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癒し系獣医師の動物病院開業日誌

アニマルセラピー団体で活動している癒し系獣医師。農業団体職員から脱サラし、動物病院を開業しています!

ビタミンEとビタミンBで体を癒す

2012年08月23日 | 口蹄疫
昨夜のニュースを見ていたら、暑いので有名な埼玉県の熊谷市の道路工事に従事している方々は、大変そうでしたが暑さ対策はすばらしかったです。
ヘルメットに更にひさしをつけて、1時間ごとに水分補給、休憩です。
水分補給も水だけでなく、塩分もしっかりとります。
感動したのは、キュウリやトマトに塩をかけて食べていました。
トマトとかキュウリには体を冷やす作用があり、「水分+塩分+体を冷やす」の三重の効果があるのです。
さすが、酷暑の街です。

さて、
ビタミンEには、人間では血管を若々しく保って脳卒中や心臓病のリスクを軽減する働きや、環境汚染物質から肺を守る働きがあります。
老化防止には、生活習慣病の予防が大切。その基本となる丈夫な血管を作る栄養素は特に重要です。

動物の視点から見ると
ビタミンEは、末梢血管を広げて血のめぐりをよくする働きがあります。血行障害による冷えや体の痺れ、衰えを防止する作用があります。
ビタミンEは、イクラやタラコなどの魚卵やアーモンドやナッツなど木の実に多く含まれているそうです。あまり、動物には与えませんね。

そして、
ビタミンBは、ビタミンB1、ビタミンB2など多くの種類があるのでビタミンB群という名前が付けられています。
ビタミンB群の老化防止効果としては、ビタミンB2は、新陳代謝を促進して若々しく保つ働きがあるので老化防止に効果的です。
この他にも、ビタミンB6は新陳代謝を活発にする、ビタミンB12は動脈硬化を予防するなどの効果があり、いずれも老化防止に役立つそうです。
サプリメントは割りと安価に市販されていますね。

ビタミンB群に含まれている物質のうち一部は、補酵素、つまりコエンザイムとして体内で酵素が作られるのを助ける働きがあります。酵素は生命の根幹を担う大事な物質で、老化防止には、酵素が体内に十分あることが不可欠です。ビタミンB群は、補酵素としての働きも大きく、蛋白を作るうえでも欠かせないものです。

ですから、最近のドッグフードにはこれらが欠かさず含まれています。


移動解除から前へ

2010年07月27日 | 口蹄疫
ついに、宮崎の口蹄疫は移動制限が解除されましたね。

「宮崎県の家畜伝染病・口蹄疫(こうていえき)の問題で、宮崎市を中心とする最後の移動・搬出制限区域が27日午前0時に解除され、東国原県知事は非常事態宣言の解除を発表した。山田農水相は27日午前、牛肉の輸出再開に尽力する考えを示した。


 口蹄疫の感染が確認されて以来、日本からの牛肉の輸出は香港とマカオに向けて以外、全面停止している。輸出再開には、日本が口蹄疫に汚染されていない「清浄国」として国際機関に認められることが条件で、ウイルスの消滅を証明する検査を3か月間実施することが必要となる。


 また、山田農水相は、疲弊している南九州の経済の立て直しに向けて何らかの支援が必要だとの考えも示した。(日本テレビ)」

しかし、まだ堆肥の処理が残っています。
僕も現地で清掃作業にも少し参加しましたが、清掃の最後には残った堆肥に石灰を巻いて、ブルーシートをかぶせました。
これらをすべて処分しないと家畜を導入できませんね。

導入までもおそらく、3回の消毒と導入後も導入した家畜の健康検査も定期的に行わなくてはなりません。一気に導入とは行きません。

まあ、ひとつひとつ進めていかざるを得ないのですが、これからは前向きに進めるのは幸せなことです。
殺処分するかたわられ、新規発生があったときはがっかりしましたから。

北海道も宮崎の教訓から、今後の予防対策に動き出したようです。
なんとか、畜産も元気にしてもらいたいものです。


移動制限解除

2010年07月26日 | 口蹄疫
我が家のコーギーはもう9歳ですが、最近なぜか益々元気が復活してきたように感じます。
体重も減らしましたから、体の切れが戻ったせいでしょうか?

世の中夏休みモードですが、僕の夏休みはまだ先でして、もう少し早めに取りたかったのですが、口蹄疫で宮崎に行っていたこともあり、何となく後になりました。

4月20日の一例目から実に3ヶ月ぶりに、明日、宮崎の移動制限が解除されたらひと段落ですが、僕の中ではまだ終わってないですね。やはり、宮崎に牛が新たに導入されて定着するまで、終わった気がしません。関わった者としてそのくらいの気持ちはあります。殺処分されて空になった牛舎に牛たちが戻ることが、死んでいった牛達への何よりの供養でしょう。

清浄化宣言まではまだまだ時間がかかると思います。

口蹄疫 その11(最終)

2010年07月11日 | 口蹄疫
口蹄疫派遣の内容を書かせていただいてもう相当経過しました。
僕とって貴重な経験であったことからここまで引っ張りましたが、この辺で一区切りします。

非常時にこんなことを言うのは不謹慎かもしれませんが、非常にいい経験でした。
国家防疫体制のすごさを体験しました。
人、物、情報、体制となにをとっても未知の体験でした。

口蹄疫は家畜がすべて死んでしまうような伝染病ではありませんが、その恐ろしさを体験しました。
この病気は殺処分が唯一の対策です。
そして、どこかで防衛しないと大変な、言うなれば国家存亡の危機をもたらし兼ねない病気です。その経済損失たるや計り知れず、農業だけでなく他の産業や国民生活にも影響を及ぼすことを肌で体験しました。

正直、宮崎に行く前は、「家畜がそんなに死ぬような病気でもないのに」との思いも多少ありましたが、まったく違いました。非常に危険な病気だと感じました。発生した県では「何とか我が県で止めなければならない」との気持ちが伝わりました。

畜産面でも豚の症状は強く、殺処分に行った同僚は豚舎のあちこちに脱蹄した豚を見たそうですし、殺処分する間にも次々と発症していったそうです。牛は豚ほどの症状はありませんでしたが、一旦感染、発症したら症状が治まったとしても飼いつづけることはできないでしょう。

擬似患畜とワクチン接種した家畜で処分された数は30万頭近くなります。
ただ殺されるしかなかった家畜や飼い主さんを思うと本当に切ない気持ちになります。

宮崎の一日も早い復興を願うのみです。

死んでいった動物たちに合掌・・・

口蹄疫物語 その10

2010年07月10日 | 口蹄疫
今日は北海道ボランティアドッグの会のセラピー委員会の勉強会でした。
「認知症」というものを理解するため、社会福祉法人の方を講師に勉強しました。認知症を正しく理解して、その接し方を工夫する上で大変参考になったと思います。
こうして改めて勉強すると、認知症の方は誤解されることもあり、今後もさらに学ぶ必要性を感じました。

さて、口蹄疫の話もそろそろ終盤です。

殺処分中はなるべく何も考えず、ひたすら効率的に処理することしか考えませんでした。これはすべからく、皆さん同じ気持ちではなかったでしょうか。

しかし、どんなに気持ちを強く持っても、切ない場面はあります。
特に子牛の処分は嫌でした。子牛は親に付いていますから母親と一緒の場所で処分することになります。
ある日
「先生、母子の場合はどちらかが先になるのでなく、同時に処分してください」
これには参りました。切ない、気持ち的に動揺しました。
別の獣医師と組んで希望に沿うよう努力しました。今もそのときの場面が目から離れません。

それと、処分した後の風景はなんとも言えません。
飼槽にさっきまで食べていた餌が残されている風景もいたたまれませんでした。よく新聞に農家の方ががらんとした牛舎を見るのはつらいと新聞記事で読みましたが、実感した思いです。

そして、最後に清掃したら石灰を撒くのですが、牛のいない牛舎が白く覆われるのも茫漠とした気持ちになります。

このような思いをする生産者をこれ以上作ってはならないと思いました。

口蹄疫物語 その9

2010年07月09日 | 口蹄疫
殺処分する一方で、清掃作業も体験しました。
殺処分が終わって牛がいなくなった牛舎は、牛舎の糞や堆肥となるものを機械等で除去した跡に、消毒して石灰を撒くのですが、機械で取れない部分は人力でスコップ等を用いて除去します。これがやると大変きつい。15分も続けていると汗が吹き出ます。まして、タイベックス2枚着ていますからなおさらです。

30分くらいで休憩しないと持ちません。
都城の陸上自衛隊の若い隊員でもきつそうでした。
人力できれいになったら、炭酸ソーダで消毒して、その後消石灰を撒きます。

堆肥にも石灰を撒いて、その上にブルーシートをかけます。
また、残った飼料はすべて回収して、専用の袋にいれて廃棄するのです。

ですので、殺処分が終わり清掃も終わった牛舎は真っ白です。
その風景も殺伐としたものです。

この清掃作業に2時間くらい従事した日はかなり疲労しましたね。

そうそう、一時期消毒薬が不足した時期があって、そのときは木酢液を使って消毒したこともあったとか・・・・・

新富の本部にはこんな標語が掲げてありました。
「清掃作業も重要な防疫対策です。積極的に参加しましょう!」

うーん、やはりみんな嫌だったんだろうな・・・

口蹄疫物語 その8

2010年07月08日 | 口蹄疫
防疫作業従事何日目かの日

現場に向かうバスの中で、隣の某獣医師に話しかけた

私「どちらの方ですか?」
某「地元です」
私「大変ですね。どちらの家畜診療所ですか」
某「正にここです」
私「えっ、では診療はされていないのですね」
某「そうです。もう2ヶ月近く・・・」
私「では、今は何を・・・」
某「このとおり、殺処分ばかりしています。診療はありませんから」

そうなのです。自分で自分の生活の糧を殺処分しなくてはならない、矛盾です。その日は一日同じ現場で働きましたが、彼は冷静に殺処分していました。
そして、殺処分が終わったとき、家畜はいなくなるのです。

曰く、宮崎の農家が再建するためには家畜を導入しなくてはいけないのですが、宮崎に牛を導入するにも感染に対する抵抗から、中々導入が進まないことも想定されるとか。

なんとか、早く終息宣言が出て、再建に向かってほしいものです。

彼が最後に
「ああ、診療はしていませんが、農家からの相談に応じる機会は多く、殺処分だけではないです」と話したのは、今後に向けた希望を見る思いでした。

口蹄疫物語 その7

2010年07月07日 | 口蹄疫
こうして、毎日僕にとっては戦争のような日々が続いたのです。
宮崎に着てからは、必ず夜中3時頃に目が覚めて、シフトの確認をしていました。それは皆さん同じだったようです。それは、どの現場に誰がどのくらい行くかを知ることは重大な関心事だったのです。

現場には○○○例目と番号がついていて、感染が判明した順番に付されています。僕が行った現場で一番小さな番号で14○だったと思います。これだと結構前に発生しており、実際感染して臨床症状の跡のある牛はいましたし、見ました。やはり、目の当たりにすると驚きます。

処分をスムーズに進めることにおいて一番重要なのはチームワークと正しい情報と指示です。この点では手前味噌ですが北海道のチームは、抜群によかったし、それは周りも認めてくれました。それで期間の延長を申し出られたときも少し面食らいましたが、皆さん特別な理由がない方は同意してくれました。でも体力的には1週間がちょうどいいくらいだと思いました。集中力がきれたら危ないですから。
事実、後半は僕も農場で転倒したり、倒れた牛に挟まれたり、牛に後ろ蹴りを喰らい、持っていた連続注射器が吹っ飛んだこともありました。

僕は派遣中疲労という点ではあまりなかったのですが、派遣期間が終わり東京でダウンタイムを過ごしている間に、急に遅れてあちこちが痛み始めました。気づくと、手とか膝とか転倒したときに強打した胸が痛み出しました。
今は何とか痛みも消えつつあります。

宮崎の畜産地帯には牧草地帯はほとんどみることがなく、山の中で営んでいることから、やはり埋却地の確保は難しいだろうと思いました。所謂、北海道の畜産地帯とは違います。埋却地の用意ができなければ処分が進みませんでしたから。

もう、発生してほしくありませんが、何せ最大の予防と対策は発生農場の家畜も迅速な処分です。判明したら夜中でもなんでも、間髪いれず処分することです。7月5日にも発生が判明しましたが、迅速な処分がなされたので、大丈夫かなと思っているのですが・・・

口蹄疫講演

2010年07月05日 | 口蹄疫
黒い子猫の近況です。
乳歯も生えてきたので、離乳し始めています。
かわいいです。

今日は宮崎に口蹄疫では派遣された同僚が獣医師会の市民フォーラムで発表するのでその講演を聴きに行きました。

帰りにOBに遭遇して、安着祝いをしました。
宮崎に派遣された人は1回はどこかで講演しなくてはならないようです。
僕も1ヶ所入りました。

ある意味いい経験であったのかと思う今日この頃です。

口蹄疫物語 その5

2010年07月04日 | 口蹄疫

保護中の母猫と子猫2匹のうち、子猫1匹だけが譲渡先が決まっていましたが、この度母猫と黒い子猫の譲渡先も決まりました。保護団体の方に譲渡先の情報を出していただき、親子で引き取っていただける家庭を探していただき、今日猫を見に来ていただき、譲渡が決まりました。離乳がまだ完了していないのでまだ、少し保護しますが、ほんとうに良かったです。貰い受けてくださる方も非常にご家庭でうれしかったです。そのご家庭で先ごろ19歳の黒い猫を亡くされたということで、その猫も保護した猫だったそうです。臍の緒が付いた状態で母猫も分からないままだったそうです。それで、今度は母猫と一緒しすることで母のぬくもりを与えたいとの意向だったそうです。

追加の保護猫がいます。


この悲しげな顔の子です。
推定2ヶ月でメスのようです。
非常に人馴れしていていい子です。
痩せていて結膜炎も罹っていますが、治療でよくなっています。
2日前に子猫がいるとの情報があり、即捕獲機で保護しました。
一難去ってまた一難です。

口蹄疫の続きですが、撤収は当然ながらウイルスを拡散させない方法で行わなくてはなりません。農場から去るときは、後片付けをして廃棄するものは専用の大きな袋にいれて、それから全身の消毒をします。感染管理区域内ぎりぎりのところでダイベックを着たまま消毒液を強力な噴霧器で吹きつけます。目を保護するためにゴーグルをします。
その後、感染区域外にでて着ていたものはパンツと長靴以外は専用の廃棄袋にいれて捨てます。顔や手もさらに水洗します。その後パンツ一枚の姿で着替えするテントに行き、そこではパンツも替えて、新しい下着とタイベックスを身に付けて帰路用のバスに乗りますが、そのときもサンダルを消毒します。

ですから、バスには全員新しいタイベックを着て乗り込み、バスも本部へ帰る途中で消毒されますし、本部に到着した時点でも入り口でもバスは消毒されてから、我々が降りるのですが、その降りた場所でサンダルの消毒、うがい、顔と手の洗浄、めがねの消毒を行い、最後に履いてきたサンダルを専用の容器にいれます。
本部では現地から帰ってきた作業者が入る専用の部屋スペースがあり、そこでタイベックスを脱いでホテルに帰る服に着替えます。
本部には看護士も常駐していて体調が悪いとか、軽い怪我などに対応してくます。

最後はホテル行きのバスを待って、着たら乗り込むのですが、ホテルに着いてもホテルロビーから入るのでなく、専用の裏口が用意されていて、そこから直接自室にもどり、即シャワーを浴びてからようやく開放されるのです。

この間待ち時間も含めて2時間程度はかかります。宮崎市内は消毒ポイントが多く、夕方は渋滞することも多いのでその場合はさらに時間を要します。

ともかく、このような毎日が繰り返されるのです。
帰って、夕食を摂ると10時には自然に寝ていますね。

つづく