田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も10年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

「冬の石狩川河岸を遡る」を振り返る 5

2017-03-06 16:28:04 | スノーシュートレッキング
 振り返るシリーズの最後は、今回の「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクト実施に際しての装備や携行品について記録として留めながら最後としたい。 

 装備として、先ずは肝心のスノーシューであるが、ブログの中でも何度も触れているように、私の所持するスノーシューはいわゆる中級品である。私が贔屓(?)にするmont-belで買い求めたものではなく、スポーツ量販店で買い求めたもので「TUBBS」というメーカー名が入っている。
 中級品ではあったが、2010年末に買い求めて以来、かなり過酷な使用に耐えながら、これまで何の故障もなく使い続けられた。このことはある意味幸運だったと言えるかもしれない。同時に買い求めたストックもまた同じである。
 ただし、持ち運びに使うスノーシューのケースはmont-bel製である。

               
               ※ 私の愛機をあらためて床の上で撮ってみた。右からストック(縮めた状態で)、スノーシュー、ケースの順です。

 スノーシューを付ける靴であるが、これにはmont-bel製の登山靴を使用している。記録によると豊平川を遡っていた当時は長靴を使用していた時期もあったようだが、いつからか登山靴になった。登山靴に防水スプレーをかけ、スパッツを使用することで、防水対策もバッチリである。

 続いて身に着けるウェア類であるが、基本的には上下ともに三枚である。
 上半身は、アンダーウェア、ミドルウェア、そしてアウターの三枚で行動している。寒さが心配される場合は、ミドルとアウターの間にフリース素材のミドルを着用するが、行動を開始するといつも直ぐに脱いでいた。
 私の場合は、アウターがかなりしっかりした素材でできているため、その下は薄着でも寒さを感ずることはなかった。
 対して下半身は、ロングタイツの上にジャージーの下(あるいは登山用パンツ)、そして風除けのためレインウェアの下、という恰好である。

 続いて携行品であるが、いつも必要以上に携行していたのが食料である。厳寒の外ではおにぎりなど水分を含むものは不適である。私の場合は「調理パン(ホットドック系)」をいつも携行していた。その他に北海道のソウルフード?「ビタミンカステーラ」、さらに行動食としてコンビニなどで購入できる「スニッカーズ」のようなものを携行した。
 さらに、粉末状のスープも携行したが、今年は特にそれらを食することは持ち帰ることが多く、これらは「もしも」のための食料としていつも携行していた。

               
               ※ 左側は残っていた行動食、塩飴など、右側はスープやインスタントコーヒーなどです。
              
 携行品の特徴としては、二本のステンレスボトルに入れた熱湯である。一本は甘味を加えた紅茶を、一本はスープやコーヒー用のための白湯である。この二つをどちらも専用にケースに入れた上に、さらにタオルでぐるぐる巻きにして温度が下がらないように工夫した。
 紅茶の方は、寒い中でホッと一息できる飲料として重宝したが、もう一本の白湯はいつもそのまま持ち帰ることがほとんどだった。寒い中でゆっくりとスープなど作っている間がなかったというのが実状である。こちらも「もしも」のために最後まで携行することを忘れなかった。
 少し大げさなのではと思う向きもあるかもしれないが、あくまで“万が一”に備えてという気持ちを忘れなかった。

               
               ※ 右側はケースに入れただけのステンレスボトル。左側はそれをタオルで包んだ状態のボトルです。

 その他で携行したものは、緊急の寒さ対策のためのライトダウン、雨対策のザックカバー、さまざまな状況で重宝するトイレットペーパーなどである。
もちろんカメラ(コンデジ)、スマホ(GPS)、地形図は必携品です。
 それに、宿泊を伴う場合は洗面道具、替え下着が加わった。

                     
               ※ 私は自撮りというものをほとんどしない。この写真も息子が現地まで送ってくれた際に、撮ってくれたものです。
                この時は腰にウェストポーチを付けているようですが、今年は全く付けませんでした。

 ここまで5回にわたって「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトに取り組んできた22日間を振り返ってきた。私にとっては記念碑的(少しおおげさ?)な石狩川河岸遡行だった。
 本来であれば、河口から源流まで辿って初めて記念碑的取り組みと称するのが適当かもしれない。しかし、それは私のような素人にはあまりにも難しすぎることだ。私にとっては旭川まで至っただけで十分に記念碑的なことだと思っている。

 この取り組みが終わった時、書店へ出向いて、旭川から石狩川の源流である石狩岳までの地形図は購入してきた。しかし、それは私が取り組んだことの延長線上にこうした経路があるということを認識したかったことと、私自身の記念品として買い求めたということだけである…。
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「冬の石狩川河岸を遡る」を振り返る 4

2017-03-05 17:11:51 | スノーシュートレッキング
 今回の「冬の石狩川河岸を遡る」の22日間を振り返ってみたとき、最も危険を感じたシーンは、プロジェクト初日の石狩川河口での一件ではなかったのか、と振り返っている。 

 今回のプロジェクトに独りで取り組んでいると話すと、「独りじゃ危険じゃないか」とか、「もし、何かあっても誰も助けてくれないぞ」などと取り組み自体を危険視する方が多かった。だから私は極力危険な目に遭わないように細心の注意を払いながらトレッキングを続けた。
 それでも不案内な初めての地を歩く旅である。ましてや極寒の冬である。振り返ってみると、何回かはヒヤッする場面に遭遇した。そんな場面を思い出してみると、最も今もってゾッとするのは、このプロジェクト初日の石狩川の河口で遭遇した一件である。
 その模様を私は次のように描写している。

 危うく我が身を石狩川に晒すところだった(冷汗) 間一髪だった…。踏み込んだ足元の雪が崩れ石狩川の川面が姿を現したのだ。足元をすくわれた私だったが、必死に残った雪にしがみついて難を逃れた…。 

               
               ※ 写真の向こう岸の雪面が崩れているが、そこは私が踏み外したところである。間一髪!私は向こう岸に
                倒れこんで、必死に雪壁にしがみつき、なんとか川に落下せずに済んだ。

 この時は本当に間一髪だった…。写真を見ると、川の深さもかなりありそうだ。
もし、落下したとしたら下半身はずぶ濡れ状態だったかもしれない…。そうなっていたら、このプロジェクト自体からも早々に撤退していただろう。幸運だった…。

 続いてのヒヤリは、今シーズンの3日目の’16/12/29の〔尾白利加川河口 ⇒ 江竜橋〕間のトレッキングだろう。身の危険を感ずることはなかったが、石狩川に注ぐ掘割にズボッとはまってしまった私は、そこから抜け出すのに大変な苦労をした。
 その時の様子を次のように記している。

 流れの両端を結ぶようにして木が倒れているのが目に入った。「あるいは渡れるのでは」と思い、近づいてみると何とか行けそうな感じがした。
 ストックで確かめながら慎重に、慎重に進んだ。全体の2/3ほど進んだときだった。ズボッと深みにはまった。体全体が木の枝の間に沈んでしまい、体の自由が利かない。どうやら私は木の幹ではなく、枝の部分に乗ってしまい、そこから落ちたようだった。
 スノーシューを付けた靴は水面に接していた。なんとか体を幹部分に乗せようとするだが自由が利かない。こうした時に年齢を感じてしまう。若ければもっと身体を縦横に動かせることができたはずなのだが…。そのうち、靴の中に水が浸み込んでくるのを感じた。これには焦りを感じた。
 何度も何度も繰り返し、少しずつ体を動かした末に、なんとか幹部分にしがみついた。どれほどの時間格闘したのだろうか?私にはずいぶん長い時間に感じた。ようやく体勢を立て直し、幹の部分に立ち上がることができた。
 そこから前へ進むことはできなかった。私は元来たところを慎重に戻って、心の底からホッとしたのだった。
 

               
               ※ 掘割を迂回するのを嫌い、写真のようなスノーブリッジを渡ろうとしたのだが…。今考えると無茶だった?

               
               ※ 私がはまってしまい、苦労して脱出し、後退を余儀なくされたところです。

 別な意味でヒヤッとしたのは、同じく今シーズン7日目だった ‘17/01/24の〔深川橋 ⇒ 納内橋〕間の畑地をトレッキングしている時だった。畑地に危険なところなんてないだろうと、安心して私はトレッキングを続けていたのだが…。

 その上天気は快晴ときて、気分は上々で歩を進めていた。
 そのときである! 私の体が突然ズボッとはまってしまった。何ごとが起きたのだろうと、一瞬事態を把握できなかった。幸い体にはどこも異常がなかった。落ち着いて周りを見てみると、どうやら私は畑の中に造られていた灌漑溝にはまってしまったのだった。
 背丈の半分くらいが埋まっていたので、苦労してそこから脱出することができた。
 迂闊だった。周囲をよく見ると、灌漑溝がある部分は明らかに少し凹んでいた。私の注意力が散漫だったゆえに起こった出来事だった。
 

               
               ※ 好天気のために注意散漫となり、ズボッと嵌ってしまった灌漑溝です。よく観察していれば地形の膨らみがあり防げたのですが…。

 このように確かにヒヤッとした場面には遭遇したが、それは自然を相手にした場合には多かれ少なかれそうしたことは覚悟しなければならないことである。私はこれまで登山をしていて、こうしたケース以上に危険な場面に遭遇したことが何度かあった。
 だから、そのことを理由に断念することなど考えられない。そんなことなら初めからこうしたことを企てたりはしない。
 肝心なことは、そうした事態に遭遇しないように最善を尽くし、慎重の上にも慎重を期すことだと私は肝に銘じている。

 そうした事態を乗り越え、22日間を終えた今、私は大きな達成感に浸っている。
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「冬の石狩川河岸を遡る」を振り返る 3

2017-03-04 20:29:37 | スノーシュートレッキング
 おーっと、恐れていた掘割に遭遇した!そこを渡るべきか、それとも迂回すべきか? 目の前に密生する灌木帯があり直進はとても無理だ!ギリギリ川沿いを進むか、それとも川岸から離れるか? 冬の早い日没が迫っている。まだ目的地に届いていない。ここでトレッキングを中断すべきか、進むべきか? 私はそのときどきに判断を求められた。全ての判断が自己責任。私はその判断を楽しんだ…。 

               
               ※ 大いなる石狩川の河原を独り往く代表的な一枚の写真かもしれません。

 私が一人旅を志向するようになった訳を考えてみると、これまでのいくつかの経験に起因していることに気が付いた。
 
 高校2年のときだった。親しかった1年下のT君と道東地方を巡る一週間の自転車旅行をした経験があった。
 大学1年のときだった。高校の同窓で、同じ大学に進学したS君と、今度は北海道内一周の自転車旅行をした。
 どちらも楽しい思い出として私の中には残っている。しかし、旅行中にT君とも、S君とも気まずい思いをしてしまったことも忘れられない。それはお互いに体力的にきつくなったときに、どう対処するかという方法を巡って対立してしまうことが多くあり、しこりを残してしまったことが忘れられない。

 一方、私は大学3年を終えたときに、1年間休学してヨーロッパ・アジアをヒッチハイクで彷徨する一人旅に出た。
 その旅は、一日一日が、一瞬一瞬が判断を求められる連続だった。明日はどこへ向かおうか? 所持金が残り少なくなり、この後どうしようか? ヒッチハイクで思うように進めなかったとき、どこに宿泊しようか? 等々…。
 私は一人で判断しなければならなかった。判断したことに責任を持たねばならなかった。誰にも文句を言えない。誰にも責任を押し付けることができない。すべては自己責任に帰する旅を続け、両親と約束した1年後に無事に帰国することができた。
 この一人旅は私を強くした。私に自信を与えた。そして何より、一人旅の醍醐味を知ってしまった。

               
               ※ 掘割に張った氷の上にうっすら積もった雪。はたして渡れるのか否か。真剣に検討しました。

 「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトにおいても、私は当然のように一人旅を選択した。(というよりも、誰一人こんな酔狂な企てを一緒にしようなどという者は現れない)
 今回のプロジェクトにおいては、リード文でも触れたように一瞬一瞬の判断が求められた。さらには五感を研ぎ澄まして、行く先々の危険を事前に察知することが求められた。
 雪の上に立ったら、考えることは“この先をどう進もうか?”、“危険な個所はないか?”、“昼食はどこで摂ろうか?”等々…、考えることは目の前で生起する問題をどのように判断し、処理するか、だけに忙殺される。そこに日常の雑事は全て忘れ去られている。

               
               ※ 私の行く手に立ちはだかる風倒木の塊。この先をどう進もうか?大いに頭を悩ませました。

 さらに一人旅は…。
 大いなる石狩川の河岸に、広い雪原に、唯一人…。聴こえてくるのは風の音、時に聴こえる川の流れの音…。自然の中にどっぷり浸かっている自分を感ずる…。
 こんなシチュエーションに、相手の話し声、仲間の歓声など必要ない。独りでいることに無上の喜びを感ずる。
 私のブログに度々登場する超人おじさんsakag氏は言う。「孤独感は心地良いが、孤立感は侘しい」 と…。
 まさに私の「冬の石狩川河岸を遡る」旅は、孤独感を楽しんだ22日間だったのだ。

 もう少し22日間を振り返ったみたい。
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「冬の石狩川河岸を遡る」を振り返る 2

2017-03-03 17:06:30 | スノーシュートレッキング
 恐る恐る踏み出した「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトだったが、記録を振り返るとシーズンを追って取り組む日数が増えていることが分かる。特に4年目となった今シーズンは実に10日間もこのプロジェクトに費やした。 

          
          ※ 全てはこの一枚の写真から始まった…。石狩川が日本海に注ぐ先端部分です。

 このプロジェクトにかけた日数をシーズン別に振り返ってみると、
 ◇2014シーズン   3日
 ◇2015シーズン  4日
 ◇2016シーズン  5日
 ◇2017シーズン  10日(※ ‘16/12/15 ‘16/12/28~12/30 も含む)

 私はこのプロジェクトに取り組んだ第1日目のレポートに次のように記している。

 正月以来、初○○と称して、山登りやスキー、クロカンなどを体験してみたのだが、「もっとも今の自分に相応しいのはスノーシューかな?」との思いを強くしていました。スノーシューといっても山には危険が伴います。その点、河原を歩くことは迷う心配がなく、冬を楽しむには最適なのでは?と私一人が思っていることです。
 そこで思い出したのが、2011~2012年にかけてスノーシューで豊平川河口から定山渓まで河原を遡行した体験でした。
 まさかあれと同じようなことを石狩川でやろうとは思っておりません。あのとき体験したように少しだけ石狩川でもやってみようか、と思い立ったのです。
 

 つまり、このプロジェクトに踏み出した時には、豊平川河岸を遡った時の充実感が忘れられず、石狩川を舞台に“ちょっとだけ”やってみようか、という思いだった。
 だから2014シーズンは3日を費やしただけだった。この3日間、レポートを読み返してみると、その日の終盤には必ずと言って良いほど大腿部の痛みに悩まされている。なのに私は懲りずにその後も石狩川に向かっている。

 2014シーズンの最終日のレポの終わりに私は次のように記している。

 これだけ辛い思いをしてもスノーシューを止めようなどとは全く思わない。それほど私は今、スノーシューにはまっている。 

 最初は“ちょっとだけ”と思って始めたにもかかわらず、わずか3日間の取り組みで心境はがらりと変わり、「止めようなどとは全く思わない」と言い切っている。
 いかに私がスノーシューの魅力に憑りつかれたかを如実に言い表している一文である。

          
          ※ 「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトは、ある意味石狩川に架かる橋との出会いの連続だった。写真は江別市近くに架かる「美原大橋」です。

 そんな私は翌2015シーズンには4日間、石狩川河岸に通い上流に歩を進めた。
 転機はその年の夏、超人的おじさんsakag氏との出会いだった。
 氏と話す中で、この「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトのことについて、私が漏らすと「誰もやっていないオリジナルな取り組みだから、頑張りなさい」と激励を受けたことだった。
 そうした激励もあって2016シーズンは取り組む日数がさらに増え5日間となった。
 その2016シーズン最後のレポの終わりは次のような言葉で締め括られている。

 この日が今シーズンのスノーシュートレッキングの最後と決めた。シーズン前には、今シーズンの目標を「滝川まで!」と内心思い定めていたが、残念ながら目的地には届かなかった。しかし、今シーズンはこのプロジェクトを始めて3年目だが、最も多い5日間をこのために費やした。
 その一日一日は、私にとって何にも代えがたい充実した日々だった。それでいいではないか!
 届かなかった滝川、そしてその向こうまで…。来シーズンまた取り組めばいいのだ。石狩川はいつも待っていてくれるはずだ。私の体調、意欲が今シーズンと変わらなければ、という但し書き付きだが…。今シーズンは一応の終止符を打とう。
 

 そして今シーズンである。
 なんとこれまでとは比較にならない10日間もこのプロジェクトに費やすことになった。
 その要因はいろいろ考えられるが、まず第一には目標が近づいてきたことが大きいと思う。日数さえ費やせば密かな目標としていた旭川に到達できると…。
 二つ目は、私の体調が意外に良かったということがあげられる。これまで必ずといってよいほどその日の後半に感じていた大腿部の痛みを感ずることがなかったことだ。体力が増強したとは考えられないが、一日の距離が適当だったという幸運に恵まれたのかもしれない。

          
          ※ このプロジェクト最後の一枚は、目的地の旭橋をバックにしたわが愛機(というほど立派なギアではないが)です。

 今シーズン前までの取り組みと比較すると、宿泊を伴ったこともあるが充実した最後のシーズンとなった。
 さて、私は何故これほどまでスノーシュートレッキングにはまってしまったのか、その辺りについて明日考えてみようと思う。
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「冬の石狩川河岸を遡る」を振り返る 1

2017-03-02 17:07:29 | スノーシュートレッキング
 それはA4版95枚にもなった。2014年1月23日に投稿を開始してから、2017年2月21日に最後の投稿まで、私が取り組んだ「冬の石狩川河岸を遡る」の22日間のレポートをプリントアウトしてみたところ95枚になっていたということだ。石狩川河口から旭川市の旭橋までの22日間を何度かに分けて振り返ってみることにする。 

     
     ※ 石狩川だけを抜き出して描いた概念図です。石狩川の源流である石狩岳まで描かれています。

 まず22日間の行程とその実施日を振り返ってみることにする。
 ◇第 1日目 (‘14/01/22) 石狩川河口 ⇒ 石狩河口橋
 ◇第 2日目 (‘14/01/30) 石狩河口橋 ⇒ 札幌大橋
 ◇第 3日目 (‘14/02/09) 札幌大橋 ⇒ 新石狩大橋
 ◇第 4日目 (‘15/01/29) 新石狩大橋 ⇒ 美原大橋
 ◇第 5日目 (‘15/02/05) 美原大橋 ⇒ 川下集落
 ◇第 6日目 (‘15/03/01) たっぷ大橋 ⇒ 月形大橋
 ◇第 7日目 (‘15/03/12) 川下集落 ⇒ たっぷ大橋 
    ※ 6日目と7日目は事情によって逆順となった。
 ◇第 8日目 (‘16/01/22) 月形大橋 ⇒ 札比内
 ◇第 9日目 (‘16/01/28) 札比内 ⇒ 美浦大橋
 ◇第10日目(‘16/02/19) 美浦大橋 ⇒ 奈井江大橋
 ◇第11日目(‘16/03/06) 奈井江大橋 ⇒ 於札内
 ◇第12日目(‘16/03/07) 於札内 ⇒ 砂川大橋
 ◇第13日目(‘16/12/15) 砂川大橋 ⇒ 徳富川河口
 ◇第14日目(‘16/12/28) 徳富川河口 ⇒ 尾白利加川
 ◇第15日目(‘16/12/29) 尾白利加川 ⇒ 江竜橋
 ◇第16日目(‘16/12/30) 江竜橋 ⇒ 石狩川第一橋梁
 ◇第17日目(‘17/01/03) 第一橋梁 ⇒ 向陽橋
 ◇第18日目(‘17/01/23) 向陽橋 ⇒ 深川橋
 ◇第19日目(‘17/01/24) 向陽橋 ⇒ 納内橋
 ◇第20日目(‘17/01/25) 納内橋 ⇒ 神納橋
 ◇第21日目(‘17/02/14) 神納橋 ⇒ 観魚橋
 ◇第22日目(‘17/02/15) 観魚橋 ⇒ 旭川・旭橋

          
          ※ 石狩川だけでなく、石狩川に注ぐ支流も描き、周りの地名を入れた図です。

 こうして並べて振り返ってみると、あらためて「長い道のりだったなぁ~」と思う。
 と同時に、関心のない向きには「なんてバカバカしいことを企てたのだろう」との思いもよぎるのではと思われる。

 そのことについては、この「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトから、さらに遡ること3年前に、私は2年間をかけて「冬の豊平川河畔を遡る」というプロジェクトを敢行した。その初日の‘11/02/10に次のように投稿している。

 道なきところに踏み出せるスノーシューで何かをしてみたい。さりとて不案内な山は危険が伴う。そう考えたときに、「そうだ河原を歩こう!」というアイデアが閃いた。冬だからこそ近づける河原を辿りながら、川を遡ろう!私の小さな冒険は豊平川の上流を目ざした。どこまで行けるのか、事前踏査をまったくしていないのだから皆目見当が付かない。何日かに分けて無理なく行けるところまではと思っているが…。

                

 私にとってはこの一文が原点であり、石狩川河岸を遡っている時もその思いは変わらなかった。

 寒さが厳しい冬の路だった…。
 何が待ち構えているか分からない河岸の路だった…。
 しかし、私は嬉々として石狩川の河岸に向かった…。
 「冬の石狩川河岸を遡る」22日間を振り返ってみたい。
 
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冬の石狩川河岸を遡る 22 後編

2017-02-21 20:15:03 | スノーシュートレッキング
観魚橋 ⇒ 旭橋   トレッキング実施日 ‘17/2/15

 旭川サイクリングロードの快適なスノーシュートレッキングで楽勝と思われたのだが、そうは問屋が卸してはくれなかった。この日の後半は難行苦行の半日だった。雪は重くなり、その上スノーシューの裏に張り付く雪に私の体力は急速に奪われていった。 

               
               ※ 河川工事の現場から「近文大橋」を写す。

 サイクリングロードがぷっつりと途切れてしまった後、私は河川工事の邪魔をしないように、工事現場からできるだけ離れてトレッキングを続けた。
 すると、河川工事について説明された表示が目に入った。そこには「水門工事を行っています」と書かれ、さらにはその工事が石狩川の支流の「ウッベツ川」の工事であることが判明した。
 とすると、石狩川はその向こうになり、私は河岸から離されたことになる。
 進むコースを石狩川の堤防と思われる方へ進路を変えた。

               
               ※ 工事現場の近くにはこのような表示がされていました。

 しばらく行くと、歩くスキーを付けた一人の人に出会った。彼は私とは反対に市街地の方から歩いてきたようだった。そして、サイクリングコースに入るポイントを探していたので、私が通ってきた道を行くと良いことをアドバイスした。
 一方、私は彼が付けたスキーのシュプールを辿って旭川の市街地を目ざした。

               
               ※ 市街地からやってきた歩くスキーの人のシュプールを辿って市街地を目ざしました。

 この辺りからは、今もって分からないのだが、シュプールの跡を辿っていくと、石狩川との間に大きな壁のようなものが現れた。その壁は高さ15~20mくらいあると思われ、とても上って越えられそうな壁ではなかった。
 石狩川が見えず、近寄れず悶々としながらも前進を続けた。悪いことに雪温が上がっていたこともあってか、この辺りから雪が重く感ずるようになっていた。GPSで確認すると、この日の大きな目的であった美瑛川・忠別川と石狩川との合流点が過ぎてしまっているようだった。
 しかし、壁上には上れない。しかたなくその壁の下を上流を目ざして前進していると、突然壁が終わりになった。
 私の素人考えでは、合流点のところは大雨など増水した際に、堤防の決壊を避けるために一時防水堤として造成された壁なのではないかと想像した。

 ※ これまでもそうだったが、苦しくなり余裕がなくなると、写真の数が極端に少なくなる。この日も苦労した大きな壁の写真が一枚も撮れなかったことに気付いた。べたつく雪との必死の闘いが続いていたのだ。

 その時点で美瑛川・忠別川と石狩川の合流点ははるかに過ぎていた。しかし、私にとってはこの日の大きな目的の一つだったので、壁の終点から壁に上って合流点を目ざして逆進することにした。壁の上はさらに雪温が上がっていたのだろうか?スノーシューの裏に雪が付き始めた。こうなると、スノーシューは極端に重くなり、前進するスピードはガクンと落ちる。

 壁の上を20分くらい逆進しただろうか?ようやく目的の合流点に達することができた。
この時13時。振り返ると11時20分に通過してきたはずの「近文大橋」がそれほど離れたところでないところに見えていた…。この間でいかに苦戦したかを表していた。

               
               ※ 忠別川と石狩川の合流点です。上側が忠別川、下側が石狩川です。
                しかし、正確には合流点の前にできた中州の先の部分のようです。

               

 ところで、旭川は「川の街」ともに言われるが、市内に石狩川、忠別川、美瑛川の3本の大きな川が流れている。それらは、まず忠別川と美瑛川が合流している。その合流した川が今度は石狩川と合流して1本の川となって下流に流れている。
 この忠別川と美瑛川が合流し、石狩川に合流するまでのわずかに1km程度の短い区間の名称はどうなっているのかマップでは分からなかった。そこでこの点についても北海道開発局に尋ねたところ、このわずかな区間は「忠別川に属する」との回答だった。
 したがって、石狩川と合流しているのは忠別川ということになる。

 合流点をカメラに収め、私は最後の目的地「旭橋」を目ざした。相変わらずスノーシューの裏に付く雪には悩まされた。
 そんな中、まず現れたのがJRの鉄橋である。JRの鉄橋を超えると、もう旭川市街の中心地に入ってきた様相だった。河岸が整備されているような感じだったからだ。

               
               ※ 石狩川に架かるJRの鉄橋です。

 続いて、13時35分に「旭西橋」、14時05分には「新橋」と通過していった。この辺りになると、クロカンスキーの練習をする人がいるらしい。シュプールの跡が見えて雪が固まっていて、スノーシューに雪が付かなくなった。ホッ。

               
               ※ 市街地が近づくにつれ、河原はこのように整備されてきました。

               
               ※ 「旭西橋」です。

               
               ※ こちらは「新橋」です。

 遠くに特徴のあるアーチ形の「旭橋」が見えてきた。湿雪と付き雪で体力を消耗していた私だったが、14時25分、ようやく「旭橋」の袂に着き、長い長い旅路を終えた。

               
               ※「新橋」を超えると直ぐに、このように「旭橋」が見えてきます。

               
               ※ 「旭橋」の優美(?)な全景です。

               
               ※ お約束のわが愛機と「旭橋」です。

               
               ※ 「旭橋」は車道と歩道が、ごらんのような鉄骨で区切られていました。鉄骨の右側が歩道です。

 時計を見るとバス時間が迫っていた。感慨に浸る間もなく、15時旭川バスターミナル発の都市間バスに間に合わせるために、私は旭川の市中をスノーシューを抱えたへんてこな格好でターミナルに急いだのだった。
 息をぜいぜい言わせながら、私は車中の人となった…。

     
     ※ スタート地点付近に赤い〇が二つ書かれていますが、「観魚橋」バス停は右側のしるしです。

 ※ この日の総歩数 26,580歩  距離換算 19.88Km

 ※ 少し時間をおいて、この「冬の石狩川河岸を遡る」シリーズ22日間を振り返ってみたいと思います。
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冬の石狩川河岸を遡る 22 前編

2017-02-20 17:02:12 | スノーシュートレッキング
観魚橋 ⇒ 旭橋   トレッキング実施日 ‘17/2/15

 この日(2月15日)はスタートして間もなく、対岸の右岸にわたり快適な旭川サイクリングロードの雪上トレッキングとなった。スノーシューは適度に沈むものの快調にトレッキングを続けた。このまま楽勝かと思ったのだが…。 

 2月14日(水)、ホテルの朝食は7時から、バスは7時30分発。私はそそくさと朝食を摂り、朝一番のバスに飛び乗り、昨日のゴール地点の「観魚橋」バス停に向かった。

               
               ※ 「観魚橋」バス停にザックを引っかけて、トレッキングの準備をしました。
 
 バスの車内には朝陽が射し、天気は問題なさそうだった。
 8時少し前、「観魚橋」バス停に降り立ち、トレッキングの準備を整え、8時05分この日の行動を開始した。

               
               ※ この日初めて目にする石狩川です。

 歩くのは、昨日同様に石狩川沿いに造成された国道12号線と並行してさらに河岸を走る旧国道である。
 ライブレポでも記したが、前日同様この日もシカの群れに何度も歓迎(?)された。
 旧国道上には、シカたちが何度も何度も行き来するために立派な(?)獣道ができていた。

               
               ※ まるで人が何度でも歩いた跡のようにくっきりとできたシカたちの足跡です。

               
               ※ シカたちは基本的に巣を持たないはず、木の枝の下に固まって夜を過ごした跡ではないかと思われます。

 スタートして間もなく「観魚橋」という表示が目に入った。
 実は、バス停名の「観魚橋」というのが橋の名前だろう、と思ってはいたのだがマップ上に表記がないため、その存在に半信半疑だったのだが、橋の名を見て胸のつかえがとれた思いだった。

               
               ※ 「観魚橋」という表示を見て、胸のつかえがとれた思いでした。

 やがて遠くに「伊納大橋」が見えてくると、それまであった旧国道が途切れ、私は現在使われている国道に導かれた。ほんの短い区間ではあったが、国道の歩道を通って「伊納大橋」を渡り、右岸に移動した。

               
               ※ 行動開始後30分後くらいに、遠くに「伊納大橋」が目に入ってきました。

               
               ※ 左側は石狩川が迫り、右側に走る国道12号線に押し上げられました。

 何度も記したが、私はこの「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトは特別の事情がないかぎり右岸を歩いてきた。今回も事前に旭川市に問い合わせて「伊納大橋」以降は大丈夫とのお墨付きを得て、右岸に移ることにしたのだ。

               
               ※ 「伊納大橋」の橋の上から見た石狩川です。まだまだ川幅が十分に広かったです。

               
               ※ 渡り終えた右岸から見た「伊納大橋」です。

 右岸は、これも何度も触れたがJR旧函館線跡を利用した「旭川サイクリングロード」が走っていた。私はその存在を知ったとき、石狩川沿いを走るこのサイクリングロードをトレッキングしたいと思っていた。
 サイクリングロードは期待どおり平坦でとても歩きやすかった。前日とは違い、石狩川を右手に見ながらのトレッキングとなった。

               
               ※ 旭川サイクリングロードは写真のとおり平坦で歩きやすいコースが広がっていました。

 旭川が近づいたからだろうか?対岸には河岸に住宅が目立つようになってきた。対して私が歩く右岸には住宅などの建物は全くと言ってよいほど目に入らなかった。

               
               ※ 旭川が近づき、対岸には民家が並び始めました。

 「伊納大橋」から右岸に移って、快適なトレッキングを続けるここ約1時間、この日石狩川に架かる二つ目の橋「江神橋」に到達した。
 サイクリングロードは堤防の外側に造られていて、石狩川が目に入らなくなったので堤防を上り、堤防上を往くことになった。
 しかしまた、いつの間にかサイクリングロードと合流してトレッキングは続いた。
 かなり旭川市街に近付いた証拠だろう。私の前に散策したスノーシューの跡も見えるようになって来た。

               
               ※ 石狩川が大きく湾曲している部分でしたが、遠くに「江神橋」が見えます。

               
               ※ 「江神橋」の袂のサイクリングロードはJR函館線と並行して橋の下をくぐっていました。

               
               ※ サイクリングロードを離れ、堤防に出て「江神橋」をパチリと。

               
               ※ 旭川の市街が近づき、他の人が歩いたスノーシューの跡が見えました。左端はシカの足跡かな?

 そして「江神橋」から1時間くらい経ったとき、サイクリングロードに通行止めの柵と標識が取り付けられていた。どうやら、台風などで崖が崩壊したためにサイクリストが入り込まないように措置されたもののようだった。

               
               ※ 旭川サイクリングロードは現在使用が禁止されている(夏期間)ことがこの表示で再確認できました。
 
 通行止めの標識が少し行くと、ライブレポでもレポートしたが、川中に大きな岩があり、アイヌの伝説では星が落ちてできた岩という言い伝えで「ノチュ(星)」と呼ばれていたそうだ。

               
               ※ 川の中にこのような大きな岩があると目立ちますね。

それから間もなく、この日三つ目の橋「近文大橋」に到達した。

               
               ※ かなり交通量が多い「近文大橋」です。

 「近文大橋」を過ぎたとき、石狩川の川中では大型機械が何台も動いてなにやら工事が行われていた。(後から知ることになるのだが、この河川工事は石狩川と並行するように流れている支流のウッペツ川の水門建設工事ということだった)
 そして「サイクリングロードは河川工事のために、この先で中断します」という表示が出ていた。そしてその先、サイクリングロードはぷっつりと途切れていた。

               
               ※ 石狩川の川中(と思ったのですが)では大型機械が投入され、大規模な河川工事が行われていました。

 この時11時20分、私はここで一息入れ、この日の後半に臨んだのだが、ここまで順調だっただけに、ここから先に大きな試練が待ち受けているとは露ほども思っていなかったのだが、現実は厳しかった…。(続きは後編にて)
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冬の石狩川河岸を遡る 21 後編

2017-02-18 16:10:56 | スノーシュートレッキング
神納橋 ⇒ 観魚橋   トレッキング実施日 ‘17/2/14

 この日の後半はおおむね旧国道を往く非常に楽なトレッキングだった。エゾシカとの遭遇を楽しみながらのトレッキングが続いた。しかし、ただ一か所だけ非常にスリリングな場面に遭遇し、冷や汗を流した私だった…。 

 「夢殿観世音菩薩像」を過ぎてからは、エゾシカ天国(?)に迷い込んだようだった。向こう岸にも、こちら側にも次々とシカの群れが現れた。さすがに私が歩く左岸側で遭遇した群れは、ボス(リーダー)の甲高い鳴き声を合図に、一斉に逃げ去ってしまう。
 しかし、向こう岸だと、さすがに安心するのか甲高い鳴き声はするものの、じーっとこちらを見てはいるが直ぐには逃げないので、何度かその姿をカメラに収めることができた。

               
               ※ 対岸の崖のところにいたシカです。(下の写真も)意外に小さいようにも思えるのですが…。
               

               
               ※ 何か動物の巣の入口と思われます。キタキツネではないかと思うのですが…。

 周りの背丈の低い木々は悲惨である。ことごとくシカたちの食料にされ、木の皮が剝がされていた。シカたちにとってもエサの少ない冬を越すのに必死なのだろう。私の行く手には彼らが何度も行き来するためか、しっかりとした獣道ができていた。

               
               ※ 写真のようにシカが届くところの低木はことごとくといってよいほど、木の皮が剥がされていました。
               

 神居古潭と旭川の間の旧国道12号線は、石狩川沿いの河岸ギリギリに道路が造られていた。その後、道路の直線化・複線化、それに伴うトンネル化など改良が進んで現在のような道路になった。
 そこで河岸ギリギリに造成された旧国道は、現在自転車・歩行者道路として利用されているようである。私の行く道はここだった。

               
               ※ 写真のように橋梁状に造られた国道12号線が石狩川の川岸ギリギリを走っていました。
          
               

                         
 ところが、神居古潭側の一部は道路を複線化(二車線化)するための土地がなかったようで、橋梁のようにして道路が造られ石狩川にせり出すような形になっていた。私は当然その橋脚部分を進まねばならなかった。
 はじめのうちは良かった。まだそれなりの幅があり、余裕をもって進めた。次第に川岸が迫り、橋梁の下を歩くようになった。橋梁のところが屋根のように私を覆い始めた。
 私は絶えず前方に注意しながら、果たしてずーっと前進できるのか、半信半疑で進んだ。もし前進できないようなところに遭遇したら引き返すしかない。

               
               ※ 私は橋脚の横を進むことを強いられました。

 そんなときだった。前方に足の置き場が幅20センチくらいしかないところに出くわした。
 幅20センチというとスノーシュー片足がようやく乗る程度である。「どうしょう?」と考えた。もし落下したら2メートル下である。幸いそこは直ぐに川ではなく、石原だった。落ちても大怪我はすまい。そう判断し、前進を決断した。
 幅20センチでは足を交差することもできない。私は左足を前にして、体はできるだけコンクリートにもたせ掛けるようにして、左足をずらしながら前進させ、そこに右足を摺り寄せるという方法で前進した。
 20センチの幅は、バランスを崩すだけで真っ逆さまである。恐る恐る、ジワリジワリとまるでナメクジのように進んだ。長さにして10メートルもあっただろうか?そこをおよそ10分もかけて渡り終えた。渡り終えた私は全身汗びっしょりだった。

               
               ※ 恐怖の20センチ幅の橋脚です。渡る前(上の写真)と渡った後(下の写真)、その狭さが分かっていただけると思います。
               

 難関を乗り越え、一休みすることにした。そこにはちょうどビールの空きケースのようなものが転がっていた。おまけに頭上は橋梁が覆っている。座って休憩できるとは、これまでのスノーシュートレッキングでは最上の休憩場所だった。
 持参の熱い紅茶で喉を潤し、この日後半のトレッキングに再スタートしたのは11時30分だった。

               
               ※ 橋梁下の絶好の休憩ポイントでした。青いプラスチック箱に腰かけて…。

               
               ※ 私のトレッキングの友のポールとザックです。プラスチック箱の上のものはタオルに包んだステンレスボトルです。
                熱い紅茶を冷やさないように、専用ケースをさらに包んで保温に努めました。

 再スタートして間もなく、橋梁部分から離れ、旧国道上を往く楽なトレッキングに移った。
 再スタートから30分後、石狩川を跨ぐような施設が目に入った。以前に見た「北空知頭首工」のような施設である。傍に寄ってみると、「神竜頭首工」と掲示され、灌漑用の施設であるとの説明も書かれていた。
 しかし私の中では疑問が沸いた。「神竜頭首工」の両岸は鋭い崖が迫っている。どこにも灌漑するような田畑は見当たらない。いったいどこへ灌漑するのだろう、と…。
 疑問に思った私は、帰宅後北海道開発局に電話をして尋ねた。すると、「神竜頭首工」で取水した水は導水管によって、旭川、あるいは深川、滝川方面まで運ばれ、そこの田畑に導かれているという回答だった。その個所が頭首工を造成するのに適した地形だったということか?

               
               ※ 対岸には「旭川サイクリングロード」の表示が…。本当にトレッキングは不可能だったのだろうか?

               
               ※ 旭川、深川、滝川地方に農業用水を供給する「神竜頭首工」です。

 頭首工を過ぎると、スノーシュートレッキングを楽しむための絶好のステージだった。新しい国道は「春志内トンネル」という直線状のトンネルを往くが、旧国道はトンネルを巻くように石狩川沿いを往く。そこが自転車・歩行者道路として整備されているため灌木なども生えていない。
 エゾシカとの遭遇を楽しみながらのトレッキングが続いた。

               
               ※ 旧国道12号線は、写真のような表示が立てられ、スノーシュートレッキングを楽しむには絶好のステージでした。

               
               ※ 旭川が近くなってきたせいか、スキーのシュプールが残っていました。右側2本がシュプール。左側はシカの足跡です。

               
               ※ 最も近くで撮ることのできたシカの姿です。

               
               ※ 私の姿に慌てて崖上に逃げるシカたちです。


 問題は場所がはっきりしないバス停である。一応の目星はつけてきているものの、そこを見逃すと大変なことになる。
 新国道が春志内トンネルを抜けて、旧国道と並行するように走るようになった。
 すると、私が目的としていたバス停の一つ手前のバス停「春志内」が目に入った。
 これで一安心。後は送電線の近くにあるであろう「観魚橋」のバス停を見つけることができればOKである。

               
               ※ 目安にしていた送電線が頭上を向こう岸まで延びていました。

               
               ※ この日最後の石狩川の姿です。

 さらに前進を続けた私は、14時20分、無事に「観魚橋」バス停を見つけることができ、スノーシューを脱ぎ、14時56分発「深旭線」の路線バスで、この日の宿泊先の旭川に向かったのだった。

               
               ※ 最後はお決まりの愛機を「観魚橋」バス停と共にパチリと…。

     

 この日の総歩数 22,381歩   距離換算 16.87Km
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冬の石狩川河岸を遡る 21 前編

2017-02-17 21:38:30 | スノーシュートレッキング
神納橋 ⇒ 観魚橋   トレッキング実施日 ‘17/2/14

 およそ半月ぶり、今シーズン最後のスノーシュートレッキングの予定でこの日の早朝から行動を開始した。久しぶりの雪の上はやはり心地良い。思いもしなかった(私の勉強不足故)神居古潭の竪穴住居遺跡や水管橋、さらにはエゾシカの群れに遭遇するなど、変化に富んだトレッキングを楽しんだ。 

 2月14日(火)、朝6時35分、札幌駅発L特急スーパーカムイで深川に向かった。
 まだ明けやらない空はどんよりと曇っている感じだった。

               
               ※ 朝7時40分、降り立った深川駅前です。冬の鈍い朝日が駅舎の窓を照らしています。

 7時40分、深川駅に到着し、直ちに近くの深川市立病院前に移動し、8時10分発の旭川行き路線バスで、スタート地点の「神納橋」バス停に向かった。
 8時45分頃バスを下車し、用意を整え行動を開始したのはちょうど9時だった。

               
               ※ この日のスタート地点の「神納橋」です。

 トレッキングを始めて河岸に出て、石狩川を左手に眺めながら進むと対岸に水利施設のようなものが目に入った。その施設を眺めていると、そこにシカの群れが現れた。集団で動いていたのだが、私に気付くと木の陰でピタっと動きを止めた。慌ててコンデジを出し、望遠をいっぱいにしてシカにねらいを定めた。
 何枚かシャッターを切った後、彼らが動き出すのを待った。じーっと待った。彼らは動かない。私も動かない。しかし…。辛抱強さでは彼らの方が数枚上だ。しびれを切らした私は彼らをしっかりと捉えることはできなかった…。

               
               ※ う~ん。敵もさるもの、いっこうに動いてくれませんでした。
              
 その後、すぐに雑木林に入った。
 雑木林は植わっている木が密でないため歩きにくいことはなかった。歩いているうちに周りの形状がなんとなく普通と違うことに気付いた。進むにつれて窪み状の地形が広がっているのだ。
 なんだろう?なんだろう?と思いながら進んでいると、雑木林の外れに掲示板があり「神居古潭竪穴住居遺跡」と書かれていた。説明板にはその窪み状のものがなんと219基も発見されているという。そして遺跡は「北海道指定文化財」に指定されているということだ。
 私の勉強不足を恥じた。

               
               ※ 雑木林の中は、スノーシュー跡のようにとても歩きやすかったです。

               
               ※ 写真のような窪み状の地形があちこちに…。

               

               
               ※ それは竪穴住居跡でした。

 雑木林を抜けると、石狩川にマップには表記されていない橋が目に入ってきた。
 近づいてみると、確かに石狩川に架かっている橋なのだが、車や人が通れる橋ではなかった。水道橋?と思って橋に近付くと「しんりゅうすいかんきょう」という銘板が貼られていた。「神竜水管橋」と表記され、後に登場する「神竜頭首工」で取水された水を旭川、深川、滝川などに供給する施設だということだ。

               
               ※ 「神竜水管橋」の遠景と近影(下)です。

               

 水管橋を後にすると、今度は河岸一帯に広がる果樹園のようなところに迷い込んだ。というより、河岸いっぱいまで果樹園が広がっていたのだ。
 石狩川はこの辺りからずいぶん水深が浅くなったようで、川中にたくさんの岩が雪をかぶっていた。

               
               ※ 石狩川は写真のようにすっかり浅くなったと思っていましたが、これは神居古潭特有の地形のせいのようです。

 やがて河岸はどんどん狭くなり、ついには崖上に避難しなければならない状態となった。崖上に上るにはかなりの急角度だったが、ジグを切りながらなんとか崖上に出た。
 そこはすでに国道12号線だった。目前には予期していなかった「神居古潭大橋」が架かっていた。この大橋を通過したのは、ちょうど10時だった。
 橋を渡り終えると、国道の方は「神居古潭トンネル」に導かれる。しかし、人道はトンネルを巻くように石狩川沿いに導かれる。

               
               ※ 私が崖を上った跡です。動物は直登しているのに、私はジグザグに上っています。

               
               ※ 手前が「神居古潭大橋」、向こうが「神居古潭トンネル」の入口です。

 石狩川の対岸に大きな岩が聳えていた。近くにあった説明板によると「クッ・ネ・シリ」とアイヌ名が付き「神居岩」と称されているようだ。

               
               ※ 木に隠れて見えにくいですが、正面の岩状のところが「神居岩」です。
               

 マップによると「神居古潭」の集落は過ぎているのだが、私たちのような通過客(観光客)には一般に「神居古潭」と称されている夏は石狩川に巨岩・奇岩が横たわる展望所に着いた。

               
               ※ 巨岩・奇岩は雪のない季節の方が、その迫力を感じられますね。

 ここでまたまたマップにはない橋が!車が通るような道ではなく、人道橋(吊り橋)のようであるが、通行禁止の表示が出ていた。
 そして対岸には、できれば歩きたかった旧函館本線の鉄路跡を利用した「旭川サイクリングロード」が見えた。

               
               ※ 雑木に隠れていますが、その向こうに吊り橋が見えます。

               
               ※ 対岸の崖の途中に横一線に切り裂いたようなところがサイクリングロードです。

 さらにそこから少し進むと、「夢殿観世音菩薩像」なるものが立っていた。私にはまったく知識がなかったが、どうやらペット霊園の関係者が建立した像のようである。

                    

(以下は後編にて)

※ 意外にレポートすることが多い。予定では一気にレポをと思っていたが、前後編に分けてレポすることにした。
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石狩川遡行 22 ライブレポ⑥

2017-02-15 16:17:10 | スノーシュートレッキング
 1時間が経ち少し落ち着きました。
 身体は疲れていますが、今は企画したことを無事にやり遂げた達成感に浸っています。

 じつは昨日、ちょっとヒヤヒヤした場面がありましたが、その他は特に危険な場面もありませんでした。

 今シーズンはこのスノーシュートレッキングに9日間も費やしました。3年前にこのプロジェクトを始めてから合計で22日間をかけました。

 一度ゆっくりと22日間を振り返ろうかなと思っています。
 こうしてバスで札幌へ向かっていると、カメさんのようにゆっくりゆっくり歩んでも、積み重ねるとずいぶんな距離になるんだなぁ…、という極めてあたりまえことに気付かされます。

 今日はゆっくり休みます。

 写真は、近文大橋の手前の川中に見えた岩山です。近くにあった説明板によると、旭川アイヌの間で伝承されているお話で、ある時星が空から落ちたので、見に行くと写真の岩が立っていたということです。
 それでこの岩を、アイヌ語で「ノチゥ」と呼称したそうです。ノチゥとはアイヌ語で「星」を意味するそうです。

  
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