O's Note

いつまで続くか、この駄文

Death of God

2007-06-11 22:31:23 | 涜書感想文
 JSA、シュリ、シルミド、そしてチャングムさん。
 韓国の映画やドラマをそれほど見ることはありませんが、JSA、シュリ、シルミドは韓国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の南北分断をベースにし、同一民族が敵対する二つの国に分断されたことによる人間模様を描いている点で共通点があるように思います。
 そして、それらの映画とチャングムさんとの共通点は、とにかくハラハラドキドキするストーリー展開ということに尽きるでしょう。チャングムの誓いなど、50話以上の連続ドラマでありながら、毎度毎度チャングムさんが危機にさらされ、思わず「頑張って!」と声をかけたくなったほどです。(笑)

 ところで、生協で何気なく手に取った本(だいたい何気なく手に取ることが多い。苦笑)。韓国の作家が書いた本です。

金辰明著/白香夏訳『中国が北朝鮮を呑みこむ日』(ダイヤモンド社、2007年5月)

 一言でいって、これまで小生が読んだ本の中でもっとも面白い本の一つになりました。
 とにかくスケールの大きさと危機の連続。先に挙げた映画やドラマに引けを取りません。これぞ韓国作品といった感じです。
 かてて加えてストーリーの面白さ。
 主人公は、カリフォルニア大学バークレー校の韓国人教授キム・ミンソ。彼がサバティカル休暇を取っている最中の物語としてストーリーが展開します。
 最初は、バークレー校の女子学生が殺人容疑をかけられているところをキム教授が助けるところから始まるのですが、それが、やがてはキム教授を中国、北朝鮮、韓国にまたがる大事件に巻き込むことになります。
 本書は4ページほどからなる「著者まえがき」から始まります。最初に読んだときには、それほど重要な内容ではないと思っていたのですが、すべてを読み終えてもう一度読み直すと、物語で出てきたキーワードがほぼ出ていたことに気付きました。
 キーワードは、東北工程、広開土王碑の読み取れない三文字、幽州刺使の鎮、その鎮が残した帖。
 東北工程は中国政府による中国東北部(満州)に関する歴史プロジェクトだそうで(ここでの満州は、いわゆる傀儡政権としての満州とは違っていて、もっと古い時代の地域をあらわす言葉として用いられています)、これと広開土王碑に書かれた文字、そして幽州刺使の鎮が残した帖(玄武帖)に書かれた文字を巡って、中国と北朝鮮、そして中国と韓国の歴史解釈の問題が題材とされています。
 広開土王碑が5世紀に建てられたこと、その時代は高句麗・新羅・百済の時代であること。このことが、現在の中朝、中韓関係に結びつけられているわけです。1,500年間をまたにかけたストーリー。これが本書のスケールの大きさの一つ。
 そしてもう一つが、地理的・政治的スケールの大きさ。なにしろ、キム教授はカリフォルニアに在住の設定で、その地においても事件は発生するのですが、大きな事件を追って韓国に戻るのはもちろん、時に中国に飛び、時にカンボジアに飛ぶ。しかも、中盤にはジミー・カーター元大統領も登場しますし(キム教授に訪朝した際の南北首脳会談の裏話を聞かせます)、最後の一番いい場面では金正日国防委員長も登場します(キム教授と電話で話をします)。凄すぎる!
 そればかりではなく、天安門事件発生時の趙紫陽総書記や小平氏まで登場します。
 だからといって荒唐無稽なストーリーというわけではありません。むしろ、そういった要人が登場することで「さもありなん」と思わせてしまうところがミソです。

 さて本書は、ある種ミステリー小説といえますので、ストーリー展開と謎解きをここで詳しく書くわけにはいきません。
 しかし、先に紹介した著者まえがきには、次のように書かれています。

 南北首脳会談を最初に提案した金日成。
 米国がお膳立てする南北会談を執り行うことで、米国の力を借りようとした金日成。
 彼はなぜ、長きにわたり同胞関係を維持し続けていた中国から離れようとしていたのか。彼が気づいた中国の野望とは、いったいどのようなものだったのか?
 もしかしたら私たち(韓国)は、金日成が逃れようとした中国の野望に向かって、歩を進めてはいないだろうか。
 私は、韓国社会が東北工程の陰謀を正しく理解しなければならないと考えている。東北工程には、中国が思い描く東北アジアにおける朝鮮半島の姿がまざまざと映し出されているのだ。[p.7]

 上記の著者の言い分は「ホントかいな」と思わずにはおれない部分でもありますが、少なくとも中国、韓国、北朝鮮に関する歴史的・政治的問題は、我々にはなかなか理解できないものでもありますし、著者まえがきもまた物語の一部と考えて、「そう考えるのも一つ」と割り切って読むことが肝要でしょう。

 また、上記に続けて、次のように述べています。

 この小説は、金日成が殺害されたという推測を出発点としつつ、朝鮮半島を巡り、現在秘密裏に進められている恐怖のシナリオを読者の目の当たりにすべき執筆したものである。[p.7]

 物語の前提として、大胆にも「金日成暗殺」を置いています。本書では、金日成暗殺説をうまい具合に表現しており、ここも読み所の一つです。ちなみに原題Death of Godの意味するところは金日成の死ではなく、金正日の死のようです。なお、「神が死んだ日=中国が北朝鮮を呑みこむ日」とつながるようです。

 いずれにしても、そんな難しいことを考えず、ハラハラドキドキするストーリー展開を大いに楽しむことができる本。それがこの本だと思います。

[追記]
 本書は、ダイヤモンド社のページで「立ち読み」ができるようになっています。「電子ブックを開く」からさわりの部分をどうぞ。