馬「船中八策」の比較 ―その1 2010年03月21日 | 赤松小三郎

この間、赤松小三郎に関する記事を連続して投稿し、赤松小三郎が慶応3年5月に越前福井藩の前藩主で幕府顧問の松平春嶽に提出した「御改正之一二端奉申上候口上書(以下、御改正口上書)」が、坂本龍馬の「船中八策」よりも早い、日本で最初の、選挙による民主的議会政治の建白書であり、もっと評価されるべきであることを論じてきた。

 現在、ネットで検索しても、赤松の「御改正口上書」を読むことはできない。そこでこのブログに掲載することにした。出所は『上田市史』(下巻、1251~1253頁)である。赤松直筆の原本は失われているが、全文が松平春嶽の政治記録書である『続再夢紀事』に転載されているので、この文書の存在は確かのものである。

 管見の限り、幕末維新関係の史書を読んでも、この赤松の歴史的文書の存在は無視されている。とてつもなくおかしなことだと思う。信じられないことだが、文献の中で探そうとすると、『上田市史』や『長野県史』といった郷土史の書籍の中にしか見られないのだ。「いったい歴史学者は何をやっているのだろう」と不思議に思う。
 私は、たまたま上田出身なので、高校時代に『上田市史』を読んでいて、赤松の「御改正口上書」に接することができた。それを読んで、「これは『船中八策』などよりはるかにすごいじゃないか」と衝撃を受け、翌日、高校の日本史の先生に、「何でこんなすごい人物が全く無名なんですか! おかしいじゃないですか!」と抗議しに行ったものだった……。

 長野県外の人では、おそらくよほど歴史に詳しい人でも、赤松の「御改正口上書」を読んだことはないだろう。一般の人は、この歴史的文書に接することはできないのである。従って、拙ブログごときが紹介するのも意味があることだと思う。

 私の推測では、この「御改正口上書」が、おそらくは福井藩士の手を経由して京都に潜伏中の坂本龍馬に見せられ、「船中八策」および「新政府綱領八策」となった。また、「五箇条の御誓文」の起草した由利公正も、福井藩士であるから、当然、赤松の「口上書」を読んでいたものと思われる。由利公正が御誓文の原案を考える際にも、赤松の文書が影響を与えたのであろう。
 しかし、「御改正口上書」に比べると、「船中八策」、「五箇条の御誓文」とも、はるかに内容的に曖昧で、後退したものとなっている。

 赤松の「御改正口上書」は全部で七箇条あるが、まず最も重要な第一条を紹介したい。この条は、天皇、内閣(首相と大臣)、そして上下両院の二院制議会の役割を論じたものである。これは坂本龍馬の「船中八策」との対応で言うと、以下の三カ条の内容に相当する。(略)(引用ここまで)

赤松小三郎は議会政治の建白書を幕府にも提出していた ―桐野作人氏が発見  2016年06月01日 | 赤松小三

船中八策を産んだ赤松小三郎

http://bkmts.on.coocan.jp/sentyuhassaku.htm

 幕末の兵学者「赤松小三郎」来秋に企画展 上田市立博物館(中日新聞・2016/10/18)

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TPP批准に圧力をかけたばかりか、デジタル革命への対応などを議論した日米財界人会議!「革命」って使ってるじゃん!革命は怖くないってこどだな!

2016-11-05 | 高校生でも判る日本型共産主義

革命=危険!恐ろしい!と煽動している産経が、一点の曇りもなく

「革命」という言葉を肯定的に使っているぞ!

しかも日米財界人も使っている!

これこそ珍現象!

 日米財界人会議が開幕 TPP早期実現やデジタル革命などを議論 2016.11.3 22:22更新

http://www.sankei.com/economy/news/161103/ecn1611030022-n1.html

日米の経営者が両国の経済問題などを討議する「日米財界人会議」が3日、東京都内のホテルで開幕した。約230人が参加し、日米経済連携の一層の強化やデジタル革命への対応、構造改革や人口動態などを議論し、4日に共同宣言を採択し、閉幕する。

キャロライン・ケネディ駐日米国大使が基調講演し、「来週の投票で、新しい大統領が決まっても、これまでの強固な日米関係は超党派によるもので、変化しない」と語り、米大統領選の結果は、日米関係に大きく影響しないとの見通しを示した。

会合では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について、日本で承認案と関連法案の成立を急ぐことで、オバマ政権下の米国での早期批准を後押しすべきだといった、TPP早期実現を求める意見が日米双方から出た。また、世界的にデジタル技術の活用を強化する必要があると同時に、サイバーセキュリティーの分野でも日米が連携して対応することなどを確認した。(引用ここまで

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「長崎教会群を世界遺産に」論に欠落している自由・人権・民主主義実現のたたかい成果を明記した日本国憲法思想

2016-07-28 | 高校生でも判る日本型共産主義

「キリシタン」の歴史は

日本における迫害された信仰の歴史!

日本における信仰の自由をたたかいとった歴史の成果!

自由・人権・民主主義の価値を明記した日本国憲法

前文 われらは、平和を維持し、専制と隷従圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない○2  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない○3  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない

第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。(引用ここまで
長崎教会群を世界遺産に推薦へ

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160725/k10010607791000.html 

長崎教会群を世界遺産に推薦へ

動画を再生する

文化庁の審議会は再来年の世界文化遺産への登録を目指して、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を推薦することを決めました。

文化庁の審議会、世界文化遺産特別委員会は再来年(平成30年)に、日本からの世界文化遺産の登録を目指して、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」、「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」、「北海道・北東北の縄文遺跡群」、「百舌鳥・古市古墳群」の4件の候補について審議しました。

その結果、国宝の大浦天主堂など、長崎県と熊本県の12の構成資産から成る「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を推薦することを決めました。

これについて文化庁は、2世紀にわたる禁教や潜伏したキリシタンの文化的伝統は、世界遺産に必要な普遍的価値があることなどを理由に挙げています。

今後、政府はことし9月中に暫定版の推薦書をユネスコ世界遺産センターに提出し、再来年の世界遺産委員会で審査を受けることになります。

長崎県知事「気を抜かず内容の充実を」

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の推薦が決まったことを受けて、長崎県の中村知事は「競合するほかの候補があったので、推薦が決まってほっとした。キリスト教がひそかに守られた文化に焦点を絞って、推薦書の内容を変えたことが理解を得られた要因ではないか」と述べました。そのうえで、ことし9月中に提出する暫定版の推薦書については、「世界遺産に正式に登録されるよう、気を抜かずに内容を充実させていきたい」と述べました。

平戸市で喜びの声

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」のうち、禁教期の独特の景観を今に残す、春日集落と安満岳、それに中江ノ島の2つの構成資産がある長崎県平戸市では、午後3時に、防災無線を使って推薦候補に決定したことを市民に知らせたあと、市役所の外壁に垂れ幕が掲げられました。

垂れ幕は幅88センチメートル、高さが10メートルあり、「祝世界遺産へ推薦決定!!」と書かれています。
市役所を訪れた20代の女性は「今聞いて驚きました。1度、世界遺産への推薦が取り消されて残念でしたが、今度こそ世界遺産に登録されて多くの観光客に来てほしい」と話していました。また、構成資産の1つ、春日集落に実家があるという60代の男性は「うれしいです。今度こそ登録されてほしい」と話していました。

平戸市の黒田成彦市長は「1度、推薦を取り下げてから、構成資産の1つだった平戸市の田平天主堂を除外するという、苦渋の決断をしたうえでの推薦決定だったので一安心しています。再来年の登録に向け、構成資産の保全や環境整備に全力を尽くしたい」と話していました

天草市も横断幕掲げ決定祝う

構成資産の1つ「崎津集落」がある熊本県天草市の中村五木市長が記者会見し、「心からうれしく思っている。これで2年後の世界遺産登録が確実に近づいた。市民の期待に添うよう、これからもしっかり取り組みたい」と述べました。

また、崎津集落がある河浦町の住民とテレビ電話をつないで喜びを分かち合っていました。天草市役所には「天草の崎津集落を世界遺産へ!」と書かれた長さ6メートルの横断幕が掲げられ、集まった市の職員およそ50人が拍手をして今回の決定を祝いました。

大浦天主堂 訪れた人なども喜びの声

構成資産の1つ、長崎市の国宝、大浦天主堂では、訪れた観光客が推薦の決定を歓迎していました。

東京から観光で訪れた20代の女性は「すでに世界遺産に登録されている旧グラバー住宅もすぐ近くにあって、とてもきれいだったので、これを機会に長崎がもっと盛り上がってもらえたらいいですね」と話していました。
地元、長崎県南島原市から訪れた40代の男性は「昔から学校で勉強していたので長崎県民として本当にうれしいです」と喜んでいました。

また、大浦天主堂の近くにあるカステラ店の店員の女性は「今度こそは世界遺産に登録されてほしいです。長崎には世界に誇れる文化がたくさんあるので、観光客の皆さんと一緒に私たち長崎市民も盛り上げていきたいです」と話していました。

福岡県のバスガイドの女性は「九州は熊本地震の影響で観光客が減っているので、多くの人が訪れてくれると、私自身もガイドのしがいがあります」と話していました。

取り下げから再び推薦へ これまでの経緯

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、当初は、長崎でキリスト教が繁栄してから弾圧と潜伏を経て、明治時代に入って復活を遂げるまでの歴史を物語る14の資産から構成されていました。

そして、去年1月、ユネスコ世界遺産センターに推薦書が提出されましたが、ユネスコの諮問機関、イコモスから「キリスト教の信仰が禁じられた時期に焦点を当てるべきだ」と推薦内容を見直すよう指摘され、政府はいったん推薦を取り下げました。

その後、地元自治体は構成資産の見直しを検討した結果、南島原市の日野江城跡と平戸市の田平天主堂の2つの資産を「禁教の時期との関連を証明するのは難しい」として構成資産から外し、12の資産に絞り込んで再び推薦書を提出していました。(引用ここまで

長崎の教会群/独自の信仰文化を世界へ

西日本新聞/2016/7/27 12:00

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/261765

国の文化審議会が、世界文化遺産の国内候補として「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎、熊本)の推薦を決めた。政府は来年2月までに推薦書を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に提出し、2018年の登録を目指す。

長崎、熊本両県には安心感が広がっているだろう。

だが、世界文化遺産の審査は厳しさを増している。「顕著な普遍的価値」の証明には、推薦書を練り上げ、説得力を高めることが不可欠だ。

異例の2度目の推薦である。

ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)の意見を踏まえ、政府は15年に提出した推薦書を今年2月に取り下げた。新たな推薦書案は、イコモスの助言を受けながら作成された。国内では初めてのことだ。

約250年間の禁教期に焦点を当て、構成資産は2件減らして12件とした。各資産を教会単体から集落に広げたのは、潜伏期の文化継承をアピールするためだ

「キリスト教の伝来・禁教・復活の過程」「東西文化の交流」の遺産として評価する。そんな当初の理念は背景に退いた。

削除された構成資産の地元などには不満もあるかもしれない。だが、潜伏キリシタンに視座を定めることで、九州西海岸のキリスト教文化遺産の独自性が鮮明になったことは間違いない。長い潜伏によって、キリスト教は仏教や土着の文化と混じり合い独自の信仰形態となった。その一部は現代に伝えられている構成資産以外にも、潜伏キリシタンが関係した神社や墓地がある。こうした遺産や文化財の存在も幅広く視野に入れ、この地域に深く根付いた潜伏キリシタン文化の全体像に光を当てる取り組みを期待したい。調査や研究の余地はまだ多い。保全対策が必要な遺産もある。

その成果を推薦書に反映させることは、シリアルノミネーション(連続性のある遺産の推薦)を支える「物語」の補強となる。世界文化遺産登録に向けて、独自の信仰文化の再評価に力を入れたい。(引用ここまで

日本における信仰の自由獲得の歴史とは

奈良時代:国家仏教=鎮護国家

平安時代:浄土教の布教

鎌倉時代:鎌倉仏教の布教

室町時代:一向一揆・法華一揆

戦国時代:一向一揆・キリシタン

江戸時代:キリシタン・日蓮宗不受不施派

明治時代以降:国家神道=皇国史観

戦後:日本国憲法

日本における自由・人権・民主主義・実現の歴史が

日本国憲法を成立させた!

日本国憲法の徹底化こそ

「日本型共産主義社会」実現への唯一の途だ!

communism=共産主義

   「共産」という日本語は?

2004年4月21日(水)「しんぶん赤旗」

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-04-21/0421faq.html 

〈問い〉 「共産」という日本語は、いつ、誰によって使用されるようになったのですか。日本共産党が、それを名称に採用した経緯や意義はどこにあったのですか? (東京・一読者) 

〈答え〉 「共産」という言葉は、明治時代のはじめに、コミュニズムという言葉の日本語訳として紹介されたことがきっかけで、使われるようになりました。 

コミュニズムの語源は、「共同」「共通」「共有」などを意味するラテン語のコムニース(Communis)です。

科学的社会主義の創始者であるマルクスやエンゲルスは、人類の理想社会―生産手段の社会化を基礎に生産者が主役となる社会、搾取も抑圧も戦争もない、自由で平等な共同社会を展望し、それをめざす運動をコミュニズムとよびました。

日本で“コミュニズム”という思想が紹介されるようになったのは、明治初期の一八七〇年ころです。 

ところが、初期には、欧米の文物に接した知識人、啓蒙思想家がその担い手だったことから、科学的社会主義本来の思想としてではなく、“財産の否定”=財産共有を特徴とする危険思想と紹介されました。

日清戦争(一八九四~五年)後、本格的展開をみせるようになった労働組合運動や社会主義運動のなかで、共産主義がマルクス、エンゲルスの学説と一体に受け入れられるようになり、『共産党宣言』(一九〇四年)や『空想から科学へ』(同六年)も翻訳されました。未来の共同社会を目標とする政党として誕生した日本共産党も、その名前を掲げることになりました。 

創立以来82年、日本共産党は一つの党名を貫いてきました。そこには、戦前の暗黒時代に民主主義と平和のために不屈にたたかいぬいた歴史が書きこまれていると同時に、21世紀に生きる政党としての誇りある未来社会への理想が刻みこまれています。私たちはいま、この党名を高くかかげ、第23回党大会で新しく決めた綱領が明らかにした未来社会への展望を、広範な国民のものにするために力をつくしています。()〔2004・4・21(水)〕

「com」について 

コミュニティの略-共同体のこと。特定の共通点がある集団の集まり。
コミュニケーションの略-お互いに感情を触れ合うこと。

2人~複数の人間(または、動物ロボット)と感情を共有することである。日本での略語は「コミュ

「同士・同志の集団」「共同体」「的を共有している仲間」の事である。

 com=democracy

デモクラシーと民主主義の違い

http://www.geocities.jp/clinicalpolitics/html/democracy1.html

デモクラシー(democracy)という言葉は、ギリシア語の「ディモクラティ(demokrati)」から出ている。ディモス(demos)はピープル、クラティア(Kratia)はガバメント、政治制度をいう。

日本ではこのデモクラシーを民主主義と訳しているが、「主義」は本来「イズム(ism)」でなければならない。もしデモクライズムあるいはデモクラティズムならば民主主義となるが、デモクラシーは民主政治、あるいは民主制、民主政治制度とすべきである。この「制度」とすべきものを「主義」と誤訳してしまったところに戦後の日本のデモクラシーの大きな落とし穴があるように思うのである。(「国会は無駄づかい」P101より)

Democracy → demos kratia
demos = people
kratia = sway,institution(governing)
民主制(政)、政治制度   ※民主主義は誤訳(引用ここまで

コメント

日本では、1300年位前に、共産主義は試してみて上手く行かない事が確認されて今に至るって?

2015-12-13 | 高校生でも判る日本型共産主義

社会の変革・進歩は不断の努力があってこそ!

 動物の進化だって簡単ではないのと同じだ!

日本国第97条

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、

人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、

これらの権利は、

過去幾多の試錬に堪へ、

現在及び将来の国民に対し、

侵すことのできない永久の権利として

信託されたものである。

以下の記事に対して、下記の貴重なコメントがよせられました。そこで、検証してみることにしました。

 ほとんどの国民は共産党は暴力革命政党だとマジで思っているがそれって安倍自由民主党では?   2015-12-10 08:00:26 | 共産党

Unknown (Unknown)2015-12-10 17:01:43

ソ連の共産主義は25年くらい前に失敗が確認され、中国共産党も国会統制資本主義を取り入れることになった。資本主義は、自然と共産主義に移行するものだと言うのが、マルクスの言う知性だったが、間違いだった。日本では、1300年位前に、試してみて上手く行かない事が確認されて今に至る。だから、生粋の日本人にとって、共産主義には、元々アレルギーがある。(引用ここまで

1.「ソ連の共産主義は25年くらい前に失敗が確認され」た論

「ソ連の共産主義」が「失敗」したというのは、全くその通りです。

2.「中国共産党も国会統制資本主義を取り入れることになった」論

これは日本においても、同様です。現代の資本主義世界は「新自由主義」という名の「国家統制資本主義を取り入れ」ているのではないでしょうか。「自死者」がどれだけいるか。介護難民はどうか。ワーキングプアはどうか。など、国家の、というか、自公政権の無能無策無責任政治のウラで、大儲けしている多国籍企業と一握りの富裕層は、資本主義の「自由と民主主義」とは相いれないのではないでしょか。

「自由と民主主義」を標榜している「自由と民主」党と、「公明正大」を標榜している「公明」党は、その看板に偽りアリ!と言えます。これは表面的には「自由と民主主義」を掲げていますが、表面的には「共産主義。共産党を標榜している中国共産党政権と、中国の言葉を使えば「五十歩百歩」と言えます。

3.「資本主義は、自然と共産主義に移行するものだと言うのが、マルクスの言う知性だったが、間違いだった」論

マルクスは、資本主義は、「自然と」共産主義に「移行するものだと」言ったのでしょうか。そんな「知性」は聴いたことがありません。そういう意味では「間違い」です。

そこで、このようなマルクスの「知性」の「風評」はどのような文章から発生・派生しているのか、恐らく、以下のマルクスの指摘が「風評」となって拡散し沈殿しているのではないか、と考え、検証してみることにしました。ご覧ください。

まず最初に、「風評」となっている部分です。

マルクスは、「大づかみにいって、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式を経済的社会的構成のあいつぐ諸時期としてあげることができる」と『経済学批判』(1859年)の「序言」の中で述べています。

このような「歴史観」が「資本主義は、自然と共産主義に移行するものだ」という「風評」になって拡散・沈殿しているのではないでしょうか。

そこで、マルクスが何を言っているのか、その前後の部分をあげておきます。ご覧ください。

この「序言」で述べていることは、私を悩ました疑問の解決のために企てた最初の仕事は、ヘーゲルの法哲学の批判的検討であって、その仕事の序説は、1844年にパリで発行された『独仏年誌』に掲載された。私の研究の到達した結果は次のことだった。

すなわち、法的諸関係ならびに国家諸形態は、それ自体からも、またいわゆる人間精神の一般携形態からも理解できるおおではなく、むしろ物質的な諸生活関係にねざしているものであって、これらの諸生活関係の総体をヘーゲルは、18世紀のイギリス人およびフランス人の先例にならって、「市民社会」という名のもとに総括しているのであるが、しかしこの市民社会の解剖学は経済学のうちにもとめられなければならない、ということであった。

…私の研究にとって導きの意図として役だった一般的結論は、簡単にいえば、次のように定式化することができる。

人間は、彼らの生活の物質的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係に、すなわち、彼らの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係にはいる。これらの生産諸関係の総体は、社会の経済的構造を形成する。

これが実在的土台であり、その上に一つの法律的および政治的上部構造が立ち、そしてこの土台に一定の社会的諸意識形態が対応する。

物質的生活の生産様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、逆に彼らの社会的存在が彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである。

社会の物質的生産諸力は、その発展のある段階で、それらがそれまでその内部で連動してきた既存の生産諸関係と、あるいはその法律的表現にすぎないが、所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、清算諸力の発展諸形態からその桎梏に一変する。そのとき社会変革の時期が始まる。

経済的基礎の変化とともに、巨大な上部構造全体が、あるいは徐々に、あるいは、急激に変革される。このような諸変革の考察にあたっては、経済的生産諸条件における物質的な、自然科学的に正確に確認できる変革と、人間がこの衝突を意識し、それをたたかいぬく場面である法律的な、政治的な、宗教的な、芸術的または哲学的な諸形態、簡単にいえばイデオロギー諸形態とをつねに区別しなければならない。

ある個人がなんであるかをその個人が自分自身をなんと考えているかによって判断しないのと同様に、このような変革の時期をその時期の意識から判断することはできないのであって、むしろこの意識を物質的生活の諸矛盾から、社会的生産諸力と生産諸関係とのあいだに現存する衝突から説明しなければならない。

一つの社会構成は、それが十分包容しうる生産諸力がすべて発展しきるまでは、けっして没落するものではなく、新しい、さらに高度の生産諸関係は、その物資的存在条件が古い社会自体の胎内で孵化されおわるまでは、けっして古いものにとって代わることはない。

それだから、人間はつねに、自分が解決できる課題だけを自分に提起する。なぜならば、詳しく考察してみると、課題そのものは、その解決の物質的諸条件がすでに存在しているか、またはすくなくとも生まれる津ある場合にだけ発生することが、つねに見られるであろうからだ。

大づかみにいって、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式を経済的社会的構成のあいつぐ諸時期としてあげることができる

ブルジョア的生産諸形態は、社会的生産過程の最後の敵対形態である。敵対的というのは、個人的敵対という意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味である。

しかしブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対の解決のための物質的諸条件をつくりだす。したがってこの社会的構成体でもって人間社会の前史は終わる。(引用ここまで

4.「日本では、1300年位前に、試してみて上手く行かない事が確認されて今に至る。だから、生粋の日本人にとって、共産主義には、元々アレルギーがある」論

「1300年くらい前」というと、515年となります。いわゆる「ヤマト朝廷」の「氏と姓」制度が始まる時代で、本来は「大王」と言われていた時代でもあるわけですが、いわゆる「継体天皇」の時代と言われて皇位継承が定まらない時代です。この頃に「共産主義」を「試してみて上手く行かない事」があったというのは初耳です。

この「ヤマト朝廷時代」に「共産主義」思想と運動があったということですが、これだけでは、全く判りません。

しかも「生粋の日本人」にとって、「共産主義」は「アレルギーがある」というのです。

そもそも「生粋の日本人」とは、どういう「日本人」でしょうか?「日本人」という意識そのものも問題です。

中国政権が名付けた「倭」に対抗して「日本」をつくったことは、702年の遣唐使によって国号「日本」が中国の「唐」に対して発せられたこと、更に言えば720年「日本書紀」がつくられたことを視れば明らかです。しかし、それにしても「奈良時代」に「共産主義」を「日本人」が試したと言うのは、如何なものでしょうか。

しかし、「共産主義」の源流が、実は、この「日本列島」においても、脈々と流れているのも、また事実です。これについては、別稿で記事にします。ご覧ください。

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共産党の綱領の未来社会を先取りしている未来工業!会社の主人公は労働者が貫徹されている!学べ共産党!

2013-03-13 | 高校生でも判る日本型共産主義

「赤旗」日曜版が、岐阜の未来工業の山田昭男さんを取り上げました。内容は、以下のとおりです。

給料をきちんと払えば会社も伸びる 岐阜 未来工業創業者・取締役 山田昭男さん(81) しんぶん赤旗日曜版 2013年2月24

 働く人の賃金を上げるべきだ。それが景気回復につながり、会社経営にもいい結果を生む―という日本共産党の主張に賛成です。民間の平均賃金は97年から70万円も下がったそうですね。うちは賃下げなんてしません。給料は60歳で平均700万円。残業は禁止。社員800人はみな正社員です。今は大きな内部留保がある大企業までパートや派遣社員を使い、コストを下げる。人間をコスト扱いするなと言いたい。きちんと給料を払えば、社員はよく働くし、もらった給料を使うから製品も売れる。景気がよくなって会社も伸びるんです。「馬にニンジン」という経営論からノルマ主義が生まれました。しかし、人間は動物じゃない。しかも、一生懸命働いても賃金は下げ、派遣の首は切る。こんなことをやっていたら日本経済はますます悪くなりますよ。日本共産党の言っていることは、まともだと思います。格差拡大を批判し、雇用の安定を求めるなら、自民党ではなく、共産党にもっと投票しろよと、私は言っています。この前、韓国のサムスンの幹部が来て、「共産主義経営ですか?」と聞かれてびっくりした。私は、当たり前のことをやっているだけですよ。

    ◇

未来工業(電気設備資材の製造販売など。本社は岐阜県輪之内町。名古屋証券取引所2部上場)(引用ここまで

 「赤旗」が未来工業の山田昭男さんを取り上げた理由は、賃金値上げの正当性でした。しかし、未来工業の経営から学ぶべきことは、上記のことではありません。経営方法と思想は、現在の共産党が抱えている問題を解決するうえで、大いに参考になるのではないかと、ずっと思ってきました。

そこで、「赤旗」日曜版に掲載されたことを契機に、その考えをまとめてみました。

愛国者の邪論が、未来工業の経営を知ったのは、以下のテレビ番組でした。

この未来工業の経営を取り上げたカンブリア宮殿を視て得心しました。以下を参照してください。

カンブリア宮殿2011年1月20日 放送

http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/20110120.html

『カンブリア宮殿』'11.01.20 会社は自分のものだ! 自ら考え、自ら良くしろ

http://v.youku.com/v_show/id_XMjYzMjA4NDQ4.html

カンブリア宮殿【未来工業山田昭男】詳細情報

http://topicsnow.blog72.fc2.com/blog-entry-1160.html

 ここで、注目すべきことは、以下のことです。括弧のなかは愛国者の邪論が挿入しました。

「会社(共産党)は自分のものだ!自ら考え、自ら良くしろ!」ということです。未来工業(共産党)では、毎日新製品が誕生していますが、社内で掲げられているのは「常に考える!」という標語です。

未来工業(共産党)では、毎日1、2個は新製品が誕生しているという。そのおかげで、シェアトップのスライドボックスだけでも85種類も作っているのだ。例えば営業社員(共産党員)にノルマはないが、ユーザー(住民・有権者)を必死に訪ねては、製品開発の種(要望・要求)を拾い続ける。その結果、開発部門(中央委員会・県委員会・地区委員会・議員)には全国(各地)の営業(支部)から毎日10件程の要望や提案が寄せられ、新商品化(新しい政策・方針)にこぎつけるのだという。「コストがかかるからダメとかではなく、どうしたら売れるか(共産党を支持)、客(住民・有権者)が便利だと思うものを『考え』ればいいんです」
そして「考え抜く」ための社内制度…改善提案は、全て1件500円で買い取りを行い、毎年1万件近く集まる。創業者・山田昭男氏の「大手(他党)と同じものを作っていては負けてしまう、考え続けて差別化しろ!」が徹底されています。(引用ここまで

 どうでしょうか?

 日本共産党は、党員の党費によって運営されています。いわば日本共産党株式会社です。この会社は「赤旗」やその他の出版物を販売して経営が成り立っています。勿論カンパも重要な資金でしょう。

 この日本共産党株式会社の商品(政策)が他の会社(他党)と「差別化」された時、国会や地方議会にたくさんの議員が誕生することになります。そして、国会や地方議会で、よりいっそう差別化されれば、ユーザー・消費者・住民・有権者は共産党株式会社の商品(政策)を求めることになるでしょう。それは、その方が自分の暮らしが良くなる、実利がかなうからです。ということは、共産党的に言えば、社会変革の事業は進むということになります。

 ここで問題なのは、日本共産党株式会社と、その社員(党員)が「考え抜く」ということ、「会社は自分のものだ! 自ら考え、自ら良くしろ」というような状態で、日々ユーザー(住民・有権者)を必死に訪ねては、製品開発の種(要望・要求)を拾い続け、開発部門(中央委員会・県委員会・地区委員会・議員)に要望や提案を寄せているかどうかです。

 そうして新商品化(新しい政策・方針)にこぎつけ、ユーザー・住民・有権者に買っていただいているかどうかです。買っていただくためには、その商品を買った方が自分の暮らしが良くなるということがなければなりません。ユーザー・住民・有権者は霞を食って生きているのではないからです。未来工業の商品を買った方が安くて便利、実利があるからこそ、未来工業は儲かっているのです。

 今、全国各地の住民・有権者が自公政権の悪政によっていじめられていることは周知の事実です。しかし、いじめられているにもかかわらず、日本共産党株式会社の商品を買っていただけないのは何故か、です。「赤旗」の読者が不足しているからでしょうか?党員が少ないからでしょうか?或いは党員が高齢化しているからでしょうか?

 もし、これらが日本共産党株式会社の商品を購入していただけない主要な理由だとしたら、「赤旗」や党員が増えない限り、党員の高齢化が解消されない限り、日本共産党の商品ユーザー・住民・有権者に買っていただけないことになります。

 日本共産党の商品を買っていただけないのは、他党との差別化に失敗しているということです。成功していないということです。それは日本共産党株式会社の商品を買っても実利がないとユーザー・住民・有権者が思っているということです。別の言葉で言えば、ユーザー・住民・有権者要求の実現をしていないということです。政策だけでは「共産党は良いことばかり言っているけど・・・・」となりませんか?実際にそのような声はたくさん言われています。

 しかし、日本共産党株式会社の商品政策)の性能は抜群!と多くの党員の皆さんは思っている?し、6中総もそのように決めたのです。総選挙の時の政策は基本的には参議院選挙でも使うと言っていました。

 しかし、だけれども、買っていただけないのは、何故か?です。全てはここから始めなければなりません。そこで、ヒントは、

 日々ユーザー(住民・有権者)を必死に訪ねては、製品開発の種(要望・要求)を拾い続け、開発部門(中央委員会・県委員会・地区委員会・議員)に要望や提案を寄せているかどうか、ということです。

 これに成功していないのが、現在の共産党ではないでしょうか?以下みてみます。

第22回党大会第6回中央委員会総会 2003年5月24・25

http://www.jcp.or.jp/jcp/22th-6chuso/2003_0527_hokoku.html

 それぞれの地域、職場、学園での、すべての有権者を視野にいれ、対話にとりくみ、要求をつかみ、結びつきを広げ、後援会員をふやし、党勢拡大に結実させ、わが党の陣地をつねに拡大していく。この運動の到達点を、つねにあきらかにし、きちんと反映させるようにする。こうして、党の陣地拡大の到達点を、私たちがつねに科学的につかみ、系統的に発展させていくようにしたいと思います。…わが党は科学的な世界観と、科学的な政治路線をもつ党でありますが、組織活動・陣地拡大でも科学的に現状をつかみ、前進をはかることのできる党へと成長をかちとることを、この「大運動」での大事な課題の一つとしてとりくむことを提案するものです。(引用ここまで

第6回中央委員会総会志位委員長の幹部会報告 2013年2月9日

http://www.jcp.or.jp/web_jcp/html/25th-6chuso/20130209-houkoku.html

1.すべての支部・グループが会議を開き、6中総決定を議論し、生活と「結びつき」の現状を出し合い、支持者名簿を整備しましょう。支持者名簿は、党としての結びつきの名簿と区別して、「マイ名簿」(個人としての結びつきの名簿)をつくることも大切です。

2.すべての支部と党員が、「国民の苦難の軽減」という立党の精神に立って、多様な要求と関心にこたえた、多面的な活動にとりくみ、また、参加しましょう。要求にこたえた活動という場合、それを狭くとらえず、さまざまな趣味の活動、ご近所・職場づきあいなど、国民の願いにこたえた活動全体を広く視野に入れて大切にしましょう。

3.得票目標と支持拡大目標を決め、広い有権者を対象とした声の宣伝やポスター張り、ビラ配布などの大量宣伝、「結びつき」を生かした対話と支持拡大に、ただちに足を踏み出しましょう。対話と支持拡大に、選挙直前にならないと力が出ないという悪弊を今度こそ克服し、「いまから直ちに」「繰り返し」「固めつつ広げる」という立場でとりくみましょう。党員の「踏み切り」――成長を援助するとりくみを、支部も党機関もさまざまな形でおこないましょう。対話と支持拡大と一体に、広く募金を訴えましょう。

4.党員拡大を、党勢拡大の根幹に位置づけ、6中総を起点に、すべての支部が、新しい党員を迎えて参議院選挙をたたかいましょう。「しんぶん赤旗」読者拡大では、前回参議院選挙時の回復をめざし、全都道府県、全地区、全支部が、毎月、日刊紙、日曜版ともに前進をかちとり、党勢の上げ潮のなかで選挙をたたかいましょう。国民に「溶け込み結びつく」ことと一体の新しい独自追求をすすめましょう。読者拡大では、読者と人間的・政治的に日常的に結びつき、「減らさず、前進する」活動に挑戦しましょう。

5.すべての支部が、「改革ビジョンを語り、日本の前途を語り合う集い」を、多種多様な形で開きましょう。単位後援会を確立し、要求にこたえた、楽しい多面的な活動をすすめましょう。後援会ニュースを発行し、後援会員との結びつき・協力依頼を不断に強めましょう。

6.学習の強化は、「結びつきの強化」とともに、党の活力を高める二つの根本の力となります。新入党員学習、「綱領・古典の連続教室」を活用した学習、毎日の「しんぶん赤旗」を使った学習をすすめましょう。すべての党員が「しんぶん赤旗」日刊紙を購読することを、党の質的建設の要の一つと位置づけて、力をつくしましょう。(引用ここまで

 どうでしょうか?10年前と今日と比べて、ほとんど変わっていないことが判ります。しかもユーザー・住民・有権者要求実現運動を徹底化する、ドブ板活動をすることの意味づけは、極めて弱いことが判ります。要求実現は「拡大のための手段」のように考えていると言われても仕方のない表現となっています。

日本共産党株式会社の社員(党員)は「会社は自分のものだ! 自ら考え、自ら良くしろ」と考え抜く」ような活動になっていないことが判ります。これでは国民的共感を得ることは厳しい限りです。未来工業の経営と大きく違っていることが判ります。

 その最大の問題は何でしょうか?未来工業の経営のやり方、社員に対する見方、ユーザー・住民・有権者の見方に、その最大の要因があります。一言で言えば、社員(党員)の「自発性」、「自治」、「民主主義」、お客様(主権者)は神様(主人公)!これがカギでしょう。

 もう一つは、生産手段を持たない労働者が、意欲をもって労働する。自分の労働力を未来工業に売ることで、生活する。徹底して8時間労働以内の労働時間を守る。会社のサークルに資金援助する。地域の文化活動に資金援助して貢献する。海外旅行、国内旅行などをとおして労働者に儲け分を分配する。しかも労働者が行く先を決める。労働者が資格を取る場合も援助するなどなど、資本主義社会の経営として、労働者を大切にするという点で群を抜いています。

 こうした経営は未来社会の会社経営を先取りしていることは明らかです。会社経営に対して、労働者の意見を最大限尊重していることです。しかも報奨金を出しているのです。これは形をかえた職場民主主義と言えます。これは偉大な教訓です。社会のあらゆる部署で徹底して民主主義を実現するのです。共産主義は民主主義を社会のあらゆる部署で徹底的に、具体化、実現した社会です。

 労働者は生産手段は持っていないが、会社経営に労働者を参画させている。しかも儲けを労働者に分配しているのです。これが資本主義社会のなかの会社経営なのです。夢を見ているようです。

 これぞ、「共産主義」と言われる所以です。共産党の綱領の最後の部分が未来工業においては実現しているのです。

 「ミニ共産主義(未来)社会」を実現している未来工業このような経営の手法を、現在の共産党に適用することが、国民的共感を得ていく道であることは明らかではないでしょうか?

 日本共産党綱領2004年1月17日 第23回党大会で改定

http://www.jcp.or.jp/web_jcp/html/Koryo/

生産手段の社会化は、人間による人間の搾取を廃止し、すべての人間の生活を向上させ、社会から貧困をなくすとともに、労働時間の抜本的な短縮を可能にし、社会のすべての構成員の人間的発達を保障する土台をつくりだす。

 生産手段の社会化は、生産と経済の推進力を資本の利潤追求から社会および社会の構成員の物質的精神的な生活の発展に移し、経済の計画的な運営によって、くりかえしの不況を取り除き、環境破壊や社会的格差の拡大などへの有効な規制を可能にする。

 生産手段の社会化は、経済を利潤第一主義の狭い枠組みから解放することによって、人間社会を支える物質的生産力の新たな飛躍的な発展の条件をつくりだす。

(1)生産手段の社会化は、その所有・管理・運営が、情勢と条件に応じて多様な形態をとりうるものであり、日本社会にふさわしい独自の形態の探究が重要であるが、生産者が主役という社会主義の原則を踏みはずしてはならない。「国有化」や「集団化」の看板で、生産者を抑圧する官僚専制の体制をつくりあげた旧ソ連の誤りは、絶対に再現させてはならない。

 (2)市場経済を通じて社会主義に進むことは、日本の条件にかなった社会主義の法則的な発展方向である。社会主義的改革の推進にあたっては、計画性と市場経済とを結合させた弾力的で効率的な経済運営、農漁業・中小商工業など私的な発意の尊重などの努力と探究が重要である。国民の消費生活を統制したり画一化したりするいわゆる「統制経済」は、社会主義・共産主義の日本の経済生活では全面的に否定される。(引用ここまで)

 

それでは参考にしていただく資料を掲載しておきます。 

日本一幸せな会社(上)未来工業創業者・山田昭男 社員をコスト扱いするな【話の肖像画】2012.6.12 03:16

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120612/biz12061203170002-n1.htm

カワムラ社労事務所

http://kawamura-sr.blogdehp.ne.jp/article/13148017.html

【流儀あり】知恵を絞って先手必勝 未来工業・山田昭男相談役2009年12月17日

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/ryugi/list/CK2009121702000208.html

社員にはアメを、ムチはいらない 未来工業~社員を大切にすれば必ず会社に報いてくれる

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2717

あるSEとゲーマーの四方山話

http://finalf12.blog82.fc2.com/blog-entry-471.html

社員を幸せにすれば企業は繁栄する(未来工業・山田昭男)

http://www.youtube.com/watch?v=Wc-TophrkD8

 

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