新統合軍極東・太平洋軍管区司令部

マクロスやロボット大好きなブログです。二次創作などを主にやります。最近の政治的問題や最近の出来事も更新します。

海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編8

2018-05-13 10:36:22 | 旅行









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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編7

2018-05-12 21:51:52 | 旅行












多忙のため文章はなし画像のみ
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編8

2018-05-05 10:47:30 | 旅行



久しぶりになりましたが、海軍の街横須賀に関する記録を編集します。
よろしくお願いします。






この写真は三笠で亡くなった方々の遺撮であります。
主に爆沈事故で亡くなった方々を中心にあります。

爆沈事故はかなりの被害であり多くの海軍軍人が亡くなりました。






当時の海軍軍人の制服。
中々歴史のある感じの軍服です。




軍楽隊の楽器
中々いい楽器でした。
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編7

2018-04-30 21:43:33 | 旅行




以外にも海軍の軍艦と言うのはちょっとしたホテルのようである。
今の海上自衛隊はどうかはまだ本物の護衛艦に乗艦した事がないので分かりませんが。
戦艦三笠は上記のようでした。

結構、おしゃれなインテリアがされており、戦艦の中とは思えませんでした。



こんな家具があります。
戦艦にこんなおしゃれな家具があるくらいです。
まるで戦前のインテリアです。

と言っても戦闘個所は普通ですし、完全に当時そのままとは言えないのです。




ここには海軍軍人のレジェンドや。
あんまり見たことのない、東郷長官の和服姿を拝む事ができます。




軍艦だから戦争の臭いがして嫌だと言っている人がいるかもしれませんですけど。
これは一種の偏見でしかないのでそれはやめてくださいね。

どんどん行きましょう。








艦の後ろ近くまで来ましたが。
またしても綺麗なお部屋に遭遇しました。

これほど美しいインテリアは見た事ありません。

次は驚きな事実を知る事になります。

それが・・・・・・・これ・・・・ドン






今上陛下
皇后さま
昭和天皇
秋篠宮殿下(写真撮るの忘れた)
などの皇族方が訪れていました。

凄く感動しました。
まだまだ続くよ海軍の街横須賀へ 
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編6

2018-04-30 20:54:17 | 旅行




三笠の歴史をさらっと解説した後は更に三笠の中を探索する。
三笠の艦の中で記念メダルを作成し更に三笠の歴史を知る。

三笠と言えばロシア海軍。
そんなロシア海軍との関連性を示す物があるそれがこれ・・・・・・









ロシア軍の軍人が三笠に訪れています。
かつては敵同士だったけどこうして交流しているのは感動的ですね。
それを言ったらアメリカ海軍もそうです。

ミニッツ提督を始め、今も米海軍軍人が清掃しているそうです。
自分はこう言うのに感動を覚えますね。

かつての敵同士の人間と恋仲になったり絆を得たり。
戦争をやるおいてこう言う要素も大事ですが、現実はかなり厳しいです。




これは戦艦三笠の乗員と連合艦隊の幹部です。

戦死した人は△と当時の状況を知る事が出来ます。
三笠はかなりの激戦で37人の死者が出ているようです。
まぁ爆沈事故よりかはマシですが。
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編5

2018-04-30 12:46:07 | 旅行
第2次世界大戦
太平洋戦争
大東亜戦争
と三つ日本国内において言われる戦争。
この戦争で約300万人の日本人が失われる事になる。

世界全体では1億人の兵力が動員されたとか・・・・・・・

日本は負け、進駐軍がやってくる。



敗戦後、三笠も悲劇に見舞われる。
世話する者無く荒廃し進駐軍によりダンスホール、水族館に改造され。

このまま本当に三笠が終わるかと思われた・・・・・・・

ここで奇跡が起こる。



青年将校時代に日本海海戦の祝賀会に参加し東郷長官に会い。
太平洋戦争で米軍を指揮したミニッツ大将がこの惨状に激怒した。
東郷長官に会った後、ミニッツ大将は東郷長官を慕っていたからである。

本を書いて売上げ三笠復興を日本海軍山梨勝之進らと協力。
保存活動は日本全国に広がり。





ついに三笠は三度目の復活を果たすのである。
この式典に数多くの海外の将官が集まっており。
世界から見ても三笠は愛されている事が分かる。





そしてこうした活動があったからにより三笠は横須賀のシンボルとなり。
船の科学館の宗谷と並ぶ、日本海軍の貴重な生き残りとして今も生き続ける事になる。

海軍の街横須賀へ 戦艦三笠はまだまだ続く
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編4

2018-04-30 12:23:46 | 旅行



横須賀の三笠を堪能する長田義家。
皇国の荒廃はこの一戦にありの書物を見て感動する。
ここで初めてVRを体験し。

今の技術はここまで発展しているのかと実感しました。



日本海海戦の模型を堪能。
帝国海軍連合艦隊とロシア海軍バルチック艦隊の死闘が描かれています。



日本海軍の菊紋。
大日本帝国海軍の艦艇は天皇から賜った物とされているので艦首についています。

現在の海上自衛隊にはついてません。
先ほどの護衛艦の件でもそうでした。

でも実物大を見るのは初めてでした。

でも・・・・・・・・・・・・・・・・・予想よりへぼんでる。





三笠の沈没事故。
実は三笠は一度、弾薬庫の爆発で300名以上の死者を出しながら沈んだ事がある。
このまま三笠の運命は終わるかと思いましたが・・・・

見事・・・・・・・・・・・・復活しました。




第1次世界大戦におけるロシア革命で共産主義排除のためのシベリア出兵に出動。
再び第1線級に参加する。



ワシントン軍縮会議で廃艦になる事が決定。
そのまま再び運笑みが終わるかと思われたが。
国民により保存活動が行われ。

再び戦線に参加できないようにコンクリートで動けないようにして記念艦になりました。
国民に愛される三笠・・・・・・

だけど再び危機が訪れる事になる。
それは第2次世界大戦




太平洋戦争
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編3

2018-04-30 11:33:19 | 旅行
戦艦三笠に潜入した長田義家。
艦上にていろいろと探索していく・・・・・
もちろん・・・・・・・

これがメインディツシュではない。
艦内こそがメインディッシュだ!!!

そんなわけで艦内に潜入した!!






これが三笠の艦内か。
貴重な資料があるなぁ。
それにこれがかつての大日本帝国海軍の戦艦の内部なのかと思いました。






戦艦三笠の模型かなり凝っている。
俺には真似できないクオリティでした。

凄くカッコいい・・・・・・・・・・・・・・・・

いいセンスだ!!



教科書でよく見る有名な絵。
東郷長官が凛々しいお姿でいますが。
海戦時はかなり苦労された模様。




当時の軍服。
靖国神社で見た物とは大きく異なる明治の軍服



そして提督方カッコいい。




東郷長官がジノヴィー・ロジェストヴェンスキー.バルチック艦隊司令官と面談している様子。
負傷したロジェストヴェンスキー司令官は、敗軍の将をわざわざ見舞いに来る東郷長官に感謝したそうです。

まさに武士道です。
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編2

2018-04-29 08:44:38 | 旅行



戦艦三笠に乗艦した長田。
そこ目に入ったのは副砲である。
主砲とは違う武双である。

そこで長田は兵士になりきって遊んでおりました。



前方の三笠。
まさにこれぞ戦艦であったけど、規模的には巡洋艦なんだよね。
戦艦のイメージと言えば戦艦大和ですけど。




そしてブリッジ。
ここで指揮するのではなく操艦する場所です。
二枚目はその海図を作成する場所となっております。



よく見ると三笠は海に浮かんでません。
コンクリートで固定されているんですね。
その理由はワシントン軍縮会議で三笠が廃艦が決定し保存活動した際にニ度と復帰できないようにするため。
コンクリートで固定化されたそうです。




マストを見ますが。
正直怖そうでした。
理由は命綱がないからである。

こんな急な階段を間違えないように登らないといけない。
なんとも微妙な緊張感を感じました。
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海軍の街横須賀へ 戦艦三笠編

2018-04-29 08:32:48 | 旅行


戦艦三笠を見に三笠公園に向かう長田。
戦艦三笠と言えば日露戦争日本海海戦で活躍した連合艦隊旗艦で。
東郷平八郎が座乗した事で知られる。

それに日本海軍としての生き残りが船の博物館の宗谷を含めて2隻。
貴重な存在であり世界の海軍から愛されている宝です。




三笠公園に入ると東郷長官がお出迎え。
有名なセリフがとなりにありました。
アドミラル・トーゴーです。






戦艦三笠は美しい。
大砲のお姿もいい。
長田義家はそんあ乗艦前の三笠を堪能する。
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海軍の街横須賀へ リアル艦隊コレクションご参拝編その3

2018-04-29 00:48:47 | 旅行










海上自衛隊の施設をいろいろ見る長田。
今回は一番注目すべき所ある。

まさか、護衛艦いずもなのか?

それは違う、もっと重要な物。
歴史的な物であると・・・・・・

だから一体なんだ?

これだ!!




この水道。
この水道はごく普通なのかと思うが・・・・・
実はこれは手掘りで作られた水道である。

元々は一つの半島であったが。
横須賀鎮守府の施設を上手く活用するため旧帝国海軍が作った。
これは明治時代の話であり明かに技術は今と劣っている。

そうした状況でこの立派な水道を作った先人達が凄いと思いました。





いよいよクルージは終盤になる。
そこには先ほど見たはたかぜやむらさめなどの護衛艦が見えてきました。








この中でもはたかぜはかなり古い船であり。
30年以上前から活躍している。
今は2018年なので、1988年昭和の終わり頃には既にいたわけである。

30年経った艦なのでむらさめらと比べるとかなり古臭いです。






これで軍港クルージングは終わりました。
次は三笠編です。
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海軍の街横須賀へ リアル艦隊コレクションご参拝編その2

2018-04-29 00:17:58 | 旅行








なんだか平和な光景だな。
長田義家、とにかく平和な光景だけではなく早く護衛艦を出せこのクズ!

るせぇよ!!お前ら。
俺はただクルージングしているだけだぜ!

急かすなボロ!!

とこんな感じに編集している長田。
横須賀は軍事関係だけではなく民間関係の施設もきちんとあるんですよ。
本当に。





試験艦
海上自衛隊の新装備を試験する自衛艦ではないですか。
初めて見ましたね。

続いては・・・・・・・








掃海艇の姿が見えます。
掃海艇とは軍艦の中で海を掃除する役目のある軍艦です。
軍艦とは言えませんが・・・・・・主な任務は機雷を除去する部隊です。

掃海艇のとなりには・・・・・・・・・・




海上保安庁の施設です。
横須賀には軍港だけではなく海上保安庁の施設があり。
全国を見てもかなりレアなケースとなっています。



しばらく横須賀港を見まわしますが。
そこには・・・・・・・・・・



退役した護衛艦の姿が・・・・・・・・
この護衛艦は番号が消され、どんな処分を待つのか待ってます。
解体か実弾で攻撃され沈むかの二つに・・・・・・

この姿を見て空しさを覚えましたね。
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海軍の街横須賀へ リアル艦隊コレクションご参拝編その1

2018-04-28 23:57:24 | 旅行
昼飯の前。
長田義家はクルージング船に置いていかれた。
しかも目の前で・・・・・・・・

それで昼飯はクルージングの前にする羽目になった。
そして12時・・・・・・・・・





長田義家を乗せたクルージング船出港。
横須賀軍港を一望とする45分の船の旅に出た。
形態の写真機能をスタンバイする長田・・・・・
目の前に飛び込んできたのは・・・・






海上自衛隊の潜水艦と米海軍のイージス艦である。
海上自衛隊の潜水艦だけなぜか在日米海軍基地の施設に停泊しています。
先ほどの写真にありましたね。






対岸には海上自衛隊の基地です。
横須賀軍港では一番施設が広いのは在日米軍であり、かなり規模的には小さいです。
差別じゃねと思う人がいますが・・・・・・・・

在日米軍は80隻あるイージス艦を11隻を配備してますし。
原子力空母があり、第7艦隊の重要拠点。
いろいろと考えると妥当な広さと言えます。

まぁ敗戦もあったからね。




そんで米海軍第7艦隊に移動するけどいよいよあれが登場。
その正体は・・・・・・・・



ろ・・・・・・・ロナルド・ギア!?
じゃなくて原子力空母ロナルド・レーガンです。
第7艦隊の最強の軍艦です。

でも・・・・・・・・・・




米海軍の駆逐艦に集中してしまうでござる・・・・



ロナルド・レーガンでかすぎる。
自衛隊最大の護衛艦いずも型が子供のように・・・・・・
ここで横須賀本港編は終わり、次はおとなり編です。


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海軍の街横須賀へ 昼飯編

2018-04-28 23:38:04 | 旅行




昼飯だが、横須賀と言ったら海軍カレー。
カレーが食べたい。

なんと日本のカレーの発祥の地であるから。
カレー導入当時の日本海軍は栄養環境が劣悪であった。
ビタミン不足により脚気が流行し、それで多くの海軍軍人が命を落としていった。
それに困った甲斐軍上層部は英海軍のシチューカレー風味からヒントを得て日本人に合うように改良されて導入された。
大日本帝国海軍でもそれが人気となり復員した将兵らにより広まり日本のカレー文化が生まれた。

それだけではない戦前、大日本帝国海軍に所属していた韓国人達にも同様にカレーが出されており。
日本人と同じくカレーの味に感動。
同じような経緯で戦後、元日本海軍軍人の韓国人らにより広まった。

それほど、カレーとはいろいろと多くの人々に感動を与えるものである。
(この話を聞いてなんだかんだ日本人と韓国人は似た者同士だなと思いました)

そんなわけで食べよう。





まさに横須賀軍港を一望できるカフェテリア。
ここにしました。
この後、横須賀軍港クルーズが12時にあるのでそれまで待機。
お昼休みです。

今回、長田が頼んだメニューはこれ








美味かった。
この料理達・・・・・これほどカレーが美味しいとは思わなかった。
とは言ってもカレーに牛乳とサラダ必須とは初めて知ったね。

ケーキもかなり美味しくてお袋にラインで送りましたが。
買いすぎだクズと怒られました。

でも美味しいので気にしナッスィング!!

で早くしないと前回同様クルーズ船においていかれる。
会社へのお土産を買わないといけない。

そんな時こんなものが・・・・・・・・・・




海軍マニア欲を持てあます。
旧帝国海軍の軍艦の模型達じゃないですか!!
海軍の軍艦は大好きです。



帰り際には海上自衛隊の女性自衛官らが。
海の防人撫子。
これからも日本のために、世界の秩序安定のために頑張ってください!!

次は軍港クルーズ編です。
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海軍の街横須賀へ 序盤編

2018-04-28 23:16:08 | 旅行


本日は長田義家は神奈川県横須賀市を訪れました。
神奈川県横須賀市と言えば大日本帝国海軍時代から続く海軍の町です。
現在も海上自衛隊と在日米海軍が所在しており。

舞鶴
佐世保

と並ぶ海軍鎮守府と言われる歴史的名所です。






既に駅を降りると海上自衛隊の軍艦や米海軍の軍艦が見えます。
潜水艦2隻を確認されています。
ここだけではなく隣の駅にも海上自衛隊の基地があり。
そこには海上自衛隊護衛艦隊司令部があります。








となりには横須賀製鉄所の博物館があり。
そこには謎の爆沈事故により失った長門級戦艦陸奥の主砲が置かれていました。
結構かなりいい場所なのでぜひ言ってみてはいかがですかな?

序盤はここで・・・・次は軍港クルーズ編
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