たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

旅の思い出写真_ルーヴル美術館_「ナポレオンの戴冠式」

2017年09月07日 18時00分57秒 | パリから世界遺産を訪ねて
 2008年9月11日(木)に訪れたルーヴル美術館より、『ナポレオンの戴冠式』。巨大な絵でした。ナポレオンが自らの権力を誇示するために描かせた絵が、王宮としても使われた歴史のあるルーヴル美術館にあるというのが不思議な感じでした。作者自身による複製画がヴェルサイユ宮殿にありました。こちらも巨大でしたが調度品が置かれた王宮内と美術館でみるのとでは違う印象だったような気がします。どう違うかは上手く言えませんが・・・。


「作家:ジャック=ルイ・ダヴィッド
 年:1805–07 (1808年公開)
 種類:油彩
 寸法:6.21 m × 9.79 m (20 ft 4 in × 32 ft 1 in)
 収蔵場所:フランス, パリ, ルーヴル美術館

 『ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』 (ナポレオンいっせいのたいかんしきとこうひジョゼフィーヌのたいかん)は、ナポレオン1世の首『ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』 (ナポレオンいっせいのたいかんしきとこうひジョゼフィーヌのたいかん)は、ナポレオン1世の首席画家ジャック=ルイ・ダヴィッドにより描かれた油彩画で、1807年に完成された。正式にはルーブル美術館から、『1804年12月02日、パリのノートルダム大聖堂での大帝ナポレオン一世の成聖式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠式』(フランス語: Sacre de l'empereur Napoléon Ier et couronnement de l'impératrice Joséphine dans la cathédrale Notre-Dame de Paris, le 2 décembre 1804)と呼ばれているが、略して『ナポレオンの戴冠式』として知られている。
幅10メートル (33 ft)、高さ6メートル (20 ft)ほどの大作で、歴史的局面を印象的に表現している。

  ナポレオン1世の成聖式(フランス語: Sacre)は、パリのノートルダム大聖堂で行われた。 その目的は、ナポレオンが「フランス人民の皇帝」として革命を引き継ぐ者であると示威することにあった。」(ウィキペディアより)


 「ナポレオン一世は、パリのノートル=ダム大聖堂で1804年12月2日に挙行された自身の戴冠式を不滅のものとするため、ダヴィッドにその絵を描くよう依頼しましたが、ダヴィッドはこの巨大な作品を仕上げるのに3年を要しました。戴冠式を機に、大聖堂の内陣も、トロンプ=ルイユ(だまし絵)で描かれた木のつくりによって新古典主義様式に改装され、威風堂々たる場面において各々の人物がその役回りを演じる舞台となったのです。

 あらゆる政治的プロパガンダの作品と同様に、この作品でも実際の様子をいくつか脚色しているのは明らかです。例えば、中央の王座には皇帝の母が描かれていますが、息子に怒っていた母は実際にその日には出席していませんでした。皇帝の首席画家として駆け引きに長けていた画家の筆によって、実際より大きく細身に描かれたナポレオンや、若返ったジョゼフィーヌの理想的な美もそうした脚色です。結局、皇帝が自分で戴冠するという身振りほど挑発的ではない、皇妃ジョゼフィーヌを戴冠する場面が好まれたわけですが、ナポレオンの背後に座している教皇ピウス七世は、さして納得した様子もなくジョゼフィーヌを祝福しています。 

  巧みな照明効果によって、こうした主要人物たちが、総勢150人の肖像の中から浮き彫りにされ、宝石の輝き、布の滑らかさ、ビロードのクッションの柔らかさといったものが映えています。ダヴィッドは、高位高官の豪奢の誇示を不滅のものにする現代の写真の先駆者であり、こうしたニュースにおいては、豪奢は大衆に夢を見させる役割を果たしています。しかしながら、こうした主要人物の中で最も生き生きしているのはおそらく、画面右側で赤い衣裳を身にまとったタレイランで、これ見よがしの誇示に対して、皮肉な視線を投げかけているように見えます。」(ルーヴル美術館HPより)


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