貴重な体験でした。
二度とこのような体験はないでしょう。
これから何回になるか分かりませんが、口蹄疫物語として何度か掲載させていただきます。
癒し系獣医師とは相容れない任務に就きましたが、大げさに言えば国家のためと思い、作業中はなるべく何も考えないで「効率」のみ追求して殺処分しました。これはどの獣医師も同じ気持ちだったと思います。
それでは、その1として・・・
北海道からも農業団体としてすでに2班(1班総員6名程度)獣医師を派遣済みでしたが、管総理の宮崎訪問後急に作業を急ぐこととなり、6月10日に派遣を命じられました。
慌しく出向のための準備を開始したのですが、この「準備」が結構大変なのです。何せ、口蹄疫感染地帯に直に行くのですから、ウィルスを持ち帰ったり、他の地域に撒き散らしてはいけなので、そのための2重3重の準備が必要なのです。
行程予定としては
6月15日 宮崎県に出向
6月16日から22日まで現地任務
6月23日から26日まで、東京でクールダウン
6月27日から7月1日まで自宅待機
なのですが、荷物は「宮崎滞在用」「東京滞在用」「北海道帰還用」に分ける必要があります。つまり、宮崎滞在用のものはすべて現地で廃棄し、東京滞在用のものはあらかじめ、東京に送付しておき、北海道帰還用のものも別に用意する必要があるのです。
つまり、北海道に帰るときはほとんど手ぶらで帰ることになります。
徹底してウイルスの拡散を防御する必要があるのです。
しかも宮崎に入る途中で着替えして、その衣服は密封して帰還するまであけずにいることも必要です。
具体的には
千歳~東京~宮崎のホテル: ホテルで靴、衣服を代えて、脱いだ靴、衣服は密封して置く。これから宮崎では別に衣服で過ごす。
宮崎滞在中:着ていた衣服や履物は帰るときすべて廃棄する
宮崎~東京:密封しておいた衣服や靴で行くが、羽田で別の衣服に着替える。靴も代える。それまで着ていたものは廃棄する。
その後、東京では2回衣服を代える。代えたものは廃棄する。
さらに、北海道に帰るため予め送付しておいた衣服を着る。
まあ、こんな調子です。あまりに複雑で途中で分からなくなりそうでした。
つづく
二度とこのような体験はないでしょう。
これから何回になるか分かりませんが、口蹄疫物語として何度か掲載させていただきます。
癒し系獣医師とは相容れない任務に就きましたが、大げさに言えば国家のためと思い、作業中はなるべく何も考えないで「効率」のみ追求して殺処分しました。これはどの獣医師も同じ気持ちだったと思います。
それでは、その1として・・・
北海道からも農業団体としてすでに2班(1班総員6名程度)獣医師を派遣済みでしたが、管総理の宮崎訪問後急に作業を急ぐこととなり、6月10日に派遣を命じられました。
慌しく出向のための準備を開始したのですが、この「準備」が結構大変なのです。何せ、口蹄疫感染地帯に直に行くのですから、ウィルスを持ち帰ったり、他の地域に撒き散らしてはいけなので、そのための2重3重の準備が必要なのです。
行程予定としては
6月15日 宮崎県に出向
6月16日から22日まで現地任務
6月23日から26日まで、東京でクールダウン
6月27日から7月1日まで自宅待機
なのですが、荷物は「宮崎滞在用」「東京滞在用」「北海道帰還用」に分ける必要があります。つまり、宮崎滞在用のものはすべて現地で廃棄し、東京滞在用のものはあらかじめ、東京に送付しておき、北海道帰還用のものも別に用意する必要があるのです。
つまり、北海道に帰るときはほとんど手ぶらで帰ることになります。
徹底してウイルスの拡散を防御する必要があるのです。
しかも宮崎に入る途中で着替えして、その衣服は密封して帰還するまであけずにいることも必要です。
具体的には
千歳~東京~宮崎のホテル: ホテルで靴、衣服を代えて、脱いだ靴、衣服は密封して置く。これから宮崎では別に衣服で過ごす。
宮崎滞在中:着ていた衣服や履物は帰るときすべて廃棄する
宮崎~東京:密封しておいた衣服や靴で行くが、羽田で別の衣服に着替える。靴も代える。それまで着ていたものは廃棄する。
その後、東京では2回衣服を代える。代えたものは廃棄する。
さらに、北海道に帰るため予め送付しておいた衣服を着る。
まあ、こんな調子です。あまりに複雑で途中で分からなくなりそうでした。
つづく