田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

札幌の今冬の降雪は異常?

2022-01-31 17:04:37 | 環境 & 自然 & 観察会

 札幌に転居して15シーズン目の冬を迎えている。私の記憶では最も降雪が多いシーズンではないか?と思っている。札幌の道路は今、大変なことになっている。

 先日、中心街へ歩いて向かった。私が歩いた道路(歩道)は北1条通りである。北1条通りというと、旧国道5号線(現在の国道5号線は札幌の中心街の周縁を巻くように走っている)であり、現在も札幌市と小樽市を結ぶ主要道である。その1条通り中心街に向かって歩いたのだが、西15~16丁目の知事公館前の歩道の脇の雪山がゆうに2mを超える高さまで雪が積み重なっているのを見て驚いた。これまでに初めて見た光景だった。これは道路側と歩道側からの除雪された雪が積み重なったためにうず高く積もったのだが、それにしてもこうした光景を目にするのは15年にして初めての光景だつた。ことほど左様に今冬の降雪は多く感ずる。

   

※ 北1条通りの歩道です。道路と歩道の間にはご覧のように2mを超える雪が積み重なっています。

   

※ 歩道をランニングする人と雪の高さを比べてみてください。

   

※ 雪の小山の向こうにはバスの屋根部分のみが覗くだけです。

 そこで気象台のデータを探ってみた。すると今年の多雪はデータでもはっきりと表れていた。まず本日(1月31日現在)現在の「累計積雪量」は283cmである。ちなみに昨年の同日現在では206cm、平均では266cmだそうである。次に「積雪深」であるが、こちらは本日現在83cm、昨年は53cm、平均では55cmとこちらも昨年、平均年を上回っていることが分かる。

 ちなみに「累計積雪量」は初雪から本日まで降った雪の量を合計した数字。「積雪深」は本日現在での計測値での雪の深さを表すとのことである。

 降雪が多い光景は札幌市内のいたるところで見られる。この2~3日で目立ったところをカメラに収めたので、それらを列挙することにする。私が目にしないところでもっともっと凄い(深刻な)なところがあると思われる。

   

※ 中通りと呼ばれる通りはご覧のとおり。交差する車が交わす道幅がありません。

   

※ ご覧のとおり、ようやく1台が通れるのみです。

   

※ 通りは柔らかな雪で運転をより困難にしています。

   

※ 石山通の商店街一角ですが、歩道の除雪がままならず、店の入口は一段と低くなっています。

   

※ 札幌の中心街の歩道の特徴の一つです。ロードヒーティングがされている所と、そうでないところで大きな段差ができます。

 マンション住まいの私は降雪による直接の苦労は少ないが、戸建て住宅の方々の除雪作業のご苦労がしのばれる。

 今もまた、空からは雪が間断なく降っている…。

   

※ 昼近くの札幌市内ですが、降雪のために全体がどんよりと霞んでいます。


コロナ禍と憲法

2022-01-30 16:11:06 | 講演・講義・フォーラム等

 講演を聴きながら我が国は立憲民主制が確立されている国であることを再確認することができ、国(政府)が法の下でコロナ禍に対応していることを確認することができた。メディアなどで鋭い評論を展開している気鋭の憲法学者・木村草太氏の講演を聴いた。

        

 昨日午後、札幌弁護士会が主催する講演会が「かでるホール」で開催され参加した。講演は東京都立大学教授の木村草太氏「コロナ禍と憲法~自由や緊急事態をめぐって~」と題して講演されたのを聴いた。

 木村氏は、①コロナ禍とはどういう事態なのか? ②憲法と公衆衛生。③憲法と緊急事態。④日本におけるコロナ対応。といった順で論を展開された。その様はもう “立て板に水” がごとき滔々と流れるような論の進め方だった。そのため私の理解は追いついて行かず、十分に木村氏の論を咀嚼したレポにはなり得ないと判断した。

   

 そこで本レポでは、講演を聴いた私の感想を述べるにとどめることにしたい。講演の趣旨は、国民の自由権と国(政府)が発する国民の行動規制の関係について木村氏の見解を披歴するものだった。このことについて関わる憲法は第13条と第22条である。

 憲法第13条では「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とある。

 また第22条では「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に居住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と国民の自由権を保障している。(下線は私が引いた)

 「但し」として〈自由を制限できる条件〉、つまり公共の福祉を優先して(つまり個人の自由を規制する)法律を立案する場合、①規制目的の正当性、②目的・手段の関連性、③規制手段の必要性、④規制の相当性、が担保される場合は自由を制限する法の成立が可能となっているとした。

   

 ここからはやや乱暴な記述になるが、我が国では憲法に基づき各種法律が整備され、国(政府)はそれに基づいて各種対応策を講じているというのが実状だと理解した。さらには国(政府)が講ずる対応策についても国会での議論・承認がなされる立憲民主制が機能しているのが現状だと理解した。

 ここで木村氏は、悪しき例として「大日本帝国憲法(明治憲法)「ワイマール憲法」を例示した。明治憲法では「緊急事態においては天皇が法律に代わって勅令を発する」(意訳)となっていた。そこには立憲制も民主制も存在しえないものである。またドイツの「ワイマール憲法」は、時の大統領によって徐々に自らの権限を拡大していき、憲法がないがしろにされていった結果、ナチス政権が誕生する遠因に繋がったとした。

 こうしたことを伺うに及び、我が国政府が例え対応が遅い、十分ではないと指弾されようが憲法(法律)を重視し、その規制のもとに各種施策を講じていることを是として捉えたいと思う。

 国民の自由が著しく侵されていると指摘されるかの国の国民と比べると、私たちは何て恵まれた国に生まれてくることができたかを改めて実感させられた。いろいろな疑義や不満が噴出する我が国であるが、我が国の立憲民主制はなにはともあれ厳守しなければならないものであると木村氏の講演から学んだ最も大きなことだった。


札幌麺紀行 139 麺や けせらせら

2022-01-29 20:43:42 | 札幌麺紀行 & グルメ紀行

 黄色みがかった濃厚な鶏白湯スープは、うわさ通りの絶品スープだった。店名「けせらせら」とはずいぶん脱力系の店名だが、なんのそのその語義どおりうまく回転しているようだった。

   

 25日(火)、「百合が原緑のセンター」にスプリング・エフェメラルを観賞に行った際、昼食をどこにしようと考えた時、ネット上で北区のラーメン人気ランキングTOP20を検索すると、そのトップにランクされていたのが今回訪れた「麺や けせらせら」だった。それを見て迷うことなく「けせらせら」に行こうと決めた。

 店を探すのにやや戸惑ったが、心配していたとおり駐車場は満杯だった。ラーメン店なので回転は速いと考え、少し待っていると思惑通り駐車場が空き入店することができた。店内は意外に狭く、座席数も14席と少なかったがスタッフは厨房に2人、フロアと洗い物担当に2人が配されていた。

   

※ 私のところから厨房で細心の注意を払いながらスープを作っているところが伺えました。

   

※ 店内はなんとなく、以前には違う種類の飲食店が使用していたのではないか?とうかがえたのですが…。

 食券は券売機で購入するシステムで、塩が評判だったので私が塩チャーシュー(980円)、妻が塩(780円)を注文し、スタッフの案内でカウンターに腰を降ろした。お客さんはこの時、確か私たちを除いて先客6人が在店していた。

   

 席からは厨房が覗けたが、スタッフが細心の注意を払いながらスープを仕込んでいるのが見えた。と思う間もなく、席に塩チャーシュー麺が運ばれてきた。塩のスープというと透き通ったスープが一般的だが、ここのスープは透明ではなく黄色がかった濃厚さが漂うスープだった。そのスープをまずは一口。これが旨かった!トロっとしたスープが心地よく喉を通り過ぎた。

   

※ 妻が食した塩ラーメンです。

   

※ 私の方のチャーシュー塩です。

 続いて麺に移った。うーん、麺はストレート麺だったがスープほどの感激は残念ながらななかった。その点について麺通の方々がいろいろと語っているが、私にそれを語る資格はないので面については通過したい。

   

 チャーシューについては、実は私はそれほどチャーシューにはこだわっていない。この日は券売機で「塩」を選んだつもりが押し間違えてしまいチャーシュー麺になってしまった。しかし、そのチャーシューは柔らかく、味付けも適度な塩加減でとても美味しかった。総じてとても満足した一杯だった。

  店には客が途切れることなく、次々と訪れていてさすがに人気店だなぁ、と思わされた。

 なお、店名「けせらせら」とは「なるようになる」というような意味もあるが、調べてみると「物事は勝手にうまい具合に進むもの。だからあれこれと気を揉んでも仕方がない。成り行きに任せてしまうのが良い」との意味があるようである。「成り行きに任せる」なんてとんでもない。いろいろと創意工夫をされ、絶品のスープづくりをしていることが伺わせらたお店だった。また機会 があれば訪れてみたい。

   

【麺や けせらせら 概要】

札幌市北区太平7条5丁目2-5

電  話   011-771-5246 

営業時間   〈金~火〉

       11:30~15:00

       17:30~20:00(スープがなくなり次第閉店)

       〈水〉

       11:30~15:00(スープがなくなり次第閉店)

定休日    木曜・第三水曜日

座席数    14席(カウンター6席、小上がり4×2席)

駐車場    有(店前 4台)

入店日   ‘22/01/25


まずは安堵、しかし次が…、WCアジア最終予選

2022-01-28 16:35:30 | スポーツ & スポーツ観戦

 昨夜の対中国戦、森保ジャパンは2対0とまずまずの結果を残し、まずはホッと安堵したというのが本心である。しかし、2月1日に行われる次戦の対サウジアラビア戦を考えると不安が頭をもたげてくる…。

     

※ 昨夜の対中国戦における日本のスターティングイレブンです。

 昨日の対戦が終わってから丸一日が経とうとしている。すでに様々な方々の戦評が公表されている中で、素人の私が述べることはないのだが…。ただ、私としてはWCアジア最終予選をこれまでずーっと追い続けてきたので、今回もまた私なりの観方を綴っておきたいと考えた。

   

※ 試合開始前の円陣を組む際、コイントスで遅れたゲームキャプテンの遠藤選手を待つイレブンです。

 昨日の対中国戦はスコアが示すとおり、あらゆる面で日本が中国を上回っていた、と見ることができると思う。ボールポゼッション率61%、シュート16本。対する中国のシュートはわずか2本、それも枠外である。ただシュート16本も放っていながら得点が2点とはちょっと寂しすぎる気もするのだが…。

 日本の得点2点に絡んだのは、いずれも今を時めくスピードスターのRW伊東純也選手だった。1点目は前半14分に彼のスピードが生き、ゴールライン際のボールに追いつきセンタリングしたとき相手DFのハンドを誘いPKを得た。PKそのものは大迫選手に譲ったものの、実質は彼が得たものだった。

   

※ ヒーローインタビューを受ける殊勲の伊藤純也選手です。

 2点目は試合の膠着状態が続いた後半16分、途中出場の中山選手のクロスに合わせて飛び込み、ヘッドで見事に2点目をゲットした。伊東選手以外にもチャンスは何度かあったのだが、いずれも決めきれることができなかった。

 日本のボールポゼッションが上回ったのは、中盤の遠藤、守田、田中碧の各選手が機能していたからだと見た。三人がテレビの画面上に良く顔を出していたことがそのことを良く物語っていた。

 心配された故障の吉田、富安に代わってSBに入った谷口、板倉の両選手の評価はお預けといったところか?中国がほとんど攻める形を作れない中での評価は難しい。次戦対サウジアラビア戦でどれだけ相手の攻撃を抑えることができるか、が問われるところだ。

 さて、その次戦であるが2月1日、同じ埼玉スタジアムに予選グループBでトップを快走するサウジアラビア戦である。これまで7戦して6勝1分けと負けなしと快走を続けている。対する日本はこれまで5勝2敗で第2位につけている。日本は対サウジアラビアに対して第1戦を適地で戦い、0対1で敗れている。その戦いを私のブログで振り返ってみたが、中国よりはるかに力が上だということが分かる。おそらくゴールのチャンスは限られるだろう。そのチャンスを決めきれるかどうか?反対にピンチの数も増えてくるに違いないが、そこで代役谷口、板倉がどれだけ凌ぎ切れるか、といった戦いになるように思われる。

 そのチャンスにおいてSFの大迫選手に期待がかかるのだが、残念ながら彼には往年の迫力がなくなってきたように思われる。昨夜の試合でも残念なシーンが見られた。同様にSBの長友選手の衰えも隠せないように見えた。ベテラン陣の安定さと、若手の勢いを天秤にかけ、ここらあたりの布陣を森保監督がどう配置するかも大きな見どころである。

   

※ 日本チームを率いる森保一監督です。

 いずれにしても藁にすがってでも勝利し勝ち点3を得たいところだ。最悪でも引き分けで勝ち点1は上積みしたい。というのも現在3位のオーストラリアが勝ち点1差で肉薄しており、得失点差では日本よりはるか上を行く。(得失点差 日本+4に対し、オーストラリア+9)そのオーストラリアと3月24日に適地オーストラリアでの戦いが待っているからだ。オーストラリア戦の前に勝ち点を上積みして心理的に優位な形でオーストラリア戦の望みたいものである。

   

※ 昨夜の第7戦を終えてのグループBの順位表です。オーストラリアの得点力が光ります。

 2月1日(火)夜7時固唾を飲みながら対サウジアラビア戦のキックオフを待ちたいと思っている。


懐かしのスキー in 札幌国際スキー場

2022-01-27 18:47:02 | スポーツ & スポーツ観戦

 遠い記憶を呼び起こすと、おそらく10数年ぶりではないだろうか?自宅から車で走ること約1時間20分。定山渓の山懐深くに展開する札幌国際スキー場で爽快な滑りを楽しんだ。しかし、同時に自らの身体の衰えも自覚させられた…。

   

 本日は木曜日。実は札幌国際スキー場はシーズン中の木曜日を「シニアデー」と称して、65歳以上のグランドシニアを1,600円で一日券を提供してくれている。「この日を利用していつかは」と思っていたのだが、今日は特に予定がなかったので行ってみることにした。

 「きっと今日はシニアの方々がゲレンデで目立つのではないか?」などと思いながら車を走らせた。自宅からスキー場まで約45km、雪道を走り1時間20分かかって国際スキー場に着いた。駐車場に着いて大型バスがずらーっと並んでいたのが意外だった。コロナ禍の中、本州の高校などが修学旅行に来ているはずもないのに…。

   

※ 札幌国際スキー場の事務所、売店、レストランなどが入るスキーセンターです。

 グランドシニア券を購入してゲレンデに出てみて、バスの謎が解けた。バスの乗客は地元札幌の中高生たちのスキー授業のためのバスだったのだ。よく見ると、それぞれの学校のゼッケンを付けた生徒や子どもたちがすごく目立った。私が目にしただけで中高生だけではなく小学生もいて、おそらく10数校がスキー授業をしていたようだ。それほど子どもたち姿が多いので、お年寄りの姿は目立たなかった。

   

   

 私はまず4人乗りのクワッド(リフト)乗り場に向かった。予想に反して乗り場には多くの人が列になってリフトを待った。後で分かったことだが、このクワッドのあるコースは初級者用の斜面で、スキー授業には好都合な斜面のために多くの生徒たちがリフト待ちをしていたせいだった。

   

   

 2本目から私はもっぱら8人乗りのスカイキャビン(ゴンドラ)を利用した。スカイキャビンは麓のスキーセンターから一気に山頂まで2,000mを長さで通じていて、山頂からは初級、中級、上級といろいろなコースを選んで滑ることができる。今の私の体力、技術では上級コースはお呼びでない。中級コースを主として滑ったが、コンディションは粉雪(パウダースノー)の上、コース幅が広いため気持ち良く滑ることができた。ところが!

   

   

※ スカイキャビンからゲレンデの様子を写しましたが、ご覧のようにゲレンデはスキーヤーで埋まっていました。

 ロングコースを気持ち良く、ほとんどノンストップで2本ほど滑り降りた時だった。スカイキャビンに乗った私はなんと肩で息をしているのに気付いた。たった2本滑っただけで身体が悲鳴をあげていたのだ。情けないが仕方がない。これが今の私の現状なのだ。私はスタートが遅かったので、他のスキー客が昼食を摂る時間帯はスキーを続けて、その後に昼食を、と考えていた。しかし、その後1本滑ったところが限界だった。

   

 昼食で息を吹き返した私は、午後できれば7本滑って全体で10本滑ることができればと考えていた。しかし、それは叶わぬ願いだった。午後も3本滑ったところで限界だった。大腿部に疲れが溜まり、スキーの抑えが効かなくなっていた。無理をして怪我などしたら笑いものである。潔くスキーを外した。

 木曜日以外はグランドシニア(65歳以上)の一日券は3,100円だという。(一般は4,600円)今の私には木曜日以外は高額過ぎる。チャンスがあれば、もう一度くらい木曜日に来てもいいかな?と思っているが、はたして???

今夜はWC最終予選 対中国戦だ!

 今夜はWC最終予選の対中国戦が埼玉スタジアムで行われる。予選突破のためには勝利が必須である。日本の守備の柱である吉田、富安の二枚看板が怪我で欠場なのが気にかかるが、それを乗り越えなんとか勝利をもぎ取ってほしい。そして明日のブログで歓喜(安堵)の投稿をどうしてもしたい。間もなくキックオフである。


スプリング・エフェメラルな花たち

2022-01-26 15:27:59 | 環境 & 自然 & 観察会

 戸外はまだまだ雪深い中、温かな温室ではスプリング・エフェメラルと呼ばれる花たちが咲き誇っていた。ユキワリソウ、フクジュソウ、セツブンソウ…と。ただ、ユキワリソウが道内で自生していないとはちょっとガッカリ…。

   

※ 「百合が原緑のセンター」のエントランスです。左側に見えるので大温室です。

 昨日25日、「百合が原緑のセンター」において、「福寿草と雪割草 ~春を告げる雪国の妖精たち~」と題する展示会が開催されていると知って妻を誘って観賞に出かけてみた。

 緑のセンターの温室は大・中・小と三つの温室からなっているが、展示会は最も室温を高く設定している小温室で開催されていた。

 入ってすぐ目に付いたのはたくさんの鉢に植えられていた黄色い花を付けた「フクジュソウ(福寿草)」だった。フクジュソウは北海道の野山で春一番に花を付けることで良く知られている。私も春先に野山を散策するときは、フクジュソウの黄色い花を目にして春の訪れを感じている。

   

   

 続いて目に入ったのは、来室するまで予想していなかった「セツブンソウ(節分草)」である。白色の可憐な花びらが印象的な花である。栃木以西の高山に咲く花で残念ながら北海道では自生していないようである。この花はその名のとおり節分の頃に開花する花だという。ということは栃木以西では間もなく開花の時期を迎えるということだろう。

   

   

 私が展示会で最も期待していたのは「ユキワリソウ(雪割草)」である。その名から、雪がまだ残っているうちに、その雪をかき分けて花が顔を覗かせてくれるようなイメージがある。そのユキワリソウは温室の最も奥まったところに十数個の鉢に植えられて展示されていた。鉢毎に異なった色合いの小さな花びらを付けていた。調べてみると、ユキワリソウには多くの品種があるようである。品種ごとに花びらの色合いが異なっているようだ。

   

   

   

 残念ながらこのユキワリソウも北海道の山野には自生していないとのことで、北海道の人が楽しむには鉢植えで栽培するしかない。なお、展示会の協力者として「国際雪割草協会」という名があった。いろいろな協会、団体があるものである。

 スプリング・エフェメラル…、直訳すると「春の短い命」となるようだが、そこから「春の妖精」と称されるようになったようだ。北海道にスプリング・エフェメラルと呼ばれる花たちが顔を覗かせるのは、まだまだ先のことである。今年もまた「春の妖精」たちと出会うために野山を散策できるように体調を整えたいと思っている。

 今回は小温室で開催されていた「福寿草と雪割草 ~春を告げる雪国の妖精たち~」のみのレポだが、もちろん大温室、中温室も覗かせてもらった。特に大温室には大小の花木が植えられていてツバキなどいろいろな花が温室内を彩っていた。そうした中で、入口に「皇帝ダリアが開花中です」との告知があったので「いったいどんな花?」と興味があったので探したところなかなか見つからない。諦めかけたとき、頭上に目をやると、なんと地上3~4mのところに大きな薄紫色の花びらを見つけた。さすが皇帝!他のダリアとはまったく高さの違ったところで開花していた。

   

   

以上、「百合が原緑のセンター」のレポートでした。

新型コロナワクチン追加接種(3回目接種)をしました!

 本日午前、コロナワクチンの3回目接種をしてきた。

 昨日通知書が届き、1・2回目同様集団接種会場で接種をしようと思ったのだが、集団接種会場ではモデルナワクチンの接種しかできないということだった。私はこれまでと同じようにファイザーを接種したいと考えていたので、案内書から近くの個人病院に問い合わせたところ、「本日午前に接種可能」との連絡をいただいたので、早速予約し、本日午前に接種を済ませた。

 個人病院とあって、集団接種会場のようなモノモノしさはなく、思っていたよりはるかにスムーズに接種を終えることができた。ワクチン接種が万能ではないらしいことが報道されているが、まずは一安心。しかし、これからも十分にコロナには気を付けながら暮らさねばと心を新たにした。


スノーシュー in 旭山記念公園

2022-01-25 16:44:27 | スノーシュートレック & スノーハイク

 旭山記念公園は札幌市の中心部に近いながら野趣に富んだ公園である。昨日、空に晴れ間が見えたので急いで公園に向かい、束の間のスノーシューイングを楽しんだ。

   

 旭山記念公園は我が家から車で10分も走れば着くことができ、それでいて一部整備されたところを除けば鬱蒼とした森林が広がっている公園である。過日(1月15日)の「自然観察会」で改めてその魅力に触れ、再訪するチャンスをうかがっていた。

 昨日、正午ころになって青空が顔を出したので “チャンス!” と思い、急いで駆け付けた。   

 駐車場は公園の中心部付近にあり、公園内を巡るには好位置にある。前日に雪が降っていたのだが、さすがに都心に近い公園である。主たるところは踏み固められ、スノーシューがいらないくらいだった。それでもちょっと脇道にそれるとスノーシューなしでは前へ進めないため、私はスノーシューを装着して公園内に入った。

   

※ 第一駐車場からすぐに公園内に入っていくことができます。右の建物は「レストハウス」で冬季休業中でした。

 まずは公園の北方向に進んだ。公園の施設としては最も北に位置する「展望デッキ」に向かった。途中、さくらの木の枝が肩先に触れた。その枝先を見て見ると、まだまだ固くて小さな蕾状のものを確認することができた。まだまだ春は遠い先であることを実感した。

   

※ サクラの花の蕾はまだまだ小さく固いままでした。

 展望デッキに着くと、そこからは眼下に札幌の中心部が展望でき、公園が中心街と近接していることを再確認した。

   

※ 公園の北端近くに位置する「展望デッキ」です。

   

※ 展望デッキからは札幌市の中心部が目の前に広がっていました。

 展望デッキの近くには寺田京子(札幌出身の俳人)の句碑があったが、ほとんどは雪に埋まっていた。公園内にはもうもう一つ宮田益子(新潟市生まれで道内で活躍した歌人)の歌碑があるということなのだが、探しても見つからなかった。あるいは雪に埋もれているのかもしれない。

   

※ 雪を被っていた寺田京子の句碑です。

 展望デッキから公園の北辺を境界線沿いに進んだ。スノーシューは30cmくらい埋まるふかふか雪だったが、心地良いスノーシューイングだった。その境界線沿いの外側に大きな建物が見えた。介護付き有料老人ホーム「アイムス旭山公園」と思われる。深い緑に囲まれた静かな雰囲気に包まれた老人ホームである。入居者にはこの環境がどう映っているのだろうか?

   

※ 公園との境に近接する「アイムス旭山公園」の建物が木の陰を通して指呼の間に見えました。

 面白い光景に出会った。公園は柵で囲まれ、外部と行き来できないようになっている。ところが今年は雪が多いこともあって、柵の上部が顔を出すくらいになっていた。すると、キタキツネと思われる足跡が柵など無いかのように真っすぐに横切っている足跡があった。動物たちにとっては「柵などは人間さまのご都合で作ったものだろう」とでも言うかのように自由に行き来しているようだ。

   

※ 野生の狐にとって柵も何のその、堂々と行き来しています。

  公園の中央部付近まで戻ると、谷間を跨ぐように吊り橋が架かっている。その吊り橋を渡って公園の奥部に踏み入った。通称「森の散策路」といわれる森林地帯である。「巨木の森」、「楓の谷」「クリの木デッキ」などを通過し、最後に公園では最も高い位置(標高137m)にある「展望広場」から再び札幌市街地を見下ろし、この日のスノーシューを終えることにした。

   

※ 公園内の谷を跨ぐ吊り橋です。

   

※ 「巨木の森」にはたくさんの巨木が…。目の前に見えるのはミズナラの巨木?

   

※ 「展望広場」の頂点に立つ建物です。

   

※ その展望広場から札幌市街を見下ろします。手前は段状テラスとその向こうには夏は噴水が上がっています。

 次回、チャンスがあれば今回未踏となったところ、さらには先日の「自然観察会」で教えていただいた旭山記念公園に隣接する「旭山都市環境林」の方にも足を延ばしてみたいと思っている。  


北海道は “脱炭素” の先進地になり得るのか?

2022-01-24 16:59:23 | 講演・講義・フォーラム等

 昨日の投稿で駐日デンマーク大使館のエネルギー担当官である高橋叶氏より、北海道とデンマークは地理的条件が酷似しており、再生エネルギーを生産できるポテンシャル(潜在能力)を秘めていると指摘されたが、果たして北海道は “脱炭素” の先進地になり得るのか?次の講演を聴きながら考察してみた。

   

 1月21日(金)午後、(公財)北海道国際交流・協力総合センター(HIECC)が主催する北方圏講座「北欧に学ぶ環境にやさしい地域づくり~北海道の脱炭素社会の姿を考える~」のオンライン講座の2本目の講演は北海道環境財団の事務局次長である久保田学氏「北海道における脱炭素と持続可能な地域づくり」と題して講演された。

 久保田氏はまず北海道の地域特性を下図のようにまとめて提示された。

   

 そして北海道の強みを活用し、弱み・懸案を克服した上で「脱炭素の先進地となり得る可能性がある」とされた。

 しかし、実態はどうであるか?続いて久保田氏が示したのは、北海道は寒いために光熱費がかかり、そのエネルギー代金として約4,000億円が道外に流失していると指摘した。また、過疎化の進展によって公共交通が衰退し、最も CO2の排出量が少ない鉄道の撤退が続いている点も指摘した。

 一方で、北海道の再エネ生産のポテンシャルは風力発電を中心として道内エネルギー需要の16倍以上の潜在量があるという。(NPO環境エネルギー政策研究所の白書より)ところが現状を平成29年度の統計で見ると、北海道の全エネルギーの88%はガス発電を含んだ化石燃料の発電によって賄われている。水力を含めた再エネでの発電はわずか12%なのである。再エネを推進する側からみると道まだまだ遠しの感である。

        

※ 講師の北海道環境財団の大久保学氏です。

 ただ、手をこまねいているばかりではない。道内各地ではさまざまな取り組みが見られている。道内を車で走るとずいぶん風車のある風景が増えてきた。昨年道南地方を巡った時には特に檜山地方でその数が顕著だった。また最近では鹿追町のバイオマス発電が注目されている。さらには、発電ではなく雪氷冷熱の利用も北海道各地で試みられている。

 しかし、と久保田氏は躊躇する。例えば釧路地方で大規模な太陽光発電、あるいはバイオマス発電に取り組んでいる例だが、両者ともに本州資本の発電だという。つまり発電した利潤が本州へ流出しているという事実があるという。さらにはバイオマス発電において海外から燃焼資源を輸入している現実もあるという。あるいは、風力発電の拡大は猛禽類などの被害の増大という問題もあると指摘する。

 久保田氏の立場は、省エネ発電を推進する側ではなく、あくまで省エネ発電に対する功罪を研究する立場なのであろう。いろいろな立場、思惑が渦巻く現況にある日本、そして北海道であることは理解できた。しかし、世界の趨勢は “脱炭素” であることにもはや議論の余地はないと思われる。問題は功罪をいかに調整し、世論を形成していくか?ではないだろうか。その役割を担うのは???

   

※ 再エネを推進する側は、"脱炭素"の先進地・北海道の図を描くのだが…。

 現況では再エネのエースは “風力” と目されている。その “風力” において国内で最もポテンシャルが高いと目される北海道が “脱炭素” の先進地として脚光を浴びる日が近いことを道民の一人として望みたいと思っているのだが…。                 


デンマークは北海道のお手本?

2022-01-23 19:10:43 | 講演・講義・フォーラム等

 ヨーロッパの小国デンマークは省エネ大国として知られている。そのデンマークの地政学的な現状は北海道と酷似しているという。そのデンマークの取組みを北海道は見習うべきでは?との趣旨のオンライン講座を受講した。

 1月21日(金)午後、(公財)北海道国際交流・協力総合センター(HIECC)が主催する北方圏講座「北欧に学ぶ環境にやさしい地域づくり~北海道の脱炭素社会の姿を考える~」のオンライン講座を受講した。

 講座は2本の講座と、その後のディスカッションで構成されていた。講座自体はそれぞれ短いもの(1講座30分)ものだったが、2講座共に分厚い資料と共に、内容の濃い講座だったので2日に分けてレポートすることにしたい。

 そこで本日は駐日デンマーク王国大使館でエネルギー担当官を務める高橋叶氏による「再生エネルギー100%を目ざすデンマークの挑戦と北海道への適用可能性」と題する講演内容についてレポすることにする。

  

        

※ 東京のデンマーク大使館から講演する高橋叶氏です。

 最初に高橋氏の立場であるが、高橋氏はデンマーク大使館に所属する大使館員であり、エネルギーに関するお仕事をされているところに注目したい。この高橋氏の立場がデンマークのエネルギー政策に大きく関わっていることを講演の中からうかがうことができた。

 高橋氏はまずデンマークの政治・ビジネス・環境・エネルギーの分野で国際ランキングの上位に位置していることに触れた。それによると、国民の幸福度第3位、汚職指数第1位、ビジネス環境改善指数第4位、デジタル政府第1位、環境パフォーマンス指数第1位、最も優れたエネルギーシステムランキング第3位、SDGs達成度第3位、再エネシェア第7位、と軒並み国際水準の上位にランキングされていることを紹介された。

そして北海道とデンマークの酷似点について紹介されたが、その点は下図のとおりである。

   

 そして再生エネルギーに関するデンマークの実績とこれからの目標について、次のように提示された。生産電力に占める風力の割合が現在で50%。2030年までのCO2の排出削減量を1990年比で70%まで削減する。電力の安定供給は現在で99.996%であること。さらに2030年には再エネ電力のシェアを100%とし、2050年には化石燃料からの100%撤退すると目標を掲げているとのことである。高橋氏が提供した資料によるともちろん原子力は2010年代から0%である。

 デンマークと比べ、我が国は昨年菅元首相が2050年までに「カーボンニュートラルを実現する」と高々に宣言した。しかし、これはデンマークが掲げる再エネ電力シェアを100%を目ざすこととは意味合いが違うことを押さえておきたい。

 さて、こうしたデンマークの取組みが功を奏したとして、全世界に与える影響力は人口にして0.07%、世界のCO2排出量に対してわずか0.1%しか寄与しないとのことだ。つまりその影響力は非常に小さい。そこでデンマークが取っている戦略が気候政策に関して世界各国とコラボレーションしていこうとする取り組みである。現在世界19か国(中国・インド・米国・日本など)と合意ができているとのことだ。そして各国において高橋氏のようなエネルギー担当官がデンマークの思想、取り組みを積極的にPRしているということのようだ。高橋氏によると、コラボした国々が合わさることによって世界人口の50%、世界のCO2排出の60%を占めることに繋がっていくという。遠大な計画であるが、小さな国の大きな狙いが見えてくる。

 話が大きくなってしまったが、デンマークが再エネ電力の主力に据えているのが風力発電である。デンマークという国は主として二つの島(一つは半島)から成っていて、周りは海に囲まれている。ここに大規模な洋上風力発電設備を整え、そこから産み出す電力を効率良く集配するシステム(この点については省略する)を構築し、ヨーロッパ各国とも電力の需給調整することを目ざしているという。その他、寒冷地ゆえの地域熱供給システム、バイオマス発電の活用などを総合的に組み合わせ2050年には化石燃料からの完全撤退を目ざすということである。

 こうしたデンマークの取組みと北海道との関連性であるが、高橋氏は広大な土地、そして海に囲まれた地域性からやはり「風力発電」に着目すべきではないか、と示唆された。その他、北海道がデンマークの実践から学ぶべき点について、高橋氏は下図のようにまとめられた。

   

 お話を伺っていて、デンマーク国民のこの問題(地球温暖化)に対する国民の意識の高さを感じざるを得ない。自国の取組みが世界に与える影響力が例え小さくとも、そうした国の政策を国民が積極的に支持していることが伝わってくるからである。我が国においても徐々にこの問題に対する認識は高まってきていると思えるが、デンマークと比べると道かなり遠し、の感はぬぐえない。

 ここまで綴ってきて、私は唐突にある言葉が浮かんだ。その言葉とは…、                                                                        

               悪い行いをする者が世界を滅ぼすのではない。

    それを見ていながら何もしない君たちが滅ぼすのだ。 

※ 明日もう一つの講演の内容をレポしたい。


先住民族の文化は通底しているところがある!?

2022-01-22 18:36:55 | ステージ & エンターテイメント

 素人の暴論である。本日の午後、「アイヌ文化フェスティバル」の舞台を楽しんできた。「口承文芸」、「アイヌ音楽歌唱」、「古式舞踊」と多様な演目に接して、アイヌ文化の豊かさを感じたのだが、それと同時に感ずるものがあった。

        

 本日午後、(公財)アイヌ民族文化財団が主催する「アイヌ文化フェスティバル」札幌市教育文化会館の大ホールで開催され、入場券を入手できたのでそのステージを観賞してきた。

 プログラムは〈1〉アイヌ文化賞・アイヌ文化奨励賞贈呈式、〈2〉基調講演、〈3〉アイヌ文化公演、となっていた。

   

※ ステージ上の写真撮はNGだったので、以下3枚の写真はプログラムの写真を転写しました。

 〈1〉はコロナ禍とあって表彰式を省略すると主催者から知らせがあり、受賞者がスライドで紹介されただけだった。〈2〉は「アイヌ古式舞踊とその未来」と題してアイヌのユーカラ劇や舞踊などを演出する秋辺日出男氏が講演された。私は氏の講演に期待していたところがあったのだが、氏の話しぶりにどうしても入っていけなかった。そのことについて深くは言及しないでおきたい。

 さて、本日の話題は〈3〉の「アイヌ文化公演」についてである。前述したように、次から次へと繰り出される演目を観賞していて、改めてアイヌ文化の豊かさに気付かされた思いがした。そうした思いで観賞していた時、私の中であるシーンが蘇ってきた。それは 今から10年も前になる。2012年6月、私は妻とアメリカを旅していて、アメリカ映画の西部劇の舞台として有名なモニュメントバレーに立ち寄っていた。

   

 そのモニュメントバレーの奇妙な赤い岩が林立する中を、地元のインディアンの末裔がジープで案内してくれた。その案内の途中で、彼はインディアンに伝わる民謡を披露してくれた。その歌声を聴いていて「あれっ?どこかで聴いたことのあるメロディーに似ているな」と思わされた。どこかにもの悲しさを秘めたそのメロディーを聴いているうちに「あっ!アイヌ民謡に似ている!」と気付いたのだ。遠い昔、アメリカ西部のインディアンと北海道のアイヌが交流していたはずがない。それなのに似たようなメロディーの唄が存在するとは…。

 そしてもう一つ、本日の舞台でアイヌの口琴「ムックリ」の演奏が披露された。口琴というとロシアの先住民族サハ人が思い浮かぶ。サハ人はアイヌの竹製の口琴とは違い、金属製の「ホムス」という口琴である。以前に来札したサハ人が奏でるホムスの演奏を聴いたことがあるが、その響きはムックリによく似ていて驚いたものだ。

   

 こうした共通性に気付いた時に、あながち暴論ではないのではないかと思ったりしたのだが…。そして暴論は妄想を生む。インディアン、サハ人、そしてアイヌといった先住民たちは古来から自然と対してそこから生きる糧を得なければならなかったとした時、彼らは自然に対する畏怖の念を抱いたのではないだろうか?そして自然に対して抗することのできないある種の諦観のような思いがあのようなもの悲しいメロディーを生む源泉となったのではないだろうか、などと妄想してしまったのだ。

 まあ、これはあくまで私の妄想である。笑って読み飛ばしていただきたい。