田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も10年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

田舎おじさん in 沖縄 10 沖縄市

2008-03-31 19:37:02 | 
 今回の旅で三泊し、いわば旅の根拠地になったのが沖縄市(おきなわし)です。
 沖縄市はコザ市と美里村が合併して(昭和47年)誕生したのですが、以前のコザ市という名に愛着を持つ人が多いのか、いまだにコザを名乗る商店や建物も目立ちました。
       
       ※ 沖縄市の市役所庁舎です。

 私たちが宿泊した東京第一ホテル グラン メール リゾートは、沖縄市の中心街からかなり離れたところに建っていました。
 一日の強行日程を終えた後のおじさんには、沖縄市の繁華街まで繰り出す元気は残っておらず、ホテルや近くの居酒屋で夕食を済ましてしまうことになり、ちょっと残念でした。

 沖縄市では東南植物楽園(植物園ではありません。楽園で間違いないのです)の入場クーポンが付いていたので訪れました。
 時間の関係もあり、園内遊覧バスで巡ったのですが、南国らしく小細工はしないで青空の下で全ての南国植物を栽培・展示してあり、見応えのある楽園でした。

 沖縄市のsomethingは、ホテルの部屋にあったホテル名の入ったコースターにしました。ずいぶんチープな記念の品となりました。

沖縄道路事情(猥雑さが魅力の国際通り)
 沖縄の県都那覇市の魅力はなんといっても国際通りのようです。
 私たちのホテルはその国際通りの一方の端付近にあったのですが、別な用件もあって「ゆいレール」に乗ってもう一方の端の牧志駅で下車し、夜のとばりが降りて賑やかになった国際通りを縦断することになりました。

 なるほどそこは沖縄の全てが揃っているように見えました。
 雑貨店、土産物屋、レストランや食堂、CDショップ、ライブハウス等々・・・、そうした中に三越デパートも陣取っていますし、もちろんホテルも顔を出しています。
 通りは老若男女が行き交い、呼び子が通りの客に声をかけ、観光客が物珍しげに右往左往するといった光景です。

 私たちはちょうど中間地点にあった沖縄民謡を聴かせるライブハウス〔島唄〕で食事をしながら沖縄民謡を楽しみ、その後夜少し遅くなった国際通りをホテルまで急いだのでした。

  国際通りとはよく言ったものです。その日は目立ちませんでしたが、休暇などでは米軍の兵士たちも羽を伸ばしに来るところかもしれません。それとも・・・。
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福原選手登場せず…

2008-03-30 20:47:35 | スポーツ & スポーツ観戦
 なんという失態だろう。
 愛ちゃんを見に行って、愛ちゃんの試合を見られないなんて・・・。

 30日(日)道立総合体育センター「きたえ~る」で開催されていた「第21回卓球アジアカップ2008」を観戦に行ったのですが、お目当ての福原選手のプレーを見ることができなかったのです。
       
       ※ 唯一撮った大会会場の写真です。

 実状はこういうことです。
 福原選手は、前日の予選リーグは勝ち抜いたものの、ベスト8で競う決勝トーナメントの一回戦で敗退してしまったのです。
 今日(30日)は7・8位決定戦を戦う予定だったのですが、相手選手が棄権してしまったために戦わずして7位が決定したというわけです。

 結局私は今日の開始時間に少し遅れたこともあり、日本選手の戦いは男子の水谷選手の準決勝を観戦したのみでした。(水谷選手は準決勝で敗退してしまいました)
 その他の準決勝、そして男女の決勝戦を観戦しましたが、いずれも実力どおり中国選手が優勝(男子は馬龍選手、女子は郭躍選手)という結果に終わりました。

 私は大会の見方を間違えていたようです。
 前売券を購入する時、予選リーグよりは決勝トーナメントの方が盛り上がるだろう、と考え30日のチケットを購入し、私自身のスケジュールも調整しました。
 しかし、日本選手は福原選手をはじめ、ほとんどの選手は29日でほとんどの戦いを終えていました。29日だと、福原選手、平野選手、石川選手の試合を少なくともそれぞれ3試合は観戦できたのです。
  観戦しようとする出場選手やチームの力を考えて、大会の見方を考えることの大切さを学んだ思いです。

 ところで大会を観戦した印象ですが、今回の大会のように個人戦の場合は会場内の各所で試合が展開されており、会場内の盛り上がりにはどうしても欠けてしまうようです。
 それぞれが注目している試合が違うためにあちこちでまとまりのない拍手が聞こえてきますが、全体としては静かに観戦しているという感じなのです。いたしかたないこととはいえ、「見るスポーツ」としては辛いところです。
 さすがに決勝戦だけは、一つに集中して観戦することができ、世界の一流のプレーを堪能することができました。
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田舎おじさん in 沖縄 9 名護市

2008-03-29 20:02:03 | 
 名護市(なごし)は5つの町村が合併してできた(1970年)とあって、沖縄本島では最も面積の広い自治体です。
 名護市で驚いたことが二つありました。

 一つは国道331号線を北上していたときでした。国道を跨ぐようにして建っている学校のような建物がありました。「お金をふんだん使った私立大学かな?」と思ったところ、それは国立沖縄工業高等専門学校でした。あまりに立派な施設が国道を跨いで建てられてあって驚かされました。

 もう一つが名護市役所の庁舎です。それは近代的な立派な建物というよりは、堂々として格式があって、そのうえ複雑な構造の建物と表現すべきでしょうか。
 私が巡って歩いた26市町村の中でも最も堂々としたまるでお城のような建物でした。
       
※ 名護市役所です。しかし、この写真は名護市役所の全貌を捉えておりません。市役所の本体は写真の中では木の向こうに見えるところです。市役所全体が写真のような造りの建物でした。     

 名護市ではクーポンを持っていたこともあり、OKINAWAフルーツランド森のガラス館という二つの観光施設を見物しました。
 フルーツランドのバードゾーンでヤンバルクイナを撮影できたことが収穫でした。
       
       ※ おそらくヤンバルクイナだと思うのですが・・・

 名護市のsomethingは森のガラス館で求めた【ガラスの砂】を記念の品としました。


沖縄交通事情(運転マナー編)
 沖縄で運転していて、地域の交通事情が運転者のマナーを醸成する一因をなしているのではという現象を体験しました。
 というのは、沖縄では直進している時に、左側の横から入ろうとする車、道路を横切って右折しようとする車があると、できるだけその車に道を譲ろうとする傾向がありました。
 横から入ろうとするする車、右折しようとする車もそれを当然として割り込もうとします。
 北海道人の私からすると、直進車優先が身に付いていますから「ちょっと待ってくれよ」と言いたいところなのですが、どうやら沖縄の道路事情がそうした傾向を醸成しているようなのです。

 それは偏に沖縄の道路の狭さと混雑する道路事情にあるようです。
 混雑する道路事情の中で遠慮していると、いつまでも横から割り込む隙がありません。
 一方、狭い横道で車が立ち往生してしまうと、後ろの車が前の車を避けていくほどの道の幅がありません。混雑する道路事情はさらに悪化することになります。
 どうやらそうした状態を避けるために自然発生的(?)に生まれた沖縄の運転マナーなのかもしれません。

 そうした事情が飲み込めた私は、後半になってから直進の場合でも努めて横からの車に道を譲るように心がけたのは当然でした。

  沖縄のドライバーは乱暴との評判も聞きましたが、私の経験では上記のようにお互いに道を譲り合うし、国道においても北海道のドライバーほどスピードを出しているようにも見えませんでした。
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極上の試合の目撃者に!

2008-03-28 17:36:20 | スポーツ & スポーツ観戦
 何ということだ!
 コンササポを自認している私の今シーズンの初観戦がプロ野球観戦とは(ウムムムム…)


 しかし、しかし、しかしである。今シーズンの中でも五指に入るであろう素晴らしい試合を目撃することができたのだ!

 実は新聞販売店の観戦募集で3月27日のペアチケットを入手できたために観戦することになりました。
       
     ※ 平日にもかかわらず25,000人を呑みこんだ札幌ドームです。

 その27日の試合が幸運なことに、今や日本球界を代表するダルビッシュ(日ハム)と涌井(西武)の投げ合いとなったからたまらなかった。
 両雄相譲らずとは昨日のような投げ合いを指すのだろう。

 やや調子を落としていたかに見えたダルビッシュは、それでも相手を力でねじ伏せるピッチングを見せ、対する涌井はキレのあるボールで日ハム打線を寄せ付けません。
 二人の力投は双方のチームに〇を献上しながら9回を終えてしまった。
       
       ※ 力投するダルビッシュ投手です。

 ここでダルビッシュはベンチの指示でマウンドを武田(久)に譲ったが、涌井は投げ続けた。
 その延長10回、涌井はわずかな疲れが見えたのか、四球、暴投などでピンチを招き、最後は代打高橋(信)の一振りで日ハムの劇的勝利となった。

 日ハムファンにとっては、これ以上はないという勝ち方にドームは湧きに湧き、
劇的な勝利に酔いしれた。
 ヒーローインタビューでダルビッシュは、「妻が(出産で)頑張っている姿を見て、自分も頑張った」、「これから家族三人で力を合わせて、ファンを喜ばせるピッチングをしたい」などと真摯な受け答えをしていた。私が描いていたイメージとは違った誠実な青年に見えた。
       
       ※ インタビューに答えるダルビッシュ投手です。

  極上のゲームに巡り合えたことを素直に喜びたいと思います。

 さあ、4月2日は私にとってのコンサ初戦です。混迷が続き、調子の落としている川崎をぜひとも叩いてもらいたいものです。
 お―――っと、その前に愛ちゃんだ-!
 30日に「きたえ~る」に卓球の福原愛選手が登場するのです。
 これも楽しみです。
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田舎おじさん in 沖縄 8 本部町

2008-03-27 16:21:10 | 
 今帰仁村と共に本部半島に位置するのが本部町(もとぶちょう)です。
 この本部半島の突端に沖縄海洋博の会場となった海洋博記念公園があります。
 その記念公園の中核施設として、沖縄観光の目玉ともなっている美ら海水族館があります。(美ら海水族館については後日レポートします)
 海洋博記念公園の規模は広大で、ここでゆっくり楽しむとしたら少なくても一日くらいは必要です。私たちは残念ながら美ら海水族館を見物しただけでした。

 本部町は海洋博公園以外はこれといった産業もなく活気もあまり感じられませんでした。
 発展している南部から遠く、しかも起伏の多い土地では産業が興るには難しいのかもしれません。
       
       ※ 本部町の役場庁舎です。

 本部町のsomethingは、美ら海水族館の売店で求めた【写真入りのファイル】としました。水族館の呼び物ジンベイザメやマンタ(オニイトマキエイ)が印刷されているものです。

沖縄交通事情(目立つ小さな車)
 前回のレポートで、沖縄の街中の道路が狭いこと、入り組んでいることを紹介しました。(もちろん全てがそうではないことは沖縄の名誉のために注釈しておきます)
 そのせいでしょうか、沖縄の道路を走っていて、軽自動車や排気量の小さな車が目立ちました。
 雪も降らず、道が狭いとなれば、当然の選択かも知れません。
 
 私たちレンタカー族が使用する車も1,300CCクラスの小排気量の車が主でした。
 観光地の駐車場には同じような車がずらりと並んでいました。
       
       ※ 駐車場にずらりと並んだ小排気量の車です。

 沖縄の街中の狭い込み入った道路には、小排気量の車がよく似合います。
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田舎おじさん in 沖縄 7 今帰仁村

2008-03-26 19:27:22 | 
 今帰仁村(なきじんそん)という地名は、難しい沖縄の地名の中でも南風原町(はえばるちょう)と双璧をなす難しい呼び方ではないかと思います。
 その今帰仁村は沖縄本島の中で一個所だけ東シナ海に飛び出たような形の本部半島に位置しています。

 今帰仁の街は海岸線から少し内陸に入った起伏に富んだところに開けていました。
 失礼ながら街の様子からはけっして豊かでない様子がうかがえました。
 役場庁舎を訪れた後、今帰仁村のsomethingを求めて、道の駅まがいの「今帰仁の道」というところに行き、【琉球染のコースター】を求めました。
       
       ※ 今帰仁村役場庁舎です。


沖縄道路事情(街中道路編)
 比較的整備された国道に比べて、街中の道路を走るのはなかなか大変で神経も使いました。
 沖縄は南北に細長いためでしょうか、平地が少なく、起伏に富んだ地形が多いようです。
 そうしたところにたくさんの人が住んでいますから、当然のように道路もそこに造られます。坂道が多く、細く曲がりくねった道路が縦横に走っているといった感じです。

 沖縄で宿泊したホテルは、沖縄市でも大規模なホテルの一つだったのですが、そのホテルに至る道も曲がりくねった細い道路を登ったところにありました。
 また、那覇市内でも、とある喫茶店に入ってお茶を飲んでいると、店の前を小さな車同士がようやくすれ違うほど細い道路を車が行き交っていました。
 事情はどこも同じで、役場庁舎などが街中の込み入ったところに建てられている場合は、細い道路を注意して走らねばなりませんでした。
       
     ※ 那覇市内の街中の道路です。この道を双方から車が行き交います。

 広い道路を走り慣れている北海道人が沖縄の街中を車で走るには、細心の注意と細やかな神経を要求されます。
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田舎おじさん in 沖縄 6 大宜味村

2008-03-25 23:48:29 | 
 国頭村の直ぐ南側に位置するのが大宜味村(おおぎみそん)です。
       
       ※ 写真は大宜味村の役場庁舎です。

 この国頭村、大宜味村、そして次の今帰仁村に向かう国道58号線は、東シナ海沿岸直ぐ近くを走っており、エメラルドグリーンに輝く海を見ながらの快適なドライブを楽しめました。

 これまで通ってきた東村、国頭村、大宜味村は、人口密度の高い沖縄本島においては、比較的人口密度の低い過疎地帯といえるかもしれません。
 これといった産業もないように感じられ、これからの開発が待たれる地域なのでしょう。

 大宜味村のsomethingを求めて道の駅「おおぎみ」に立ち寄りましたが、これといったものが見つかりませんでした。そこで、目の前の砂浜に降りてやや褐色がかった東シナ海の白砂】を大宜味村の記念の品としました。(別の所で大宜味村特産の芭蕉布をあしらったストラップ】を買い求めました)

沖縄道路事情(国道編)
 沖縄に鉄道がないことはよく知られています。(平成15年に那覇市内に「ゆいレールというモノレールが開通していますが…)
 実は戦前には軽便鉄道や路面電車が敷設されていたそうですが、第二次大戦の爆撃などで破壊され、戦後は進駐してきた米軍が道路整備を優先したことで鉄道が復活することはなかったようです。

 沖縄を走っていて、国道と街中の道路の格差を非常に感じました。
 国道、特に東シナ海沿い、太平洋沿いを走る二つの国道(国道5号線、329号線)はほとんどが二車線となっていて、快適なドライブをすることができました。それは沖縄の道路が軍用を兼ねて造成されてきたという事情にもよるようです。
       
       ※ 写真ははっきりしませんが、国道の二車線を写したものです。


 しかし、街中に入ると道路の様相は一変します。(その辺りのことについては後日レポートします)

 さらに沖縄ではその二つの国道に挟まれるようにして沖縄高速道が中央を走っています。
 つまり、沖縄では本島の南北を3本の道路が貫いているような形です。(南北といっても正確には北部の辺境にまでは至っていませんが・・・)

  米軍基地内に国道と並行して走るりっばな道路があるのには驚いたり、首を傾げたり・・・
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吉村作治エジプト展

2008-03-24 23:12:00 | 札幌(圏)探訪
 沖縄のことをけっして忘れているわけではありません。
 レポートすべき順序を考えた結果、一時沖縄レポートを休み、最近のことをレポートすることにしました。


 「いつでも行ける」と前売券を持っていながら悠長に構えていた「吉村作治の早大エジプト発掘40年展」ですが、気がついたら会期末が迫っていました。
 というのも、津波のように押し寄せる(けっしてオーバーな表現じゃありません)観覧者の人の波に恐れをなし、なかなか足を運べないでいたのです。
 一度などは美術館まで行きながら、その人の多さに引き返してしまったくらいだったのです。

 札幌の春山ハイキングでほとんど疲れを感じなかったものですから、その日の夕方ようやく観覧に出向きました。
 午後4時近くにもかかわらず、館内は人で混雑していました。
 とてもゆっくり、静かに観賞するという雰囲気ではありません。
 人の波がなかなか動かないのにしびれを切らし、私は人の背中越しに見て歩くことにしました。

 PRの上手な吉村教授ですから(失礼な言い方をお許しください)それほど期待していたわけではなかったのですが、いい意味で期待を裏切ってくれました。
 セヌウのミイラマスクや木棺、ファイナンス製の首飾り、あるいはライオン女神像など、見応えのある発掘品が数多く並べられ、吉村氏の業績の素晴らしさを十分に感じ取れる内容でした。
 同時に、発掘に使用した機器の展示や、発掘の際のテントなどを模したところは、吉村教授のサービス精神が表れた点ではなかったのかと思いました。

 毎日押し寄せた観覧者の数はこの一ヶ月強(34日間?)の間にどれくらいの数にのぼったのでしょうか?主催者からの発表が待たれます。
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上村愛子選手出場せず・・・

2008-03-23 18:17:30 | スポーツ & スポーツ観戦
 今季WCスキーモーグル競技で総合優勝を飾った上村愛子選手が出場すると聞いて、札幌ばんけいスキー場で開催されている全日本選手権を観戦に行ってきました。
       
     ※ 男子選手のジャンプを何枚もトライしてようやくモノにした一枚です。

 春はスキー場にも確実に近づいていて、駐車場は泥んこ状態、スキー場の下のほうの雪はかなり腐り始め、スキーシーズンの終わりも間近なようです。
 しかし、スキー場の上部に開設されているモーグルバーンはやや湿っぽい雪ながらまだ大丈夫な状態でした。

 競技は10時30分、女子の部から始まりました。
 上村選手をはじめ、WCを転戦していた選手も出場するとあって、観客の数も先日の宮様国際大会のようなことはなくたくさんの人たちが観戦に訪れていました。
 レベルの高い選手が次々と素晴らしい滑りを披露してくれ、スタート№15の上村選手の登場が待たれました。
 ところが、ところが№13の選手が滑り終えた後、会場アナウンスが「スタート№14、15はキャンセルです」と流れました。
 「え――――っ」という感じで、がっかりです。

 代わってといっては失礼ですが、前日は棄権した里谷多英選手が女子選手の最後の滑走で見事なパフォーマンスを見せてくれました。
 他の選手とは明らかにレベルの違う滑りです。
 見事な復活、というには里谷選手の目は世界を向いているはずですからまだまだなのかもしれませんが、復活の途についたといえる滑りでした。
       
       ※ 滑り終えた後、笑顔を見せる里谷選手です。

 女子の滑りが終わったとき、会場のどこかで観戦していた上村選手が顔を見せてくれました。
 報道によるとWCでの連戦で疲労の極に達していたようで、テレビで見せてくれた輝くような笑顔はなく、やはりどこか寂しそうな表情でした。
       
     ※ コーチらしい男性に挟まれながら顔を見せてくれた上村選手です。

  ばんけいスキー場のモーグルバーンは素晴らしい一枚バーンで、モーグル競技のメッカの一つなのだと思います。来季以降、いつか上村選手の滑りをこの目で見ることができることを期待したいと思います。

大台到達です!ありがとうございます!
 いつも私の拙いブログにお寄りいただきありがとうございます。
 実は先週一週間のアクセス数(訪問者数)が731回(人)を数え、一日平均のアクセス数が3ケタを記録しました。 
 これまでも一日だけだと度々3ケタに達することはありましたが、一週間を平均して3ケタに達したのは初めてです。(一日平均では104アクセスになります)
 これも偏にみなさんが私のブログにアクセスしていただいた結果です。
 これからも札幌を歩き回り、私なりの感想や思いを書き綴っていきたいと思っています。
 これからもどうぞよろしくお願いします。       
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札幌の春山を歩く

2008-03-22 18:18:09 | 北海道低山紀行 & Other
 20日(祝)ちょっと冷気を含んだ春風を感じながら札幌の春山をハイクしてきました。
       
       ※ 札幌の春山を行くハイカーたち

 札幌の自然を愛し、自然を護る活動を展開している「カッコウの里を語る会」というグループが「カンジキをはいて歴史の小路を歩こう」という呼びかけに応じて参加してきました。

 コースは、空沼二股(常盤)⇒峠越え⇒藤野北の峰⇒麻生山荘⇒藤野市街という約7キロのコースだと案内には出ていました。
 とはいっても札幌初心者の私にはコースがどこのことなのかさっぱり分かりません。事務局の方の案内に従い、地下鉄で真駒内駅まで行き、そこからバスに乗り空沼二股を目ざしました。

 札幌の南の山懐深くに空沼二股はあり、そこにはたくさんのハイカーが集まっていました。(参加者は48名とのことでした)
 そこで事務局から、コースは木材の集材地の跡であり、開拓農家跡があったところであるとの説明がありました。

 カンジキを長靴に括り付け、まだまだ雪が残る春山に入りました。
 雪はこのところの暖気でやや湿っぽかったのですが、先導者が踏みしめてくれるので歩きやすい雪道でした。
 天候は曇天でしたが、風もなく穏やかで寒さも感じない絶好の春山ハイキングとなりました。

 まだまだ木々は芽をつけず、山の春はいま少し遠くにあるようでしたが、雪が割れて顔を覗かせた小川のほとりにはフキノトウが柔らかな黄緑色の顔を見せてくれていました。
 一つ発見がありました。
 カンジキで歩く春山は、倒木や岩石などを雪が隠してしまい、平坦な道となりとても歩きやすいということを素人は今さらながら発見した思いでした。
 そして参加者のほとんどが中高年ということでペースもゆったりしていて、山歩きといいながら何の苦痛も感じない快適なハイキングでした。
 私は何度も何度も深呼吸を繰り返しました。それほど空気が美味しく感じられたのです。

 昼食時には主催者の心遣いがハイキングをいっそう楽しいものにしてくれました。

       
※ コースの途中にあった麻生太郎氏の山荘です。今は使われていませんが、麻生氏が幼少の頃はよく訪れていたそうです。

 先導者がつき、山のベテランたちに守られての春山ハイキングは、ナビ付きの車の後部座席に座っているような安心感の中でのハイキングでした。

 なんだか病み付きになりそうなくらい、楽しい春山ハイクでした。
 (山の怖さを知らない素人の感想かもしれませんね)
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