(今日の写真は、ウコギ科トチバニンジン属の多年草の「トチバニンジン(栃葉人参)」だ。これは北海道から九州に分布する。
写真は花だが、今日の文章は「トチバニンジン」の「実」を主題にしている。季節は秋だ。
…朝露が消えかかるころ、奥宮への登拝参道の中ほどを登っていた。
最近、拡幅され砕石などが敷かれて、往年の面影をすっかり失ってしまった登拝道であるが、林床にはほぼ昔の面影があった。
そこにはかなり多くの草たちが、かろうじて生活の場を見いだしていた。だから数は少ないとはいえ、生育しているものは散策する者の目を楽しませてくれる。
この季節は咲いている花は春や夏に比べると極端に少なくなるが、あちこちで面白い形や彩りの実が稔っている。
栃の葉に似た大柄な葉はまだ緑である。その緑の台上にすくっと茎をのばして実をつけているものが道の両側に目立ち始めた。
それは赤い透きとおる奨果、鮭の卵や沢ガニの卵を数粒繋げたようで、しかも摘むとパチンと弾けて液が飛び出してしまいそうに見える果実、そうかと思うと半分が光沢のある濃い丹塗り色で、上部が真っ黒でどことなく仏教的な色彩を醸し出す果実である。
これは薬草として名高い朝鮮人参の仲間で、日本特産である。解熱や健胃の薬効が知られているために昔から採取されて、一時期、数も減ってしまった。
しかし、最近はけっこう目につくようになってきた。
彼女らにとっての受難の時代は終わったのであろうか。そう思ったら果実はさらに仏教的な色彩を増したように見えた。
黙って眺めていたら、駄作ながら、「栃葉たる薄黄小花の秘めごとは赤黒丸く今秋となり」という一首が口を衝いて出た。
傍らのもう一本の実近くでは「アキアカネ」が数匹、止まるところを探して飛翔している。丹塗り色の実がかすかに揺れた。「アキアカネ赤い衣装の共演者かすかな羽音トチバニンジン」という風情であろう。
ああ、秋は本番なのだ。その色彩と造形の妙は素晴らしい。)
■■ 弥生尾根を登って山頂まで行って来た、恐ろしい暖冬ぶりだ(4) ■■
耳成岩の直下から、夏ルートを辿らないで、耳内岩の北東端に取りつくように登り始めた。それは何故か…。
夏ルートはこの直下をトラバース気味に東から西に巻くように進み、南西端から山頂本体に取りつくのだが、3月中旬というこの時季を考えると「トラバース気味に東から西に巻くように進む」ことは出来ないと判断したからである。このルートは降雪期に雪崩が頻発する場所なのである。
私は34年間連続して毎年、岩木山の「年末・年始登山」をした。その30年目の時に、このルートを下山時に使って、視界がほぼ利かない中で雪庇を崩して、雪崩に巻き込まれたことがある。その時は12月末である。新雪がどんどん積もる時季ではあった。
だが、普通(3月中旬というと岩木山ではまだ、降雪がある)の年ならば、この時季は「降雪期」なのであり、硬い雪面に積もった表層の「積雪」はいつでも「雪崩」になりうるのであった。
その日、私は登山口に向かう車の中で、山頂直下の最終ルートについて「夏ルートは雪崩が心配。だから、耳内岩の北東端に取りつく」と話していた。
その判断と決定はこうだ…。
今日は晴天で気温も上がる。「耳内岩の北東端に取りつく」急登な斜面はやや東に面しているので朝から陽光を浴びる。そこを登る頃はお昼近くなっているだろうから、雪面は「解けて」柔らかくなっている。「ワカン」とその爪を効かせ、キックステップで十分対応出来るだろう。装備として、ピッケル各自、9mmザイル20m、簡易ゼルプストバンド各自、カラビナ各自2個、シュリンゲ各自2本などを持っているから、滑落時の確保も十分出来る。
このルートは夏場にはどんなことをしても「登ること」が出来ないルートである。登ることが出来るのは、この積雪期だけだ。この場合も上述したような条件が適う時だけである。
ただし、残雪期であっても、気温が連日氷点下で「雪面」が凍結状態になっている場合は、上述のような装備でも「登高」は出来ない。
何故か。いつもの年ならば、3月中旬というと山頂付近では、夜間と、特に夜明け時の「放射冷却」で気温は氷点下10℃前後まで下がるのである。昼間、陽光を浴びて「解けた」水分は「ガチガチ」に凍結する。こうなると、「ワカン」の爪は効かない。硬いのでキックステップも出来ない。ピッケルのブレードで雪面をカッテングして足場(階段状)を作りながら登ることは可能だが、これには時間がとてつもなくかかる。一つ一つ「斜面」に対して水平に切り出していかねばならないし、根気の要る仕事だ。しかも、日常殆ど使われることのない手首と腕の筋肉を使うので、長時間になると「痙攣」すら起きてしまう。 だから、出来るだけ、この「カッテング」は避けたいのである。
そこで、そのような場合には、私は「アイゼン」を使う。常時、5月上旬までは、軽量で「プレス打ち抜き」アルミ製の12本爪のものをザックに忍ばせている。また、5月上旬以降の「残雪期」には6本爪の「軽アイゼン」を持ち歩いている。
時には、「雪面は凍結」していないが、その下層5cm程度のところが硬い氷の板になっているところもある。このような場所でも「アイゼン」は必要なのだ。
私の経験では、このような「雪面の凍結」は5月上旬まで続く。しかし、その日、そのルートを「アイゼン」なしで完璧に登・下山が出来てしまったのである。雪面は柔らかく、「ワカン」がほどよく作用し、場所によっては「キックステップ」をしなくても「足場」が簡単に出来てしまうのであった。
…暖かいのである。凍結とは無縁の世界が、山頂付近を取り巻いているのであった。まさに、暖冬。自分の眼やすべての感覚を疑いたくなるような「初夏」のような天気。恐ろしい「地球温暖化」である。 (続く)
写真は花だが、今日の文章は「トチバニンジン」の「実」を主題にしている。季節は秋だ。
…朝露が消えかかるころ、奥宮への登拝参道の中ほどを登っていた。
最近、拡幅され砕石などが敷かれて、往年の面影をすっかり失ってしまった登拝道であるが、林床にはほぼ昔の面影があった。
そこにはかなり多くの草たちが、かろうじて生活の場を見いだしていた。だから数は少ないとはいえ、生育しているものは散策する者の目を楽しませてくれる。
この季節は咲いている花は春や夏に比べると極端に少なくなるが、あちこちで面白い形や彩りの実が稔っている。
栃の葉に似た大柄な葉はまだ緑である。その緑の台上にすくっと茎をのばして実をつけているものが道の両側に目立ち始めた。
それは赤い透きとおる奨果、鮭の卵や沢ガニの卵を数粒繋げたようで、しかも摘むとパチンと弾けて液が飛び出してしまいそうに見える果実、そうかと思うと半分が光沢のある濃い丹塗り色で、上部が真っ黒でどことなく仏教的な色彩を醸し出す果実である。
これは薬草として名高い朝鮮人参の仲間で、日本特産である。解熱や健胃の薬効が知られているために昔から採取されて、一時期、数も減ってしまった。
しかし、最近はけっこう目につくようになってきた。
彼女らにとっての受難の時代は終わったのであろうか。そう思ったら果実はさらに仏教的な色彩を増したように見えた。
黙って眺めていたら、駄作ながら、「栃葉たる薄黄小花の秘めごとは赤黒丸く今秋となり」という一首が口を衝いて出た。
傍らのもう一本の実近くでは「アキアカネ」が数匹、止まるところを探して飛翔している。丹塗り色の実がかすかに揺れた。「アキアカネ赤い衣装の共演者かすかな羽音トチバニンジン」という風情であろう。
ああ、秋は本番なのだ。その色彩と造形の妙は素晴らしい。)
■■ 弥生尾根を登って山頂まで行って来た、恐ろしい暖冬ぶりだ(4) ■■
耳成岩の直下から、夏ルートを辿らないで、耳内岩の北東端に取りつくように登り始めた。それは何故か…。
夏ルートはこの直下をトラバース気味に東から西に巻くように進み、南西端から山頂本体に取りつくのだが、3月中旬というこの時季を考えると「トラバース気味に東から西に巻くように進む」ことは出来ないと判断したからである。このルートは降雪期に雪崩が頻発する場所なのである。
私は34年間連続して毎年、岩木山の「年末・年始登山」をした。その30年目の時に、このルートを下山時に使って、視界がほぼ利かない中で雪庇を崩して、雪崩に巻き込まれたことがある。その時は12月末である。新雪がどんどん積もる時季ではあった。
だが、普通(3月中旬というと岩木山ではまだ、降雪がある)の年ならば、この時季は「降雪期」なのであり、硬い雪面に積もった表層の「積雪」はいつでも「雪崩」になりうるのであった。
その日、私は登山口に向かう車の中で、山頂直下の最終ルートについて「夏ルートは雪崩が心配。だから、耳内岩の北東端に取りつく」と話していた。
その判断と決定はこうだ…。
今日は晴天で気温も上がる。「耳内岩の北東端に取りつく」急登な斜面はやや東に面しているので朝から陽光を浴びる。そこを登る頃はお昼近くなっているだろうから、雪面は「解けて」柔らかくなっている。「ワカン」とその爪を効かせ、キックステップで十分対応出来るだろう。装備として、ピッケル各自、9mmザイル20m、簡易ゼルプストバンド各自、カラビナ各自2個、シュリンゲ各自2本などを持っているから、滑落時の確保も十分出来る。
このルートは夏場にはどんなことをしても「登ること」が出来ないルートである。登ることが出来るのは、この積雪期だけだ。この場合も上述したような条件が適う時だけである。
ただし、残雪期であっても、気温が連日氷点下で「雪面」が凍結状態になっている場合は、上述のような装備でも「登高」は出来ない。
何故か。いつもの年ならば、3月中旬というと山頂付近では、夜間と、特に夜明け時の「放射冷却」で気温は氷点下10℃前後まで下がるのである。昼間、陽光を浴びて「解けた」水分は「ガチガチ」に凍結する。こうなると、「ワカン」の爪は効かない。硬いのでキックステップも出来ない。ピッケルのブレードで雪面をカッテングして足場(階段状)を作りながら登ることは可能だが、これには時間がとてつもなくかかる。一つ一つ「斜面」に対して水平に切り出していかねばならないし、根気の要る仕事だ。しかも、日常殆ど使われることのない手首と腕の筋肉を使うので、長時間になると「痙攣」すら起きてしまう。 だから、出来るだけ、この「カッテング」は避けたいのである。
そこで、そのような場合には、私は「アイゼン」を使う。常時、5月上旬までは、軽量で「プレス打ち抜き」アルミ製の12本爪のものをザックに忍ばせている。また、5月上旬以降の「残雪期」には6本爪の「軽アイゼン」を持ち歩いている。
時には、「雪面は凍結」していないが、その下層5cm程度のところが硬い氷の板になっているところもある。このような場所でも「アイゼン」は必要なのだ。
私の経験では、このような「雪面の凍結」は5月上旬まで続く。しかし、その日、そのルートを「アイゼン」なしで完璧に登・下山が出来てしまったのである。雪面は柔らかく、「ワカン」がほどよく作用し、場所によっては「キックステップ」をしなくても「足場」が簡単に出来てしまうのであった。
…暖かいのである。凍結とは無縁の世界が、山頂付近を取り巻いているのであった。まさに、暖冬。自分の眼やすべての感覚を疑いたくなるような「初夏」のような天気。恐ろしい「地球温暖化」である。 (続く)