private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-10-18 13:33:12 | 非定期連続小説

SCENE 14

「やっべーなあ、どやされるな。まちがいなく。どーする」
 駅の改札口でひとり待つ戒人は気が気ではない。結局、想い出のままのノリで野球観戦を口実に会長を駅まで引っ張り出そうと電話をしたまではよかったけれど、会長からのひと言は『今日、野球やってないぞ』で、プランBを用意しているはずもない戒人はあえなくパニック状態に。それじゃあ、たまには一緒に飲もうなんて、それぐらいしかあたまに浮かばず、とにかく屋上での待ち合わせを強要していた。
 飲みに行くのに駅で待ち合わせは理解できるとしても、どうしてわざわざ屋上まで行かなきゃいけないのかを突っ込まれても、聞かれるであろう問いに対し、やはりなんの準備もできておらず、答えに困窮し『いいから、いいから』で押し切り、ボロがでないうちにすかさず電話を切ってしまった。
 屋上に上がるエレベーターが見える場所で隠れて待っていると、会長が向こうからやってくるのを見てホッと胸をなでおろした。だが、今度は、あの部長と何を話すのか、いや、そもそも話し合いに応じる気があるのか、気になりだしたら、居ても立ってもいられなくなり、後から来たエレベーターで自分も屋上に上がっていた。
 柵にもたれかかり、駅前を見下ろしている二人を発見しても不用意に近づけず、お決まりのように草植えの影から挙動不審丸出しで覗き込んでも、表情も会話も垣間見ることができるはずもなく、よけいにストレスがたまり、これじゃあ下で待っていたほうがよかったぐらいだと舌打ちをしていた。
 ただ、二人が会話を続けているのは間違いなく、その点に関しては無理やり仕事を押し付けられたとはいえ、自分も少しは役に立ったのかと安心しつつ、いいように使われただけなのかと微妙な感じも残る。
 しばらくすると話しが終わったらしく会長が振り返り、部長が深々とあたまをさげる。どういう話しで決着ついたのか考える暇もなく、腰を落したままダックウォーキングで非常階段へ向かった。エレベーターで降りる会長より早く1階の改札で待っていないとまずと思い、戒人は本日二度目の階段落ちを決行した。
 昨日、人力車を引いたために、ふくらはぎや太ももに痛みと張りがあり、ただ普通に階段を降りるのも簡単ではない。途中で階段を転げ落ちながらも手すりで身体をささえて、なんとか1階まで到着した。
 防火用の扉を開けエレベーターを見ると、ちょうど開いた扉の奥に会長の顔が見えた。間に合ったのはいいが息を切らして、額に汗した姿で顔を出すわけにもいかないので、深呼吸して息を整えながらハンカチで汗を拭いた。
 会長はまだ戒人には気づいていない。新しく改装された駅を物珍しそうに見回しながらゆっくりと歩を進めていた。自らの体勢が整え終わったところで、もう一度息を飲み込み会長の肩をたたく。おどろいたように振り向いた会長は戒人の姿を認めてホッと息をつく。
「なんだ。おまえか… 」
「遅かったから、だいぶ待っちゃったよ」
 会長は大きく溜め息をついて、なにか言いかけたが口にすることはなかった。恵と話したあとで息子のヘタな芝居に付き合う気にはなれないが、もどこまでやりつづけるのか見とどけなければならないように感じていた。
「ああ、そうだな、いま付いたところだ。どうするんだ、本当に飲みに行くのか?」
「へっ? ああ、せっかくここまで出てきたんだし。って、わざわざ金払って外で飲む必用ないよな。帰るか。やっぱ」
 フンッと鼻で笑う会長は、初めからそうするつもりだったかのようにして、さっさと戒人の前を通り過ぎ駅裏へ進んだ。戒人もあとを続いて歩くが、声をかけようにも何を話したらいいのかわからず、手持ち無沙汰についていくだけだ。
 
恵からのムチャ振りから、やむなく父親に電話したものの、親子の会話をしたのも久しぶりだったといまさらながらに思い出していた。
 戒人が大学に進学した頃から今まで、朝起きる時には父親はどこかへ出かけているし、帰る頃にはもう布団に入っている。休日は昼過ぎまで寝いる戒人が夕食に茶の間に降りてきて、食事を終えた会長とすれ違うぐらいで、ろくすっぽ会話もないまま、何年も同じ家で暮らしていた。
 昨日は商談もあり、思いもよらず顔を合わせることになり、なにか話しをされるかと思ったが、恵に振り回され、それどころではなくなった。
 さて今日はどうなる? なんて思っていると父親の方から声をかけてきた。
「オマエのとこの女部長… そういう言いかたは今はよくないのか。あの部長さん。なかなかの策略家だな。一日でいろいろと巻き返してきおった。それとも最初からそのつもりだったのか、なにかひらめいたのかは知らんがな」
――なんかひらめいたんだよ。きっと。
 戒人はあの腕組のポーズを思い出しながらつぶやいていた。そしてしらじらしく父親に問い掛ける。
「あれ? 部長とあれから話ししたの? やだなあ、オレを通さずに勝手にオヤジと会ってたなんて」
「ふんっ… さっきな。たまたま声をかけられた。また会うつもりだ。次はどんなことを言ってくるか、楽しみだよ。オマエにもそのうち連絡がくるだろ」
――うへっ、死刑宣告だなそりゃ。
 あたりまえだが、父親にとって息子はいつまでたっても息子だ。大人になってうまく立ち回れるようになったと自分では思っていても、すべては見透かされている。夜中にカップラーメン食べて深夜番組見ていても、親父のビールを一本くすねて部屋で隠れて飲んでいても、ベランダでこっそりタバコをふかしていても、気づかれずにいると思っているのは自分だけで親はみんな知っている。気づかれずにいることを信じている限り、親から先に口にするのは無粋だから言わないだけなのに。戒人に限らず、子供にそんな親心が伝わるはずもない。
「あのう、すいません。少しお伺いしたいのですが」
 戒人はよく人に声をかけられるタイプの人間だ。なぜ自分なのかはわからない。街頭アンケートだとか、様々な種類の勧誘だとかのたぐいも例外でない。よほど暇そうに見えるか、こいつならうまく丸め込めると思われやすいのか。たぶん両方だ。そうであっても、道を聞かれても役に立ったためしはない。見事に地図は読めないし、方向音痴もはなはだしいにもかかわらず、初めて行った場所でも尋ねられる。
 
困った顔で聞かれればなんとかしてやりたいと思っても、いかんせんまったくわからないし、さっき通ってきた場所でさえうまく説明できない。なんとなくそれらしい説明をして方角を指差し、その場を離れると聞かれた場所に自分が到着しているなんてこともある。へたな親切心が逆に迷惑をかける典型例だ。
 さすがに地元の商店街では間違えることはないので安心と構えていた。ところが初老の男は意外な問いかけをしてきた。会長も立ち止まって戒人の方に目をやる。
「昨日の夜分に、ここらを人力車が走っていたと聞いたのですが、どこかに乗車場とかあるのでしょうか?」
「はっ? ええーと、それは、ありましたかねえ?」
 戒人は知ってるだけに、言うべき言葉につまってしまった。会長は質問の意味がわからず戒人の顔を覗き込むと、なにやら隠し事をしている顔つきをそこに見つけた。戒人はあいかわらず下手な芝居を打ち、隠し事をしていると気づかれないように必死になり、余計にしどろもどろになってしまう。
「いやあ、身内の話しでお恥ずかしいですが、新婚旅行で松山の方に行ったとき二人で乗りましてね。また乗ってみたいなんて話してたら、たまたまネットで駅裏で見かけたって書き込みを見つけまして。駅も新しくなったと聞いてましたんで、二人で出かけてきたんですが、駅員に聞いても知らないといわれて。駅裏に向かわれているので、地元の方と思いまして… ご存知ないですか?」
 どんどん顔が引きつっていく戒人に父親が追い討ちをかける。
「どうなんだ。なんか知ってるのか」
「えーっと、なんかあ、聞いたところによると、近々の営業に向けて準備中とかどうとか、まだー、今日はー、乗れないと思います… うん、きっと。たぶん」
 戒人は、こうして流される性格が嫌になるといつも思っていた。会長は人力車の話しなど一切聞いておらず、今回の件でなにやら陰で動いているのではと察した。
 ただ、その中で戒人が、はっきりと否定できずに、相手の希望にできるだけ沿おうとうする回答のしかたは、気持ちの弱さでもあり、心の優しさでもあり、子供の頃から変わらない性格に嬉しさ半分、心配半分といったところだった。このときはまだ。