岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

水無沢両尾根登降山行(7) / ひな祭りに関して…民族の誇りと文化を忘れた日本人(36)

2010-04-18 05:13:58 | Weblog
 (今日の写真は、水無沢の源頭部、その崖頭近くを登っている同行者たちである。先頭を行くのは「相棒」さん、2番手はKさんである。
 この辺りは標高が1250mほどだ。私たちは1457mピークを目指して登っていた。この位置から南に向かって標高差200mを登らなければいけない。きつくて、危険な急斜面が続くのである。
 森林限界だから、例年ならば樹木はすべて積雪の下でまったく見えない。この写真でもほぼ見えないがこの下部には「コメツガ」の孤木や「ダケカンバ」が見えていた。雪が少ないのだ。
 ワカンの埋まり方(その深さ、キックステップが出来るか)やピッケルの刺さり方を考慮しながら、とりあえず、上方の窪地まで「ザイル」なしでの登高を続けた。
 もし、キックステップも出来ず、ワカンの爪も効かないし、ピッケルも深く刺さらない状態になれば、そうなる前に「アンザイレン」しなければいけない。トップを行く「相棒」さんはそのことを念頭に置いて慎重に登っていく。
 それほど「急な斜面」には見えないだろうが、これも「広さ」を強調しようとしてズームレンズを「広角」にして撮っているからである。
 この真下は水無沢の崖頭だ。転倒滑落して、「ピッケル」操作が出来なければ、崖頭から「死のダイビング」ということになる。
 Kさんは初心者である。この時季にこのような高さの雪原までやって来たのは「初めて」である。もちろん登ることも初めてである。ピッケルの扱い方もよく知らない。
 それが、この写真にもよく現れている。つまり、ピッケルと上体の位置が離れ過ぎているのだ。上体をしっかりと立てて、ピッケルをもっと体に引き寄せた位置に突き刺すようにしなければいけないのである。そうしないと、転倒し滑落するという一瞬の事態の時に、滑落を停止させる「ピッケル操作」が出来ないのである。
 「本当」に危険な場所に入る前に、そのことをKさんは理解した。だから、ザイルなしで上部の窪地に見えるところまでは、登ったのである。) 

◇◇ 水無沢両尾根登降山行(7) ◇◇
(承前)

 …ブナ林内の「開かれた稜線」を登り切ったら、「風景」は忽然と豹変した。
 先ずは、両側の「ブナ」の樹林帯が消えた。だが、全く生えていないというわけではない。「ブナ」は生えているが疎らなのだ。しかも、それらは、一様に「低木」で、その上「ひねこびた」ようにねじれ曲がっていた。その中で、ひときわ背の高い樹木も数は少ないがある。それは「ダケカンバ」だ。
 「ダケカンバ」はその梢をキラキラと輝かせていた。梢を透明な氷の「鞘」が覆うているのだ。梢は縦横斜めと「幹」から放射状に広がっている。その無限の角度が「陽光」を受けて、思い思いに輝くのだ。まるで、「ダケカンバ」全体が「イルミネーション」のように騒然と煌めくのである。
 電球やLEDをつけなくても、ここでは、このような気象条件の時には、天然の「イルミネーション」をしっかりと見せてくれるのである。その条件とは標高1000m、霧や雲が湧いてそれが梢に付着して凍結することである。だが、これだと「純白」な霧氷にしかならない。それだと「キラキラ」とは輝かない。その「霧氷」が暖気によって融け出して、透き通る輝きを醸し出す時にしか、「イルミネーション」にならないのである。
 この「騒然とするほど」の煌めきを燦然と輝くという。「燦燦(さんさん)」という形容動詞もある。太陽などの光が、きらきらと輝く様子を表す言葉で、「日が燦燦と照る」とか「燦燦たる陽光」などという使い方がある。
 また、「珊珊(さんさん)」という漢語を当てる場合もある。これは、本来音の美しさを表す言葉だが、「きらきらと美しく輝くさま」を表現する時にも使われている。
 なお、「粲粲(さんさん)」という語をあてる場合もある。これは、「あざやかに美しいさま」という意味を持っている。

 忽然と豹変した風景とは低木と「ダケカンバ」のイルミネーションだけではない。それらに加えて、登っていこうとする方角がすべて見渡せるということであった。そうだ、上方には雪原が広がっていたのだ。
赤倉御殿から1457mピークにかけての細くて長い雪稜を頂にして、その下部にまるで、大きくて広い円形劇場の丸みのある斜面のような雪原が広がっていたのである。(明日に続く) 

◇◇ ひな祭りに関して…民族の誇りと文化を忘れた日本人(36)◇◇
(承前)

…「日本は『戦後復興』の名の下にひたすら物質金銭万能主義に走り、その結果……いわば”愚者の楽園”(フールズパラダイス)と化し、精神的、道義的、文化的に”根無し草”に堕してしまったのではないだろうか。」…

 …他国に従属しない国、自主独立の国民となるためには、「精神風土と伝統、それに民族の誇り」を身につけようとする「亡命チベット人」に学ばなければいけない。だが、もっと身近なところに「学ぶべき」ことがあるのだ。
 それが「沖縄」の現実なのである。
米軍基地の負担に置き換えてみる。沖縄にある米軍専用施設の面積を沖縄県民約138万人(08年10月現在)で割ると、1人当たりの基地面積は166.60㎡。
 沖縄では、生まれたばかりの赤坊からおじいさん、おばあさんまで、1人50坪ほどの基地負担になる計算だという。
 それに対して全国平均は、1人当たり2.42㎡である。1坪にも満たない。その格差は、何と68.84倍だ。
 「人権」とは時代や国境を越えて普遍なものであり、自由と平等が原則だ。だが、「基地負担の平等」は憲法に明記されていない。だからといって、この現実を「沖縄」の人たちにだけ押しつけていいものか。何故、押しつけられているのかということに「論」が進まない。ただただ、「既定の事実」として、見ているだけだから「基地の移転」だけが話題になる。

 かつて、(1995年)米軍用地強制使用に伴う代理署名訴訟では、当時の大田昌秀沖縄県知事が、過重な負担を『法の下の平等に反する』」と訴えたことがある。
 しかし、「最高裁判決は裁判官15人中、7人が補足意見で負担の重さに理解を示しながら『是正は行政の裁量の範囲内で、司法審査の対象外』」とした。」
 米軍機の爆音を巡る基地訴訟も、騒音の違法性を認める一方、音源の米軍機飛行に「待った」をかけた例はない。このようなことが「安保条約」の下で、今も続いているのだ。(明日に続く)