SCENE 7
「社長。遅くなりまして申し訳ございません。昨日のプレゼンをまとめてから、ご面会する予定でおりましたが、社長からのご連絡のメモを拝見しまして、取るものもとりあえず参上いたしました」
いろいろな含みを考えての口上の本音は、まとめられるようなプレゼンの結果があるはずもなく、手ぶらで登場できる良い言い訳ができたというところだ。
社長の人吉は親しげに手招きをして恵に着座を求めた。
「あー、いい、いい、そんなものはキミから直接聞けばいいことだ。まわりくどくする必要はない。それでどうだんだ? 首尾は? わたしの企画を使ったプレゼンだ。キミもいろいろと勉強になったんじゃないのかな」
――勉強って、アンタの授業を誰がすき好んで受けるかっ、つーの。
「はい、それはもちろん、社長の企画でプレゼンすることができて、わたくしも光栄でございます。あれほどの内容ですので、いろいろと知見を得ることができました」
「ホーッ、そうかね、そうかね。それで、先方はどうだったんだね。あんな、かたむきかけた商店街には勿体ないぐらいの企画だが、まあ今回ばかりはそうも言っとれんかったからな。駅前のヤツラをギャフンと言わしてやろうと思っていたからな」
――こっちが、ギャフンと言いたくなったわよ。
「それはもう先方も大変に乗り気で。次のアポも取れておりますので、次回には契約の運びとなると存じます」
「おっ、おっ。そうか、さすが時田君だ。抜かりがないな。だがな… 」
ここで人吉は席を立ち、ブラインドを指で広げて外界を見た。
――ボスかっ。わかる私も残念だけど… くさい小芝居してないで、どうしたいのか話し進めなさいよ。
想定外の動きを取られると次の言葉がどうでるのかわからず、対応するに当たり多くのパターンを用意しなければならなくなる。それになぜか言葉の端々が過去形になっているのが気になる。
「話しはそううまくいかんようでなあ。まあ、これを見たまえ」
社長は自席の机にのっていた一枚のチラシをつかみ恵に渡した。そこには駅前の次回のキャンペーン告知が印刷されている。プレゼンが一週間前に行なわれ、二日前に結果が通知された割には早すぎるタイミングだ。
「まったく、してやられたわ。最初からアッチに決っておったのだよ。そうでなければわたしの企画で落すわけがないだろう」
――ああ、そう、そういうことね。このチラシ見たもんだから、私に早く伝えたくて待ちきれなかったのね。良い言い訳見つけたものね。
そこにあるキャンペーンの内容といえば、このアホ社長が出した、ありがちな企画と大差のないB級グルメと、ゆるキャラが前面に押し出されており。あえてその差を述べるなら、社長のよりはずいぶんアカ抜けしており、万人受けしそうなところだ。
「それでは、社長の企画をブラッシュアップして駅裏を活性化し、ハナをあかしてやりましょう」
ここで人吉は難しい顔をした。当然、調子のいい言葉でハッパをかけてくると思った恵は拍子抜けをして、再び次の言葉を待つしかなくなる。
――なに妙な間を取ってるのよ。もったいぶって。私も忙しいんだから、方向性をハッキリさせて早く仕事に取り掛からせて欲しいわ。ブラッシュアップどころか、最初からやり直ししないといけないぐらいなんだから。しかも、社長のプライドを損ねないように、あーっ、もう、メンドクサイったらありゃしない。
「時田くん、もちろんそうなんだけどね。そうとばかり言ってられなくてね」
――はあぁ? いまさらなんなのよ。あれだけ威勢のいいこと言っといて。
「こんなチラシ撒かれたあとで、同じような企画で勝負するわけにはいかんだろう。ただでさえ、活気のない商店街だ」
――活気がないじゃないくて、やる気も、人も、開いてる店もないわよ。廃墟なのよ、ゴーストタウンなのよ。
「なるほど。そう言われれば、二番煎じと風評をたてられるのもシャクですしね」
――もともと、この企画自体、出がらしみたいなモンなんだけどね。
「時田くん、わたしはね、なにも、客寄せパンダのつもりで、キミを部長に抜擢したわけじゃないんだ。キミの柔軟な思考。卓越した創造性。場の注目を引きつける人としての魅力。そこに光るモノを感じるし、まだまだ伸びしろだってある。将来的にはこの社を背負っていく人材だと思っているのだよ」
いくら、おべんちゃらだとわかっていても、これだけ、誉め言葉を並べられれば悪い気はしなかった。それに、もし自分の企画で大逆転できれば、それなりのポジションを確保でき、将来への架け橋になるかもしれない。なにより、アホ社長のアホ企画の足枷をはずせるのがなによりだった。
「もったいないお言葉です。わかりました社長。ここは今一度仕切りなおして、わたしの企画でいかせてください。社長のご無念はお察します。これほどの屈辱があってよいでしょうか。我が社を愚弄するにもほどがあります。なんとしても駅前の関係者や代理店の旭屋堂を見返してやりましょう。それにはわざわざ社長の企画を出すまでもございません。ぜひ、わたくしにおまかせください。社長のご希望に応えられるよう誠心誠意、務めさせていただきます。大丈夫でございます。神はちゃんと見ていてくれてます。どちらに正義があるのか」
とにかくその線で話しを進めたい恵は、一気にまくしたてた。神が見てたら最初にバツを与えるのはわたしに間違いないと、心で苦笑いをしていた。
「そうかね、そこまで言ってくれると、わたしも心強いよ。キミの発案してくれたあの課外授業の企画も、時期尚早かと危惧していたが、予想外の反響を呼んだ」
――わたしは予想どうりだったわよ。だいたい、アンタが押した案件で成功した事例があるのかって。
「今回もまた、わたしの間違いだったようだ。せっかくキミの才能が開花しようとしているところをジャマして、余計なことをしてしまった」
「いいえ、あれはたまたま運がよかっただけで、時勢が味方しなければ、どうなっていたことか。今回のことも、今となっては、社長の案が旭屋堂と重なったことが幸いとなるかも知れません」
――どうせ、最初から決ってた勝負なら、どんな案を持っていっても同じでしょうけどね。
「なるほど。切り札として取っておけたと考えれば、結果オーライということか。なんにしろ、この件はキミに一任したから、思う存分やってみなさい」
恵は心の中で、ガッツポーズをしていた。その言葉さえ取り付ければこちらのものだ。
「ハイ、それではもう一度、駅裏用に企画を練り直してみます。時間も差し迫っておりますので、これにて失礼して早速取り掛かからせていただきます」
「おっ、おう、そうだな。早いほうがいいだろう。頑張ってくれよ」
恵は席を立ち、一礼して部屋を出て行いった。
「ホネは拾ってやるからなあ、せいぜい頑張れよ」
聞えないように小声で言葉をかけ、恵の後ろ姿を見送りながら、人吉は携帯電話を取り出して、アドレスを選びタッチする。
「はい、わたしです。ええ、いま話が終わりまして。はい、すぐに飛びついてきましたよ。単純なモンです。あら、ダボハゼですな。えっ、いやいや、それはちょっと。まあ、アナタからの誘いがあれば、簡単に喰いついてくるかもしれませんが。はっはっは。ええ、それでは、よろしくお願いします。ええ、失礼します」
通話を切った人吉は、机に尻を乗せる。
「これで、ようやく厄介払いができる。やれ女性の社会進出だ。管理職への登用だとお上から言われても、それでいつまでも居座られても会社が回っていかんからな。彼女もそれなりに貢献してくれたが、そろそろ新鮮味もなくなってきたころだ。適当なところで仕事に挫折して辞めてもらうのが会社にとっても本人のためでもあるからな」