◎「すみませんぐらいで済む問題か」中野清見
中野清見『新しい村つくり』(新評論社、一九五五)を紹介している。本日は、その三十五回目で、第二部「農地改革」の9「再調査」を紹介している。同章の紹介としては四回目。
今度はこの夜の宿のことで、一もめした。遠藤は村木家に頼んであるからといって、三人をひっぱる。われわれはこちらで用意してあるからという。宍戸氏は黙って私と一緒に歩き出した。ふりむいて見たら、もう一人の男も来る。ともあれ二人をつれて農民姐合畏の山村〔繁蔵〕の家にはいった。そうしたらまた一人あとからやって来たので、これでよいと思った。この宿をどちらにするかは重大な問題であることを、私たちは知っていた。それには前例もあったし、地主の家に泊り、夜地主たちにかこまれて御馳走になれば、そっちへ心の傾くのは人情だと思ったのだ。
しばらくしたら、遠藤がやって来た。思いがけないことだったが、まあおはいり下さいということになった。彼は戸口に立ったまま、いま葛巻まで帰りますという。そんなことをいわないで休むだけでもといったら、はいって来た、まあ堅いことをいわないで、泊ったらどうだと私がいったら、彼は、「そうでなくても散々ひどいことを言われるから、どうしても帰る」といってきかない。そこで、「先刻からあなたは、ひどいことを言われるとくり返しているが、農地改革にたずさわる者は人に悪口いわれるのは当然のことで、気にすることはないではないか。自分など腐るものならとっくに腐るほど悪口いわれているのだ」と慰めるようにいった。ところが彼は、それにしても、あまりにひどいことを言われるとがまん出来ないという。私もそのしつこさにあきれて、少し声を高くし、「一体何をいわれたというのか」とききただした。県の小役人どもに何が出来るか」とまでいわれたとの返事である。「一体誰がいったのだ」「村長さんが言ったそうではないか」ここで私も声も荒らくせざるを得なくなった。「俺が言ったと告げたのは誰だ。それだけのことをいうなら、君も確たる証人をもってのことだろう。そいつを出せ」とつめよった。彼は窮した、早くいえとたたみかけた。彼はすみませんといって膝を立てた。すみませんぐらいで済む問題だと思うのかといったら、また頭を下げたので、それ以上追求するのは止めて、また飲もうということになった。【以下、次回】