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空気を読む社会。 彼らを批判できるのか?

2012-08-28 | 世情

遅まきながら,福島原発事故独立調査委員会(いわゆる民間事故調)の「調査・検証報告書」を読み終えました。多くの関係者に聞き取り調査を行っているので,内容は盛りだくさんで読み応えあり。

事故後の危機の中で,近藤駿介原子力委員長が,首都圏3000万人が避難する「最悪のシナリオ」を策定していたことが改めて明らかにされた。そのポイントは,原子炉の水素爆発とそれによる作業の中断→4号機の使用済み燃料プールに貯蔵されている燃料棒の溶融→溶融した燃料とコンクリートとの相互反応に伴う放射性物質の大量放出,というものであった。巻末にそのシナリオが添付されている。

実は,最も印象に残ったのは,巻頭にある本調査委員長北澤宏一氏の言葉。以下抜粋…。

「徐々に作り上げた「安全神話」の舞台の上で,すべての関係者が「その場の空気を読んで,組織が困るかもしれないことは発言せず,流れに沿って行動する」態度をとるようになった。しかし,もしも「空気を読む」ことが日本社会では不可避であるとすれば,そのような社会は,原子力のようなリスクの高い技術を安全に運営する資格はありません」

まさに正鵠を射ていると思う。東電や原子力技術の関係者は果たして「特別なヒトたち」だったのか?
「こちら側」で「あちら側」の事故対応を批判している我々一般人も,実は日常生活の中で,つまり官庁や企業や地域社会など様々な組織の中で同じような行動をとってきたのではないか?その事をわきに置いて,我々は一方的に「あちら側」の人間を批判できるのか?

本書によれば,東電のある幹部はこう言ったという。
「安全対策が不十分であることの問題意識は存在した。しかし,自分一人が流れに棹をさしても,事は変わらなかったであろう

或る意味とても正直な告白だ。しかし彼一人を批判することは出来ないだろう。日本社会の様々な集団においては,日々そういう意識の下で物事が決定され,そして進行してゆく。それは決して特別なことではないのだ。