◎国体憲法学者・里見岸雄の護憲論について
里見岸雄〈サトミ・キシオ〉という思想家の名前は、戦前においては、よく知られていたらしい。戦前戦後を通し、非常に多くの著書を発表しており、古書店などで、その著書を見かけることも多い。
これまで、里見岸雄の本は、ほとんど読んだことはない。昔、『日本前史を終る』（アルス、一九三〇）という本に取ってみた記憶があるが、どんな内容の本だったかは覚えていない。もちろん、その思想傾向についても把握していなかった。
しかし先日、たまたま『国体憲法講義』（錦正社、一九三八）という本を読み、いくらか、その立場あるいは主張を理解することができた。
同書は、彼が立脚する「国体学」の立場から書かれた帝国憲法の解説書である。第一講「序説」から第一五講「帝国憲法の護持」まで、講義形式で書かれており、主張はきわめて明確である。
本日は、その第一五講「帝国憲法の護持」の一部を抜き出してみよう。
近頃、社会の不安混乱に乗じ、しきりに独裁政治意識が抬頭し、知名の人士にして、所謂フアツシヨ的政見を鼓吹する者がある。ある人は、一国一政党主義を標榜したパンフレツトで、大衆に呼びかけてゐる。或人は「強力内閣を組織し、合法的手段により、独裁的に非常時国策を断行すべく、一定年限を限り議会より独裁的権限を内閣に委任すべし」と叫んでゐる。こういふ主張が大きくなる一方、大衆の中にも、相当これに共鳴する者も動いてゐる様である。然し、これらは悉く、憲法否認の思想である。その人々は、否認する意志でないとしても、結果に於て事実上大日本帝国憲法を否定し破壊する事となる。吾々は、憲法によく従順することそのことが直に〈タダチニ〉、よく憲法を護持し、正しく憲法を活用することであると確信するから、こういふ憲法破壊的思想は、断乎之を撲滅すべきものと思ふ。
「合法的に一定年限を限つて、議会が、内閣に独裁権を付与する」などといふのは、全く子供だましの議論だ。帝国憲法の厳存する限り、独裁権をどう合法的に内閣に付与し得るといふのか。内閣に独裁権を付与することその事が、歴然たる憲法違反なのであつて、憲法に背叛する事が、どうして合法的に実行し得られるのだ。或は「合法的手段」といふのだから、ことによると、この「合法的」なる意味は、荒療治、即ち暴力的方法でなく「議会の決議といふ手段で」といふ意味かも知れぬが、それにしても、依然、それは非合法だ。合法的といふのは、革命的暴力を用ゐないことばかりの意味ではあるまい。議会決議の形式を執つても執らなくても、憲法の根本に違背するものは、正真正銘の非合法だ。されば、独裁権を政府に付与しようとする事その事が不合法の最大なるものである事を、先づ第一に知らねばならぬ。それとも、かかる事が、憲法違背でないといふ憲法学的原理に基いて主張せられてゐるといふのであれば、論者たるもの、よろしく文証、現証、理証をそろへてこれを開示すべきであろう。
読んでわかるように、里見岸雄の立場は、護憲であり、また反ファッショである。ただし、その拠って立つところは、「国体学」であり、「国体憲法学」であって、少なくとも左派ではなく、またリベラル派というわけでもない。
里見のいう「国体憲法学」とは何か。同書五二ページ（第一講末尾）によれば、それは、「日本憲法を、日本国体の事実日本国家の事実に基いて解釈する」憲法学のことらしい。
今日のクイズ ２０１３・３・１４
◎里見岸雄が信仰していたのは、次のうちどれだったでしょうか。
１ 浄土真宗 ２ 日蓮宗 ３ 大本教
【昨日のクイズの答】 １ 阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』ちくま新書、１９９６■２の村上重良『天皇の祭祀』は、『国家神道と日本人』の参考文献に挙げられていて、『「神道」の虚像と実像』の参考文献には挙げられていない。３の安丸良夫『日本の近代化と民衆思想』は、『「神道」の虚像と実像』の参考文献に挙げられていて、『国家神道と日本人』の参考文献には挙げられていない。
今日の名言 ２０１３・３・１４
◎憲法の根本に違背するものは、正真正銘の非合法だ
里見岸雄の言葉。『国体憲法講義』（錦正社、１９３８）の２４５ページに出てくる。上記コラム参照。
