O's Note

いつまで続くか、この駄文

アトーダタカシ

2007-06-07 20:50:00 | 涜書感想文
 タイトルに惹かれて久しぶりに阿刀田高の短編集を読みました。

 阿刀田高『脳みその研究』(文春文庫、2007年5月)

 阿刀田高氏については小生がとやかく紹介するまでもないでしょう。5月末には日本ペンクラブの会長に就任したと報道がありましたし、短編の名手として名高い作家ですよね。
 小生、学生時代に最初に読んだのが『冷蔵庫より愛を込めて』だったように思います。その後、直木賞を受賞した『ナポレオン狂』を読んで、ゾクゾクする感覚にしびれ、講談社文庫を中心に網羅的に読みました。本棚の本を数えてみたら78冊。『脳みその研究』は79冊目ということになります(たまたま並んでいたのを数えただけなので78冊が正確な数字かどうかは怪しい・・・)。まあ、それだけ「凝った」というわけです。
 ところがここ数年、「阿刀田高」本から遠ざかっていました。
 というのも、ギリシャ神話だの、旧約聖書だの、コーランだの、扱う題材が教養志向のものが多くなってきて、阿刀田高氏に期待する「何だかゾクゾクする感覚」が得られなくなっていたからでした。
 それが、何気なく書店で手にした『脳みその研究』。
 9つの短編で構成された本書は、どれがいいと決められないくらい味わい深いストーリーばかりで、久しぶりに阿刀田高ワールドを満喫し、一気に読んでしまいました。

 その中で、ドキリとしたことがあります。
 ちょっと前に、「泣かせる本が読みたーい」と書いたら、四階の住人さんから谷崎潤一郎『少将滋幹の母』がおすすめとコメントがありました。『以前、読んだことがありそうでなさそうで』と思いつつ読んでいると次のようなくだりが・・・。

 芝居ばかりではなく、小説のたぐいも人並みには読んでみた。
 ここでは圧倒的に谷崎潤一郎に引かれた。わかる人にはわかるだろう。私にはふさわしい。この作家との出会いは文字通りのビギナーズ・ラック、多少の予備知識がないでもなかったが、とにかく初めに読んだのが〈少将滋幹の母〉。いっぺんで魅了されてしまった。
 -すごい-
 めくるめく思いで読み終え、その夜は興奮のあまり眠られなかった。谷崎の小説やエッセイを次々に漁ってみたが、残念ながら〈少将滋幹の母〉ほどの感動は得られない。(「狐恋い」)

 この短編では、これ以降、実際に『少将滋幹の母』(新潮文庫刊)から引用が行われ、しかも母子再会の場面も引用とともに展開されています(うーん、やっぱり読んだことがあるような)。
 実は、この「狐恋い」という短編は、『少将滋幹の母』のような運命的に引き裂かれた母子にある愛情表現がベースにあるからこそ、そしてそれがクライマックスにつながる前段で引用されているからこそ、ブラックな大団円が活きてきます。
 久しぶりに読んでみて、『奇妙な味のする短編、健在だな』と思った次第。