礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

鈴木治『白村江』新装版(1995)の解説を読む

2018-05-15 06:30:23 | コラムと名言

◎鈴木治『白村江』新装版(1995)の解説を読む

 必要があって、鈴木治(一九〇五~一九七七)の『白村江』を再読している。この本は、初版(学生社、一九七二)が出た当時、手に取ったことがある。いま、その内容をまったく思い出せないのは、専門的な記述に耐えきれず途中で放り投げてしまった、もしくは、この本の大胆にしてユニークな主張を理解できなかった、ということであろう。
 今回、図書館から、「解説付新装版」(学生社、一九九五)というのを借りてきた。巻末に、一九ページに及ぶ丁寧な解説が付いている。解説を執筆しているのは、美術史学者の杉山二郎で、すでに、この人も故人である(一九二八~二〇一一)。
 本日は、解説の冒頭部分を紹介してみたい。

 この著者鈴木治〈オサム〉先生が易簀【えきさく】されてから、もう十七年にもなる。そして今度、新装版として再刊の運びとなったこの書册が刊行上梓【じようし】されて二十年余経つ。歳月の流れの迅速なのに驚ろかされるが、世界情勢の急激な変化と変遷は先生が生きておられたら、種々時宜に適した警句とも示唆ともつかぬ評言をもらされたに違いない、とおもい思いする。先生は身体の不自由なため書斎に蟄居【ちつきよ】されているにもかかわらず、いつも青年のような瑞【みず】みずしい感覚と知的好奇心を駆使されておられたからである。しかもその判断には透徹した適確な判断力が裏打ちされていて、一見非常識に聞える言辞文章にも考え抜かれた説得力があったので、わたくしは毎度驚嘆したものであった。
 先生との出逢いは東大の奈良京都修学旅行の途次であった。奈良の定宿〈ジョウヤド〉は有名な日吉館で、滞在中の一夕〈イッセキ〉、京阪地方在住の先輩たちを囲んでのすき焼パーティが催された時だったと記憶する。当時、奈良国立文化財研究所が設立されて間もなくで、所長の田澤坦〈タザワ・ユタカ〉、小林剛〈タケシ〉、守田公夫、濱田隆といった先輩に、京都国立博物館の梅津次郎、大阪市立美術館の今村龍一〈リョウイチ〉先輩が加わったなかに、一際【ひときわ】目を峙【そばだ】てた方がおられた。それが鈴木治先生であった。というのも、下半身が不随で日吉館の狭い階段もまことに不自由そうに、奥様に支えられての見参であったからである。先生が天理大学に奉職せられていて、天下に珍書稀本を蔵する天理図書館を何の制約なしに利用できる恵まれた環境で、北方ユーラシア文化を研究されている由を、その時であったか、また他の機会でか仄聞【そくぶん】した。そして不自由な身体にもかかわらず、きわめて率直快活であられて、不具者に見られがちな陰湿さも妙な狷介【けんかい】さも示されなかったことに、強い印象をうけたことを思い出す。けれど、その席上でわたくしが交したはずの会話は何一つ憶【おぼ】えてはいない。
 しかし東大美術史学科の京奈〈ケイナ〉修学旅行の特色の一つが、天理市を訪れて天理参考館を見学することにあった。これは先輩の鈴木先生の慫慂【しようよう】と斡旋【あつせん】によるものだということが、見学して始めて分ったのである。夕刻天理教のおやさと館【やかた】の一角で、天理教二代目眞柱【しんばしら】中山正善〈ショウゼン〉氏の主催する歓迎「すき焼パーティ」に出席して、先生と二代目眞柱との関係を悉【し】ったのだった。
 仄聞するところによると鈴木先生は浦和高等学校時代ラクビー部に所属されていて、当時大阪高等学校でラクビー部にあった中山正善氏(天理教二代目眞柱)とが対校試合中に、腰椎骨折の重傷を負われた鈴木先生を、それを契機に終生面倒を見られるに到った由である。一高の寮歌ではないが、「君の愁いに吾は泣き、吾が歓びに友は舞う」が如き友情が生涯通じて顕現したことは、先生の肉体的不幸から甦生せしめて多くの心の幸を得られたとの感慨を禁ずることができない。【以下、略】

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2 コメント

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Unknown ( 伴蔵)
2018-05-19 01:01:53
中山正善は天理教祖の曾孫にあたり、天理外国語学校を建てたり、ラグビー以外にも柔道などスポーツ全般に関心が深かった人物と思います。

ただし、大本教と違って天理教では肉食は特に禁じられていないようです。
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Unknown ( 伴蔵)
2018-05-19 01:06:31
 また、ラグビーに関連して日大アメフト部の一連の対応は、安倍政権の森友・加計問題に対する姿勢に酷似していると思います。

安倍さんが合弁を張らなければ内田正人氏も、もう少し正直に事の次第を白状するのではないでしょうか?

まさに安倍官邸や一連の事件の関係者は、「無理が通れば道理が引っ込む」というヒントを内田氏に与えた影響は否定できません。
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