ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

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2023-08-08 07:59:32 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「忘れがちな視点」8月2日
 論点欄のテーマは『司馬遼太郎氏 生誕100年』でした。『「司馬史観」と称されるほど、戦後の日本人の歴史観に大きな影響を与えた。司馬氏が日本社会に残したメッセージとは何か。混迷の時代を迎えた今、司馬作品をどう読み解けばいいのだろうか』という趣旨で、2人の識者が論じていました。
 その1人、社会学者大澤真幸氏の寄稿が興味深いものでした。その中で大澤氏は、『私たちが直面している深刻な問題は、主に私たちの後にやってくる世代の利害や幸福に関係している』とし、例として、『環境問題、人口問題、核戦争』などを挙げていらっしゃいます。その上で、『欧米の諸国民と比べて日本人がこれらの問題に無関心なのは、日本人が<未来の他者>の思いに応えたいという意欲に乏しいからである』と指摘なさっているのです。
 要するに、自分たちのことだけにしか関心がなく、自分たちがいなくなった後の日本人がどんな困難に直面しようが知ったこっちゃない、という日本人が多いということです。放漫財政でバラマキを繰り返し、将来世代が返しきれないような借金を背負うことが確実であるにもかかわらず、今がよければいいと更に多くのバラマキを求める国民とそれに迎合する政治家の姿を思い浮かべれば納得です。
  ここまでは目新しい指摘ではありません。しかし、大澤氏はここから独自の視点を提示していきます。大澤氏は、『どうして日本人は、<未来の他者>に対して鈍感なのか。その原因は、私の考えでは、未来との関係にあるのではなく、過去との関係にある。<我々の死者>との関係に』というのです。
 少し分かりにくいですね。でも、すぐに分かってきます。大澤氏は、『私が<我々の死者>と呼んだのは、「その人たちのおかげで我々の現在がある」「その人たちの願いを引き受けずにはいられない」と思うような死者のことである。死者の思いに応えようという気持ちのない者が、まだ生まれていない<未来の他者>のために何かをしなくてはならないと思うだろうか』と続けていくのです。
 被爆2世や戦争被害者2世の方々が、両親の苦労に思いを馳せ、二度と戦争はいけない、核兵器が使われることがあってはいけないという思いに駆られ、老躯に鞭打って、無償で講演会や語り部の活動を続けています。私は、これこそ「彼らのお陰で私たちが今穏やかに暮らせている。私たちの子供や孫、そのまた子供にもこんな穏やかな暮らしを続けさせたい」という感覚、つまり、<我々の死者>の存在が<未来の他者>への想像力につながっていく例だと考えます。
 しかし、被爆2世や戦争被害者2世の例は「特殊」です。特殊だからこそ、マスコミが取り上げるのです。大澤氏は、司馬氏は、幕末・明治期を描き、その小説に登場する、秋山好古や西郷隆盛、坂本龍馬らは、多くの読者にとって<我々の死者>を感じさせる存在であったと分析なさっています。しかし、司馬氏は、昭和期の<我々の死者>を描くことはしませんでした。出来なかったと言ったほうがよいかもしれません。相応しい人物が存在しなかったということでもあります。
 その結果、現代人の多くは、<我々の死者>をもっていません。だから<未来の他者>への想像力も感受性も持ち合わせなくなったということです。もちろん、あくまでも司馬氏生誕100年ということで、司馬氏の小説に当てはめての分析となっていますが、私はとても頷かされる分析だと思いました。
 社会は今生きている私たちだけの占有物ではなく、過去から現在、そして未来へと受け継いでいくものだという意識があれば、次の世代、その次の世代への共感をもたざるを得ません。個人レベルで言えば、我が子を保証人にして借金を繰り返し、自分が好き勝手に生きることが出来れば子供や孫がどんなに苦しもうが関係ない、という人は稀でしょう。むしろ、自分たちの贅沢や我儘を抑えてでも、子供のために、孫のためになるような形を残したいと考えるはずです。
 それは、人間の原始的な本能でしょう。そのレベルにとどまることなく、社会性の発達した人類として、血のつながらない赤の他人である未来世代への共感を抱く、そんな若者を育てていかなければならないのです。
  学校教育は、<我々の死者>を子供たちに意識させることに気を配ってきたでしょうか。残念ながら答えは「NO」です。何も維新や明治の元勲のような人物を探し出し、英雄として扱うというような個人崇拝を奨励しているのではありません。そんな時代ではありません。
 ただ、「彼らのお陰で今の自分たちがいる」という感覚の醸成を意識して、国語や社会科・道徳などを中心に各教科のカリキュラムを見直してみることはできるはずですし、取り組む価値があると思うのです。

 

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