田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

パーキンソン病は不治の病にあらず?

2018-07-31 19:02:36 | 講演・講義・フォーラム等

 京大においてパーキンソン病iPS細胞を移植する治験を実施するというニュースが流れたが、タイミングよく難病といわれるパーキンソン病の症状を軽くする薬剤やリハビリ法が開発されつつあるというお話を聴く機会があった。

 

 札幌西円山病院が定期的に開講している「地域で暮らす高齢者のための医療公開講座」の7月講座が、7月28日(土)午後、かでる2・7で行われたので受講した。

 今回のテーマは「パーキンソン病を知る(その①)~運動障害とリハビリテーション~」と題して、同病院医師の千葉進氏と、理学療法士の高田一史氏が講師を担当した。

          

          ※ 講義をする札幌西円山病院の千葉進医師です。

 講義の最初にパーキンソン病についての説明があった。

 パーキンソン病とは、主として中年期以降に発症し、①振戦(手のふるえ)、②筋強剛(筋肉がかたい)、③寡動(運動がのろい)、④前屈位姿勢、歩行障害、などの症状が現れるという。わが国では10万人につき150~200人くらいの割合で発症しているそうだ。

 この病気は1817年にロンドンの医師、ジェームズ・パーキンソン氏が原因不明の病気と報告したことから、氏の名前から名付けられた病気である。

          

 パーキンソン病は、従来不治の病とされていたが、近年は治療学の進歩により、症状の改善を促す薬剤やリハビリテーションの開発が進んでいるという。

 薬剤については、L-ドバとか、ドバミンアゴニストなどといった薬剤が開発されているようだが、症状に応じて専門医が処方するようだ。

 千葉医師がその効果を強調されたのがリハビリテーションの効用である。

 体力維持のための有酸素運動、柔軟性維持のためのストレッチ、筋力維持、動作練習、呼吸練習など、症状に応じてさまざまなリハビリメニューが用意されていて、症状の改善を図ったり、症状の進行を遅らせたりする効用があることが分かってきているという。

 

 かつてはパーキンソン病を始めとして神経疾患の病気は「わからない」、「直らない」、「あきらめる」といったパターンだったが、現在では「かなりわかる」、「直る見通しが出てきた」、「あきらめない」と変わってきている。

 もし、先に述べたような症状が出たな、と思われたら、迷いなく専門病院の診察を受けることをお勧めするということだった。

 

 おりしもメディアでは、京大の医療チームがパーキンソン病の患者に、人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から神経のもとになる細胞を作り、患者の脳内に移植するという治験に乗り出すというニュースが流れた。

 その結果がどう出るのか?我々一般人には計り知れない、難しい治験のようであるが、ぜひともパーキンソン病の患者に光明をもたらす結果となることを期待したいものである。

 

 加齢とともに、私たちにとっても決して無縁ではないパーキンソン病であるが、もし罹患したとしても医学の進歩によって、「あきらめる」病気から「あきらめなくともよい」病気に変わりつつあることは心強いかぎりである。

 8月講座は「パーキンソン病を知る(その②)」である。できれば受講したいと思っている。


でぶぱん in 麻生

2018-07-30 21:53:30 | 札幌(圏)探訪

 麻布ではない。札幌の麻生である。そこにコッペパン専門店の「でぶぱん」なるお店が出店して話題となっていると聞いた。物好きな私は、地下鉄を乗り継いで麻生まで出かけて話題の「でぶぱん」をゲットしてきた。

           

          ※ ビルの壁全体を使った看板はご覧のとおり迫力十分である。

 先日、テレビ北海道(7ch)の番組「カンブリア宮殿」で、「札幌の麻生にコッペパンの専門店『でぶぱん』が出店した」と報じていた。そのコッペパンは既存のものと比べて文字どおりおでぶちゃん(大きく)で、そのパンの中にさまざまな食材をトッピングしたものだった。

 

 話題になったその1(イチ)は、お店の看板である。4階建てのビルの壁面を使ったハデな看板が周辺の話題を呼んだようだ。

 話題なったその2は、コッペパンそのものの大きさだった。

 そして、その3は、そのコッペパンの間にはさむ具材の豊富さだった。

          

          ※ 遠くからもお店の存在は十分に認識され、その効果は抜群?でも誰もが真似し始めると大変なことになりそう…。

 その話題性だけで、私は麻生に引き寄せられた。

 今日(7月30日)昼、地下鉄でおよそ20分もかけてわざわざ麻生まで出向いた。物好きも極まれり??

 暑い昼中、地下鉄「麻生駅」から地上で出ると、その大看板は直ぐに目に入った。

 恐れていた長蛇の列はなく、小さな店にすぐに入ることができた。

 店内は意外と狭く、お客さんは一列になって入っても10人くらいか?

 厨房の方にはパン焼きの窯やほかの調理器具が入っていて、5人位の店員さんが働いていた。

               

               ※ テイクアウト専門のため、こうした紙袋も用意されていました。

 パンを購入するシステムは、先に料金を支払い、それに応じて店員さんがコッペパンにトッピングしてお客さんに渡すというシステムだった。店内に食するスペースはなく、すべてテイクアウト方式である。

 豊富なメニューは私を戸惑わせたが、やはりこの店イチオシの「でぶぱんMAX」(460円)を希望した。

 ところが残念!この日は既に完売だった。そこで私はおかずコッペから「ソーセージ焼きそば」(410円)とおかしコッペから「フルーツホイップ」(280円)をチョイスして注文した。

           

          ※ お店のホームページから拝借しました。豊富なメニュー一覧です。

 また約20分かけて帰宅し、「ソーセージ焼きそば」の方をさっそく頬張った。

 「パンが柔らかい!」というのが第一印象だった。

          

          ※ ご覧のように焼きが浅いのが特徴のようです。大きさの比較ができませんが、けっこうな大きさです。

          

          ※ 一度具材を上下から押したために映りは良くありませんが、十分に美味しかったです。

          

          ※ こちらは今現在まだ食していないんですけどねぇ。美味しそうですよね。

 テレビでも紹介していたが、この店のオーナーのこだわりはコッペパンをあまり焼かないことが一つの特徴だという。つまり柔らかな生地の感触をできるだけ残すようにしているという。

 好き好きはあると思うが、柔らかな方がトッピングした具材が生きるということなのだろうか?

 

 「フルーツホイップ」の方はまだ食していない。

 「でぶぱんMAX」も気になるが、家まで持ち帰るには麻生は遠すぎるなぁ~。

       

      ※ 完売のためゲットできなかった「でぶぱんMAX」は店のホームページから写真を拝借しました。


北大法学研究科公開講座「アジアと向き合う」①

2018-07-29 21:09:25 | 大学公開講座

 今回の講義を伺い、どのようにレポしたらよいものやら正直に言って非常に困った。。というのも、私の印象では講師の方の主張があまりにも一方的すぎるのでは?という思いが拭い去れなかったからだ…。

 

 北大の全学企画の公開講座が終わったかと思うと、引き続き法学研究科の公開講座が始まった。「アジアと向き合う ~温故知新~」と題する4回シリーズの公開講座である。

 その第1回講座が7月26日(木)夜、開講された。

 第1回講座のテーマは「『アジアと向き合う』民法学」と題して、同大法学研究科の吉田邦彦教授が講義された。

                

            ※ 講義をされる吉田教授です。今回使用の2枚の写真もウェブ上から拝借しました。

 講義をレポするにあたって、私はまず「民法学」について一応の理解をする必要があると考えたのだが、これを私などが一朝一夕に理解することなど到底不可能なほど複雑のようなのだ。そこでその部分には触れずに、吉田教授がお話されたことを振り返ってみることにする。

 

 吉田教授は、私たちの周辺で起こっている民法上の問題として、主として次の三つの問題を提起された。

 それは①戦後補償の問題、②先住民族の問題、そして③居住福祉の問題、の三つを取り上げた。どの問題もそのことを解決していくには政治が色濃く関わってくる問題である。

 こうした問題を取り上げる場合、研究者はその問題の背景や問題にかかわる双方の主張を紹介し、「判断は受講者に委ねますよ」というのがこれまでの多くの講義だった。

 ところが吉田教授のそれは、これまでの講義の在り方とは大きく異なっていた。

 

 まず①の戦後補償問題では、日本対東アジアの国々という構図であるが、この問題に対する日本側の鈍感さを鋭く指摘した。その語調は日本政府の不作為をなじるがごとく私には聞こえてきた。

 ②の先住民族問題については、中国やフィリピンの先住民に対する政府の抑圧についても触れたが、主として論及したのは我が国のアイヌ民族政策についてだった。この点についても、我が国の政府の政策はまだまだ不十分とした。

 ③の居住福祉の問題については、近年増えつつあるアジアからの技能実習生という名の労働者や、そしてアジアからの外国人観光客の増加、さらには特に中国からの留学生の増加などに対する受け入れ体制などが十分でないとした。

 

 講義の中では、アジア各国の実状にも触れる場面はあったが、講義時間の多くは日本の体制の不備を追求するかのような論が主であったように私には映った。

               

             ※ 講義の中で紹介されたわけではありませんが、吉田教授の著書の一つです。 

 私はこうした問題に対する我が国の在り方について全てを肯定するつもりはない。かといって、全否定するつもりもない。だから一方的に現状を否定される論を聞くと、拒否反応を起こしがちなのである。

 

 私が吉田教授のお話をしっかりと受け止めたうえで、このレポを作ったという自信はまったくない。あるいは吉田教授のお話を一部を切り取り、教授の主張を曲解した上でレポしているのかもしれない。だから、このレポはあくまで私が受け止めた感想だと思っていただけたらと思う。講義のレポって難しいですね。でも私は続けたいと思っている


北大講座⑧ 人工知能(AI)の現在地は?

2018-07-28 21:09:03 | 大学公開講座

 最近は人工知能(AI)のことがメディアを賑わす機会が増えてきた。そこでいう人工知能とはどのようなことを指しているのか?あるいは、現在人工知能の研究はどこまで進んでいるのか?第一線の研究者から聴いた。

          

 

 7月12日(木)夜、北大の全学企画公開講座「去る時代、来たる時代を考える」の第8回(最終回)の公開講座があった。

 この回は、「人口知能がもたらす未来」と題して、北大情報科学研究科の川村秀憲教授が講義した。

 

 「人工知能」についてはさまざまな定義があるそうだが、川村氏は「コンピュータを用いて人間のような知能を実現することを目ざした技術の総称」として、ここでは話を進めるとした。

 そう定義した上で、専門家の間では人工知能について大きく二つの考え方があるという。

 それは「弱い人工知能」と「強い人工知能」という考え方だという。

 「弱い人工知能」とは、メディアなどでAI搭載のサービスを開始したなどという、人間がやっているいろいろな仕事の内、その一部を機械が代行するというようなソフトウェアのことを指すそうだ。

 一方、「強い人工知能」とは、ほんとうに人間のように、コンピュータ自身が考えて何か行動を起こしたりするという、人間と同じようなレベルの知能を持つものを指すそうだ。

 そしてそういう強い人工知能が実際に実現可能なのかどうかということについては、今のところ分かっていないとした。

 

 ただ、現実の人工知能の技術は長足の進歩を遂げていることも事実だという。

 人工知能とはいっても、基本的にはコンピュータに組み込まれたソフトウェアにデータを入れることによって、それが出力して何かの働きをするという原理である。

 その組み入れるデータが、最近では膨大なビッグデータとなっている現実がある。その膨大なデータをコンピュータの中で処理して、付加価値のあるものを出すということが可能となってきた。そのデータ処理によって新しいことを発見したりとか、何か意思決定したりとか、することが可能となったというところがこれまでのコンピュータソフトとは違うところだそうだ。

 その典型が、人間の名人たちから次々と勝利を収めたチェスや囲碁の人口知能である。

 

 川村氏は、強い人工知能の実現は今のところ分かっていないとしたが、強い人工知能の実現に向かっての研究は着々と前進しているようにも聞こえてきた。

 このような技術の急速な進歩の要因は、①ビッグデータ、②GPU(Graphics Processing Unit)の発展・普及、③ディープ・ランニング技術の出現、にあるという。

 はたして強い人工知能は実現するのか、実現するとしたらその倫理性なども課題になってくると思われる。

                

 講義の後半は、川村教授たちが企業などとともに取り組んでいる様々なプロジェクトについての紹介があった。それは非常に多岐にわたるものであったが、あまりにも多くてメモすることもできなかったが、例えば、自動運転システムの構築、ファッション画像の分解、定置網議場と魚群探知機の音響データの自動制御、等々…。さらには最近話題となった「AIによる俳句の自動生成」装置を開発し、人間と俳句の出来を競ったという。

 

 最後に川村氏は、人工知能の進歩によって、人類がこれまで解決できなかった問題を、AIによって解決が可能となる場合も有り得るとした。

 しかし、どのよう場合でも「人の能力・判断はAIに任すことにはならない」と釘を打つことは忘れなかった。

 

 ということで、今年度の北大の全学企画公開講座「去る時代、来たる時代を考える」の全8回の講座が終了した。講義の理解度はさておいて、全ての講座を受講し、誤解・曲解はあったとしても、曲がりなりにも講義の内容をレポできたことで、私自身としては了としたい。

 

 

 


さっぽろの古を訪ねて 第4講

2018-07-27 18:22:13 | 「めだかの学校」関連

 私たちプロジェクト〇(ゼロ)が企画実施している野外講座「さっぽろの古を訪ねて」も先日で4回目の講座を終了した。今回は「北海道開拓の父 島義勇を訪ねよう!」と題して、主として島義勇に関する史跡等を巡った。

                

               ※ 北海道神宮の前庭に配された島義武勇の像です。

  7月23日(月)午後、「めだかの学校」の今年度4回目の野外講座が円山公園を中心にして実施した。

 この講座についてはこれまでも触れてきたと思うが、「めだかの学校」の会員の中から希望者でもってプロジェクトチームを組み、企画から実施まで任されて実施しているものである。そのプロジェクト名を「プロジェクト〇(ゼロ)」と称して、私を含めて3人で構成して実施しているものだ。

 

 この回の担当はチームの中のM氏が担当だった。M氏と私、そしてこの日のガイドをお願いしたK氏とあらかじめ打ち合わせをして、コースを次のように設定した。

①円山公園奥にあるカツラの古木(大木)⇒ ②島判官紀功碑 ⇒ ③開拓神社 ⇒ ④鉱霊神社 ⇒ ⑤穂多木神社  ⇒ ⑥北海道神宮(参拝)⇒ ⑦島義勇像 ⇒ ⑧六花亭参拝者休憩所 ⇒ ⑨福玉仙吉献櫻百五十株記念碑 ⇒ ⑩岩村通俊像

というコースを参加者とともに巡った。

                

               ※ 円山公園の奥に立つ古色然としたカツラの古木(大木)です。

 私にとっては下調べなどで何度も訪れたところなので新たな知見を得ることは少なかったが、ガイドの説明で「円山公園が公園となる前は、養樹園(見本林)だった」という事実について恥ずかしながら知らなかった。ガイドの説明で、なるほど北海道には自生していなかったはずのスギやヨーロッパクロマツなどが散見され、見本林の痕跡がうかがえた。

               

            ※ 高さ8mにもなる一枚岩は宮城県から運ばれてきたそうだ。人との比較でその高さがお判りいただけると思う。

 そして、もう一つ。私にとっては開拓判官・島義勇(しま よしたけ)が札幌の街づくりを構想したといわれる「コタンベツの丘」がいったい何処なのか?という疑問は、諸説紛々あり今では特定できないというのが定説となっている。この点についてはガイドのM氏も同じようなことを言っていて、M氏は「3つの説がある」と話された。その①が「島判官紀功碑」のところ、②が北海道神宮横の「島義勇像」のところ、と二つまでは披瀝したのだが、第3の説について言及しなかった。

 私の中では、前述二つのところからは札幌の街を遠望することは難しかったのではとの推察から、第三のもう少し高いところでは?と想像するのだが、この点については永遠の謎としておくのが今では最も相応しい解と考えることにした。

           

          ※ 北海道神宮の山道でガイド(赤いザックの人)の説明を聞く講座の参加者たちです。

 野外講座「さっぽろの古を訪ねて」は、これまで4回を終え、今のところ参加者からは好評をもって迎えられている。

 残り2回であるが、次回「岩村通俊が造ったススキノ・鴨々川を訪ねよう!」は私の担当である。本日(27日)ガイドをお願いしているW氏のとの打ち合わせを終え、巡るコースについても最終決定した。

 できるかぎりの準備をして当日を迎えたいと思っている。参加者たちにとっても、また私たちにとっても満足できる講座とするために…。


西山製麺本社工場見学記

2018-07-26 16:38:10 | 札幌(圏)探訪

 札幌ラーメンを語るとき欠かすことができないのが「西山ラーメン」である。太くてコシのあるちぢれ麺は札幌ラーメンを象徴する。その「西山ラーメン」の製造元の本社工場を見学する機会を得た。

          

           ※ 西山製麺本社並びに工場(同じ建物)右の塔は小麦粉を貯蔵するタンクだそうです。

 7月23日(月)午前、北海道生涯学習協会の「賛助会員の集い」という集いが西山製麺本社工場を会場に開催された。

 賛助会員とは、北海道生涯学習協会が行う事業等に対して、その趣旨に賛同する意思を表明した人たちが入会した集まりである。賛助会員に対しては、毎年さまざまな形で「賛助会員の集い」が開催され、今年度は西山製麺本社工場の見学となったのである。

          

          ※ 案内された会議室には、創業者の第一代社長が屋台から始めた当時の屋台が再現され、展示されていました。

 「西山ラーメン」というと前述したように札幌ラーメンを代表する麺で、札幌市内の多くのラーメン店に麺を提供する他、一般家庭用や、学校給食用など広く流通しているが、最近は海外進出にも意欲的に取り組んでいるということだった。

 

 見学はさすがに食品を扱う企業である。私たち参加者は使い捨て用の白衣・マスク・キャップ・ビニール手袋を装着しての見学となった。ここまで完全防備の体制では写真撮影をすることは許されなかった。(残念!)

 製麺工程の全てを見学できたわけではないが、要所、要所を見せていただき、ガイド役の社員の説明を聞きながら工場内を回った。

                

               ※ 私たちは写真のように完全防備の上で工場内を見学しました。

 新たなる発見として、学校給食用のラーメンの袋詰め過程において、一袋、一袋を手に取って重量を確認し、秤で確認し過不足がある場合は袋をやぶり、再度袋詰めに回されるところを見た。西山製麺が細部にまでこだわって製麺していることをうかがわせてくれた場面だった。

 

 また、業務用や一般用、学校給食用等々、さらにはうどん・そばも製麺しているというように多種多様の麺(500種以上を製造しているそうだ)を製造していることからか、機械の導入も進んでいるが、意外に手作業の工程が多いことも新たなる発見だった。

 

 工場見学後、PRビデオの視聴や会社概要の説明を受けた。

 それによると、「西山ラーメン」の特徴は、①多加水熟成製法、②卵入りラーメン、③ちぢれ麺、という三大特徴を1995年に確立したということだ。

 今では年間3,000万食を製造し、国内はおろか国外にまで出荷しているそうだ。

 その国外だが、1975年に海外市場へ出荷以来、現在では27の国・地域へ出荷しているという。

 以前に西山社長のお話を伺ったこともあるが、西山製麺では海外に工場を作ることは考えていなく、全て本社で製造して製品を各国に出荷しているそうだ。

          

          ※ 本社内には、ラーメン店を模したキッチンが備え付けられ、創業支援の研修場ともなっていました。

 西山製麺では、別会社においてラーメンのたれ、メンマ、チャーシューなどのトッピング製品製造も手掛けているほか、ラーメン店創業の支援にも力を入れているなど、総合ラーメン業(そんな言葉があるかな?)を展開している。

 今や国民食と言ってもよいラーメンであるが、事業の多角展開によりますますの発展が期待できそうな西山製麺である。


闘将清宮氏が語る常勝チーム軍団を創る極意

2018-07-25 21:16:12 | 講演・講義・フォーラム等

 今や日ハム清宮幸太郎の父親として有名になってしまったが、何を隠そうパパ清宮はラグビー選手として、監督として日本一を経験するラグビー界の名監督と称される方である。清宮氏が常勝軍団を創る極意を語った。

  7月21日(土)午後、道新ホールにおいて北海道新聞社が主催する「スポーツ!北海道フォーラム ~ラグビーワールドカップ2019に向けて~」というフォーラムが開催され、入場整理券を入手できたので参加してきた。

 

 フォーラムは清宮克幸氏の基調講演と、同氏を含め三人が登壇したパネルディスカッションの二部構成だった。ここでは清宮氏の講演についてだけレポすることにする。

 清宮氏の演題は「チームマネジメントの極意~常勝チームを作るには~」と題するものだった。

 清宮氏は現在、社会人ラグビーのヤマハ発動機ジュビロの監督をしていることは承知のことと思う。

          

 清宮氏は最初に、自らの来し方を語った。

 清宮氏は大阪・茨田高校でラグビーを始めて高校日本代表の主将を務めたことなどから、早稲田大学に進んだ。清宮氏は早大に進んだことでラグビー観が一変したという。(この点については後述)

 早稲田大学において主将を務めた大学4年時に大学日本一となった。

 卒業後はサントリービールチームの中心選手として活躍、選手として日本一も経験している。選手として12年間在籍し、その後チームのコーチに転じた。

 清宮氏が指導者として一躍脚光を浴びたのが、2001~2006年にかけて母校・早稲田大学の監督をされたときである。当時低迷していた早稲田ラグビーを復活させ、2003年13年ぶりに大学日本一に導くと、2005年、2006年には連覇を達成させるなど、その手腕は高く評価された。

 

 その後、2006~2009年古巣のサントリービールのラグビー部の監督としても一度日本一を経験し、2011年からは現在のヤマハ発動機ジュビロの監督を続け、現在に至っている。

 

 清宮氏は自身の来し方を話す前に、清宮幸太郎関連の話をおよそ15分も話していた。やはり人の子の親だなぁ、と思った。幸太郎が可愛くて、心配で仕方がないのだろう。

 ということで、清宮氏は時間がないとの理由(?)から、いきなりテーマについての結論を披瀝した。清宮氏の「チームマネジメントの極意」とは…、

(1)熱意

(2)言葉

(3)独自性

の三つだという。

 

 清宮氏が上記三つの極意を会得したキッカケはやはり早稲田ラグビーとの出会いだったようだ。茨田高校時代のラグビーは自由で、自分を表現できるスポーツと考えていたが、早稲田ラグビーと出会ってラグビー観が変わったという。清宮氏の言によると早稲田ラグビーはまるで“宗教”のようだったという。

 その早稲田ラグビーで象徴的だったのは、日常の練習が「練習前練習」、「本練習」、「アフター練習」、「しぼり」と4段階もあるということだ。

 こうした早稲田ラグビーに出合い、清宮氏は「熱意」の大切さを学んだようだ。

          

         ※ 早慶ラグビーの対戦の一シーンです。エンジに黒の縞模様が早稲田。黄色に黒が慶応大です。

 さらには、試合前夜に行う先発メンバーへのジャージーを渡す儀式の中で、指導者が、主将が語る“言葉”がフィフティーンを奮い立たせるという。それだけでなく、練習、試合を通じて、指導者が、仲間が発する“言葉”がチームに一体感をもたらすことを学んだという。

 

 清宮氏は、その二つに氏独自の戦略・戦術を編み出すことによる“独自性”を大切にしてきたという。

 

 講演の後のパネルディスカッションで、コーディネーターが「日本代表の監督になる気持ちはないのか」と問われた清宮氏は「そうしたことは考えていない」と話をしていたが、あるいはいつの日か清宮氏に白羽の矢が立つ日があるかもしれない。

 

 実は私は清宮氏が直接ヤマハ発動機ジュビロの試合を指揮した試合を直接目にした機会が過去にあった。2014年8月31日、札幌市の月寒ラグビー場で行われたヤマハ発動機 vs NECの対戦を観戦した時だった。

 対戦に集中していた私の背中の方から、突然大きな声がグランドに向かって飛んだ。何事かと思って後ろを振り返ると、そこにはヤマハのスタッフに囲まれた清宮克幸氏がチームに激を飛ばしていたのだ。

         

         

 試合はヤマハ発動機が55対7と圧勝した試合だった。

 


北大講座⑦ 人生90年時代のQOLとは?

2018-07-24 16:29:26 | 大学公開講座

 戦後において日本人の寿命が急激に伸長し、いまなお伸び続けていることは周知の事実である。今や人生90年、いや100年時代ともいわれている。この高齢期をいかに生きるか、この課題に取り組む講師からお話を聴いた。

 

 7月12日(木)夜、北大の全学企画公開講座「去る時代、来たる時代を考える」の第7回の公開講座があった。

 この回は、「人生90年時代に自分らしく生きることを目指す」と題して、北大大学院保健科学研究院の村田和香教授が講師を務めた。

                   

 講義の冒頭に村田氏は「自分は作業療法士であり、さらには作業療法士を育てる立場の人間である」と話された。

 不勉強の私は「作業療法士」なる職業についてほとんど知識がなかった。

 村田氏によると、ここで言う「作業」とは、私たちが生活するうえでの活動の全てを指すという。つまり、「くらす」、「はたらく」、「あそぶ」といった日常生活に関わる全ての諸活動が、ここで言う「作業」だということだ。

 そして人は「作業」を通して社会と接点を持っているという。逆に言うと、その「作業」のどこかに欠点が出てくると、社会との繋がりを持てなくなる恐れが出てくるということだ

 したがって、作業療法士の対象となるのは、病気やケガ、もしくは生まれながらに障害のある人など、年齢に関係なく、日常の生活に支援が必要な人すべての人が対象となるということだ。

              

 ということは、私たちシニア世代は作業療法士の対象となる予備軍ということである。

 作業療法士は、支援を必要とする人々を「作業」を通じて社会との繋がりを作っていくためのお手伝い(支援)をする役割を担う人、というのが私の理解した作業療法士だった。

 

 最近は、作業療法士とともに、理学療法士という名称もよく耳にする。この二つの違いは、理学療法士が身体の機能回復のためのリハビリを行うのに対して、作業療法士は社会適応に向けた心と身体のリハビリを行う職務という違いがあるという。

 

 以降の話は私には難しかった。

 つまり作業療法の実際に関するお話だったが、作業療法の場合はクライアントによってその対処方法は千差万別である。クライアントの心身の状況を的確に把握し、的確な対処方法を選択するという難しい作業がある。特にクライアントの心の状況把握はかなり難しいようにも思われる。

 その対処方法について話された内容はちょっと専門的なこともあって、私は十分に咀嚼することができなかった。

                

 村田氏は最後に、「自分らしく生きることを目指すために」として、次のようにまとめられた。

 ◇病気や障害を持っても、年をとっても、自分らしく生きることをあきらめるな。

 ◇自分の生き方に面白みや風情、華やかさなどを付け加えることが必要。

 ◇心身が健全であるように努める。

 ◇「してみたい」と考えることが大切。

 ◇「しなければならない」ことをしようとする気持ちも大切。

 ◇日々の自分の生活をより良くしようとする気持ち持つ。

 ◇自分の中でバランスよく生きようする気持ちを持つ。

  いつか自分も作業療法士のお世話になるときが来るかもしれない。作業療法士のアドバイスを素直に聞き入れ、自分のQOLの維持に努めたいと思う。


NORTH JAM SESSION 2018 in 芸術の森

2018-07-23 16:47:00 | ステージ & エンターテイメント

 綾戸智恵、上田正樹、熱帯JAZZ楽団、etc. etc.…。日本ジャズ界の巨星たちが揃ったステージは迫力満点だった。直射日光の強さに汗だくになったり、夕刻の肌寒さに震えたり、野外ステージの醍醐味も味わいながら、JAZZの世界に浸りきった7月22日(日)の午後だった。

      

     ※ 基本的に写真撮影はNGだったため、この日のブログの写真は全てHP上の写真を拝借しました。

 PMFとともに札幌の夏の風物詩となっているSAPPORO CITY JAZZは、毎年野外で行うNORTH JAM SESSIONを行っている。しかし、ジャズの世界に縁遠い私にとっては出演陣がマニアックだったりしてなかなか参加する気持ちが湧かなかった。

 ところが、今年は綾戸智恵、上田正樹という一般にも人気のシンガーがステージに登場するという。「これは参加せねば!」と思い、芝生席(3,500円)のチケットを購入した。

 

 問題は野外ステージだから天気が問題である。その心配された天気の方は、最初の頃は曇り空で暑くもなく、寒くもなく絶好のコンディションだった。

 ところが、14時ころだったろうか?上空の雲が去り、夏の直射日光が差し始めると猛烈な暑さに襲われた。「これはたまらん!」と持参していた雨傘を差したのだが、それほどの効果はなかった。

 暑さに耐えながらもステージの音に耳を傾けていると、16時過ぎになり陽が西に傾いてくると、今度は肌寒さが襲ってきた。17時ころになると、我慢しきれず持参していたレインウエアを羽織ったほどだった。

 というように、一日(いや半日)の中で気温が激しく変化した日だったが、これも野外ライブの醍醐味の一つなのかもしれない。

 

 さて、肝心の出演者の方だが、私は全ての出演者のステージを楽しむことができた。出演順に紹介しながら私なりの短評を加えたいと思う。

 

◇札幌ジュニアジャズスクール 小学生クラス

 札幌芸術の森を本拠地に、主として土・日に活動しているとのことだ。同じ小学生ということで先日のパークジャズライブで聴いた中の島小学校のBECONとどうしても比べたくなる。正直なところ技量的には中の島小学校の方が上かな?と思われた。学校内での活動の方が練習量が多くとれるから、その差はいたしかたないとも言えそうだ。しかし、元気いっぱいのステージは好感が持てた。

      

     ※ 青いユニフォームが小学生クラス、グレーが中学生クラスです。

◇札幌ジュニアジャズスクール 中学生クラス

 中学生クラスになると、技量はグッと向上していることを感じさせてくれた。ほとんどの団員が小学生クラスからの継続と思われ、技量的にも、ジャズ音楽に対する理解も増していると思われる。

 また、中学生まで継続しているということは、将来的に音楽の道に進むことを目ざしている団員も多いようだ。(事実、OB、OGの中からかなりのプロを輩出しているとも聞く)

 

◇マーサー・ハッシー楽団

 楽団名が面白い。私は外国の楽団かと思っていたが、日本人ばかりである。どうやらバンドリーダー(あるいはバンドのオーナー?)がハシモトマサヒデさんということから、その名をもじって外国風の名前にしたようである。(確としたことではなく、あくまで私の想像である)

 団員は高校生から大学生、一般人まで含めて、セミプロ的に札幌市内で活動しているようだ。ビッグバンドとしてNORTH JAM SESSIONに登場するくらいだから、その技量も確かなものだった。

      

◇ストックホルム・ジャズオーケストラ・クインテット

 スウェーデン・ストックホルムで活動するプロのビッグバンドの選抜メンバーで構成されたクインテット(5人組)である。ところが何かの事情で二人が来日できなかったようで、ピアノとベースは日本人が担当し、トランペットとアルトサックス、ドラムスだけがストックホルムのメンバーだった。

 日本人メンバーも含めて、ベテラン揃いで安定したモダンジャズをたっぷりと聴かせてくれた。

      

◇ジミー東原ルスターズ

 このバンドは毎年夏に行われる「バンケイ・ミュージック・フェスティバル」でここ5年間、トリを取るバンドとして毎年聴かせてもらっているお馴染みのバンドである。

 ブラスロックという分野の管楽器を前面に押し出した迫力あるサウンドを披露してくれた。

 「あれっ?」と思ったことはリーダーのジミー東原がステージに登場しなかったことだ。ステージでは特に説明がなかったので心配になって帰宅して調べてみると、去年(2017年)の11月に亡くなっていたことが判明した。(合掌)それでも彼の名を冠してバンドを継続しているということのようだ。

      

◇上田正樹

 それはもう上田ワールド満載だった!

 英語の歌も、日本語の歌も、同じように聴こえる。それは〝上田語” といっても良いような、独特の上田ワールドだった。

 上田ワールドは、この日の構成にも表れていた。彼の歌は「ブルース」のジャンルに属する。そのブルース(黒人霊歌)が発生した背景に思いを馳せ、メッセージ性の高い歌を中心に組み立てた構成だった。

 虐げられた黒人に思いを馳せ、音楽家の中で「人は平等」と発したのはベートーヴェンが初めてだった紹介しながら、「第九」を歌い、「We Are The World」、「My Old Kentucky Home(ケンタッキーの我が家)」、「We Shall Over come」などのメッセージ性の高い歌を上田語で歌い上げ、会場内を上田ワールド一色に染めた感じだった。

 なお、バンドの構成はピアノ+アルトサックス+女性バックコーラス+上田の4人構成だった。

      

◇綾戸智恵

 こちらも上田に負けてはいない。大阪のおばちゃん&ジャズシンガーという摩訶不思議な綾戸ワールドの1時間だった。

 小さな体から発するパワフルな歌で会場を魅了した。

 バンドの構成は、オルガン(ピアノ)+ドラムス+ベース+綾戸という4人構成だった。もちろん時には綾戸がピアノを弾きながら歌うシーンもあった。

 綾戸の場合は、いわゆるスタンダードジャズを綾戸流に翻訳したステージで、綾戸の笑いの世界と、本格的ジャズの世界が混然一体となった不思議な世界でもあった。

                

◇熱帯JAZZ楽団

 熱帯JAZZ楽団は1995年にパーカッション奏者のカルロス菅野(元オルケスタ・デ・ラ・ルス)が結成したラテンジャズのビッグバンドである。

 パーカッションが前面に出たラテンジャズは、私にはこの日最も心地よく聴こえてきた時間だった。

 リズムをきっちり刻む演奏スタイルは、聴いていて体が自然に反応する。演奏する曲は分からずとも心地良さいっぱいだった。

 NORTH JAM SESSIONのトリをとるに相応しいジャズバンドだった。

      

 というように、ジャズ系の音のシャワーを浴び続けた8時間だった。

 気温が激変するアウトドアでのライブだったが、そのことも含めて野外ステージを満喫することができた7月22日の午後だった。


北大講座⑥ 日本における多文化共生を考える

2018-07-22 21:04:53 | 大学公開講座

 我が国は基本的に移民を受け入れない国である。しかし、グローバル化の進展は国境の壁を低くし、世界の人々は流動を続けている。また、世界各地の紛争によって移民(難民)を余儀なくされている人々もいる。日本における移民、さらには多文化が共生することについての話を聴いた。 

 7月16日(月・祝)の北大公開講座の第2講目は「移民、民族、アイデンティティ:多文化共生は可能なのか?」と題して公共政策大学院の池 炫周 直美講師が講義した。

           

 池氏はその名が示すように日本に国籍を持つ方ではなくカナダ国籍を持つ方である。両親が日本在住の韓国人(日系二世)だったのだが、その両親が日本からカナダに移住し、そこで生を受けたのが池氏だという。彼女は韓国、カナダの両国の国籍を得る資格があったが、カナダ国籍を選択したそうだ。

 彼女は自らの出自にも関わることから、日韓の移民政策、日韓ディアスポラの比較、多文化主義の可能性などを研究対象としたということだ。

 “移民”には、大きく分けて三つの動機があるという。その三つとは…

 ①強制的な移住(奴隷など)

 ②難から逃れるための移住(貧困、迫害、環境破壊、戦争など)

 ③より良い機会を求めての移住(仕事、教育など)

 

 どのような形であれ、世界において移民(難民)は確実に増えていることは事実である。また、基本的に移民を受け入れないとする日本も、実は一部限定的に移民を認めているという事実もある。

 講師の池氏はタイトルを「多文化共生は可能なのか?」としたが、本当は「多文化共生社会を作っていかねばならない」と言いたかったのではないだろうか?

 日本の移民に関しては、前述したように基本的には受け入れてはいないが、戦前には朝鮮半島から多くの人たちが強制又は自主的に日本に移住し、在日韓国人・在日朝鮮人として今なお多くに人たちが暮らしている。(在日コリアンと称する場合もある)

 また、日本が好景気に沸いた1990年代に労働者不足を解消する手段の一つとしてブラジルやペルーに渡った日本人の子弟にあたる二世・三世が出稼ぎの形で来日し、そのまま国籍を取得し、結果として移民となっている例も多い。

 

 池氏は事例として、先のような形で実質的に移民となっている在日コリアンのコミュニティと日系ブラジル人コミュニティを紹介した。

  在日コリアンは日本各地に存在し、その多くは日本に溶け込んでいるかに見える。しかし、一方で民族的な意識も高く在日本大韓民国民団、在日本朝鮮人連合総会といった組織を作り、独自の学校やコリアンタウンなど運営しながらも日本に定着しているようだ。しかし、歴史的な背景もあってか根強い差別意識に苛まれているとも聞く。

                

             ※ 大阪生野にあるコリアタウンです。看板には「御幸通中央」と書かれています。

 一方、町の人口の約15%が日系のブラジル・ペルー人が住んでいる町として有名な群馬県大泉町には「大泉町多文化共生コミュニティーセンター」が設置されていたり、ブラジルの食品などが揃うスーパーがあったりと、こちらは日本側から積極的に共生を図っているかに見える。

            

            ※ 大泉町にある多文化共生コミュニティセンターです。

 池氏によると、各国における外国人居住者(必ずしも移民とは限らない)の割合は◇日本(2%)、◇韓国(2.9%)、◇ドイツ(8.2%)、◇カナダ(海外出生者20%)、◇オーストラリア(海外出生者25%)だそうだ。

 世界的に見ると、日本や韓国はまだまだ少ないと言える。

 先にも記したが、これからの時代はグローバル化がますます進展する中で、移民を含めた人々の流動化は避けて通れない流れのように思える。

 という前提に立った時、それぞれの民族性を尊重しながらも、それぞれの地域において互いを理解し合いながら共に生きていくという社会(共生社会)を創っていくことが必要不可欠な課題なのではないだろうか?

 

 ※ 今日は12時から20時まで、8時間にわたってJAZZの音を浴び続けた。芸術の森野外ステージで開催された「NORTH JAM SESSION」に参加し、先ほど帰宅したばかりだ。綾戸智恵、上田正樹、熱帯JAZZ楽団、etc.etc.…。大感激の半日間だった。明日そのことをレポできたらと思っている。