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ディスカバリー伊豆

伊豆の美しい自然と貴重な歴史物語を徒然なるままに気の向くままに綴りたいと思います。

城ヶ崎海岸の門脇岬

2020-02-03 | 城ヶ崎海岸
伊東市富戸地区から八幡野地区にかけての約10Kmの城ヶ崎海岸一帯は今から約4000年前に大室山の噴火で流れ出た溶岩が作ったものです。「門脇岬」「かどかけ」「びしゃご」「つなきり」「さいつな」など50以上の数の断崖絶壁の岬がノコギリの刃の様に突き出た美しい自然の景観となっています。
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対島の滝

2008-03-27 | 城ヶ崎海岸
 城ヶ崎海岸の南に位置する橋立、対島川が海に流れ落ちる場所にある。雨季を除いて川に水が少なく、滝はめったに見られないことから一名「まぼろしの滝」とも云われる。さんさんと水の落ちる滝が見られた時は「ラッキー!」。「将来、きっと幸せが訪れる」と云う人もいます。

      
              動画・・・こんな具合です。

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”びゃくび(岬)”のカエル石

2008-03-07 | 城ヶ崎海岸

"びゃくび”と云う岬の先端にはカエルの顔に似た1mほどの石がある。すぐ傍には小さな水溜り(池)もある。断崖絶壁の上なのに水が地面に沁み入ることも流れ出ることもなく溜まっている。ちょっと不思議な風景である。
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おおばい こばい(岬)

2008-03-07 | 城ヶ崎海岸

おおばい・こばい

大凡4000年前、大室山の噴火により流れ出た溶岩は沢山の小さな岬で形成された美しい城ヶ崎海岸を作った。海水(下部)と空気(上部)で冷やされた溶岩は海岸に柱状の割れ目を伴う美しい断崖絶壁となった(柱状節理という)やがて海側は徐々に崩れ落ち、又波により浸食され、亀甲状の石を敷き詰めた様な平たい岩場(根)となったものである。写真はさいつな(岬)から見たおおばい(向こう側の岬)とこばい(こちら側の岬)の美しい風景である。



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オオキンカメムシ

2008-03-07 | 城ヶ崎海岸
オオキンカメムシ
城ヶ崎海岸の林の中に多く見られる。暖地の海岸地帯だけにせい息する長さ約2センチ5ミリの昆虫。オレンジ色の上に黒いマダラ模様で光沢あり。城ヶ崎海岸の昆虫の王様か?6月下旬成虫はアブラギリの葉に産卵、約1ケ月でふ化する。幼虫はアブラギリの汁を吸って大きくなる。
冬はトベラ、ツバキ、ヒメユズリハの葉の裏に死んだようにしがみついて春を待つ。
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かんのん浜のポットホール

2008-03-06 | 城ヶ崎海岸

かんのん浜のポットホール
大室山噴火4,000年の不思議! 長い年月をかけて自然に出来たポットホール。まんまるの玉石は直径70cm(日本で一番大きな玉石)。波打ちぎわで今でも波によって動くのが見える。
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びしゃご(岬)

2008-03-06 | 城ヶ崎海岸

城ヶ崎海岸ピクニカルコース、門脇埼灯台と海洋公園の間に『びしゃご』と云う小さな岬がある。海側は険しい岩肌が海面からそびえ立つ高さ20~25mの断崖となっている。

『びしゃご』の由来は「ミサゴ」と云う鳥から来たものとされている。
「ミサゴ」は海岸近くの断崖や岩山に巣を作る鷹の一種。全長約60cm、羽を開くと160cmもある。魚食性。水面上を旋回/往復し、獲物を見つけると急降下し水中の魚を両足で捕らえる。昔「びしゃご(岬)」の断崖に「ミサゴ」が巣を作って住んでいたのでしょう。


ミサゴ 
Osprey
又は
Fish hawk


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門脇埼灯台

2008-02-14 | 城ヶ崎海岸
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・・・・・・・・・・・・・( 現在の灯台 )・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (  旧灯台 )


城ヶ崎海岸は静岡県自然100選第一位に選ばれた富士箱根伊豆国立公園に属する屈指の景勝地です。とりわけ門脇岬付近は最も美しい場所です。門脇埼灯台は門脇岬に立つ伊豆東海岸の重要な灯台の一つで沖行く船の安全航海を守っています。昭和35年(1960年)初ての灯をともしました。(写真左)
その後、平成7年(1995年)上部に展望台のあるデザイン灯台に改築されました(写真右) 
<灯台の詳細>
*位置:北緯34度53分23秒 東経139度08分19秒
*高さ:地上~灯塔頂部=24.9m (地上~展望台=17m)
     平均水面~灯火=43.7m 
*光達距離:18マイル(約33Km)
*灯質:Fl.10 sec.(毎10秒に1回閃光)

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城ケ崎ピクニカルコース

2008-02-11 | 城ヶ崎海岸
ぼら納屋(富戸)から海洋公園までの約2キロの海岸沿いの遊歩道を城ヶ崎ピクニカルコースと云い、城ヶ崎海岸の景観を楽しみながら約2時間の散策が楽しめます。
途中、ぼら納屋、魚見小屋、幕末の砲台跡、門脇崎の吊り橋、門脇灯台、半四郎落し(溶岩トンネルの跡)、星野哲郎歌碑、穴口(陥没した溶岩トンネル)などを見ることが出来ます。
晴れた日には水平線に伊豆七島が見えます。
ヒメユズリハ等の木々や秋から冬にかけて可憐な黄色い花を咲かせるイソギク、また、アマツバメ(春から夏にかけて)など珍しい野鳥の観察も楽しめます。
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富戸の定置網

2008-02-09 | 城ヶ崎海岸
ぼら納屋近くの”まえかど(岬)”~”こずり(岬)”の約100m沖には定置網が置かれています。回遊してくる魚が網(垣網)にあたって方向を変えると網の奥へ奥へと進んで網から出られなくなってしまう構造となっており、一時に大量の魚を捕獲する漁法の一つです。10人程の漁師さんが、毎日、早朝、2隻の漁船で網を引き上げます(第二と第四土曜日は休み)。魚の種類はブリ、アジ、サバ、イワシ、スルメイカなどのほかチヌ、ブダイ、イシダイ、ホウボウなど各種の魚が獲れます。
伊東には富戸のほか宇佐美、川奈、赤沢地区の沿岸にも定置網が敷設されています。

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"おおづり”の歌碑

2008-02-09 | 城ヶ崎海岸
城ヶ崎海岸をぼら納屋から門脇灯台の方へ歩き出して間もなくの岬”おおづり”の岩の上に歌人 香川進氏(1910年~1998年)の歌碑があります(ピクニカルコースから微かに見える程度で殆ど気がつきませんが)

1970年沖に見える伊豆大島の御神火を詠んだ句が刻まれています。
『夜の海 うるしの如くうねりゐて 噴く火に明るき島ひとつある』

 (注)香川進は豊かな海を有する香川県出身。多くの海の歌がある。 
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伊豆七島

2008-02-08 | 城ヶ崎海岸


よく晴れた視界のいい日に門脇岬から見た水平線に浮かぶ伊豆七島のイメージ。
八丈島と御蔵島は遠すぎて門脇岬からは見られません。式根島は島が低い為(約100m)通常は門脇岬からは見えません(山の上など眼高を高くすれば見えます)


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つばくろ島

2008-02-03 | 城ヶ崎海岸
門脇埼灯台のすぐ目の前(北側)黒色の岩が海に突き出たところは一見陸続きの岬の様に見えますが陸から離れた島です。「つばくろ島」と云い、ここはアマツバメと云う渡り鳥の繁殖地として有名なところです。
(アマツバメとは?・・・クリック)


つばくろ島全景
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幕末の砲台跡

2008-02-01 | 城ヶ崎海岸
今から約150年余前の1853年6月、4隻のアメリカ艦隊(黒船)が江戸湾浦賀沖に錨をおろし、更に翌年1月、今度は9隻のアメリカ艦隊がやって来て強硬に日本に開国をせまり、とうとう200年以上も続いた日本の鎖国に終止符が打たれたこと(日米和親条約締結)はあまりに有名である。実はこの事件の何年も前からアメリカ、ロシア、英国など外国の艦船が頻繁に日本沿岸に現れており、幕府は海防の緊急な必要性をひしひしと感じていた時だった。このため幕府は1839年から1841年にかけ、伊豆韮山の代官江川太郎左衛門に伊豆、相模(神奈川県)、安房(千葉県)などを巡視さ
せ何処にどの様な海の防備をしたらよいかを調べさせた。その結果を基に安房、下総、上総、相模(真鶴半島)。伊豆(川奈、富戸、稲取、下田白浜)に砲台が装備されたものである。

川奈、富戸、稲取、下田白浜の砲台は当時これらの地の領主であった沼津藩の水野氏(沼津城主)が建設にあたった。富戸の砲台は1843年城ヶ崎海岸の”こづり(岬)”のつけ根に築かれ4門の大砲が装備された。写真は4門の内の一つ夕顔型大砲(大筒)のレプリカである。
<更に詳しく>
富戸(城ヶ崎海岸)に装備された大砲は夕顔型と円柱型の2種類である。夕顔型は夕顔(瓜の一種)の実の形に似ていることから其の名がある(左の夕顔の写真参照。又、臼に似ていることから臼砲、又はモルチール砲型とも云う。夕顔型は標的の上の天に向かって発射され、弾は大きな円弧を描き標的に上から落ちる。従って、威力は弾の大きさに比例するので口径は大きく砲身は短くずんぐりした大砲)。


一方円柱型はカノン砲型とも云われ砲身が長く(2m以上)弾の初速を速くし威力を大きくしている。鉄球を直接標的に打ち込み破壊する大砲。
左の写真は円柱型大砲のイメージ(富戸の砲台に設置されたものではない)

富戸(城ケ崎海岸)砲台 4門の詳細
 500匁砲・・・1門 
  (注)弾の重さで大砲の大きさを表した。500匁は約2Kg
 200匁砲・・・1門
 100匁砲・・・2門
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半四郎落とし

2008-01-30 | 城ヶ崎海岸
<半四郎落し>
城ヶ崎海岸門脇の吊橋の山側にある崖と崖の間の狭い入り江(浜)を半四郎落しと言います。約4000年前大室山の溶岩が海に流れ出ている過程で溶岩の表面は冷えても内部はまだ熱く流動しており、そこに空洞ができてしまったものを「溶岩トンネル」と言いますが、やがてそのトンネルの屋根部分が崩落し写真の様な形になったものです。城ヶ崎海岸にはあちこちにこの様な溶岩トンネル(跡)が見られます。ここ門脇の吊橋の溶岩トンネルを特に『半四郎落し』と言います。それはこの地で言い伝えられている昔話”半四郎落とし物語”から由来したものです。


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