礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

やった!革命だ、革命だ(石橋恒喜)

2021-01-28 03:59:34 | コラムと名言

◎やった!革命だ、革命だ(石橋恒喜)

 三浦寅吉の「反乱軍本拠突入記」を紹介している間に、注文しておいた石橋恒喜著『昭和の反乱』上下巻(高木書房、一九七九年二月)が届いた。
 まだ、拾い読みをしている段階だが、類書には見られない記述があるというのが第一印象である。
 下巻の「二十二 やった! 革命だ――」の章に、「捕虜となった写真班」という節がある。読んでみると、東京日日新聞写真部の記者が、叛乱軍の将校とともに新聞社の自動車で移動したという話で、三浦寅吉の「反乱軍本拠突入記」と、その内容が酷似している。ただし、その写真部の記者というのは、三浦寅吉ではなく、中村長次郎だったという。これをどう解釈したらよいのか、いま思案しているところである。
 ともかく本日以降、数回に分けて、「二十二 やった! 革命だ――」の章を紹介してみよう。

  二十二 やった! 革命だ――

 事件と東京日日新聞
 二十六日の早朝、〝電報々々〟と、玄関の戸をたたく音に夢を破られ。「スグシユツシヤセヨ」というのだ。私が案じたとおり、何か事件が起こったらしい。朝食をそこそこに、西荻窪の駅へ駆けつけた。途中、新聞販売店の前を通りかかると、店員が、〝特報〟をはっていた。「今払暁、渡辺教育総監邸襲繫さる」とある。やはり〝第二の永田事件〟が起こったのだ。しかし、渡辺邸の襲撃なら、たいしたことはあるまい。先夜、教育総監を訪問したさい、厳しい警戒網がはられていることは目〈マ〉のあたりにしている。たとえ数名のテロ分子が襲ったとしても、武装憲兵の前には敵するはずがない。私はのんびりした気持ちで、人気〈ヒトケ〉のない省線電車の一隅に席を占めた。そして、手にした総合雑誌を読みふけった。四谷駅で下車すると、いつものとおり東京駅行の市パスを待った。ところが、待てど暮 らせどバスはやってこない。どうしたわけだろう? さすがにイライラしてきた。その時、双葉高女の方を振り返ると、武裝した近衛師団の大尉参謀が、駆け足でやってくるのが目に入った。見ると、着剣した兵一名がそのあとへ従っている。
 この瞬間、私は〝ギクリ〟とした――これは〝永田事件〟のような、単純なものではないらしい。私はタクシーをつかまえると、「三宅坂(陸軍省)までやってくれ」とたのんだ。すると運転手は、〝だめだ〟と首をふった。三宅坂付近は市街戦の演習か何かで、半蔵門で交通遮断されているという。
 あほらしい。日本の軍隊が、いくら演習だからといって、昼日中〈ヒルヒナカ〉、日本の政治の中枢部への立ち入りを禁止するはずはない。血がカッと頭へ逆流した。一目散に、四谷見附の交叉点へ向けて駆け出した。
 そこへ東京駅行の市バスが走ってきた。きょうは平常のルートを変更して、赤坂見附、虎の門経由だとのこと。満員である。私はむりやり飛び乗った。赤坂離宮(現在の迎賓館)横を経て赤坂見附を通過する時、気になるので三宅坂方面を見上げてみた。ガランとして人影は全く見えない。ただわずかに、坂の途中に伏射の姿勢をとった軽機関銃手の姿が、チラリと目をかすめただけだった。
 陸軍省に何か変事が突発したらしい。陸軍大臣でもやられたのかな? 気ばかりあせるが、バスは遅々として進まない。ようやく虎の門を左折して、海軍省(現在の農林省)前へ差しかかった。すると、着剣の兵士が、最高裁(現在の東京高裁)前から内務省(現在の人事院)前へかけて、ズラリと散兵線をしいている。ここでも軽機関銃が残雪の路上に据えられて、銃口が虎の門方向へ向けられている。軽機関銃の銃身は、空包用ではなくて実包用だ。そのかたわらには拳銃を手にした下士官が立っていて、大きく手をバスに向けて振った。〝右折して日比谷公園方向へ行け〟といっているらしい。
 バスの運転手も気が上ずってしまったのか、しばらく立往生してしまった。バスから見おろすと、早くも物見高い野次馬が、その下士官を取り囲んで、話しかけている。〝エーイ、めんどうな〟と思ったのか、いきなりその下士官は、拳銃を野次馬につきつけた。〝うるさい、どけどけ、どかないと射つぞ〟と怒鳴っているらしい。この瞬間、私のひざがしらは思わず、ガクガクした。つり革をシッカリ握っていなかったら、おそらくその場にへたり込んでしまったに違いない。〝やった! 革命だ、革命だ〟――さもないと、皇軍の下士官たるものが一般市民に拳銃を向けるはずがないからだ。 【以下、次回】

 ここまでが、「事件と東京日日新聞」の節で、このあと、「捕虜となった写真班」の節となる。

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