礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

吉田甲子太郎『星野君の二塁打』(1947)について

2018-04-13 01:10:54 | コラムと名言

◎吉田甲子太郎『星野君の二塁打』(1947)について

 青木昌吉著『独逸文学と其国民思想』(春陽堂、一九二四)を紹介している途中だが、クライストの戯曲『公子フリードリッヒ・フォン・ホンブルグ』の内容を追っていくうちに、最近、やや話題になっている「星野君の二塁打」という道徳教材のことが思い浮かんだ。
 野球選手の星野君が、大会への出場がかかった大切な試合で、バッターボックスに立った。監督から「送りバンド」のサインが出る。しかし星野君は、サインを無視して強打、これが二塁打となって、勝利に結びついた。この結果、チームは大会への出場権を得たが、監督は、星野君がサインを無視したことのほうを重く見た。そして監督は、星野君に対し、大会に出場させないという処分を申し渡した。――おおむね、こんな話である。
 昨日、紹介したクライストの『公子フリードリッヒ・フォン・ホンブルグ』も、この道徳教材も、抜け駆けの功名が咎められる話であり、その点で共通するところがある。
 この道徳教材について調べているうちに、功刀俊雄(くぬぎ・としお)氏の論文二編(二〇〇七*、二〇〇八**)に出合った。それによれば、この「星野君の二塁打」という話の作者は吉田甲子太郎〈キネタロウ〉という英文学者、児童文学者で、この話の初出は、雑誌『少年』の第二巻第八、九号(一九四七年八月)だという。最近になって、「道徳教材」として急造されたものだろうと思いこんでいたが、そのルーツが古いことは意外だった。
 前記、功刀論文によれば、「星野君の二塁打」という話を、最初に採用した教科書は、日本書籍の「小国:682」一九五一年(一九五二年度)であり、これに「小国:686」一九五二年(一九五三年度)が続く。「小国」というのは、小学校国語教科書の略と思われる。
 同論文から、少し引用させていただこう。

 既述のように小国:686には教師用の解説書がある。『山本有三編集 国語 6年の1用 学習指導書』(以下、『指導書』)である。これには、「星野君の二塁打」に関して7頁にわたって、「教材の趣意」、「教材の解説」、「指導の例」が記載されている。中でも3頁分の紙数が当てられている「教材の解説」は、教科書(小国:686)の頁や行を示しながら作品の最初から最後まで詳細に解説を加えており、解説者の作品解釈を如実に示したものと言える。しかもこの解説者は甲子太郎自身であったと推測されるから、この解説は甲子太郎の「星野君の二塁打」執筆の意図を示しているとも言えるのである。
 その意図を如実に示していると思われる箇所を引用してみよう。いずれも試合翌日に別府監督が選手たちを座らせて話をする場面のものである。なお、引用中の下線は功刀による。
 第一は、作品の本文で、別府監督が「(ぼくが、監督に就任する)そのとき、君たちは、喜んで、ぼくをむかえてくれると言った。そこで、ぼくは、君たちと相談して、チームの規則をきめたのだ。いったん、きめた以上は、それを守るのが当然だと思う。また、試合のときなどに、チームの作戦としてきめたことには、絶対に服従してもらわなければならない、という話もした。君たちは、これにも快く賛成してくれた」(小国:686:113頁)と語った部分についての解説である。
《別府さんは、就任当時の自分のはっきりした態度や、それを認めてクラブを民主的に運営してきたことについて、選手たちの確認を求めながら話しこんでいく。ここのところは、別府さんの信念にみちた、民主主義的な態度を読みとらせるのに大切なところである(『指導書』98頁)。
 第二は、本文で、別府監督の「回りくどい言い方はよそう。ぼくは、きのうの星野君の二塁打が気に入らないのだ。バントで岩田君を二塁へ送る。これがあのとき、チームできめた作戦だった。星野君は不服らしかったが、とにかく、それを承知したのだ。いったん、承知しておきながら、かってに打撃に出た。小さくいえば、ぼくとの約束を破り、大きくいえば、チームの統制をみだしたことになる」との発言に対して、岩田が「だけど、二塁打を打って、Rクラブを救ったんですから」と助け舟を出し、これに対して別府監督が、「いや、いくら結果がよかったからと言って、統制を破ったことに変わりはないのだ。…いいか、みんな、野球は、ただ、勝てばいいのじゃないんだよ。健康なからだをつくると同時に、団体競技として、共同の補神を養うためのものなのだ。ぎせいの精神のわからない人間は、社会へ出たって、社会を益することはできない」(小国:686:114-116頁)と述べた部分についてのものである。
《岩田のことばに対して反ばくを加えた別府さんのことばは、集団の統制、スポーツの精神を明確に表わしたものとしてじゅうぶんに吟味させなければならないものである。別府さんの確固たる信念、この子どもたちに真のスポーツマンシップを注ぎ入れねばという熱情に燃えて、かれのほほは赤く、口調は熱してくる(『指導書』99頁)。》
 第三は、既述の別府監督が星野君に大会出場禁止処分を言いわたした後の部分、作品の最後の部分(小国:686:117頁)についての解説である。【以下、略】

 この功刀論文は、貴重な労作である。ここから学ばされることは数多いが、特に重要だと考えたことがある。それは、吉田甲子太郎の「星野君の二塁打」という作品が、実は、野球というスポーツを通して、「民主主義的な態度」や「スポーツの精神」を説こうしたものだった、ということである。
 当初、この作品は、「国語」の教材として採用されていた。基本的には、「観賞」の対象である。ところが、今日では、「道徳」というが教科で使用されようとしている。「道徳」で、この作品を教材とする場合には、単に、「観賞」の対象というわけにはいかない。子どもたちに対して、一定の「規範」を押しつけるために、それも、作者の意図を超える形で、これが用いられる可能性があるからである。例えば、「指導者の指示には絶対に従わなくてはならない」などと。
 ついでに言えば、この「星野君の二塁打」という話には、「救い」というものがない。星野君は、結局、監督による処分を受け入れた模様だが、だからといって、ハッピーエンドのお話とは言えない。道徳という「規範」について考える授業で、こういう話を使った場合、教室の空気は、重く暗いものになるだろう。この話に比べたとき、『公子フリードリッヒ・フォン・ホンブルグ』は、結末に意外性があり、救いもある。ただし、平和国家日本の教科書に載せる教材としては難がある。「軍国主義」時代のプロシャのお話だからである。【この話、続く】

*功刀俊雄 小学校体育科における「知識」領域の指導:教材「星野君の二塁打」の検(一) 教育システム研究(奈良女子大学教育システム開発センター)第3号 2007年4月 
**功刀俊雄 小学校体育科における「知識」領域の指導:教材「星野君の二塁打」の検(二) 教育システム研究(奈良女子大学教育システム開発センター)第4号 2008年4月

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