岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

新雪と視界不良の中のスノーボーダーたち / 歩くこと、走ること、自転車走行の話し、あれこれ(16)

2008-02-15 06:27:02 | Weblog
( 今日の写真は2月9日岩木山を登っている途中で、一瞬だけ見えた山頂である。結局2日間に渡って安定した「晴れ間」には恵まれなかった。標高1200mより上部では視界は悪ければ数m、よくても10mから20mだった。
 しかも、新雪が深いところ(斜面がきついところ)では「腰」を越えるほどで「ラッセル」は困難を極めた。

 そのような状況の中で、9日に「4人」のスノーボーダーが「鳥海山山頂」方向に登っていくのを確認したし、下山してきた10日には「3人」のスノーボーダーがまた同じく「鳥海山山頂」方向にルートをとっていることを確認している。
 その他に、10日にはリフト終点付近で5人のスキーヤーに出会った。彼らはスキーヤーでもあるが、スキーにシールは着けているし、ピッケルなども持っていたから、「登山」も指向しているようだから、単なる「スキーヤー」ではなそうであった。

 彼らとは会話をする機会があった。次は彼らの言ったことである。
「岩木山は初めてです。」「ピッケルも今回が使い初めです。」「山頂を経て鰺ヶ沢スキー場に降ります。」「(私の折れたピッケルを見て)ピッケルが折れるほど硬いところがあるのですか。」などなどだ。
 私は「山頂から長平方向に降りると直ぐに斜面は氷化していて、しかもその斜面に縦にそって雪庇状の雪塁が出来ています。これは強い風によって造られるものです。視界が利かない中で斜降していくと、この雪塁に激突します。そうなると、それが崩れそこから雪崩が発生します。今日のような視界だったら非常に危険です。」というような意味のことを言った。そして、別れ、下山を続けた。
 ワカンを脱いで、スカイラインターミナル付近にデポしておいたスキーを着けて、これまたデポしておいた「テント一式」を同行のTさんが担いで、100mほど下降したところで、また別のスノーボーダーの5人パーティに出会った。
 リーダーと思しい人が話しかけてきたので、「鳳鳴小屋の引き戸が開かない事情」について話した。そうしたら、彼は以前にあの引き戸廻りにゴム板など貼ル作業をしたことがあるというようなことを言った。地元の人らしいが、私はまだ会ったことのない人であった。
 このパーティは、私たちを岳・羽黒の分岐点付近で追い越して下山していった。

 鳳鳴小屋に泊まった人は私たち2人だけだが、岩木山に入山した人の数は多い。まさに岩木山の銀座通りである。「この稿は明日に続く。」)

 ■■ 歩くこと、走ること、自転車走行にまつわる話し、あれこれ(16)■■
(承前)
  「自転車走行中に出会うこと」(3)
 
 跳ね殺され、押し殺された「スズメ」を見ることも多い。春から夏、そして、秋の初めころと期間は限られるが、その中でも多い「ピーク」は二回ほどある。
 跳ね殺され、轢き殺される「スズメ」のほとんどが、くちばしの黄色い幼鳥である。
巣立ちをしたばかりで、飛び方も下手で、特に道路の上を、自動車を避けて飛ぶ「高さ」の判断などの訓練がされていないものだ。いわば「弱者」としての幼鳥なのである。
 鳥の中で次に多いのは「ドバト」である。やはり、近年人間と同じ地域を生活の場としている鳥だ。
 ところが、同じ場に住んでいながら、意外に少ないのは「カラス」である。めったに彼らの死骸を見ることはない。今時の「カラス」ほど、その食糧事情の安定しているものはいないだろう。
 人間がせっせと「飽食からくる残飯」を供給し続けているからである。それをしていながら、「カラス」の「糞害」に「憤慨」していることなどは、何だか、「カラス」にすべてを見透かせられているようで、「フンガイ」などとユ-モア的駄洒落では片付けられない気分になる。
 「カラス」は利口だ。道路上の「猫」や「ドバト」の死骸を啄(ついば)む時も、自動車の流れ、つまり間合いをちゃんと計って降りてきたり飛び上がったりする。
 しかも、その降り方、上り方が水平方向でなく垂直方向である。自動車にぶつかる確率は時間的距離の長さに比例して高くなる。だから「時間的距離の短い垂直方向」に飛ぶ。 さらに観察をしたところ、道路の「中央方向に飛ぶことをできるだけ避けている」ことも解った。
 「カラス」ほどの強者にならなければ文明の利器、自動車には太刀打ち出来ないのだと考えたら、何だかお先が真っ暗になってしまった。
 そういう訳で、実際は文明の利器である「自動車」は「弱者である動物」を襲うのだ。このことは、速度をもって動く自動車と歩く人との関係に妙に似てくるがどうであろう。

 これまでに、2回跳ね殺された「オコジョ」に出会ったことがある。いずれも国道7号線上である。
 その2匹とも潰されてはいなかった。彼等が敏捷であるためだろう。鼻腔から血を流している。奇しくも両方とも、カッと目を見開いていた。
 それはあたかも、跳ね殺した者に対する「恨みに満ちた形相」であった。

 職場に着いて、同僚に「今朝、オコジョが殺されていた。」と言ったら「それで、どうしたの。拾ってきて剥製にして飾っておけばいいのに。」と言う。
 自分がハンテイングをして捕った獣を「剥製」にして飾ることだって酷いことだ。さらに、それは自己満足のなにものでもなく、見苦しいことでもある。
 しかも、車に跳ねられ、殺されたものを、そのようにするのはもっと酷いことであり、卑しいことのように思えた。
 私は話しを止めた。ところで、このような発想をする人は意外と多いものである。
  (この稿は明日に続く。)