private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-12-12 08:35:01 | 連続小説

SCENE 18

「ヨーコちゃん。聞いてよ。もう、昨日も今日も散々でさあ。だからこんなオレをなぐさめてくれ、癒してくれ、できれば結婚してくれ」
「えっ?!」
 戒人のとなりで麦茶を飲もうとしていた遥子が、いきなりの言葉で背筋が伸び、いきおいコップからお茶が滴る。
 結局会長とはあのまま離れ離れになり、ちょうど家に帰る途中だった瑶子を捕まえ、仁志貴の店に転がり込んでいた。
「カイト。おめえよ。ただでさえヨーコはウブで口下手なんだからよ。そういうジョーダンは通じねえんだよ。見ろよ、カオ真っ赤にして困ってるじゃねえか」
「…」
 夜の飲み屋には似合わない地味なリクルートスーツのいでたちで、ストレートヘアに毛染めもしてない地味な女性が、モジモジとしながら再び麦茶を持ち上げた。
「バカ言うな、オレはいつだって本気だよ。ヨーコちゃんがよけりゃ、いつだってお嫁さんに来てもらってもかまわないんだぜ」
「だからよ、オマエはかまわなくても、ヨーコはかまうんだよ。だいたいそんなロマンチックのカケラも、夢も希望もないプロポーズを、酔っ払ってクダ巻いたついでみたいに言われたら誰だって引くだろ。もう少しオンナゴコロを考えろつーの。それに、オマエ、明日になればナニ言ったか忘れるだろ。絶対忘れてるだろ。そういうヤツだ。まちがいない」
「そんなことねーよ。ちゃんと覚えてるし、しっかりとした未来予想図だって描けてる。ヨーコちゃんさえよければ、親父はいつだって老人ホームに追っ払うから、もう受け入れ態勢はバッチリ」
「スゲー自己都合丸出しの未来予想図だな。会長がよ、老人ホームに入るわけないだろ。あんなに元気じゃねえか。それに、介護施設って結構金かかるんだ、おまえん家にそんなに余裕があるのかよ。つーかこの商店街の年寄りでカネ持ってるヤツぁ、どこにもいねえだろ。みんな商店街とともに自滅するのを待ってるだけだ。会長はあと10年はピンピンしてるだろうから、15年は結婚ムリだな。そうするとヨーコは40になっちまう。オマエ、別にオトコ探した方がいいぞ」
「…」
 瑶子は自分の名前が出るたびに心臓が跳ねあがり、そしてカラダを小さくしぼめる。早く自分の話題から逸れてもらわないと寿命が縮んでしかたない思いだった。
「えっ!? ヨーコちゃん。ちょっと待った! オレを見捨てないでくれ。お金ためて、親父、追い出すからさ。よーし、明日から残業するぞ。いや、いや、明日は早く帰りたいな。来週からでいいか。あっ、来週から新しいドラマ始まるんだよなあ。来月… 」
 仁志貴は、天を仰いで調理場を片付け始めた。瑶子は心配そうな顔をして、戒人に話し掛けようと口を開きかけようとすると、どうでもいいことに悩み始めて自分の世界に入っている戒人に対してキッカケがつかめず、また下を向いてしまった。
 その状況をみて腕組をして黙っていた仁志貴は、言わずもがなの言葉をあびせてしまう。
「オマエさ。会長をそんなないがしろにして。ヨーコを貰うために追い出しちゃ、ヨーコだっていたたまれないだろ。オマエ本当に相手の気持ちがわからないっていうか、気配りができねえつーか、端的にいえば人間として最低だな。だいたいなん… 」
「あっ! あのう… 」
 仁志貴の言葉を切って瑶子が声を出す予想外の行動に、二人は瑶子の顔に目をやった。
「 …あの、お父さんと… 」
 自分が注目されていることに緊張して、続きの言葉が途切れ途切れになっていく。なんとか搾り出すようにして言葉を続けた。
「 …一緒でも、 …大丈夫です… わたし… 」
「あっそう、マジ。ほんと、いやー、そりゃいいや。みろ、ニシキ。オマエが余計な心配することねーんだよ。ほらほら、ビールのお代わり持ってきて。ヨーコちゃんにはムギ茶ね。いやー、よかった。よかった」
 戒人は一人で盛り上がり、瑶子のコップには麦茶が半分以上のこっているのに、勝手にお代わりを注文して厠へ行ってしまった。
「あーあ、言いたい放題だな。ヨーコ、オマエさあ、いいのかよ、あんなこと言っちゃって。アイツ本気にするぞ。今のだって、オマエに言わせるために会長をエサに使ってるだけだぜ。本当によくあんなヤツと続いてるよな。大丈夫か? 無理してんじゃないか?」
 瑶子はコップをテーブルに置きコクリと首を上下する。
「 …戒人さんは、でも… 本当に、 …優しい人です。あたしみたいな口下手で、暗い女でも、 …ちゃんと話し聞いてくれるし、お父さんのことだって… 自分からああいえば、あたしに無理意地せずに、 …済むと思ってのことだと、 …思います」
 カウンターに頬杖ついて目を閉じたまま首を左右に振る仁志貴。
「ヨーコさあ。オマエよ、そりゃ、買い被りってもんだぜ。アイツがそんなに繊細な気配りができるわけないだろ。ガキん時から一緒だったんだから、いいかげんわかるだろうに。まったくよ」
「そうかもしれませんけど、 …でも、わたしには、 …優しいです。ノロマなわたしに、いつも嫌な顔せずに… 」
「あっ、そう。そりゃ良かった。やってろ、やってろ。中学生でも、いまどきそんなこと言わねえぜ」
 仁志貴は、右手で顔を扇いで、当てられっぱなしの自分を表現した。
「 …すいません」
「あやまるなって。そういう意味じゃねえよ」
 瑶子はそうやってフォローされるほどに、ますます自己嫌悪に陥っていく。ようやく顔を上げると仁志貴が鼻先を掻きながら言い難そうに口を開く。
「 …あのさ、別にいまさら言うこっちゃないんだけどよ。なんで… 」
 言いかけたところで、戒人が上機嫌でトイレから戻ってきた。瑶子は目を泳がせて下を向く。仁志貴の言わんとする続きをおぼろげながら理解しつつも、まともに考えようとすればするほど、アタマに血が昇ってきて思考がまとまらなくなってしまう。
「あれえ、ヨーコちゃんどうしたの。顔が真っ赤だよ。あっ、ニシキ。オマエ、ビール飲ましたな。ムギ茶だっていったろ。ヨーコちゃん大丈夫?」
「何言ってんだ。ヨーコが飲めるわけないだろ」
 そう言って、オシボリとお代わりのビールをテーブルに置いた。瑶子はぎこちない手つきで、戒人のグラスにビールを注ぐと、半分以上が泡になったにもかかわらず、戒人は一向に気にすることもなくビールを飲み干す。
「ありがとうね。ヨーコちゃん。あーっ、倍ウマイ。ニシキも飲むか? あっ、仕事中か。じゃあオレが代わりに飲んどくから」
「バーカ。調子に乗ってろ」
 仁志貴がお手上げとばかりに両手を広げ奥に入って行く。言いかけたことが中途半端になって場に居づらくなってしまったのか、もしくは言わなくてよかったのかもしれないと、気持ちを落ち着かせるためか。
 あいかわらず戒人は、恵からうけた極悪非道な仕打ち(少なくとも本人はそう思っている)の内容を、ふたたび、三たび、あることないこと、ないことの方が多いぐらいに尾ヒレ、背ビレをつけて言いたい放題に話し始める。それを瑶子が困った顔をし、時に微笑み、驚いたりして、うなずきながら聞いている。その姿は中学生の頃に、放課後の誰もいなくなった教室での風景と何ら変わっていない。
 戒人は今もほとんど成長の跡が見られず、アイツがどうとか、コイツがどうとか、あの先生に酷い目にあったとか、面白おかしく(少なくとも本人はそう思っている)身振り手振りを加えて瑶子に話している。それを瑶子も今と同じで、時おり困った顔をしながらそれを黙って聞いていた。仁志貴が部活から戻ると三人で商店街にある家へと帰っていく。引っ込み思案で内気な瑶子はそうやって毎日学校に登下校していた。それはあたかも二人のナイトに護られる構図となった。
 お調子者の戒人もそれなりにクラスの人気者で、運動神経抜群の仁志貴といえば隠れファンクラブができるほど女子に人気がある。カタチとしてそんな二人を独り占めしている瑶子への風当たりは強く、クラスの中でますます孤立する状況を作っていた。
 それでもイジメにまで発展しなかったのは、仁志貴が陰で睨みを利かしていたからにすぎず、なにか不穏な動きがあれば、すかさず瑶子に知られないうちに抑え込み、同じことが起きないように手を回していた。
 もともと友達付き合いが苦手な瑶子にすれば、できれば目立ず中学生活を過ごしたかったのに、知らないうちに必要以上に目立った存在になってしまい、かといって断る理由もないまま、なすすべもなく流されていき、結果的には平和な中学生活が送れたので、人生なにが幸いするかわからないとはいえ、もし二人の後ろ盾がなければ、もっと悲惨な状況になっていたのかもと、スーパーネガティブシンキングの瑶子は自分に言い聞かせていた。
 帰り道の三人は、しゃべくりつづける戒人に、うなづく瑶子。ときおり戒人から振られて、おう、とか、ああ、とかぶっきらぼうに答える仁志貴の図であった。
 仁志貴はもちろん寡黙な人間ではない。それが変なカッコつけだとわかるのは、いつだって大切な時間が過ぎたあとだ。戒人のようにペチャクチャとしゃべらないほうが男気があると信じてたし、変な受け答えをして恥じをかきたくない思いもあった。つまりは瑶子に惚れていた。
 自分からどんどん仕掛けていく戒人に対して、相手から自分のほうに好きと言わせたい仁志貴の気性の違いが、いい面に出たのは戒人の方にだった。うまく事が運ばない仁志貴は、一歩、二歩と少しずつ二人から間合いを取るようになっていった。半分はあきらめようと、半分は気を惹くために。ただ、嬉しそうに瑶子とじゃれあっている戒人を見ると、横から無理やり力任せに手出しをする気には到底なれなかった。
 戒人と瑶子はこの後も同じ高校と大学に進み、仁志貴は身を引いたかのように、ひとりスポーツ推薦で男子校へと別々の道を進むこととなる。ケガが原因で高校は中退することとなり、実家のたこ焼き屋を改装したタコスバーで店主に収まり、今に至っていた。
 仁志貴は、店の奥でひとりタバコに火を点けた。シェードの隙間から二人が話しているのが見える。
「なにやってんだかなあアイツ。もっとチャンとしろよ… いや変に気張らないのがアイツのいいとこだな。情けないのはオレの方か。ホンと、なにやってんだかな」