O's Note

いつまで続くか、この駄文

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名ばかりボトムアップ

2008-07-28 23:50:00 | 仕事(第3業務編)
 意思決定方法として、トップダウン方式とボトムアップ方式があります。
 トップダウン方式からボトムアップ方式への変更はあまりないかもしれませんが、ボトムアップ方式からトップダウン方式に変更すると、現場の声を反映していない、独断で事業を遂行するという批判の声が上がるでしょう。

 でも、ボトムアップ方式は、現場が絶えず市場の動向をリサーチして課題を抽出し、その解決策をまとめてトップに実行を促すということができていて活きてくる方式。
 トップダウン方式に異議を唱える方たちは、当然、そういったことを理解しているはずなのですが、課題の解決策もまとめられない、そればかりか、指摘されるまで課題すら探そうとしない方が、声高に「ボトムアップ方式の方がいいのだ」と叫べば叫ぶほど、それは名ばかりのボトムアップであって、名称だけに拘泥していると思わずにはおれません。
 一方、トップダウン方式といっても、トップが課題を抽出し、それを現場におろして解決策をまとめさせるというのは、果たしていけないことなのか。そもそも「そんなのはトップダウン方式ではない」といわれれば、これはこれで名ばかりトップダウンなのかもしれません。

 いずれにしても、最終の意思決定権限はトップマネジメントにあるわけで、とりあえず名ばかりのボトムアップと名ばかりトップダウンのどちらかがいいかといわれれば、それは、少なくても後者の方が前進するんじゃないだろうかと思うのは、経営を知らない者の浅薄な発想かしらん。(苦笑)
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さらにこんなことも。

2008-07-17 12:00:00 | 仕事(第3業務編)
 昨日のエントリの追加。
 昨日紹介した「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」では、学士と学士課程教育について、次のような解説がなされています。

【学士と学士課程教育】
 従来、学士課程教育は、一般的に「学部教育」などといった「組織」に着目した呼び方がなされていた。
 しかし、知識基礎社会においては、新たな知の創造と活用を通じ、我が国社会や人類の将来の発展に貢献する人材を育成することが必要であり、そのためには、「○○学部所属」ではなく、国際的通用性のある大学教育の課程の修了に関わる知識・能力を習得したことが重要な意味を帯びる。学位は、そのような知識・能力の証明として、大学が授与するものであることが、国際的にも共通理解となっており、その学位を与える課程(プログラム)に着目して整理し直したものが、学士課程教育である。[p.56]

 昨日のエントリでは、学科ではなく学部全体で教育を考え、そのことがひいては大学の教育力向上につながると書きましたが、この「審議のまとめ」では、学部教育を飛び越えて、大学教育の課程のあり方に重点を置いています。
 たしかに、大学全体の教育のあり方が問われているといえばそうですが、でも、大学全体を対象にした議論は、どうしても散漫になってしまうような気がします。

 ところで、この「審議のまとめ」のまとめ役になった先生の話では、学士課程教育を推進するための具体的方策として、大学は次の3つのポリシーを明確にする必要があるといいます。

 ①ディプロマ・ポリシー
 ②カリキュラム・ポリシー
 ③アドミッション・ポリシー

 ①は、従来から出口管理といわれてきたもので、説明では、学位の授与、学修の評価に関する方針とのことです。②は教育課程の編成、教育方法、③は入口管理のことで、入学者の受入れに関する方針です(大学の教員というのは、この種の整理の仕方はお手のものなんですよね。苦笑)。
 もちろん、個人的にも同感です。
 しかし、学生確保あるいは留年回避のことを考えると、理想は高く持っても、なかなかその通りにことが進まないということになってしまいます。勤務先では、必ずしも明示されていないものの、上記の3ポリシーは意識していると思います。とはいえ、学生確保の点から、アドミッション・ポリシーが「変形」したり、留年を減らそうとしてディプロマ・ポリシーも「変形」したり、「こんな風に学ばせたい」とカリキュラムを編成しても、学生側の都合で「変形」したりします。そうした中で、いかにポリシーを堅持するかは、非常に重たい課題です。

 今日で前期の学部の講義終了・・・というわけで、開放感の中で昨日の続きと雑感。
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そういうことだったのか。

2008-07-16 22:50:50 | 仕事(第3業務編)
 月曜日に参加した会議。
 メインテーマは「学士課程教育の構築と教育の質保証」。
 非常に堅苦しいテーマですが、最近、業界(?)では学士課程という言葉が流行しており、学士課程が何を意味するのかも知らなかった小生にとっては、いい勉強になりました。
 近年、大学の卒業式では、卒業証書のみならず学位記ももらえます。近年といってももう10年以上前からです。それまで(1991年まで)は、大学設置基準で学士の種類などが定められていたのですが、その時代には、大学が、大学卒業要件を満たした者に学士を名乗ることを認めるという制度だったそうです。いいかえれば、大学が卒業者に学士(たとえば経済学士とか商学士とか)の「称号」を与えたということで、これはあくまでも「称号」であって、「学位」ではないという位置付けだったわけです。
 それを、1991年に大学設置基準を大綱化し(う~ん、懐かしい)、その一環として学士を「称号」から「学位」に変更して現在に至っています。

 学位といえば、我々の時代には、修士課程を終えてもらう修士、博士(後期)課程を終えてもらう博士だけでした(しかもどちらもしかるべき論文を提出してもらうものでした)。
 それが、修士や博士と同じように、大学を卒業した者にも学士という学位を授与することになったわけです。修士の学位をもらうのに修士課程、博士の学位をもらうのに博士課程があれば、同じ学位である学士の場合にも学士課程があってもおかしくありません。
 つまり、昨今話題になっている学士課程というのは、学士という学位を授与する課程ということだったわけです。あまりに当たり前のことですが、当日の話を聞くまで、恥ずかしながらそんな単純なことに思いが至りませんでした。

 でも、もう10年以上前に制度変更がなされているにもかかわらず、なぜ今、学士課程教育が問題になっているのでしょうか?
 会議のテーマでは、今まさに制度が出来たかのように「学士課程教育の構築」となっています。また、会議資料として配付された中教審大学分科会の大部の冊子のタイトルも「学士課程教育の構築に向けて」。これは中教審への答申という形で、近々正式な文書になります。

 ところで、なぜ今、学士課程教育が問題かという点ですが、レジュメ集には、面白い調査結果が添付されていました。それは、学位に付記する専攻分野の種類についてです。
 先に書いたように、我々の時代には、大学で経済学を学べば経済学士、商学を学べば商学士など、特定の分野を表す称号が与えられました。大学院では、経済学修士や経済学博士ということになっていました。それが今では、学位は学位なので、学士課程では「学士」、修士課程では「修士」、博士課程では「博士」だけです。ただし、どんな種類の学位を専攻したのかを明示するために、学位の後ろにカッコ書きで、専攻分野を付記することができるようになっています。つまり、経済学科では学士(経済学)ですし、経営情報学科では学士(経営情報学)、経済法学科では学士(経済法学)という具合です。
 調査では、学士課程を置く707校(回答数664)の専攻分野の種類を、その名称とともに明らかにしていますが、これが驚くほどの数です。なんと、580の専攻分野が付記されています。
 つまり、日本の大学を卒業した者には「学士」という学位が付与されますが、その専攻分野が580に分化されているというわけです。そこで問題になったことは、まず、これだけ多くの専攻分野が、果たして同等の学問レベルを保っているのかという問題でした。つまり教育の質に関する問題です。
 次に、かつてのように称号としてならば、国内の問題として割り切ることができましたが、学位ということになれば、世界に通用するかどうかという問題も生起しました。いいかえれば、学士に付く専攻分野を英語名称に変えた場合、それが世界に通用するかという問題です。くどいようですが580もの専攻分野があり、これは今後も増える可能性を秘めています。他の大学にはない名称の学部学科名を付けようと思えば思うほど専攻分野は増え続けます。名称一覧を見ると、「これ何?」と思ってしまうものも少なくありません。卑近な例をいえば、小生が所属する学科名称も、英語にするとどうもしっくりこない名称になってしまいます(今でも話題になるほどです)。
 これらが、昨今いわれている学士課程教育の問題のようでした。

 結局のところ、それがいいとか悪いとかという問題とは別に、大学教育に関する国の方向性が変わってしまっているわけですし、学士課程という表現がクローズアップされていることから、私立大学にあって、学科というような狭い範囲で学生を教育するなんていう時代は、少なくても、方向性としては終焉を迎えていると考えなければならないといえるでしょう。
 一方、大学は、学部=学士課程の集合体ですので、まず最低限、学部全体の質を高めることを考えなければならないわけです。こうしたことは、学士力(文部科学省)とか、社会人基礎力(経済産業省)、就職基礎力(厚生労働省)というキーワードの中に含められている考え方ですし、このような能力を学部として醸成することが結果的に大学の質の向上につながるという考え方が、大学現場以外に出来上がっていることを認識しなければなりません。
 その一つの試みとしてICUの学科廃止、31メジャー制の導入が紹介されましたが、この制度、小生の思考ともシンクロしていて、非常に興味深いお話でした。

 でもねえ、本当は、こういう話というのは組織のトップが聞いて、それを我々に還元するものではないのかえ?

 ・・・と、一応、出張報告でした。
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どうにもこうにも。

2008-07-08 22:44:55 | 仕事(第3業務編)
 昨日、報告書を一つ提出。
 これに基づいてこれから本格的に検討が始まると思いますが、思惑の違いがあっても意見の一致を見ることもあります。
 ボタンの掛け違いにならないように留意しなければ・・・。

 でもって、もう一つ仕事を抱えています。
 これがどうにもこうにも・・・。
 引っかかっているのは、その仕事の中身よりもっと大切なことを考えなければならないのに、と思う気持ちがあること。
 誰かが満足しても、別の誰かが不満足に思うのはよくある話。
 それを知りつつも中身を考えようとすればするほど、『こっちの方が先じゃないかなあ。』と思うわけです。

 そんな中、国立大学財務・経営センターのメールマガジンに掲載された、面白いエッセイを発見しました。
 これは教員の立場ではなく、職員の立場から、そして職員の意識について書かれたエッセイですが、洋の東西を問わず同じような問題に直面しているように感じられます。
 このエッセイの最後の部分では、「教訓めいたもの」として、次の2点が挙げられています。

(1)専門性を築く。そしてその専門性を基礎として新しいことを学ぶ、チャレンジする。
(2)チームワーク。個々人がどんな能力を持っているか認識し、チームを多様な能力の人材で構成すること。

 (1)は個人の意識の問題、(2)は経営管理の問題。
 専門性を築くだけなら誰でもできるでしょう。その昔、大学の教員が専門バカといわれたことがありましたが(今でもそうか)、誰でも一つのことだけを集中してやればその道のプロにはなれます。大事なのは後段の部分で、その知識を利用して新しいことにチャレンジするだけの意識を持つことでしょう。
 (2)は、経営管理、とくに管理者・責任者の意識の問題で、管理者・責任者がこうしたことに配慮しなければ、仕事をやり遂げる意識の共有はできなくなるでしょう。
 そしてこうしたことは、どんな組織でも当てはまるもの。
 決して古い皮袋に新しいワインを注ぎ込むようなことはしてはいけないでしょう。

 それはそうと、『これも洋の東西を問わないんだな』と思ったことが一つ。

「教員の中には、事務系職員から指示を受けるのを嫌う人もいますし、はなから事務系職員が役に立つアイデアを持っているはずがないと思っている者もいるのです。」

 自分はそうではないと、いい切れるかどうか。(苦笑)
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予定どおりではありましたが。

2008-04-23 21:21:21 | 仕事(第3業務編)
 「今日の会議は○時○分までの50分には終わりたいと思います。最長でも○時○分までの60分とします。報告事項は15分、残りは協議事項に回したいと思います。」
 こう宣言して始めた今日の会議。
 さすがにタイムキーパーを指名することはしませんでしたが、手元に時計を置いて会議開始。
 報告事項は予定どおり15分ジャスト。
 審議事項と打合せ事項合わせて45分。
 『しめしめ、予定どおり進行できた』と思っていましたが、聞けば、そんなことを宣言しなくても昨年も60分程度で終わったとか。
 ぬか喜びだったようで。(苦笑)
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勇気がいるものです。(苦笑)

2008-04-07 23:05:05 | 仕事(第3業務編)
 今日は、外部の方々を招いて学生さんにプレゼンテーションしてもらう行事がありました。その企画をしたセクションの長として小生も出席したのですが、外部の方を招いた、ということで、例の名札をぶら下げてみました。
 慣れていないので、ぶら下げるのがちょっと恥ずかしくもあり、少々躊躇してしまいました。
 でも招いた方の多くの方が同じような名札をぶら下げており、そうした方々の中に入ると、名札をぶら下げていることに違和感を感じなくなるのは不思議。
 こうしてだんだんと慣れていってしまうのでしょうかね。(笑)
 
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初仕事

2008-04-01 22:22:22 | 仕事(第3業務編)
 新年度が始まりました。
 まだ新入生の皆さんも在学生の皆さんもお休み中ですが、勤務先では新しい年度のいくつかの仕事が始まっています。
 小生も向後2年間続く新しい業務に関して、早速今日、初仕事でした。とはいっても少々挨拶をしておしまいでしたが・・・。(笑)
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ビジコンとキャンパス説明会

2007-09-29 22:38:54 | 仕事(第3業務編)
 今日は、午後から学科主催のビジネスモデル・コンテスト本選。
 12チーム(個人)がエントリーし、本選に残った5チームのプレゼンと審査がありました。
 結果は、残念ながら最優秀賞は出なかったのですが、優秀賞1チーム、準優秀賞が2チームでした。
 それぞれのプレゼンを、そのプランに基づく事業を広報するにはどうすればいいかなと思いながら聞いていました。
 というのは、あるNPO法人の事業計画を聞いたことが、いまだに頭から離れないからです。
 その法人の事業計画は、今日、学生さんが発表したプランより一般的なもので(悪くいえば凡庸なもので)、激しい競争環境にさらされることが容易に予測できるのですが、そういった計画で、年間一千万の収入を予定しているというのですから驚きでした。それだけの収入を得るために、どうやって広報するのかといえば、ホームページを開設して広報するというのです。
 ホームページは全世界から閲覧可能ですから、格好良くいえば、世界中の人々が顧客だともいえますが、実際には、ほとんど見られていないと考えた方がいいですよね。最初にどのように見せるか(見せる工夫)。まずはこれが大事。次に、どのように事業から収益を獲得するか(買わせる工夫)。こういうことをおろそかにすると事業として成立しません。
 今日のビジネスモデルは、さしあたり、審査員や今日来てくれた方々が実現に向けて「買って」くれれば、まずは第一歩を歩み出すことができるのですがね。
 それ以上に、学生さんがこのような経験をするということがもっとも大事ですね。
 うちのゼミ生も参加しないかな。

 さて、そのビジコンと同時に進行したのがキャンパス説明会。
 小生、またまた出番があってビジコンを中座し、キャンパス説明会会場へ。
 この時期になると、さすがに皆さん真剣で、前回は30分の説明後、何もなく会場を後にしたのですが、今回は質問者が4名(組)ほどありました。
 せっかく大学に足を運んでくれたのですから、答えられる限りのことは答えようとしたのですが、やっぱり入試関係の話というのはビミョーな内容を含んでいて、ハッキリといえないこともあって困りました。
 いわなきゃいいものを、またも最後に「来年4月、この教室で会いましょう。」
 1年前期の講義を受け持っていないのにぃ。
 今日参加してくれた皆さん、ごめんなさい。(苦笑)
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研修会

2007-08-08 23:24:13 | 仕事(第3業務編)
 今日は、終日、勤務先の教職員の研修会。
 午前中は興味深い話を聞き、それなりに満足。
 午後からは、何だかなーといった内容で、思わず「独立採算!」と叫ぶ。(知っている人だけ苦笑して。)
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オープンキャンパス

2007-08-04 21:49:32 | 仕事(第3業務編)
 今日は、台風5号の影響で朝から雨降りでした。
 そんな中、本年度2回目のオープンキャンパスが開催されました。小生もある役割でお手伝い。PowerPointを使って説明しましたがちゃんと伝わりましたかねぇ。
 教室内を見ると、受験生に混じって父母の姿もチラホラ。自分の子供が受験しようとする大学をしっかりとチェックしておこうということでしょうか。
 最後に「来年4月にこの教室でお会いしましょう」といって終了しましたが、後で考えると、小生、1年前期の科目を担当していない・・・。(苦笑)
 今日ご参加の皆さんに訂正。
 「来年9月にこの教室でお会いしましょう!」(笑)
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質の確保と向上

2007-07-10 23:22:53 | 仕事(第3業務編)
 今日参加した勉強会、メインテーマは「学士課程教育の質の確保と向上」。
 私立大学にとって、学生の確保と教育の質を高めることは重要な課題です。安定的に入学者がいれば、教育の質を向上させることだけに目を向ければいいのですが、逆にいい教育をしているからといって学生確保につながらないというところがつらいところ。
 また首尾よく学生確保ができたとしても、学生のすべてがこちらの要求水準に達するかどうかもわからないところ。
 そうした中で、学部教育の質の向上をどう図るかは、教員の立場として大いに悩ましい問題の一つです。
 そういえば、今日の講演者がいっておりました。「そもそも学士課程なんていう言葉は、最近使われるようになった言葉で、学部教育のいいかえじゃないか」。
 聞けば、2年前に出された中教審の答申の中で、初めて使われたそうです。でも、この言葉、一人歩きすると、大学にとっては痛い目に合う言葉のようです。何となくカッコイイ言葉に思えますが、注意深く使う必要がありそうです。
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教育実習訪問指導

2007-06-21 22:41:13 | 仕事(第3業務編)
 昨夜から今日にかけて帯広にいました。目的は教育実習をしている学生さんの訪問指導。指導とはいえ取り立てて指導できることなどなく、授業を参観し、元気でやっているかどうか確認し、激励し、実習受け入れ先にお礼を述べる、ということがおもな仕事。
 今年担当した実習生の担当科目は中学社会でした。
 小生が参観したのは中学1年生の社会。
 実習生は、今日が2回目の授業だとのことで、テクニックや説明の仕方はこれから身に付けていくことになりますが、ハキハキして声も大きく、うまく授業を進めていました。
 ところで、学習指導案を見て、プチびっくり。授業の内容は「大和政権の時の中国と朝鮮」「大王について(讃・珍・済・興・武(倭の五王))」。
 いただいた添付資料には、4世紀末の朝鮮半島の地図とともに高句麗・百済・新羅・加羅(任那)の各国が示され、その隣には広開土王碑の写真と碑文の一部が。つい先日読んだDeath of Godを思い出してしまいました。広開土王碑の碑文に「百残」の文字を見て、思わずニンマリ。
 授業の中で広開土王碑について触れたときには「実はねえ、これにはこんな話があるんだよ。」とお話したくなりました。(笑)
 それにしても今時の中学の教科書は、ずいぶん進化しています。
 もちろん自分の子供の教科書を借りて見ればいいわけですが、これまで、しげしげと見ることはありませんでした。今日は、教科書のコピーもいただきましたので、ゆっくりと読んでみました。
 何より興味深かったのはルビ。
 高句麗・百済・新羅・加羅(加羅という国名は小生の記憶になく、覚えているのは任那の方)は、こうくり・くだら・しらぎ・から(みまな)とルビが振ってあるのですが、その場所は下ルビ。上ルビはコグリョ・ペクチェ・シルラ・カラ(イムナ)です。
 帰宅後、子供たちに確認すると、上の娘は「コグリョ・ペクチェ・シルラ・カラ」を知ってはいるものの「こうくり・くだら・しらぎ・から」と習ったといいましたが、長男は完全に「コグリョ・ペクチェ・シルラ・カラ」でした。
 年をとって、改めて中学時代の授業の内容を勉強するのもいいもんですね。
 
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守るも攻めるも

2007-05-30 22:19:00 | 仕事(第3業務編)
 今夜行われた会議は予定終了時間を1時間半超過して終了。
 大事な事項について議論したので、それなりに時間をかけるのは悪いことではない。
 でも、毎度思うことは、攻める方はラクだな、ということ。これが、たとえば精神や教育の機微にかかわることであれば、なおさら・・・。
 それにしても疲れました。
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始動

2007-04-04 20:56:10 | 仕事(第3業務編)
 新聞によれば、昨日3日で当地の積雪がゼロになったそうです。根雪明けです。
 とはいえ、午後に短時間でしたが吹雪状態になり、積もることはないでしょうが、まだまだ春爛漫とはいかないようです。
 明日の入学式に先だって、今日、今年度最初のP会。入学式前にP会を開催することになったのはいつ頃だったのか記憶にありませんが、昨年のブログでも書いたように、ここ数年は入学式前にP会を開催することになっています。
 入学式が終われば学生さんたちはオリエンテーション。そして講義開始。
 今年度からカリキュラムが変わりますのでそれなりに忙しくなるでしょうが、どんな展開になるか、楽しみではあります。
 
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新年度

2007-04-02 22:11:44 | 仕事(第3業務編)
 今年はカレンダーの関係で、今日4月2日から実質的な新年度の開始ですね。
 そういえば、本州では黄砂に見舞われたとか。
 当地では雨が降っていましたが、黄砂は降らなかったような・・・。
 黄砂が降るということは、確かに春を迎えたんでしょうね。
 勤務先に行くと、教育や研究活動に関する手引きが配付されていました。
 毎年配付されるものですので、内容はそれほど変わっていないだろうなと思いつつも、一通り目を通しました。やっぱりあまり変わっていないようですが(苦笑)、今まで見過ごしてきた事柄もいくつかあって、『そうだったんだ』と思うものもありました。毎年配付されるのだからといって、おろそかにしてはいけませんね。
 さて今週は入学式があって、フレッシュマンがキャンパスに顔を見せ、上級生たちもBack to schoolです。
 この時期になると、学生さんたちに「頭のサビ落としを!」といっておりますが、かくいう小生も同じ。お互いにしっかりとサビを落とし、アイドリングしながら講義開始を待ちましょう。
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