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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

溥儀の答弁は困ったもんですナ(梅津美治郎)

2025-03-26 01:31:21 | コラムと名言
◎溥儀の答弁は困ったもんですナ(梅津美治郎)

 林逸郎『闘魂――東京裁判と橋本欣五郎』(1956,考現社)から、「東京裁判秘話」という文章を紹介している。本日は、その三回目。

   哀愁深し溥儀氏の面容
 法廷の大きなヤマの一つは、満州国の皇帝であつた〔愛新覚羅〕溥儀氏の証人としての出廷であつた。かねて、吾が子のように可愛がられた貞明皇太后からの御使をさえも、スゲなく断つたそうだから、余程の覚悟をして出るに相違ない。溥儀氏さえ本当のことを云つて呉れるならば、リットン報告以来妙にヒネくれて考え違いされている満州国に対する日本の立堪がハツキリとし、従つて、裁判は、どれだけ有利に傾くか判らない、と期持は頗る大きかつた。
 然るに、豈計らんや、何を聞かれても凡て〝日本に侵略されたのである〟〝自分の意思は毫も実現できなかつた〟〝日本に対しては復讐の念に燃えるばかりだ〟と云う一線を画し、その線内でしか答えない。
 東條さんの主任弁護人の清瀬さん、南(次郎)さんの主任弁護人の岡本(敏男)さん、弁護団長の鵜沢(聡明)さんなどが、矢継早に起つて反対訊問をしたが、テンデ受けつけない。
 そのとき、突如として〝あれはにせ物だ。真物〈シンブツ〉の満州国皇帝はあんなペタンコな下品な顔ではない。色の白い細面〈ホソオモテ〉のモツトモツト気品のある顔だ。あんなのに喋舌ら〈シャベラ〉して置いたのでは、何を云うか判らん〟と怒喝りだすものが出て来た。二階の傍聴席の最前列に頑張つて、一語をも聞き遁すまいと、膝を乗り出していた豪傑として名高い少将の某氏である。
 スワ一大事と、休廷の時間を利用して、板垣(征四郎)さんや土肥原(賢二)さんに、果してどうかを確めたところ〝間違はない。確かに溥儀だ,ただどうしてあんな馬鹿なことを、白々しく云うのか、判断に苦しむ〟とのことであつた。
 比較的近い被告席で親しく見る板垣さんや土肥原さんがそう云うのだから、もはや如何ともすることができない。
 ところが、次の休廷のとき、梅津(美治郎)さんから、特に私に逢いたい、という構内電話があつたので、何事ならん、と駈けつけて面会すると、梅津さんは、あの落ちついた態度で、
 〝溥儀の答弁は困つたもんですナ。被告の方でも相談したのですが、此の際、あなたに特に御願いして、先日、崇徳純をやつつけられたようなアノ調子で、トコトンまでやつつけて頂くことに決定したのですが、やつて頂けますでしようか〟とのことであつた。
 私としても、歯をギリギリと云わせて口惜し〈クヤシ〉がつていたところだから、直ぐにでも引受け、渾身の勇気を振って反対訊問に立ちたかつたのだ。
 しかし私には、一定の主張を堅持して一歩をも斥く〈シリゾク〉まいと力んでいる溥儀氏を攻め落す丈けの自信がなかつた。若し私が立てば、溥儀氏は主張を、更に重ねて強く裏書するに相違ない、としか考えようがない。それでは、かえつて全体の不利益となる結果を招くばかりだ。
 私は歯を喰いしばつて、梅津さんの申出を断つた。恐らく、私の顔は泣いていたであろうが、そのときの梅津さんのガッカリとされた顔も、亦終生忘れることが出来ないものだ。
 そこで私は下手くそな詩を賦して、私の立つことを期待された被告の人々に贈つた。

    廃 帝 面 容 哀 是 愁
    人 生 流 転 幾 時 休
    白 雲 似 客 浮 台 上
    涼 気 知 誰 梧 葉 秋    〈183~185ページ〉【以下、次回】

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