たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

『ジェイン・エア』(上巻)より(2)

2022年09月15日 12時43分26秒 | 本あれこれ
『ジェイン・エア』(上巻)より
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/c/6491f8b2784506e08241d92a50063320






「私たちはその晩、神様の召し上りものとも言うべきこの上もないご馳走をもてなされた。そして、もてなしのうちでも、とりわけ嬉しかったのは、惜しみなく与えられたもので、私たちの空腹が満たされているとき、それを眺めていた時の女主人の満足そうな微笑であった。お茶がすんで茶道具が片づけられると、先生はまた私たちを暖炉の方へ招いた。二人は先生の右と左に坐った。そして今、ヘレンと先生との間に、ひとしきり談話がつづいた。それを聞かせてもらったことは、私にとって実に特典と言うべきものであった。

 テンプル先生は、いつも彼女の様子にどことなく品のよい朗さがあり、態度にどことなく威厳があり、その話しぶりにも、熱烈な言葉や興奮したいきりたった調子にそれるのを抑える、程のよい洗練された何ものかがあった。彼女を眺め、彼女の言葉を聞く人の喜びにあふれる気持を、畏敬の念で制して、喜びを清く上品にさせるものがあった。このような感じを私はその時うけたのであった。けれどもヘレン・パーンズに至っては、私はただもう驚嘆する他はなかった。

 気持をよみがえらせたご馳走や、燃え輝く暖炉の火や、大好きな先生が身近にいることや、先生のやさしい親切などが、あるいはそんなことよりも、もっと何か別なものがヘレンの特異な頭に宿って彼女の体内の力をふるいおこさせたのだろう。その力が目覚め、燃え輝いたのだ。まずそれは、今までは青白く血の気のなかった彼女の頬に活き活きと輝き、次ぎに澄んだ彼女の目に輝いた。その目は急に、テンプル先生の目の美しさよりも、もっとちがった美しさを帯びたのである。目の色の美でも、長い睫毛の美でも、または描いたような眉の美でもなく、目の表わす意味、動き、輝きの美であった。それから彼女の魂は唇に移って、どんな源からかわからない言葉が溢れ出た。14才の少女が、清らかな、満々とたたえる熱烈な雄弁な泉を持ち支えるほどの、そんな大きな、そんな強い心を持っているものであろうか? こういうのが、私にとって紀念すべきその晩のヘレンの談話の特徴であった。彼女の魂は、長い一生かかって生きて行くだけの量を、短い時間に生きようと急いでいるように見えた。

 二人は、かつて私が聞いたことのないことを語っていた。古代民族とその時代のこと、遠い国国のこと、自然界のすでに発見された、あるいは今なお推測されつつある秘密などについて語った。二人はいろいろの本について語った。なんと、たくさんの本を読んだものだろう! なんと博い知識を持っているのだろう! 彼女たちは、フランスの名高い人やフランスの著作者をたいそう詳しく知っているようであった。ところが、テンプル先生がヘレンに向って、かつてヘレンが彼女の父親から教わったラテン語を時折思い出すことがあるかと訊いて、書棚からラテン語の本を一冊とりだして、「ヴァージル」(古代ローマの詩人、アイネアス物語という叙事詩の作者)の一ページを読んで訳してごらんなさいと言われた時、私の驚嘆は絶頂に達した。ヘレンは言われたことをした。私の尊敬の念は、読みあげて行く一行毎に深まるばかりであった。彼女が読みおわるか終わらないうちに就寝の鐘が鳴った。遅刻は許されなかった。テンプル先生は私たちを抱擁して、二人を彼女の胸に引きよせて言ったー「子供たちよ、神様のみ恵がありますように!」」



(シャーロット・ブロンテ作、遠藤寿子訳『ジェイン・エア』(上巻)、1957年4月26日第1刷発行、1978年12月10日第19刷発行、岩波文庫、118-120頁より)