private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-10-03 14:08:05 | 非定期連続小説

SCENE 13

「やっぱり、あんただったか」
 恵は総合駅の屋上に作られたオープンデッキの柵に手を付き、駅前の商店街を見おろしていた。会長の姿を見とめて振り返る。
「おかしいとは思ったんだがな。あいつも、いきなり飲もうなんて言い出すから」
――フーン、そうきたか。まあ無難なところだけど、プレゼントの案は却下されたみたいね。私じゃ役不足ってこと? 明日にでも真相を問い詰めてやるから。
 恵は思わず会長の言葉に、少し不機嫌な表情を浮かべてしまった。会長にはそれが不適な笑みとして捉えられる。恵は表情を隠すようにしてもう一度、柵の方へ向きなおす。会長もそれに倣い、駅前の商店街に対して二人で向き合う。
 西日が総合ビルの窓ガラスに映りこんでいるらしく、反射した光が駅前の商店街の道路を照らしていた。駅へ向かって歩いてくる人々は、眩しさを避けるため一様に手をひさし代わりにしてしのいでいる。
「あんたは他の仕事でも、こうやって先様をどこかに呼びつけたりするのかね」
 昨日とは打って変わって、言葉少なく落ち着きはらっている恵に、会長は揺さぶりをかける。
――ありえないでしょ、そんなの。息子のツテがあるからよ。
 今日は、自分のペースで相手を受け入れる余裕がる。急ぐ必要はない。こちらの意図をつかみかねている状況で、会長が探りを入れるために勝手に自分から口を開いているあいだは。
「会長。昨日はいろいろと失礼いたしました。安易な企画を持ち込んでしまい、貴重なお時間を無駄にすることとなり、大変申し訳ございませんでした。本日は… 偶然、このような場所でお会いでき、昨日の失礼をお詫びできてなによりです。少なからず、ある種の運命を感じてしまいますね」
 会長は顔を伏せ、手ではねつける。
「はっ、ぬけしゃあしゃあと。いや、いいだろう。そうならそうで。それでなにか建設的な時間を過ごせる話しでも聞かせてもらえるのかな」
 会長は早く結論を出したがっている。それは駅前のこの盛況具合に目にして最後の一太刀をあび、観念したかに見えてしまう。
「私なりに、昨夜と、今日と、双方の商店街を拝見させていただきました。会長のおっしゃるとおり、いかに自分が勉強不足かを痛感させられた思いです」
「そんな、おべんちゃらはいいよ。それこそ時間の無駄というものじゃないか」
「そうですか? 会長はもうすでに駅前をご覧になっていたとばかり思っておりましたが?」
 揺さぶりをかけられたのは会長の方で、入念に段取りを組んできた恵を、物理的にも、精神的にも見直していた。昨日の行き当たりバッタリというコメントや、いかにも押し付けられた仕事をしているという感じはどこにもない。
「ふっ、そういうことか。いかにもそうだ。改装されてからまともに目にしたのはこれが初めてだ。あんたに現場を見もせんと言っときながら、わたしも敵情視察をしとりゃせん。一本取り返されたのかな、これは。そんなにもの珍しそうな目で見とったかね。それともカマにでもかけられたか?」
 恵はゆっくりと首を振った。それは肯定しているのか、否定しているのか、どちらでも取れるしぐさで、つまりは会長の取りかたひとつだ。
「まさに光と影。象徴的な光景です。人が集まるところにはお金が落ち。それでまた新しいお店ができ、新しい人が集まる。好転していくとはこのような状況をいい、何をしても失敗しない、失敗さえも成功の元となる。うらやましいかぎりの発展ぶりですね」
「そして一方の駅裏は客足も途絶え、流行らなくなった店が次々と閉店していき、生きがいを失った老人が孤独になっていく。暗い影が広がってますます活気がなくなり、人が寄り付かなくなっていく。まあ、見てのとおりだ。死にゆく体に栄養を与えて生きながさせてもな、苦しみが続くだけで、再生するわけじゃない」
「貴重な栄養剤なら、必用な人に回したほうが無駄がないし、死に体ならいっそ、その時期を早めた方がいいのかもしれません。倫理の面から言えば必ずしも万人の納得いくところではないでしょう。倫理を楯に利益の優先をゴリ押しするという方法もありますけどね」
 会長は少したじろぐような仕草をし、すぐに体裁を整える。
「何の、話しをしているんだ?」
「もちろん、会長の、商店街の話しですけれど… 」
 あえて、一区切りする言い方に、会長は苦笑する。
「短時間の内にいろいろと調べたようだが、そう何度も引っかからんよ」
「わたくしの商売柄といたしまして、あまり適切な表現ではありませんでしたけれども、真意としては、古くなり、終焉を迎えようとする商店街を無理やり活気づかせようとしても限界があり、痛みをともない、そしてその先にもつながっていきません。ならば… 」
「ならば… か。そうかもしれんな。最後に一花咲かせるのもいいだろう。わしも、商店街もな」
「そこにやるべき仕事が残されている限り、誰にも止めることはできないと思いますよ。例え神であろうとも、仏でも。それをどう捉えて、なにを選択するのかも自分達次第なんじゃないでしょうか。人任せにするのはいつだってできますよね。息子さんに託したいのなら、やりかたも幾様にあるはずです。今はもう、背中で語るだけじゃあ若い人には伝わらないでしょう」
「ふん。大きな世話だ」
「そうですね」
 会長はズボンのポケットに手に突っ込んで天を仰いでいた。恵の言葉を深く考えさせられているのか、それとも別のことを考えているのか。今度は会長が時間をつかう番だった。恵も必要以上に追い込みはしない。やるべきことはやり、言うべきことは言った。デッキに肘を付き、顎をのせて遠い目をしている。
 目を開いた会長の口も開く。
「今日は有意義な時間が過ごせたようだ。次に会うときは含んだ言葉より、具体的な話しを聞かせてもらいたいな。時間は限られている。早いほうがいいだろ。これはもちろん商店街の話しだ」
 会長の方を向き直って深々とあたまを下げる恵。
「次回のお約束をいただき、ありがとうございます。早急に企画書を起こして、近日中に馳せ参じますので、その節はよろしくお願いいたします」
――時間が限られているのは、私だって同じよ。すでにアリ地獄にスッポリとはまってるんだから。
 傾きかけた西日が映り込んだガラスの照り返しは、さきほどより細長くなり駅の入り口へとさらに近づいていた。