岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

赤トンボなぜ減少 / 私の庭でもめっきりその数が減った

2008-11-02 05:37:08 | Weblog
(今日の写真はミヤマウツボグサに止まっているアキアカネ「雌」だ。これを写したのは7月、盛夏である。場所は岩木山百沢登山道標高1000m付近である。)

 この時季はアキアカネは山で暮らしている。そして、日を追って高いところに移動していく。8月に入るとどんどん彼等は頂上や頂上付近に集まる。多い時などは、山頂で「低空飛行」をして、手をかざしたり振り回したりするとアキアカネを「打ち落とせる」ような状態になる。それほど多いのだ。
 アキアカネがやって来る前は「オニヤンマ」の集団飛翔が山頂では見ることが出来る。この数も多い。何処にこれほどのオニヤンマが隠れていたのだとただただ驚くばかりだ。
 その頃、まだ日が昇らず「放射冷却」の始まる前や「放射冷却」が終わった直後の気温低下時には、彼等は草や木々の枝に止まっていて動かない。こんな時は直近で撮影することが可能となる。

 さて、先月19日、朝日新聞の電子版に「赤トンボなぜ減少 休耕田増加・新しい農薬…指摘も」という一文が掲載されていた。その抜粋を次に掲げよう。

 『赤トンボの姿を見なくなった。そんな声が全国各地で上がっている。特に、水田地帯を中心に繁殖するアキアカネの減少が著しいようだ。稲作の変化が一因として浮上している。
 研究者らでつくる「赤とんぼネットワーク」事務局長の上田哲行・石川県立大教授は昨年、24都道府県64人の会員を対象にアキアカネの個体数に関するアンケートをした。回答した52人のうち40人が「最近、急減した」と答え、うち24人が「00年前後から減少が始まった」とした。
 佐賀市の「佐賀トンボ研究会」の中原正登・副会長も同じ意見だ。00年、同市北部の棚田で7~10月に15回の調査をし、アキアカネなど3種計1644匹を捕らえた。だが、同じ場所での今年7~9月の調査では、7回で計29匹しか捕獲できなかったという。「以前は虫取り網一振りで4、5匹は捕れた。アキアカネは学校のプールでも羽化し、繁殖力は強いはずなのに」

 減少の原因について、研究者の間では「アキアカネを育んできた水田が繁殖に適さない環境になっているからではないか」と指摘されることが多い。
 湿地を好むアキアカネが卵を産み付ける冬場に、農業機械を入れやすくするための乾田化が行われたり、休耕田の増加で荒れ地が増えたりしているのは、その一端だ。
 また、除草剤など既存の農薬には一定の耐性を示していた幼虫(ヤゴ)が、別の害虫駆除用に開発された新しい農薬の作用を受けやすいとする公的機関の報告もある。
「全国トンボ市民サミット」の細田昭博事務局長は「このままでは日本の秋の風景や文化が失われてしまう」と危機感を募らせている。』

 確かに、少ない。少なくなった。今年、アキアカネの「集団飛翔」をこれまでのような強烈な印象で見たという感覚がないのだ。山頂でも確かに少ない。登山道を歩いていても、出会える数は少ない。
 中村汀女の俳句に「とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな」というのがある。この句意を実感するような経験を、確かに今年はしていなかった。
 9月、10月になると山のアキアカネは里に下りて来る。私の小さな庭にもアキアカネはやって来た。しかし、その数は非常に少なかった。
 大きな女郎蜘蛛の巣(網)だけが「空しく」張り巡らされて、今年は「網」にかかった「アキアカネ」を見ることがついに、一度もなかった。
 とうとう11月、霜月に入ってしまった。昨日も一匹のアキアカネも見なかった。

 例年、霜月に入るとアキアカネを見かけることは少なくなる。だが、それは、あくまでも「見かけることが少なくなる」ことであって、数が減少して、いなくなるということではない。
 このような経験があった。ある年の11月のことだ。
…私の家の東側に空き地があった。狭い土地で、一戸建の家は建ちそうにない。持ち主が花を植えて手入れしているので、私はその花を楽しませて貰っている。
 遅い秋の太陽も、8時を回ると、南に開いた逆コの字形のその空き地を照らし始める。そうなると、北と西が建物によりさえぎられ、東が数本のさわら椹(さわら)を主とする庭木によって画されているこの空き地は、暖かくなってくる。
 枯れた背高のカンナの花柱や、その大柄な葉っぱの先、今や盛りの小菊の花などが、いま少し陽炎に揺れている。
 見ると、その先ざきに、数匹のトンボが止まっている。もちろん、アキアカネだ。そして、数はとても少ない。しぱらくすると彼等の姿はそこから消えてしまった。不思議に思って、その空き地の南面の人口から覗いてみた。
 私はびっくりするような発見をした。疎(まば)らに見えたトンボたちが、陽光が直接全体に当たる西側の、ブロックの塀や家屋の壁にへばりついている。かなりの数だ。
 夏場は、ひっきりなしに動かしているあの眼も、ほとんど動かさない。ひたすら暖をとっているのである。
 太陽が東から南へと移っていた。そして、その頃になると、アキアカネたちも、その花畑の、枯れた花柱や葉先、そして咲き誇る菊の花や葉先へと戻っていった。十分に体温を上昇させ、静かで優雅な飛翔が可能になったのだ。
 他の羽虫も同じように、空き地の上を、数は少ないが飛び姶めた。アキアカネの目玉の動きは、その速さと頻度を増していったことは、言うまでもない。
 そして、時々羽虫を追って、パッと花柱から飛び立っては「ス~」と戻るアキアカネの姿が多くなった。
 今年はこのような光景にはまったく出会えない。考えてみるとここ数年、何だか出会っていなかったようなのだ。
 当然あるもの、いるものと考えがちな「植物を含めた生き物」は、「いなくなること」で初めて、それに気づくのである。しかし、それでは「すでに遅い」ということになる。私は今、凄く反省してしている。
 その意味からも、明日から「トンボ」についてのシリーズを始めたいと思っている。(明日に続く。)