ろうばのつぶやき

もはや逆らえないわが身の老化と世の中のIT化、パソコンを前にひとりつぶやく昨今。

来襲と襲来

2015-02-04 15:46:21 | 世間
どちらも同じだが、来襲は来る側の意思が強調されており、
(擬人化されており)襲来は自然現象に使われることが多いと
いうことらしい。

以前は家にいると毎日のように(しかも日に数回)A夫人の
来襲があった。

今、午前中家に居てボーッとしているとき、ふとあの煩わしさから
開放されているだけでも、きっぱりとつきあいを断って(少なくとも
わたしはそのつもりなのだが)よかった~と思っている。

今、一番頻繁に来襲されているのはC夫人。
朝の7時には身支度をして戸を開けさせられる羽目に
遭っている。

D夫人「手前にCさん家があってよかったわぁ。もしなかったら
    絶対うちに来てるわね」

と、今はのどかに笑っている余裕があるが、実際そうなったら
おっとりしているD夫人もどうなることやら。

C夫人は適当にあしらったり、逆襲もできるからいいけれど、
大人しいB夫人はいつも一方的に聞かされるだけなので、
ときどきわたしに吐露しないと耐えられないようだ。

そしてわたしも、家にひきこもって居る分には安全だが、
一歩外に出ると、いつ襲来に遭うか判らない。

B・C夫人たちと話していると、必ずわたしを不愉快にさせる
意図で割り込んで来る。

ガラガラと戸が開き、離れたところから「奥さん!奥さんてば!」

わたしでないことは百も承知だが、こういうときは名前を
付けて呼ぶべきだろうに。

爆弾低気圧よりたちが悪いが、自然現象と思って割り切らないと
暮らしていかれない。

たまたまA夫人の不在時というのは、あたりの空気感がまるで
違う。

真冬の凛とした静寂感が何とも言えず、これならここも閑静な
住宅街と呼んでもいいかも知れないなんて思う。

「居る?」「さっき出かけた」「あ、帰ってきた」

常に警戒警報の対象になっていることをご本人は知ってか
知らずか・・・

ひきこもりになる人ばかりが問題視されるが、ほんの一日でも
ひきこもることができない人って、健全なのでしょか?
コメント (2)
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