田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

札幌景観資産⑳  指定第30号 「旧沼田家倉庫」

2021-12-06 16:07:43 | 札幌景観資産巡り

 これまで見てきた札幌景観資産の倉庫よりは一回り大きな石造り倉庫だった。そもそも「旧沼田家倉庫」は東区のタマネギ栽培が盛んな地域あったことからタマネギを貯蔵する倉庫だったが、現在はカフェとして利用されていた。 

   

※ 正面に目立つ2本の煙突はコーヒー豆の焙煎釜の煙突のようである。

 「舌の根も乾かぬうちに」という言葉があるが、まさに拙ブログの12月3日付で「札幌景観資産の残り3件は来年に取材し、レポする」と投稿しながら、そのことをすぐに反故にして本日「旧沼田家倉庫」を取材してきた。(残り2件は本当に来年に持ち越しである)   

 「旧沼田家倉庫」は札幌の中心地から「三角点通り」(モエレ沼公園通りとも称されている)という通りを北方向に進むと札樽道の手前に特徴のある札幌軟石製の渋い壁の色の建物が左手に存在感たっぷりに建っていた。

   

※ 建物の裏側から写したものです。昼時だったこともあり、駐車場はびっしりでした。

 倉庫が建つ一帯は、かつてタマネギ畑が広がり、この倉庫は界隈で最も大きいもので、近所の農家が収穫したタマネギを預けるほどだったという。札幌軟石製の倉庫が徐々に少なくなる中で、現在は地域の産業の歴史を伝えるランドマーク的存在となっているそうだ。

   

※ 通りの反対側の壁は、いかにも“倉庫"といった感じでした。窓がありません。

 倉庫は現在「豆蔵珈房宮田屋東苗穂店」として利用されているが、内部は二階建てとなっており、ゆったりと客席が配置されていた。また、内部空間が広いことを利用してライブやギャラリースペースとしても利用されているようだ。

   

※ 内部の天井には倉庫時代の明り取りの窓が残されていました。

   

※ 内部の2階席から1階客席を望んだ図です。

 建物の入口の切妻屋根の妻面には「〇沼」印と彫られ外観は石の素材感溢れる風格ある建造物である。

   

※ 切妻屋根の妻面には風格のある「〇沼」印が掘られていました。

 なお「札幌景観資産」には「旧沼田家倉庫」が2件登録されていて紛らわしいが、指定第16号の方は「旧沼田家りんご倉庫」となっておりりんご貯蔵のための倉庫でレンガ製であるのに対して、こちらはタマネギを貯蔵するための札幌軟石製であるところに違いがある。

 両者は同じ「沼田家」が建てたものだが、「旧沼田家倉庫」は沼田薫氏、「旧沼田家りんご倉庫」は沼田太蔵氏が建てたもので、別人だということが判明した。           

旧沼田家倉庫 情報》

◇所在地 札幌市東区東苗穂5条2丁目11-18

◇建設年 1962(昭和37)年

◇構 造 石造

◇指定年 2010(平成22)年7月21日

◇その他 現「豆蔵珈房宮田屋東苗穂店」

      ※ 店舗利用者のみ内部見学可

 電 話 011-787-0707 


札幌景観資産⑲  指定第27号 「旧市民会館前のハルニレ」

2021-12-03 15:37:17 | 札幌景観資産巡り

 さすがにこの時期のハルニレの木は葉を落としていた。しかし、樹齢300年を誇る古木は堂々として札幌の中心地に立ち、札幌の発展を見守ってきたかのように存在感十分に屹立していた。

   

 私の「札幌景観資産」巡りもいよいよゴールが目前に迫ってきた。(残りは本日分も含めて3件である)当初は、葉を落としてしまったハルニレは来年夏になってからレポートしようとも思ったが、一応年内に一応のゴールを見たいと思い、敢えてこの時期にレポートすることにした。と思ったのだが、過日残されていた「旧藻岩第一浄水場」に行ったところ冬期間閉鎖ということ取材できなかった。そこで今回のハルニレも含めて残り3件は来年改めて取材し、レポすることにしたい。

   

 資産名として「旧市民会館前」となっているが、現在地名からいうと「札幌市民ホール前」とした方が適当では?と思われるが札幌市民にとっては「市民会館」というのが長期間にわたって親しまれた名前なのだろう…。

        

 札幌市内には数多く存在するハルニレの中から、ここのハルニレが札幌景観資産に選定された理由は以下のような理由があるという。   

「かつてこの場所は『豊平館』のあった場所で、ここにあるハルニレはその豊平館前の庭園の一角にあった樹木と考えられ、樹齢は約300年といわれている。市内中心部に残る数少ない古木で、市民や観光客に親しまれている景観上重要な樹木であること。さらにはハルニレが札幌の代表的郷土種であり、存在感も十分で、樹容も整っており、地域の歴史性を物語るシンボルとして、優れた都市景観を特徴づける樹木である」

ことが選定理由として挙げられているようである。

   

 私が訪れたのは11月24日と雪景色ではないものの初冬という雰囲気の中、前述したように葉は全て落としていたが、その姿は堂々としたもので、札幌を代表するハルニレに相応しいと思えた。幹回りを見ると、二か所ほど大きな洞が見えたところも古木らしい。そこには小鳥や小動物たちの塒(ねぐら)となられないようにネットが施されていた。

        

 樹木全体に葉を付ける来夏にも再訪してレポしたい思っている。

旧市民会館前のハルニレ 情報》

◇所在地 札幌市中央区大通西1丁目

◇種 類 ハルニレ

◇樹 高 19m 

◇幹 周 3.82m

◇指定年 2009(平成21)年3月31日

◇その他 現「ナカモトホール」前

◇訪問日 2021年11月24日


札幌景観資産⑱  指定第24号 「旧藪商事会社ビル」

2021-11-30 18:29:06 | 札幌景観資産巡り

 札幌市の都心近くにやや古風ではあるが、存在感をたたえたビルが建っている。同じく札幌景観資産に登録されている「岩佐ビル」よりはるかに早い大正年代に建てられたコンクリート造りのビルがいまだ現存しているのは貴重である。

 「旧藪商事ビル」は札幌都心に近いこともあり、これまでも何度も傍を通っていたので簡単に行けると考えていた。ところが今回、ビルを見つけるのに意外に手間取ってしまった。というのも、私はもともとのビルの壁の色の赤茶色のビルを探していたのだが、実際には乳白色の壁に変わっていたのだ。その他は建築時と変わっていないと思われ、窓枠が鉄製のものが使われているなど、往時を偲ばせる造りだった。

   

※ これが現在のビルの壁の色です。

   

※ 以前のビルの壁の色はこのように赤茶色の壁でした。(ウェブ上の写真から拝借)

   

※ ビルを正面から撮ったところです。正面入口上部には現ビル名の「三誠ビル」と書かれています。

   

※ 鉄製の窓枠、その上部の飾り造りなどが時代を感じさせます。

 例によって建物の傍には「札幌景観資産」を表す標柱が立てられているが、そこに書かれている内容とはやや違うが、ウェブ上で見つけた説明では…。

   

※ 「札幌景観資産」を表す標柱です。

 「大正末期にはレンガや軟石を用いた粗積造が終わりを告げ、鉄筋コンクリート造りが揺籃期を迎えた。この建物は札幌で建てられた鉄筋コンクリート造りのオフィスビルで現存する数少ない一つである」

となっていた。この説明の中で「粗積造」というものがどのような建築法なのか調べたが、ネット上では分からなかった。あるいは「組積造」のミスプリではないかとも思われるのだが、「組積造」なら次のような造りである。「建材を積み上げて外壁、内壁といった壁面をつくり、壁によって屋根、天井などの上部構造物を支える造り」ではないかとも思うのだが、はたしてどうなのだろうか?(確かに札幌軟石で造られた倉庫などはこのように構造なのではとも思われるのだが…)

  このビルは「共有部分のみ内部見学可」となっていたのでビルの中を覗かせてもらった。すると正面入り口を入ったところに胸像が置かれていた。胸像の後を確認すると、胸像の主は「三宅助弥」となっていた。あるいはこのビルを建てた方かな?と思い帰宅して調べたところ、このビルを建設したのは「藪惣七」氏と判明した。はたして「三宅助弥」氏はどのような方なのだろうか?

   

※ 正面入口のところにおかれた「三宅助弥」氏の胸像です。

 ビルの内部はやや狭い廊下の両側に入居する会社の事務所のドアが並んでいた。時代を感じさせはするものの、廊下は磨き上げられ清潔感に満ちた感じだった。ビルの特徴的なことの一つに、これも狭いながら三方に階段が設けられていることだった。このことは入居する多くの事務所にいたるために便宜を図るための工夫なのではと思われた。

   

※ ビルの内部です。一階、二階、三階も同様の感じでした。

   

※ ビル内三方に設けられていた階段です。

   

※ 鉄製の窓枠は建設当時からのものなのでしょうか?

 およそ100年を経ようとして、今なお健在のオフィスビルを建てたということは、建設した当時の関係者の先見の明を見る思いである。           

旧藪商事会社ビル 情報》

◇所在地 札幌市中央区南1条西13丁目317-2

◇建設年 大正13(1924)年

◇構 造 鉄筋コンクリート造

◇指定年 2009(平成21)年1月7日

◇その他 現「三誠ビル」 共有部分のみ内部見学可 


札幌景観資産⑰  指定第20号 「エドウィン・ダン記念館」

2021-11-25 14:28:19 | 札幌景観資産巡り

 「エドウィン・ダン記念館」は南区真駒内地区の外れにあるエドウィン・ダン記念公園の一角に瀟洒な佇まいで建っている。記念館はダンがこの地に拓いた牧牛の種畜場の事務所として建てられたものを、ダンの業績を顕彰するために記念館として保存されているものである。

   

※ エドウィン・ダン記念館の正面です。

 エドウィン・ダンは北海道開拓使時代にお雇い外国人の一人として主として酪農指導のために北海道に着任したが、卓越した指導力を発揮して北海道の畜産・酪農業の発展に貢献し、後には外交官として再来日して日米の親交に尽くして日本で最期を迎えた方として知られている。

   

※ 別角度から撮った記念館です。

 記念館は明治9年にダンの指導のもと開拓使真駒内牧牛場として創設された際に事務所として建てられたものを、後年現在地に移築し記念館として活用されているものである。

 記念館の外観は、薄いピンクの下見張りや緑の寄棟屋根、アーケードがついた開放的な雰囲気が特徴である。

   

※ モダンなアーケードが付いたベランダです。

 私はこれまで3度この記念館を訪れている。その体験から記念館の展示の特徴と思えたのは、種畜場の模型やダンゆかりの遺品の展示とともに、23点の絵画が展示されていることが特徴のように思えた。その絵画は北海道出身の画家・一木万寿三氏が描くエドウィン・ダンの来日から晩年までを描いたものだ。この絵画を順に追っていくと、ダンの業績や人柄がよく理解できる。記念館としての規模は決して大きくないが、一見に値する記念館ではないかと思っている。

   

※ 館内にはこのような絵画で23点展示され、画の上には解説が書かれているため理解が進みます。

   

※ 館内の一部、中央に種畜場の模型が展示されています。

         

※ この画も一木万寿三氏によるものと思われます。

 なお、私は今回訪れた時に迎えてくれた記念館スタッフの方に「2年前にめだかの学校の学習でお世話になった」という旨のお話をさせていただくと思い出してくれたようだった。そして最近の記念館の活動として「エドウィン・ダンかるた」を作成したことが注目を浴びたと話され実物を見せていただいた。小さな記念館であるが、スタッフたちは努力されているようである。

         

※ 「エドウィン・ダンかるた」の取り札が展示されていました。

   

エドウィン・ダン記念館(旧真駒内種畜場事務所) 情報》

◇所在地 札幌市南区真駒内泉町1丁目6-1

◇建設年 明治20(1887)年

◇構 造 木造

◇指定年 2008(平成20)年3月26日

◇その他 内部見学可(入館料無料、休館日あり)

                  ※ 11月~3月までは土・日・祝のみの開館である。

◇電 話 011-581-5064(エドウィン・ダン記念館)

◇訪問日 2021年11月21日


札幌景観資産⑯  指定第8号「八紘学園栗林記念館」 & 指定第9号 「八紘学園資料館」

2021-11-21 15:01:57 | 札幌景観資産巡り

 八紘学園は1933(昭和8)年、北海道の農業人を育成することを目的に設立された私立の専門学校である。(現在は北海道農業専門学校)その八紘学園に関係する二つの施設が札幌景観資産に指定されている。

   

 「八紘学園栗林記念館」は、別称「吉田善太郎別邸」となっている。しかし、そもそもは八紘学園創設者の栗林元二郎の自邸だったようだ。このあたりはやや複雑なのだが、詳しくは判然としないが、私は次のように推理した。この建物は1909(明治42)年に建設されている。建設当時は吉田善太郎氏の別邸だったのだろう。ところが吉田氏は1916(大正5)年に没している。その後の1933(昭和8)年に栗林元二郎氏が八紘学園を創設しているのだ。八紘学園の創設に当たり、栗林氏は吉田氏が所有していた農地を購入して創設したことから、吉田氏の別邸を自邸として使用したのだろう。そして栗林氏の死後に吉田氏の子孫が買い戻したのではないだろうか?これはあくまで私の推測であることをお断りしておきたい。

   

※ こうした巨石が前庭にはたくさん置かれています。

   

※ 遠くには馬の銅像も置かれていました。

 さて、記念館はその敷地の周りを高い塀(金網製)で囲っていて、内部には足を踏み入れることができない。この記念館の第一の特徴は記念館の庭におびただしい巨石が置かれていることである。巨石が1~2個なら他でも目にすることがあるが、この庭ほどたくさんの巨石を一か所で目にできるところは珍しいのではないか。

 その奥にある記念館(別邸)の方は遮られた門から遠くて木々の陰から微かに見える程度だった。

   

※ 敷地の裏側に回って金網越しに撮った旧吉田善太郎別邸(栗林記念館)です。

   

※ ウェブ上から拝借した正面から見た吉田善太郎別邸です。

 実は私は2015年7月に「めだかの学校」の学習の一環として、この記念館の内部を見学させていただいたことがある。内部には吉田氏が蒐集した馬の彫塑品、美術品、民芸品などが展示されていた。ただ、全体として展示品は未整理の状態のように見えた。

 なんとか整理して公開されないものかと思ったのだが、今日までそのような状況になっていないのは少し残念である。

 なお、その見学時も内部の写真の公開は慎んでほしいと要請があったために、当時のブログでも(その時のブログはこちら⇒)掲載はしていない。

八紘学園栗林記念館(旧吉田善太郎別邸) 情報》

◇所在地 札幌市豊平区月寒東1条12丁目3-48
◇建設年 1909(明治42)年

◇構 造 木造

◇指定年 2006(平成18)年3月7日

◇その他 内部は非公開

◇訪問日 2021年11月21日

    

 「八紘学園資料館」は「八紘学園栗林記念館」と道路一つを挟んで向かいに建っている。札幌軟石を使用した2基のサイロが並んで立ち、その横に続いて木造の倉庫が続いている。建物は1904(明治37)年に建てられたとされるので、当初は八紘学園のものではなく、吉田善太郎氏の牧畜のために建てられたと推測するのが正しいのだろう。その後昭和18年頃に改築されたとされているので、その際は八紘学園のために改められ、現在のように姿になったようである。

   

        

 石造りのサイロは一時北海道の牧歌的風景を象徴するような建物だったが、今ではすっかり姿を消してしまった。八紘学園のサイロは、当時の光景を思い出させるようにして二基が並んで立っていた。

   

※ 倉庫の裏側を見てみると、現役のトラクターが置かれていて敷地はいまだに使用されているようです。

 なお、私はこちらの資料館の方も2015年の時に見学させていただいている。内部は北海道にあって当時では先進的だった歴代のトラクターが並べて展示してあったのが印象的だった。 

   

《八紘学園資料館(旧吉田牧場畜舎・サイロ) 情報》

◇所在地 札幌市豊平区月寒東1条13丁目3-16
◇建設年 1904(明治37)年 

◇構 造 木造(畜舎)、石造(サイロ)

◇指定年 2006(平成18)年3月7日

◇その他 内部見学可 ※事前に許可が必要です

◇電 話 011-851-8236(八紘学園)

◇訪問日 2021年11月21日

 

 


札幌景観資産⑮  指定第19号 「札幌聖ミカエル教会」

2021-11-20 16:37:58 | 札幌景観資産巡り

 

  キリスト系の教会としてはとてもユニークな形をした教会だった。正面から見える大屋根の勾配が途中で変化する形や、ガラス窓に張られた幾何学模様の切り出した和紙がまるでステンドグラスのような効果を発揮していた。

 「札幌聖ミカエル教会」は都心からはかなり離れた北19条に建てられていた。このあたりは明治、大正時代にはまだそれほど発展していなかったと聞くが、建設年が昭和35年というからもう住宅がいっぱいに建っていて市街地が形成されていたのだろう。

   

※ 「札幌聖ミカエル教会」の正面です。

 その住宅街の中にひと際ユニークな外観を見せる「札幌聖ミカエル教会」が建っていた。建物全体はレンガ造りなのだが、正面から見ると屋根の形が途中から傾斜が変わっているのが一つの特徴だった。また、建物正面のガラス面に白い幾何学模様が施されていた。それは和紙を切り出して窓に張り付けたものだというのだが、面白い試みである。

   

 建物の前には例によって〔札幌景観資産〕の標柱が立っていたが、そこには概ね次のように説明が書かれていた。

   

「この建物は1960(昭和35)年建築されました。設計者はチェコ出身の著名な建築家アントン・レーモンドです。軒先が低く葺きおろされ勾配が途中で変化している大きな屋根、室内に光を取り込むためのスリットを入れたれんが壁の配置、格子状のガラス窓に張られた幾何学模様に切り出した和紙など建物全体が安定感のある優しさがにじみ出ている」とあった。

 こうしたことが評価されて〔札幌景観資産〕の一つに指定されたのだろう。しかし、私はここまで来てある疑問が浮かんできた。というのは、〔札幌景観資産〕に指定されている宗教施設がキリスト教関係施設に集中していることだ。これまで巡ってきた「日本基督教団札幌教会礼拝堂」、「カトリック北一条教会司祭館カテドラルホール」、「カトリック北一条教会聖堂」、そして「札幌聖ミカエル教会」と四つも指定されている。さらには〔札幌景観資産〕より格上ではと思われる〔景観重要建造物〕にも「日本福音ルーテル札幌教会」が指定されている。

   

※ 教会の裏正面です。こちらには教会附属の幼稚園の園舎が建っていました。

 私の疑問はもうお分かりだろう。キリスト教的な施設に対して、仏教的あるいは神道的な施設が一つも指定されていないことに単純な疑問を持った。そこには指定するにあたっての基準が存在し、それに該当しないと判断されているとは思われるのだが…。札幌市内に数多く存在する寺社には一つも指定に値する建物はないということなのだろうか?いつかそのことを聞いてみたい気もしている。 

札幌聖ミカエル教会 情報》

◇所在地 札幌市東区北19条東3丁目4-5

◇建設年 1960(昭和35)年

◇構 造 レンガ造一部木造

◇指定年 2007(平成19)年12月19日

◇その他 教会行事がなければ見学可 ※ 事前に許可が必要

◇電 話 011-721-2446(札幌聖ミカエル教会) 

◇訪問日 2021年11月6日


札幌景観資産⑭  指定第25号 「髙城(たかぎ)商店」

2021-11-16 15:28:28 | 札幌景観資産巡り

 「髙城商店」は11月8日にレポした「北海湯」と指呼の距離に古色蒼然とした趣で建っていた。昭和初期から酒屋を営んでいたそうだが、現在は廃業していることも手伝い、壁面はツタの葉に覆われてもいた。

 「北海湯」の建物を発見するのに少々時間がかかったが、「髙城商店」の方は「北海湯」の写真を撮っているうちに視界に入ってくるほど近い同じ東8条通りに面して建っていた。

   

※ 「北海湯」の方から眺めた「高城商店」です。

 建物は木造であるが、酒屋を廃業したからだろうか?ツタの葉が屋根まで覆っていて、そのことが一層建物の古さを強調しているように思えた。建物の横には例によって〈札幌景観資産〉の表示が立てられていたが、そこには「三角屋根と下見張りの外壁は、頑丈な造りでゆがみや傷みが殆ど見受けられず、堂々とした風格のある木造の和風商店建築である。壁に貼られたホーロー製の看板などと一体となって昭和の時代を感じさせ、札幌と石狩をつなぐ元村街道筋として発展してきた この地域の原風景を今に伝える」と書かれていた。

   

※ 東8条通りに面した「髙城商店」です。

 この説明で十分だと思われるが、入口のところから中をちょっと覗かせてもらったが、中はがらんどうで商品を並べる陳列棚が見えたところを見ると、かなり最近までお店を営業していたのかな?とも思わせてくれたが、今は人は住んではいらっしゃらないようだった。

   

※ 店の居住部分と思われますが、人が住んでいない様子がうかがえます。

 木造の商店兼住宅に対して、その裏には札幌軟石を使った倉庫があったが、その前の住宅の壁のためにちゃんとした写真は撮れなかった。いずれにしても木造ということから、これから長くは保存できないのかな?と思ってしまったのだが…。 

                                 

髙城城商店 情報》

◇所在地 札幌市東区北7条東4丁目28

◇建設年 1932(昭和7)年頃

◇構 造 木造、石造り(倉庫)

◇指定年 2009(平成21)年3月31日

◇その他 個人住宅につき非公開

◇電 話 011-704-3300(STUDIOBAR 北海湯) 

◇訪問日 2021年11月6日

  ※ 髙城の髙は「はしごだか」であると断りがあった。

   

 ※ 写真を撮るのに苦労した商店の裏側に建っていた札幌軟石製の倉庫です。


札幌景観資産⑬ 指定第18号 「北海湯」

2021-11-08 16:52:14 | 札幌景観資産巡り

 「北海湯」は赤れんが色の三角屋根の外観が特徴の建物である。明治、大正の頃にはかなり目立った建物だったのでは?と想像される。現在はBARとして活用されているとのことで内部見学は叶わなかった。

   

 「北海湯」の建物を見つけるのにはやや苦労した。というのも、ガイド本などでは「札幌駅から創成川を越えて元村街道と呼ばれていた斜めの通り沿いある」となっていたので、現在は「ファイターズ通り」とも称されている斜めの通りを歩いたのだが、それらしき建物を発見することができなかった。何度も周囲を行き来した結果、「北海湯」は斜めの通りではなく、その裏側の通り沿いで発見することができた。(その通りは「北8条通」と称されているようだ)

 「北海湯」の建物は赤れんが壁の堂々とした外観で、公衆浴場というイメージよりは商店か、あるいは会社の建物といった感じだった。

   

   

 建物の脇に立てられていた「札幌景観資産」に指定された表示には、「れんが造りの公衆浴場として建設された全国的に珍しい建物である。元村街道を中心として明治初期から開けていたこのあたり一帯は札幌麦酒会社や帝国製麻の赤煉瓦で造られた工場が並んでいた。三角屋根のシンプルな外観で正面上部の櫛型アーチや白色タイルの装飾、金文字の看板などがモダンに印象を与える」といった意味のことが書かれていた。

       

 建物の正面に近づいてみると「STUDIO BAR 北海湯」と書かれた看板が出されていた。特徴ある外観を活かして飲食店として現在も現役で活用されているようだ。BARを利用しながら内部を見てみたい気もするが、ちょっと我が家からは遠いかなぁ…。

   

北海湯 情報》

◇所在地 札幌市東区北7条東3丁目28

◇建設年 明治末期~大正初期

◇構 造 レンガ造

◇指定年 2007(平成19)年3月30日

◇その他 バー、貸しスタジオ  ※施設利用者のみ内部見学可

◇電 話 011-704-3300(STUDIOBAR 北海湯) 

◇訪問日 2021年11月6日


札幌景観資産⑫  指定第29号 「岩佐ビル」

2021-11-05 15:54:40 | 札幌景観資産巡り

 サッポロファクトリーと道路を挟んで向かい合っているレンガ色のビルが「岩佐ビル」である。外見からはそれほど古さを感じさせないが、内部に入るとレトロ感を感じさせてくれる造りだった。

※ 外観もどことなくレトロ感を感じさせます。

 「岩佐ビル」は北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)から続く北3条通に面して、サッポロファクトリーと道路を挟んで向かい合っている。ビルはレンガ色をしているがレンガ造りではなく、鉄筋コンクリート造りである。   

 建物は当初(昭和25年)ラムネ工場として建設されたが、工場の役割を終えた後はテナントビルとして現在まで使われてきた。建物を外から見ると3階建ての長方形の形をしていて特別特徴はないように見えるが、中を拝見するとビルには中庭がありロの字型のビルとなっていて、中庭からは屋上に造られた駐車場に続く斜めの通路が造られていた。

※ ロ型のビルの中庭です。右手に屋上の駐車場に続く通路が造られています。

 私は以前、その中庭の方に入口がある演劇小劇場「BLOCHというところで大学の演劇部の公演を観賞した経験があった。

 今回訪れた際には、共用部分を若干見せていただいた。内部にはたくさんの会社の事務所が入居しているようだったが、なるほど廊下は時代を感じさせる雰囲気が漂ってはいた。しかしそれも考えようによってはレトロモダンな雰囲気と言えるものでもあった。

※ 2階の廊下です。扉の中は入居している会社の事務所と思われます。

※ 3階の廊下です。左の壁に入居している会社名が掲示されています。

  

※ 廊下には写真のように各事務所別の電気メーターがありました。このあたりが昭和中期の造りの典型かもしれません。

 周辺にはサッポロファクトリーに隣接する永山記念公園内に「旧永山武四郎邸」や「旧三菱鉱業寮」などもあり、北3条通は旧赤れんが庁舎に続く「札幌通」とも称されて札幌の発展に重要な位置を占めたところであり、「岩佐ビル」をはじめとして歴史的建造物が数多くのこる地域としても興味深い。

             

岩佐ビル 情報》

◇所在地 札幌市中央区北3条東5丁目5

◇建設年 1950(昭和25)年

◇構 造 鉄筋コンクリート造

◇指定年 2010(平成22)年3月30日

◇その他 共用部分のみ内部見学可  ※管理人の許可が必要

◇電 話 011-281-3181 

◇訪問日 2021年10月24日


札幌景観資産⑪  指定第23号「カトリック北一条教会司祭館カテドラルホール」& 指定第22号 「カトリック北一条教会聖堂」

2021-10-31 16:58:15 | 札幌景観資産巡り

 北一条通という札幌市のメイン通りの一つである「国道12号線」に面したところに二つの歴史的施設が並び建っている。このことからも二つの施設が札幌市がまだまだ発展する前に建設されたことが偲ばれる。

 札幌市の北一条通りを車で走っているとサッポロファクトリーの隣に明らかに周りとは雰囲気を異にする一角がある。そこに建っているのがカトリック北一条教会の聖堂と司祭館である。

   

※ カテドラルホールの前景、玄関方向から写したものです。

 最初に建てられたのは「司祭館カテドラルホール」の方である。資料によると札幌におけるカトリックの布教は、1881(明治14)年、植物採集家としても知られるフォリー神父によって始められたそうだ。フォリー神父は1898(明治31)年に札幌軟石の壁に瓦屋根を組み合わせ、1階を司祭住宅、2階を会堂とする建物を建てたという。その後、聖堂が建設されたりしたことから、建物の目的も変遷を重ねて現在は教会のホールとして活用されているということのようだ。

   

※ カテドラルホールを横から写したものですが、割合小ぶりな建物です。

   

※ 窓の枠の上部にみえるものが「まぐさ石」と呼ばれるもののようです。

 建物は外から見ると、シンプルな二階建てであるが、質素ながらも力強さを感じさせる造りである。窓や出入口の上には水平に渡したブロック石が見られ、これは「まぐさ石」と呼ばれるもので、ギリシャの古代建築にも見られるものだそうだ。

                        

《カトリック北一条教会司祭館カテドラルホール 情報》

◇所在地 札幌市中央区北 1条東6丁目10

◇建設年 1898(明治31)年

◇構 造 木造一部石造

◇指定年 2008(平成20)年3月26日

◇その他 内部は非公開

◇訪問日 2021年10月24日 

   

   

※ こちらは「聖堂」です。わりあい可愛い印象ですね。

 そのカテドラルホールと繋がって隣に建っているのが「聖堂」である。「聖堂」の方の建物はキノルド神父が札幌に赴任した翌年の1916(大正5)年に建設されそうであるが、その時直ぐに「聖堂」になっているかについては調べきれなかった。私が調べたところでは、戦後になって1953(昭和28)年になってカトリック札幌市教区が成立したことにより現在の建物が大聖堂となったようだ。

   

※ ステンドグラスも外からではその美しさが分かりません。

 その「聖堂」は、小ぶりな木造一部石造りの建物であるが、ロマネスク風の中央の塔や左右のゴシック風の小尖塔、外壁や窓には連続した装飾が施され、その外観は中世ヨーロッパの教会の雰囲気を漂わせているとも言われている。

 今回は内部を見学できなかったが、聖堂ではコンサートなども催されているとも聞く。機会があればそうした催しに参加し、内部も見てみたいと思う。

   

カトリック北一条教会聖堂 情報》

◇所在地 札幌市中央区北1条東6丁目10

◇建設年 1916(大正5)年 

◇構 造 木造一部石造

◇指定年 2008(平成20)年3月26日

◇その他 教会行事がなければ見学可  ※事前に許可が必要

◇電 話 011-231-4189(カトリック北一条教会)

◇訪問日 2021年10月24日

   

※ 二つの施設は写真のように隣り合っています。

   

※ 二つの歴史的な建造物の横には近代的な教会の関連施設が建っていました。